『善人はこの世で多くの害をなす。彼らがなす最大の害は、人びとを善人と悪人に分けてしまうことだ。』 by オスカー・ワイルド
※今日は久しぶりにちょっと重めな記事です。
読める人だけ読んで頂ければ。
先日時間概念記事を探していて、
ふと目に留まった過去記事。
この↑記事の中に、
『今の私の中にあるブロックの一つに、
妬みと憎しみと恨みがあります。』
って書いてある。
え![]()
そのブロック、どこ行った![]()
(てか、「ブロックの一つ」って書いてるけど、3つやんw)
ということで、
自分の中を探してみたが、
「今は、なさそう」
多分ね笑
あれから12年?
環境も状況も大きく変わり…
思い返してみると、
確かに数年前まではまだ残ってた…ような?
『何に(誰に)対して』なのか、は、
心当たりは…、あるにはある。
確かに数年前まで、
「思い出さないように(思い起こさないように)」
していたような気がしないでもない。
少しずつ、少しずつ、傷が癒えるのを待つ?
いわゆる『時間薬』を使っていたような。
約10年くらい、
ずーーーっと心が止まっていた
(止めていた)気がする。
関連するものを見たり触れたりできなかった?
いや、したとしても、¨別次元¨として認識し、
「なかったもの」として、過ごしていた。
思い出すと、しんどくなるから。
そうして¨自分癒し¨に専念した。
ちゃんと、本当の意味での『自分』を
取り戻そうとしていた。
で、2年くらい前?
段々諦め(?)が付いてきて、
止まっていた時計を動かし始めて、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、昇華していった。
来世まで引きずりたくないから、
「なかったもの」なままにしないで、
気持ちの整理をしてきた。
う~む。
ちゃんと全部なくなったのか?
と聞かれたら、
「わからない」
と言うかもしれない。
ただ、
『妬みと憎しみと恨みがあります。』と、
今は言えないくらい、
どこかに行ってしまった。
思い出そうとすれば、
「そんな出来事もあったよな」
という感じ。
いいのか悪いのかは、わからない。
ふと思うのは、
「実際あの感情は、私のではなかったかも」
ということ。
エンパスだからね、
相手の感情と同化しちゃってて、
自分が持ってるものと思っていた可能性。
だから、
「相手の感情」と「自分の感情」を仕分け。
山ほどあったし、相当しんどい部分だったから、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、仕分け。
その過程では、
「実は私が妬んでるんじゃなかった」
「実は私が恨んでるんじゃなかった」
な部分も、かなりあった。
(てか多分ほとんど)
逆に、
「本当は私はあの時¨悲しかった¨んだ」
とか、は、多かったような気がする。
うん、恨みつらみというよりは、
悲しみのが多かったよなぁ。
悲しかったんだなぁ。。。
だけど相手の恨みつらみに飲まれて、
それ(恨みつらみ)に踊らされていたような感じ。
(そして自分の悲しみはほったらかしで)
それはそれで、しんどい。
自分が持ってるものではなかったのに。
逆に、
相手がそれだけ恨みつらみ持ってた、
というのが、ショックと言えばショック。
(相手の育った環境が原因の一つでもあるだろうけど、本質的な性格や考え方も原因だろうと思う)
よくあったのが、
『勘違い恨みつらみ』
事実とは異なることを相手が信じて(つまり勘違い)、
勝手に怒って勝手に恨んでくるやつ。
これ、結構あった。
(てかほとんどだった気もする笑)
「事実はこうだ」と提示しても信じてはくれず、
自分の思い込みで勝手に「本当はこうだろ」と決めつけ、
強い恨みつらみをぶつけてくる感じ。
(なんなら事実の提示すら拒否られたり)
私を『私』と認識してもらえない悲しみ。
本当の『私』を受け入れてもらえなかった悲しみ。
見てももらえてない、気付いてももらえない、悲しみ。
(わしのインチャはたいそう泣いていたさァ)
今思えばそれは、
「そういうふうにしか認識できない人だったんだ」
と思えるけども。
当時は、
「そうさせてる私が悪いんだ」
とか思っちゃってたなぁ…。
今思えば恐ろしいことだよなぁ…。
(自分は自分で相当な勘違いで思い込みだったと思ふ;)
そして結局、、、
〇んだ後に感謝されたけど。
逆にそれ、結構ムカついたんだよね笑
感謝されたところで、
傷ついた私の心が治るわけではなかったから。
それに、
「ごめんね」じゃなくて、「ありがとう」だった。
「あ~、謝らんのだね」
と思った。
(まぁ謝られたって傷は治らんけどさw)
まぁ…、¨その人ら¨じゃなくても、
『勘違い恨みつらみ』はアチコチで結構あったから…
されるたびに、腹は立ったけど。
今はもう、
相手の勘違いを修復しようとも
思わなくなっちゃってるなぁ…
攻撃してくるならそれなりの対応はするけど、
相手がそう思いたいならそれでいいや、
事実ではなくても、修正しなくてもいいやって。
(誰かが私のことを勘違いして認識しても、私が¨私¨であることには変わりはないしその事実は変えられない)
だって、
「自分を変えられるのは自分だけ」じゃん?
そういう認識(受け取り方)をして、
自分を苦しくするのも楽しくするのも、自分じゃん?
それを¨あえて¨そう受け取って(勘違いしたままにして)
¨恨みつらみを持つ¨という選択をするなら、
それは「その人」のカルマであって、
私のカルマではないわけで。
(そういや昔言われたな、「人のカルマ奪うな」って。当時は意味が分からなかったけど、結局こういうことなんだろう)
きっとその思考パターンは、
¨たまたま¨今相手が私だったってだけで、
きっと、似たような状況に置かれたら、
その時の目の前の相手を
同じように認識(勘違い)して、恨みつらむんだろう。
それが¨カルマ¨というもの。
乗り越えられるのは、変えられるのは、
それを持つ本人にだけだ。
んで、
私は私の残されたカルマを消化。
あとどのくらいあるのか分からんけど笑
「私を変えられるのは私だけ」だからね。
なんだか…
年を重ねたからなのか、
日々穏やかに過ごしたいと強く思う。
そして、今、それができている、
とも思う。
年々穏やかな日々。
更年期はあるけど、メンタルは穏やか。
ありがたい。
田舎で畑耕して自然と戯れてる気分。
実際やりたいけど今は非現実的だから妄想でw
縁側でお茶すするような毎日。
これでいい。
これがいい。
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