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ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

これからが長い航海でやんす。
 
なんでって、前にも書きましたが、
易システムの本体はこの六四卦=大成卦でありまして、
自分なりにひとつひとつ再解釈した結果を書いていこう
と思っているからです。
 
識別のため、各六四卦にもコード番号をつけたいと思います。
下卦の八卦のコード番号を一の位、
上卦の八卦のコード番号を十の位とした
番号をその大成卦のコード番号にします。
 
たとえば、前の例で出した、「既成」という卦(大成卦)は、
 
上卦=坎=6
下卦=離=3
 
ですから、
 
大成卦、「既成」のコード番号は63となります。
図をご覧アレ。

例既成コード


で、とりあえずタイトルは
 
『××:通りがかりの人へのメッセージまたは、「大成卦の卦名」の意味』
 
ってなカッコウにします。
××はその大成卦のコード番号です。
 
そんだけじゃあナンですから、
まあ、なんですか、ブログらしく、
間に日常の話題とか、
詩になるまえのカケラなどをはさみつつ、
ボッツラ、ボッツラ
やっていきたいと思うちょります。
 
無駄話は、そのとき紹介した大成卦とは、
必ずしも関係ありません……
ということになるんでしょうなあ(オイオイ他人事かよ)。
まあ、カンケーあるかもしれないし、ないかもしんない。
 
そんなこんなですが、
よろしゅう、おたのんもうしやす。

基本的には八卦占いと同じです。


・ロジカル
・ベーシック
・インサイト


この三つの八卦占いでは八面サイを1個だけ振りましたが、
六四卦(大成卦)占いでは、それぞれ2個振ります。


色違いの八面サイを用意するか、片方の八面サイにシルシをつけるかして、
どちらか片方が上卦、もう一方が下卦をあらわすようにします。
そのように見方を自分で決めるわけです。
一度決めたらその見方は変えないでください。
結果が出てから(サイを振ってから)、
どちらを上にしてどちらを下にするか決めたのでは、
作為が入り込むことになるからです。


そうして振ったサイコロの出目をコード番号とした八卦を
上下重ねると、6つの爻(陰陽をあらわす切れた線か、つながった線)
から成るパターンができます。これが「大成卦」です。


たとえば、上卦に決めた八面サイが6、
下卦に決めた八面サイが3だったとすると、


上卦=6=坎
下卦=3=離


で、これは「既成」という名前の大成卦になります。


例既成


「ロジカル」ではA・B・ABどっち?に対応した大成卦が3つ、
「ベーシック」では、過去・現在・未来に対応した大成卦が3つ、
「インサイト」では、大成卦がひとつ得られます。


そして、得られた大成卦を判断していくというわけです。

八卦占い、試してみた方はいらっしゃるでしょうか。
もしあなたが試したことがあるなら、少々、わかりづらい、
または、表現力が足りないとは感じませんでしたか。


たぶん同じ理由で、易システムの開発者たちも、
八卦をさらに拡張しました。


八卦を2段重ねにして64種類のパターン(8×8で64)を
作り出しました。この六四卦を、
「大成卦(たいせいけ・だいじょうか)」といいます。


大成卦にどんどん爻(陰か陽をしめす線)を追加していけば、
数理的には、128、256、512、1024……
と、倍倍ゲーム式にパターン数は増やすことができます。
実際、歴史上は、そうしたシステムをつくろうとしたことも
あったようですが、今は残っていません。


残っているのはこの64種類のパターンだけなのです。
このパターン数が一番ハンドリングしやすかったんでしょうね。


各パターンには名前と意味があって、
64パターンだとちょっとタイヘンだけど、
覚えようと思えば覚えられないこともない。
128、256となるとちっとタイヘンかな、と思いますが。


陰陽のペア(「両儀」といいます)→四象→八卦→大成卦
という一連の構造と、各パターンの主な意味、
そして、陰が陽に、陽が陰に、変転し、引き合い、反発しあう
ダイナミクスこそが易システムの本体です。


「易経」と呼ばれる古典は、基本的に、
この構造とダイナミクスのコメントです。
つまり主体はこの構造、ダイナミクス自体であるわけです
(と、ぼくは考えています)。


る天気のいい日の朝早く。


カミサン:「どこいくの」
(たたんである自転車をう~んと伸ばしながら、)
オレ  :「え。そのへん」
カミサン:「気をつけてね」
オレ  :「え。なにに?オヤジ狩り?」
カミサン:「クルマに決まってるでしょうが」
オレ  :「ああ、そか」


インシデント30回につきアクシデント1回。
ふだんはあまり意識しないけど、
大げさに言えば、
自転車乗るのも命がけ。
子供たちは、
箸の持ち方を覚えるよりも早く、
クルマをよけながら、
いかにして、
道を渡ったり、
遊んだりするかを、
覚えさせられます。


おかしなハナシ?確かに。


とはいえ、
(筋金入りのペーパーなんでわかりませんが)
自分がクルマに乗ったら、
そうは思わないんだろうなあ。
ええい、ジャマなチャリンコめ!
とか思うに決まってる。


視点が変われば、考えも変わる。
人はいつも自分中心だから。
タマには相手の立場に立って考えることも必要。


八卦、六四卦のシンボルの観方に、
「錯卦」または「倒卦」というものがあります。
いずれもその卦のシンボルの上下をひっくりかえして、
相手または、自分の外から観た意味を判断するものです。
上下をひっくりかえすので、
ぼくは「倒卦」という言い方のほうが好きですが。

タロットなどの「逆位置(リバース)」とは違い、
易システムのシンボルでこれをやると、
ひっくり返した卦は、八卦または、六四卦のうちの別の卦になります。
必ずしも反対の意味にはならないわけです。


ためしに八卦のシンボルでやってみましょう。
ただし、以下の四つは、上下のカタチが対称ですので、
ひっくり返してもカタチは変わらす、意味も変わりません。
コード番号1:乾
コード番号3:離
コード番号6:坎
コード番号8:艮
他の八卦、コード番号2、4、5、7でやってみます。
図を参照してください。


倒卦


え~、たとえば、
人の性格、人柄みたいなものを占ったと仮定します。


そうすると、たとえば……


「コード番号2:兌」は、総じて軽い喜び、
悪くすると口先ってな意味がありますので、
自分で自分のことは……軽薄とまではいわないまでも、
ちょっと軽い人間かな……と思っている(とします)。
その倒卦は、それを他人から観た様子ととらえることができます。
「コード番号2:兌」の倒卦は、「コード番号5:巽」。
他人から観ると、伏入、そっと入り込む。
ちょっとズルいような、様子見というか、
そうですね、巽は風ですから、
風見鶏的な人間と思われているのかもしれません。


「コード番号4:震」は、動き、活発な感じですね。
そんなふうに自分のことを考えているとする。
倒卦は、「コード番号7:艮」ですから、
どっしりとしていて動かないイメージですね。
他人から観ると、ずっと落ち着いて観えているわけです。
自分が思っているよりは。
この場合は八卦とその倒卦を逆の意味に判断していますが、
これはタマタマです。


この倒卦という観方は、
八卦をふたつ重ねた大成卦(六四卦)でも、
同様の観かたをします。
まず自分から観たカタチで判断して、
つぎに相手(または外部)から観たカタチで判断する。
その場合は元のシンボルの意味を反対にするのではなく、
ひっくりかえしてできたシンボルを改めて解釈して
判断するわけです。
交渉ごとや、客観的な視点がほしい場合に参照します。


大成卦についてはまたこの後、
ひとつひとつ、そのイメージを掲載していく予定です。

2005年5月1日における本タイトルの記事内容につき、不特定多数が参照できるメディアに掲載する文章としては不適切な表現があったことを認め、不快感およびご迷惑をおかけしたすべての人々に対し、謝罪するとともに、全文を削除いたします。


以後、このようなことがないよう留意しつつ、易システムその他の話題は継続させていただきますのでよろしくお願いいたします。


>やまだっち様
ご指摘ありがとうございました!


しん


学校に行き始めて、
「解剖学」なんていうお勉強を、
やらされる羽目になりました。


ベロの上皮組織に「味蕾」という仕組みがあります。
なんて読むのかと思っていたら、
ミライと読むそうです。
味孔というくぼみから味細胞を介して、
神経に味覚刺激が伝わるところですが
(おおっ、急に細かくなったゾ)、

おもしろい名前ですねえ。
味のツボミなんだから。


で、この蕾っていう字もおもしろい。
クサカンムリにカミナリです。
(と、ここで辞書をひく)
あ、そうか、つくりが「雷」だから、
雷=ライで蕾=ライって読むんだ。


雷といえば、コード番号4「震」の、
自然現象に相当するシンボルです。
「震」は、ものごとの始まりをあらわすこともあります。
はじまりの胎動というか、さあやるぞ、
と、身体をふるわせるわけです。
一日の時間でいえば、夜明け。日が昇るとき。
季節でいうと初夏、蕾や新芽が開くとき。
奮い立つわけです。
でも力はありません。
まだこれからです。
若い。


ですから、


この、震→雷に、クサカンムリで、「蕾(ツボミ)」となるのは、
ものすごく理にかなった字のつくりだということです。
これから花になる。
まだ咲いてないけど、
そのためのエネルギー(可能性)は充分に秘めているわけです。


おめでとうございます!
   > 新しく何かを始められたすべての方々


……などと、別のことを考えていると、
あっという間に黒板には、複雑怪奇な単語群が……


うおお、やめれ~


誰か、効率よくモノを覚える方法を教えてください!


PS.
八卦のイメージ覚えておられますでしょうか。
お忘れの方は、もしよろしければ、
2005年3月10日から22日のログをご参照ください。


mr4


海風強くダダ鹹く
風坂のぼれ、MR。
荒れた波頭の、
陽のぬくもり。
彼方の思い出、
未来都市。



学校は午前中だけです。
午後は自由に……と思いきや、
買い物して帰って、洗濯して、
昨夜の食べかすのついた食器を洗って、
ついでに台所の排水口などを洗い、
かる~くトイレ掃除などして、瞑想をすると、
メシをつくらなきゃならん時間に。


たまには全部放り出して、
自転車に乗っちゃうんだもんね。



(あっ、また易システムと
ゼンゼンかんけーねー
ハナシ書いちゃった。
お許しアレ)


4月21日のログで、「ファーストソース」
というコトバが出ましたが、
それにちなんだお話をひとつ。


学校へ通う路の途中に、
「こんにゃくえんま」という、お寺があります。
文京の界隈ですから、もともと寺は多いんですが。

なんだろね、アレは。


でまあ、帰りに寄りました。
お参りして、御籤を引いて、お守り買って。


もし悪いのを引いたら、気になって暗示にかかるから、
オミクジは引かないという人がいますが、
そういう人は易システムにも近づかない方がいいかも。
気になっちゃいますからね。
大吉だったので、籤はそのまま持って帰ります。
本来、そこら辺に縛るのは悪いのが出た場合だけです。
そこの神様と縁をつないでおくシルシですね。
お守りは、いろいろあって、普通は開けたりしませんが、
ぼくが買ったお守りは、厄除けのミニ般若心経だから(400円)、
開けても問題はありません。
開けると、黄色い紙のマニュアルが出てきます。
ここに由来が書いてありました。


昔、眼病に苦しんでいたお婆さんがいて、
大好きなこんにゃくを絶って、
ここのエンマ様に願をかけたら、
目が治った、と。
それからこんにゃくをお供えする習慣が生まれたそうですが、
確かに本堂にはこんにゃくが山積みになっていました。
いったいだれがあんなに食べるんでしょうか。
お守りはピンチにおちいったときに、
「えんまさま、えんまさま」といってさすり、
お願いをして使う。
首尾よくかなえられたら、お守りはお返しして、
次のお守りを買いましょうということらしいです。
返すときはこんにゃくも添えたほうがいいのかな。


なんでこれがファーストソースのハナシなんだ、
と思われる人もいるかもしれませんが、
このこんにゃくえんま様、
正式名は「源覚寺」といいまして、
源(ファーストソース)に気づく(覚)ってことかな、
と、勝手に思ったのが、
実はここを訪れたきっかけだったのでした。


無極


易システムでいえば、
ファーストソースは「無極」にあたると思います。
無極は、陰と陽(両儀)が生じる前の未分化な段階です。
未発達ということではなくて、
あらゆるものに成り得る 可能性のカタマリそのもの。
結局、両儀も四象も八卦も六四卦も、
この無極をそれぞれの側面から眺めたもの、ともいえそうです。
無極が分かれて陰陽になって、さらに分かれて四象になって……
ということではなくて、無極はいまもここに変わらずにある、
と、ぼくは考えています。
ただそのままではとても「理解」できないから、
易システムのような方便が必要なんじゃないかと……
もうひとついえば、「あらゆる可能性」なわけですから、
ここにこうしている(と思っている)自分がいるこの世界以外にも、
この世は、多重な別の在り方をしていることもありうるのではないかと。


ま、デパチカで、
コロッケにしようか
メンチカツにしようか
悩むこととは直接関係はなさそうだケド。

どうも、ノミクイの話ばっかりで、
アレ(中高年がよく使うコトバ。大抵意味不明)
なんですけども。


友達と誘い合わせて飲みに行ったときの話。
普段から近所で一緒によく飲む友人で……
その辺は大体まわりりつくしているし(飲んでばっか)、
店選びもケッコー大変だったりします。
それでも、サイフの中身とその日の体調などによって、
一応、お互いに腹案はあったりして。
どこへいこいうか決めるビミョーな駆け引き
(ってほどでもないか)が、あったりします。


その日はちょっと待ち時間があったので、
ケータイの易占いアプリで一振り。


「自分が考えていた店に行こうと言ったら、ウンというか」


てーことで、八卦占いをしてみました。


結果は、兌。


例インサイト


よろこび。
あ、よかった。
当然、ウンというのなだナ、
と判断しましたが、
結果は、「今日はちょっとその店にいく感じじゃない」との仰せ。
はずしました。
こういうのを、「誤占」といいます。


ならばどういうことか、と後知恵で考えますと、
兌は総じて、かる~いイメージのよろこび、ですので、
とにかく楽しくやる方をとれ、というメッセージだったのかもしれません。
あそこで我を張ってムリに自分の意見をとおしたら、
友人にとっては、つまらん夜になってしまったかもしれません。


ちいさなこと、どちらでもいいこと、ゆずれること、については、
ワガママを言わんこってすな。
よく考えると、日常で出くわすことの大半はそのようなことばかり。
エネルギーは適正に使いましょう。


「兌」は口が上を向いたカタチでもあります。
そこから飲食をあらわすこともあるのでした。


今日、
水道橋東口の交差点で、
人波の上を、
やわらかい風を、
ちょんちょん、
つまむようにして、
軽やかにゆれる
アオスジアゲハを見た。

 

春ですね。

 

ツバメはまだかな。