設問1
1 乙がA高校のPTA役員会において「2年生の数学を担当する教員がうちの子の顔を殴った」との発言をした行為に丙に対する名誉毀損罪(刑法(以下法令名略)230条1項)が成立しないか。
(1)乙は、2年生の数学を担当する教員が子供の顔を殴ったという「事実を適示し」ている。
(2)「公然」性が認められるためには、不特定多数の者に事実を適示する必要がある。もっとも、事実を適示したのが特定少数の者に対してであっても、不特定多数者へ伝播する可能性がある場合は、不特定多数者に事実を適示した場合と同様に、公然性が認められる。
本件についてみると、乙が上記事実を適示したのは保護者3名と校長のみである。しかし、聞き取り調査の結果、A高校の教員25名が上記事実が広まり、その後さらに保護者や学生に伝播する可能性は大いにある。
したがって、「公然」性は認められる。
(3)乙は2年生の数学を担当する教員としか言っていないが、A高校2年生の数学を担当する教員は丙しかいないため、丙の「名誉を毀損」したといえる。
2 よって、乙の上記行為に名誉毀損罪が成立する。
設問2
1 不作為の殺人未遂罪(203条、199条)が成立するとの立場
(1)ア 実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。そして、不作為によってもかかる危険を惹起できる。そこで、不作為も実行行為足り得る。
もっとも、自由保障機能の観点から処罰範囲を限定する必要があるので、作為と構成要件的同価値性が認められる場合、すなわち、法的作為義務があったのにその義務に違反し、作為が可能かつ容易であったのに作為をしなかった場合に限り、不作為にも実行行為性が認められる。
イ 本件についてみると、乙は甲の父親であり、条理上、子は親に生じた危難につき救助する義務を負う。また、山道脇の駐車場には、街灯がなく、夜になると車や人の出入りがほとんどなかったことや、乙が転倒した場所が草木に覆われており、山道及び同駐車場からは乙の姿は見えないことに鑑みれば、乙の生命・身体という法益の継続は甲に排他的に依存していたといえる。
そこで、甲には、乙が転倒した時点以降、乙が崖から転落する危険性がなくなるよう、乙を乙の自動車内に連れ込む等の作為を行う義務があったといえる。
また、17歳と若い男性である甲が、乙を自動車内に連れ込むことは可能かつ容易である。
したがって、甲が乙の救助をすることなくその場を立ち去った不作為には、殺人の実行行為性が認められる。
(2)甲の作為義務は上述のとおり、乙が崖近くに転倒した時点から認められ、その時点において乙は崖下に転落し死亡する危険性があったため、この時点で実行の着手が認められる。
(3)乙は重傷にとどまり、乙の死亡という結果は発生しなかった。
(4)甲は乙が崖下の岩場に転落し死亡する危険性があることを認識しながら、救助を行わずその場から立ち去ったのであるから、故意も認められる。
(5)したがって、甲が乙の救助を行わずに立ち去った不作為には殺人未遂罪が成立する。
2 保護責任者遺棄致傷罪(218条、219条)が成立するにとどまるとの立場
(1)上述のとおり、甲には乙に生じた危難について乙を救助する義務があり、また乙の生命・身体という法益の継続は甲に排他的に依存していたといえるのであるから、甲は「病者」たる乙を「保護する責任のある者」(218条)に当たる。
(2)甲は乙を救助することなく立ち去ったことから、乙を「遺棄」(218条)したといえる。
(3)乙は重傷を負っているところ、甲は、乙が転倒した時点で乙を自動車内に連れて行くなどをすれば、乙が崖下に転落して重傷を負うことを防ぐことは、合理的な疑いを超えて確実であったといえるから、甲の不作為と乙の重傷の因果関係も認められる。
(4)甲は、乙が崖下に転落する危険を認識しつつ、乙を救助することなく立ち去ったのであるから、故意も認められる。
(5)したがって、甲が乙の救助を行わずに立ち去った不作為には保護責任者遺棄致傷罪が成立する。
3 甲の罪責
(1)ア 殺人未遂罪と保護責任者遺棄致傷罪の区別は殺意の有無により行う。
イ 本件についてみると、たしかに甲は乙が崖下に転落する危険があったことを認識していたが、乙は甲の実の父親であること、甲が乙を救助しなかったのは乙が甲を叱責したことによる一時的な感情によるものであることに鑑みれば、甲は乙の死亡結果発生の認容まではしていなかったと考えられる。
ウ したがって、甲には殺意が認められず、保護責任者遺棄の故意があるにとどまる。
(2)以上より、甲には、保護責任者遺棄致傷罪が成立する。
設問3
1 本問の問題の所在は、甲には丁に対する作為義務がないにも関わらず、あると誤信したうえで、救助を行わずに立ち去ったという点にある。
この点、甲と同じ立場にいる一般人でも、丁を乙と誤信する可能性が十分に存在していたのであるから、この誤信は正当なものであり、丁に対する作為義務も認められる。
以上(2045文字)
【雑感】
・設問3が全然わからなかった。「誤信は正当」って…(笑)。設問3に関しては0点かもしれません。
※本記事(平成30年司法試験再現答案 刑法)について
…問題文と答案構成用紙のみを参照し、ミス等も含めて本番で書いた答案をできるだけ忠実に再現したものであり、内容や形式面の正確性は一切担保できません。