Bernhard Molique : Quintet for Flute and Strings in D Major, Op. 35
コロナ禍で久しくワンパターンの生活が続いている。一年前に大騒ぎした今頃を思い出してみると、一日の感染者は今よりもはるかに少ない全国でも500名くらいで推移していた。現在は統計上ももっと厳しい状況のはずだが、その頃と同等まで踏み込んだ施策もなされていないのが不思議だ。「感染対策」という言葉が免罪符のようになっていて、それが前提なら何をやっても構わない風潮が定着している。どこそこへ出かけてきた、誰それの演奏会を聞きに行った、などの話を聞くたびになぜか無性に腹が立ってくる。もちろんこうした感情は立場を反対側に変えるだけで、手の平を返すように霧消することはわかっている。今はその感情をぐっとこらえて、毎日の散歩と買い物を続けるしかないのだが、気持の変化に楽しみを見出すために、散歩コースを少し変えてみたり、名曲リストに載っていない珍しい曲をひたすら聴きながら歩くのが脳の刺激になっている。
数年前のミニ・コンサートで演奏したロマン派初期の作曲家モーリクのフルート五重奏曲を久しぶりに蔵から出してきて聴いてみた。モーリクは、自分が作った曲のジャンルが結果的に時代の最後の作品になるとは少しも思っていなかっただろう。フルート+弦楽器の室内楽曲、もっとはっきり言えば、あれほど古典派盛期に流行した「フルート四重奏曲」と古典派後期からロマン派初期にかけて進化?した「フルート五重奏曲」のことである。
古典派後期の作曲家では、ベートーヴェンと同世代のロンベルク、ライヒャがいて、弟子の世代のリース、クーラウ、フェスカも積極的にフルート入りの室内楽曲を書いていた。生年で言えば全員18世紀、1700年代生まれである。彼らが活動を終える19世紀後半になってこのジャンルは急速に衰退してしまう。おそらく室内楽の分野でそれに取って代わったのがピアノの存在ではないかと思われる。ピアノの機能の飛躍的な発展によって、劇的で強烈な表現の幅ができて、ピアノ三重奏、四重奏、五重奏の名曲が輩出されたのだ。
モーリクのみがちょっと遅れた1802年生まれで、19世紀生まれの作曲家でフルート+弦楽の室内楽を残したほぼ唯一の人物ということになる。彼の場合、優れたフルート奏者のテオバルト・ベームが親しい友人であり、そのために協奏曲も室内楽曲も手がけるきっかけになったのだと思われる。彼の作曲の基盤は古典派後期の先輩たちと心情的にも共通しており、人々から好感を持たれる明朗さがあると思う。
楽譜はミュンヘンのウォレンウェーバー社(Wollenweber)の「古典派とロマン派の知られざる作品シリーズ」に入っている。下記のKMSA楽譜倉庫でPDFのパート譜を参照できる。
Quintet for Flute and Strings in D Major, Op. 35
第1楽章:アレグロ
Quintet for Flute and Strings in D Major, Op. 35: I. Allegro
John Wion, Eric Lewis, Andrew Berdahl, Rosemary & Judith Glyde
ニ長調、4/4拍子。とても珍しいことだが、2つのヴィオラの刻みの上に、メイン・テーマがチェロの低音域から始まる。そもそもこの音域は聞き取りにくく、「何ブツブツ言ってんのかな?」と首を傾げるところに、フルートが登場する。しかしこれは格調低い二短調なので不安感に囚われる。
しかしこれこそロマン派的表現の綾の狙うところで、次に決然としたニ長調のモティーフで引き締める。ヴァイオリンには半音階でゆれる装飾音型が出ている。
第2主題は古典派的で単純に明るいが、伴奏型の揺れが受け継がれている。曲の構成としては大がかりで飽きさせない。
第2楽章:スケルツォ、プレスト
Quintet for Flute and Strings in D Major, Op. 35: II. Scherzo
非常に速いテンポで動く。1小節を1拍に取り、4小節で4拍の1括りにする。楽譜なしに聞いていると4拍子の曲に聞こえる。アンサンブルとしては音符を奏き続けるパートよりも、飛び飛びで休符が混じっている方が合わせの入りが難しく、スリルがある。
Beethoven : Symphony No.9 Mov.2 Scherzo
この拍の取り方はベートーヴェンの第九の第2楽章スケルツォと同じ感じ方になる。
第3楽章:アンダンテ
Bernhard Molique - Movements III. Andante & IV.Rondo (Vivace)
Quintet in D Major for flute, violin, two violas, and violoncello
John Wion, Eric Lewis, Andrew Berdahl, Rosemary & Judith Glyde
変ロ長調、ゆったりとした2/4拍子。フルートとヴィオラが主役で、譜例を見れば一見平易に思えるが、とても美しく味わい深いメロディに満ちている。
中間部は同主調♭5つの変ロ短調(b-moll) に変わる。フルートが鳥の鳴き声のような細かなパッセージを続ける間に、弦パートでは刺すような鋭い打音のモティーフと3連符がらみのモティーフが響き交わされる。
第4楽章:ロンド、ヴィヴァーチェ
Quintet for Flute and Strings in D Major, Op. 35: IV. Rondo
ニ長調、2/2拍子。一見のんびりしたテンポに聞こえるが実際奏いてみると速い。拍裏から始まる4つの打音のリズムが全編を通して現れる。
第2主題はごく穏当なもので、フルート+弦楽合奏の伝統に根ざした響きがする。それがロマン主義時代の作曲家たちにとってみれば「すでに語り尽くされた感」が見えてしまったのかも知れない。このモーリクの曲以降にはフルート四重奏・五重奏のための曲が出てくることはなかった。まさに日没の残光のようだ。(その例外はクラリネット五重奏曲になる。)
※ベルンハルト・モーリク (Bernhard Molique, 1802-1869)
ニュルンベルク生まれ。父親はアルザス出身の音楽家で、ベルンハルトはヴァイオリンの手ほどきを受け、たちまち上達した。苗字の Molique は本来フランス風のもので、フランス語ではモリークだが、ベルンハルトは生粋のドイツ生まれなので、モーリクの表記が望ましいと思われる。14歳の時、彼はミュンヘンに送られ、王立礼拝堂の首席ヴァイオリン奏者のロヴェッリの指導を受けた。 2年後、彼はウィーンに行き、そこでアン・デア・ウィーン劇場のオーケストラに採用された。1820年に彼はミュンヘンに戻り、18歳の若さで、宮廷の首席ヴァイオリン奏者として師匠のロヴェッリを引き継いだ。1822年に休暇を与えられ、ライプツィヒ、ドレスデン、ベルリン、ハノーバー、カッセルを訪れ、演奏会を開いた。彼は自身の演奏のためにヴァイオリン協奏曲を数多く作ったが、宮廷楽団で同僚だったフルートの名手テオバルト・ベームのためにもフルート協奏曲や室内楽曲を作っている。1826年に彼はシュトゥットガルトの宮廷楽長として雇われ、オーケストラの指揮も担った。その間ドイツ各都市のほか、フランス、ロシア、英国への演奏旅行を行っている。1849年、47歳のモーリクはロンドンに定住した。そこで彼は指導者および演奏家としての地位を確立した。1861年には王立音楽院の作曲科教授に任命された。最晩年にはシュトゥットガルトに戻り、郊外で余生を送った。