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ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press


せい

水の流れは、
風のようにかすかでとらえどころがなく、
まだかたちにもなっていないし、
誰もその水脈の存在に気づいていません。

無視することはカンタンですが、生命の源は水なのです。
まずそこに水がなければ、
人間は、人の造作物は、大地は、
早晩、枯れきってしまい、その力もおとろえていくことでしょう。
まずは水源、水脈をしっかりと確保してください。

また、この「水」を才能ととらえることもできます。
やみくもにほりまわすと、
せっかくの水もにごってしまって
飲むことができなくなってしまいます。
ムリと焦りは禁物です。

易システムを使うときには、
64パターンある大成卦から、
ひとつのパターンを無作為に選び出し、
変爻を求め、大成卦、そして大成卦から派生する、
之卦、裏卦、倒卦などの意味から、
総合的に答を導き出します。

う~ん、なんかメンドー。

もうすこしカンタンに、
日常的にシステムと付き合う方法はないでしょうか。

ないことはないです。

以前にこのブログで紹介したかもしれませんが、

単純なYES/NO判断です。

手軽にできるが故に、
システムの権威(そんなものがあるとすれば)が落ちる、
という欠点はありますが、
実用的という意味ではピカ一でしょう。

だけど、世の中そんなにバッサリとYES!NO!と、
割り切れることってあるんでしょうか。
実感としてはYESでもNOでもない、
その間のグレーの部分というのも、
多分にあるのではないでしょうか。
いやむしろ、日常生活の中で
自分の身の回りにおきることを考えてみると、
白!黒!とはっきりできるほうが稀で、
グレーであることの方が多いし、
普通であるような気がするけど……
どうでしょう。

とはいえ、

「YES、NOを知りたい!」

場合もたしかにあって、
そんな現状を踏まえて、
易システムでYES・NO判断を
どう行うか考えてみました。

不思議なことに、
こういうかたちの、
易システムの使用方法は
他でみたことがありません。
筆者の知識不足で寡聞にして知りませんでした……
ということなのかもしれませんが、
一応オリジナルではではないかと思っています。

ま、どっちでもいいか。

やり方ですが、

(1)まずターゲットを定めて
(当然YES・NOで答えられる問いでなければダメ)、
64卦のうちから1つの卦を無作為に取り出す。

普通に占うときと同じです。
さすがにこのステップを、
これ以上カンタンにすることはできません。

(2)以下以外の一切の判断を「しない」こと。

得られた6爻のうちの陽爻の数→ YESの度合いを示す。
得られた6爻のうちの陰爻の数→ NOの度合いを示す。

すなわち、以下A)~G)のどれかになります。

A) 全部「陽」
B) 1つが「陽」で5つが「陰」
C) 2つが「陽」で4つが「陰」
D) 3つが「陽」で3つが「陰」
E) 4つが「陽」で2つが「陰」
F) 5つが「陽」で1つが「陰」
G) 全部「陰」

回答としては、
A)は全面的にYES、G)は全面的にNO。
他、B)~F)はグラデーション、
YES・NOのブレンドになるわけです。
ここは各自、意味を判断のこと、
ということになります。

こういうやり方ですと、
各爻の意味はもとより、
大成卦の意味すら覚えていなくても、
とりあえず易システムを使うことはできるわけです。
しかもスピーディに。

ただ、システムからの回答としては、
YES・NO・それ以外しかないので、
当然舌足らずになります。
ビミョーな読みはできなくなるわけですね。

フライング書評しま~す。

フライング書評というのは、
ぼくが勝手にそう呼んでいるコトバで、
もとは未発刊の本の感想などを
先走って書いてしまうこと、
の意味に使っていた。
(初出、2005年4月14日ログ
フライング書評 (2005/4/7の補足)」)
Amazonのコメントなんかによくみられる。
本よりも、エレクトロニクス新製品などのコメントに多く、
まだ出てもいないのに、なぜか評価されてしまっていて
星までついていたり、明らかに製品そのものの評価でなかったりして、
いや~、なんというか困ったものですね。

ていうハナシじゃなくて、

ここでもそのフライング書評を
やってしまおうというハナシ。

ただ、未刊の本ではなくて、すでに出ている本。

2005年4月14日のログでもそうなんだけど、
まだ自分が読んでいない・読み終わっていない本の紹介を、
よさそうだからってことで紹介することを、
サイキンでは「フライング書評」ということにしている(みたい)。

ぼくの造語のハナシなんて、
マア、どうでもいいっすよね。
本題、本題。


(1) マンダラ塗り絵
スザンヌ・F.フィンチャー (著),
正木 晃訳
春秋社 ; ISBN: 4393713613 ; (2005/11)

(2) カラーリング・マンダラ
正木 晃 (著)
春秋社 ; ISBN: 439371363X ; (2006/02)

(3) マンダラ
ホセ アーグエイエス (著),
ミリアム アーグエイエス (著),
中村 正明 (翻訳)
青土社 ; ISBN: 4791762614 ; 新装版 (2006/03)


(1)はオアゾの丸善で最初に見たとき、買おうかどうしようか迷って、
本を持ったままレジと売り場の間を行ったり来たりした。
店員さんからみれば、アヤシサ200%のマンビキおじさんそのものだ。
内容は、円形の幾何学模様が描かれた「塗り絵」のコレクションで、「読む」ものではない。
買うのをなぜ迷ったかというと、写経のワークブックもそうだが、
こういうワーク本を最後までやったためしがなかったから。
でも、美しい幾何学模様~マンダラに、
自分の裁量で彩色するということに、言い知れぬ魅力を感じたわけだ。
セラピーとして紹介されているが、難しいことは抜きにして、
やってみれば楽しいに違いないのである。

でも結局買わなかった。

そうだ、自分でマンダラ描いちゃえばいいんだ!

と思いついたから。
そんなわけで、
自分の考える易システムをマンダラ化してみようと思った。
たいしたものではないが、その下絵が以下の画像。
決して、マンホールのふたではない。
現在清書中。
先は長いのである。

まんだら

(2)は基本的には(1)と同じような本で、サイズか小さくなっている。
内容は(1)の訳をやっている正木さんのオリジナルデザイン。
どちらがいいかは好みの問題だろう。

さて自分でマンダラを描いてみよう、と思ったら参考書が欲しくなった。
ところがそんなものはなかったのである。
マンダラに関する本はたくさんあるが、
既存のマンダラの伝統の解説や意味解析、アートとしての鑑賞、
といったアプローチで書かれているものがほとんどで、
自分で身体を動かそう……という主旨の本は、みあたらない。
C.G.ユングがマンダラを研究の対象にしたことは有名な話で、
彼は自分で何枚もマンダラを描いたそうだが、
いったいどうやって描いたのだろう。
なにかルールのようなものがあるのか?
ルールはない、といわれればいわれたで、
よりどころがなにもなくて描くのはやっぱりむつかしいのでは……??

ぼくの場合は、別に正解や不正解があるわけでなし、
ごちゃごちゃ考えずに、
まあ、とにかく手を動かそうという結論になったのだけれど、
(3)の本を伊勢崎町の有隣堂でみつけて、思わず買ってしまった。
ざっくり見たところ、
マンダラの描き方を具体的に教える本ではないけれど、
マンダラを鑑賞の対象物としてではなく、
身体活動として「描く」、
ひいては「生きる」ものとして、
とらえ、表現している本……だと思う。

実は(3)は、「マンダラ 青土社 ; ISBN: 4791755073 ; (1996/12)」
の新装版である(内容は多分同じ)。
絶版……ではなかったようなんだが、ちょっと入手しづらかった。
出ているのは知っていたけれど、そんなわけで買っていなかった。
(1)、(2)の発売に影響されて出てきたのかもしれないが、
ま、なにはともあれ入手しやすくなったのはケッコウなことだ。

ご興味のある向きは、お試しアレ。
(1),(2)はともかく、
(3)については、
完全にフライング書評です
(要するにまだちゃんと読んでない)。


そんいふう

外にも内にも風がふきわたります。
その風は、あれくるう暴風でしょうか。
それとも、心地よいそよ風でしょうか。

あまり心地よい風ではないときには、それにとらわれることのないようにしましょう。
しょせんは風です。
いずれ過ぎ去っていくものです。
おまけにこれといった実体すらありません。

心地よい風であるときには、充分にそれを楽しみ、その上で油断のないようにしてください。
あたらしい変化や情報が、気づかないうちにそっと入りこんでいる可能性があります。

風(チャンス、きざし、ささやき……)を読んで、コスモスの流れからそれないように注意してください。
またこの場合、むやみに風、流れにさからうことはあまり得策とはいえません。

春休み……
だが、まったく勉強もせずに、
学校とは関係のない本ばかり読んでいる。
というわけで、またテーマ「書棚」に追加。

前に「燻習 」とかいう話をしたが、
燻習されるにはまず、
「持続的に」
教えにさらされることがその前提となる。
しかし、どこにでもジャマ者はいるもので、
この「持続的に」ということのジャマになるのが、

『あ、これ知ってら』

または

『なんか、きいたことあるな』

といった類の思いである。

こう思って(または判断して)しまうと、
もうそれ以上先には進めなくなってしまう。
全部砂だと思って疑わないわけだから、
もしそこに金のつぶが混じっていたとしても、
ためらいなく全部流してしまう。


「バーバの教え
―すべてをつなぐ魂と宇宙の法則」
ディーパック チョプラ (著), 牧野 M.美枝 (翻訳)
ダイヤモンド社 ; ISBN: 4478910340 ; (2006/02)

「スピリチュアルな生活へ、7つのアドバイス
―スピリットからの声を聴きながら生きるために」
クリスティーナ ボールドウィン (著), 小川 真弓 (翻訳)
ヴォイス ; ISBN: 4899760663 ; (2004/01)


上記二つの本にはなにも目新しいところはない。

でも待ってくれ。

目新しいことがないということは、
自分の内奥ではすでに知っていたからではないのか。
もし真理というものがあるとすれば、
それは決して「目新しいこと」ではないのではないか。

読んだからといってなにかが劇的に変わるということもない。

でも待ってくれ。

そもそも、
読んだだけでなにかが「劇的に変わった」本なんて、いままであったか?

なにかを知ったつもりになってしまうと、
そこで成長もストップしてしまう。
まあ、そういうことを教えてくれる本だ。
前者は新刊、後者は出てからすこしたつが、まだ売っている。

春になるとサクラが咲くのは、
ぜんせん当たり前のことではないのである。

MIXIで拾ったバトンを、
アメブロでぶん投げるのもどうかと思うが、
MIXIのブログは使ってなくて、
いわゆるブログはこれ一本だけしか書いてないし、
リンクも張られていることだし、
まあイイヤ、
ということで。

一本目はおともだちのバカボンちゃんから。
二本目は瞑想の先生から。

---------

【一本目】
●今、どこに居る?
自宅のリビング。よく晴れていて明るい。

●今、一番近くに誰が居る?
かみさんがシカメ面をして、自分の手帳にガン飛ばしてる。

●今、どんな服装?
らくだ色のパジャマ。
胸のところにテリアの絵が描いてある。
我ながらヨーチなデザイン。
このカッコで1Fに新聞を取りに行く勇気はない。

●今、何食べたい?
朝飯食ったばかりなので、とくに今は食べたくはない。

●今、何飲みたい?
コーチャ。
日東紅茶ティーバッグのデガラシをすすってるけど。

●今、真後ろには何がある?
結婚したとき誰かからもらった「青年の木」。
天井までのびて、青年の主張をしている。
十年一日。

●今、まわりを見渡して、いちばん目についたものは?
エッセリーニというイタリア産の手作り人形。N112。
N112は自分自身にひそむ「恐怖」をあらわす人形。
この、自分の分身もずいぶんホコリをかぶっている。
その前には、「ひだまりの民あいぼりぃ」が鎮座している。
天気がいいので思い切り首を振っている。

●今、誰に会いたい?
神様。

●その人に今伝えたいことは?
いつも一緒に遊んでください。

●今の体調は?
なんか胸ヤケっぽい。
昨日ギョーザ食いすぎたかも。

●今どんな気持ち?
フラット。

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【二本目】
1)回してくれた方の印象をどうぞ
クールで落ち着いた印象を受けた。
ご本人は、
そうじゃない、
というかもしれないケド。

2)周りから見た自分はどんな人だと思われていますか?
5つ述べてください。
・くどい
・うるさい
・やさしい
・おもしろい
・おしがよわい

3)好きな人間性について5つ述べてください。
・おおらか
・謙虚
・静か
・不動
・よく笑う

4)では反対に嫌いなタイプ
・騒々しい
・自己中心的
・常に自他を比較
・なんでも勝ち負けに分ける
・なんでも損得でしか考えられない

5)自分がこうなりたいと思う理想像とかありますか?
笑って死にたい。

6)自分のことを慕ってくれる人に叫んでください。
酒グセ悪くてごめん。

7)そんな大好きな人にバトンタッチ5名
以下。


【だれにぶん投げる??】
一本目は強制バトン、
二本目は5名ということだけど、
ぼくはルール変えちゃう。

二本とも、これを見て、気が向いて、
拾ってみようかな、
と思ってくれた人すべてに。

しかし、このブログ、
訪問者数が日に2,3人だから、
5名……もむずかしいナア。


こう

すべてが常に移り変わっていくのは、コスモスの法則です。
ずっとこのままでありたい、いつまでもそうあってほしい、と願うのは、人情です。

その人情も、コスモスの一部として、
その法則にしたがっているわけですから、
これまた変化していきます。

つまり、わたしたちは変化するもののなかにある、変化するものであるわけで、
流れに逆らう行動や、考え、感情はすべて苦しみをもたらします。

いい状態もわるい状態もずっとそのままということはありません。
それを念頭において、
いま生じているプロセスを楽しむなら、成長の糧となるでしょう。
唯一変わらないのは、
(逆説的ですが)「すべては変わる」という
コスモスの法則だけです。

易システムの大成卦には、
64のパターンがあり、
それぞれに名前と意味がある。

その64のパターンの、
名前と意味をどうやって覚えたのか、
ときどき、きかれる。

64なんてそれほど多いとは思わない、
という人もいるだろうが、
まったく初めて易システムに触れる人にとっては、
覚えるにはそれなりにタイヘンにみえるらしい。

コタエは単純で、
同じような本をたくさん読んだから。

種類は豊富とはいえないが、
易占・易経の本は、
さがせばまだみつかる。
もちろん、易が好きなこと、
知りたい、理解したい、
という強い欲求があることが前提になるが、

こいつらを片っ端から読んでいたら、
自然と覚えてしまった。

こういった本は、だいたい構成が同じで、
占法や、基本事項の概説や、
著者のコンセプトなどがアタマにあり、
後半は64卦の意味の説明となっている。
どれも「易経」をもとにしているわけだから、

結局全部同じじゃ~ん、

などと思っていたこともあったが、
それはどちらかというと浅い考えで、
おなじようにみえる64卦の説明でも
よく考えれば、各64卦の、
「著者なりの」解釈
であることがわかる。

各著者なりの考えだから、
原則は同じでも、
解釈はビミョーに(またあるときは激しく)異なる。
同じ絵を見ていても、
人により解釈が違うのと同じである。
同じことでも、
それを説明する先生によって、
ハナシがかわってくるのと同じである。

本は便利な道具だ。
よくいわれる話だけど
本の数だけ先生がいるのと同じだから。

白ヒゲを生やし、
いつも遠くを観ているようで、
それでいて弟子の深奥を射るような光を
その目にたたえた
もの静かなグルは、
必要ないのかもしれない。
今の世の中、
そんな人探すのもむつかしいケド。

まあとにかく、
実在の人だろうと本だろうと、
あまりタメにならない先生には、
つきたくないものだとは思う。

「燻習」は、
唯識のコトバだったかと記憶しているが、
持続的に教えにさらされることで、
いつしかそれが身にしみて習得されること。

燻製とおなじである。
イブされるのである。

64卦も燻されて覚えた……

そういうわけでして。


---


ついでにいうと、
大成卦の各爻にもそれぞれ意味がある。
大成卦ひとつに6爻×64で、
384爻の意味があるが、
まだそこまでは燻されていない。
爻については、まあ実用的には
マダラにいぶされた状態でも大丈夫です。


てい

安定した状態です。
お互いに相反するふたつのものがあゆみより、
あたらしい第三の回答をかたちづくります。
これら三つが協力しあって大きな成果をささえることになるでしょう。

ここで大切なのはバランスです。

三つの足……支えが、
ごちそうの入ったおおきなナベをささえているところを想像してみてください。
どれかひとつが欠けてしまうと,ナベはたちまちひっくりかえってしまい、
せっかくの料理は台無しになってしまいます。
三つの支えに均等に重さが加わることで、
だれひとりとして単独ではなしえなかった
おおきな成果を得ることができるのです。

※鼎談の「鼎」です。
「三者鼎談」という言い方をすることもありますが、
「鼎談」は「三人が向かい合って話をすること」という意味で、
すでに「三人」という意味を含んでいますので、
厳密にいうと「三者鼎談」は重言です。

世の中は広いもので、
こんなブログを書いていたら、
「『易システム』とやらを教えろ!」
と、おっしゃっていただける方が、
三人にもなってしまって……
イヤー、まいったまいった!

というのは、大ウソ。

こちらから頼み込んで、
ムリヤリ聴いてもらっているのが、ホントー。
三人様とは言っても、
うち一人はサクラだから実質お二方。

とはいえ、
こんな自分のハナシを
聴いていただける人がいらっしゃるなんて、
アリガタイのである。
世の中捨てたモンじゃないんである。

そんなわけで月一回くらいのペースで、
これといって先も決めず、
お話させていただいているのだけど、
いつもぼくのつまんない話じゃ退屈だろうから、
なんかやっぱり、
おもしろいゲームみたいなのもやってみましょうか、
ということで、その「ゲーム」をやってみたら、
思いのほかおもしろかった。

holga13
【さて、向かいのマンションの向こう側にはなにがある?】
Baby-Holga 110-ISO100 晴天・屋外

易でやるゲームといえば射覆が定番である。
「セキフ」と読むが、
出題者があるものを隠した状態で回答者に見せる。
回答者はやおら卦をたてて、そのものがなにか当てる。
ちょっとしたお遊び・トレーニングなんだけど、
出題者の趣味関連のものとか、その時節の旬のものなどが
ターゲットになることが多かったようだ。

酒好きな人は、後でイッパイ飲ろうと思って
酒を持ってきたりして。

「あ~、それ、iching君が持ってきたんだろ、酒だ、酒」
「その包みのカッコ見た時点でバレバレだよな」

てな感じで、
卦をたてるまでもなく当てられてしまう。
まあ、完全にノーヒントではないのである。
では!
というわけで、ターゲットを
銘柄とか、産地とか、精米度にする……と、
これはかなり上級者向けになったりして。
ナカナカ趣があってよさそうだな~
こんどやってみよう……。

じゃなくて、ええと、

やったのは、昔ながらの射覆ではなくて、
リモートビューイング(RV;遠隔透視)の、
易システム版のようなもの。

RVは冷戦時代の忘れ形見のテクノロジーだが、
本チャンでは、緯度経度を指定して、
実際の場所を「観る」ものらしい。
テイサツするんである。
ブッソウなのである。

トレーニングでは封筒に入った、
実際にある「場所」の写真をターゲットにして、
そこを「観る」。
RVでは、イデオグラムと呼ばれる、
文字とも図形ともつかない筆記からスタートし、
それを一種の「焦点」として、
一定の手順でイデオグラムを展開。
コトバ、スケッチ、文章にしていく。
つまりそれらのスケッチや文章が回答になる。

ぼくらは、イデオグラムを描くステップで卦を立て、
すばやくメモった得卦のメモを「焦点」にし、
以降はRVの手法を独自にアレンジした手順でやってみた。
ダメでモトモト勝ちゃモーケ、といった感じではじめたのだが……

これがなんと、ひょっとしたら「失敗」ってのはないんじゃないか、
と思うくらいのオドロキモモノキの結果。
100%とはいかないが、初めてでもかなりの部分が「観える」のである。
しかも、ほとんどノーヒントといっていい。

もちろん誰も、そんな「透視」の訓練を受けたことはない。
易システムやRVのメソッドがすぐれている、
ということもあるのだろうが、
人間が本来持っている潜在能力
といったほうがいいかもしれない。

だれにでもできるのである。

ビョンドシーカー。
「向こう側」を熱心にみつめるもの。
リモートビュアーというより、
なんだかこっちのほうがしっくりくるような気もする。
英語のニュアンスはわからないけど。

さて、
あなたの目の前に広がる地平線の向こうには、
なにがあるのだろう。