卵巣嚢腫後の出産や中期中絶

卵巣嚢腫後の出産や中期中絶

旧「キューピー腹が巨大卵巣腫瘍の塊だった」

現「卵巣嚢腫後の出産や中期中絶」
流産を経て長男出産。3歳児育児中。2024年に次男を妊娠しましたが、出生前診断で21トリソミーが発覚。中期中絶でお別れとなりました。苦しい苦しい選択でした。その記録を残します。

中期中絶後




やっと対面できた次男と

たくさん触れ合ったあと

次男をコットに寝かせ

私は隣のベッドで眠りにつきました




寝ている途中に

何度も産まれたばかりの新生児の泣き声が聞こえ、



「授乳しなきゃ!!」



と飛び起きました




その度に、


ああ私と次男には必要ないんだ

と現実を痛感し涙しました


 

朝までに

2.3回そんなことがありました



産院での中期中絶はこんなこともありますが、こればかりは仕方ないですね。






朝、目が覚めると

コットで眠る次男は

とても穏やかな顔で目を閉じており、


まるでまだ生きていて

眠っているようでした


 




おはよう


朝もたくさん抱っこしました

話しかけ、歌も歌いました









長男が新生児の時

なかなか眠れない子でしたが



私のお腹の上で腹ばいさせて寝かせると

よく寝てくれたんです





そんな懐かしいことも思い出し

次男も同じように抱っこしました









産後検診をして、

朝食を食べた後は


事前に病院を通して頼んでおいた

葬儀業者の方が来るのを部屋で待っていましたが

もうすぐ次男と離れ離れになってしまう

と心が引き裂かれるような思いでした









中期中絶は初期中絶と違って

納骨や火葬が必要です


私たちは

病院提携の葬儀業者に

事務手続きや火葬までの遺体の保管を

お願いすることにしました




業者に依頼した理由は


・死産後は心身ともに負担が大きいので、少しでも負担を減らしたい

・10月初旬といえまだまだ暑い日があり、火葬までの遺体の管理が大変だと思った

・長男に妊娠〜中期中絶のことは一切伝えておらず混乱させたくない




多少お金がかかりますが

上記理由が大きかったので

業者をはさむことにしました







部屋で次男と待っていると

業者の方がいらっしゃいました


持ってきてくれた棺に

次男を寝かせて、


入院中に作った折り紙

パパママからの手紙

最期の思い出作りで集めたい貝殻

など


次男が寂しくないようにたくさん敷き詰めました




写真も動画もたくさん撮りました




そしていよいよ

業者の方が次男を連れて行く時間になりました



次男が眠る棺を持っていかれる時

物凄い悲しみが押し寄せて来て


(連れていかないで!)


と叫びたくなるのを堪えて


よろしくお願いします…

と頭を下げました















次男を業者の方に預けてからは

喪失感と絶望感でいっぱいでした。







次男とお別れしてからもう1年経つというのに
前に進んでいるようで進んでいない私

死産した方、人工死産した方、
どうやって前を向かれているのでしょう?


やっぱり次の子を授かり、
健康に産んであげるまでは
晴れないような気がします







いま

色々なことが溜まりに溜まって
次男の遺骨と傷心一人旅中です


やっぱり海に行きたくなるので
海が目の前のホテルにしました


部屋からオーシャンビューだし、
数秒で海に出れるのもいい


波音に負けないくらいに沢山泣きました





詳しくは書きませんが



すぅぅぅ…


夫ーーーー!!!
お前!!!!ふざけんなあああああ
!!!!


(なにがあった)







さて、

長男には申し訳ないけれど、
今日は次男との思い出に浸ります




いつも長男ファーストだから許してね
移動中も君との夏の計画を立ててたんだよ

※タイムリーに投稿できず、振り返りですみません。今苦しんでいる方の心に少しでも寄り添えたらいいなと思い記録を残します。




17時過ぎくらいから

数分おきにくる陣痛はとても痛くて

陣痛が来る度に夫に

「きた!!!」と伝え

腰を思い切り押してもらって

なんとか耐えていました







途中、

夫が携帯片手間で腰を押すことがあり


全然違う場所を押すので

さすがにイラっとして注意




私が怒ってからは

真剣に腰を押してくれました笑









あと、陣痛に耐えてる時に


「テレビ観ると気が紛れるんだって」と。


それどころじゃないから!怒












18時 4個目の膣剤挿入

女医さんの強めの内診で破水





もうすぐだよー頑張れー

と励まされます







破水して


本当にいよいよなんだ


この痛みもあと少しで解放される


と思いました


 







長い陣痛の痛みに苦しみながらも


こんなに無理矢理陣痛起こして

赤ちゃん苦しいよね痛いよね


ごめんね


もう死んじゃったのかな

まだ生きているかな


ごめんね



という思いが

頭の片隅に常にありました。









最後の方は

膝立ちで手でベッドを押しながら

必死に耐えました

   

   







陣痛感覚が急に短くなってから

10分ほど経った頃、


ドゥルン


赤ちゃんが出てくる感覚があり

陣痛が急に和らぎました






で、でた…

赤ちゃんでた!


夫に急いでナースコールしてもらいました





膝立ちのまま

臍の緒を切ってもらいました

股の間から必死に覗き込んで

目にした赤ちゃんはとても可愛かった




可愛くて愛しくて

また涙が溢れた

   




私は産後の処置のため

処置室へ


胎盤は先生の処置で比較的すぐにでてきた










部屋に戻るとすぐに

助産師さんが

お洋服を着せた次男を

連れてきてくれました









顔を見てすぐに

えーー?!!?

夫にそっくり!!


そして長男にもそっくり!!



あまりのそっくりさに笑ってしまった

そしてまた

こんな可愛い子を育てられなかった罪悪感



顔つきは思っていたほど

ダウン症ちゃんの特徴がなかったです






この時は長い出産を終えて

気持ちがかなりハイになっていて

どちらかというと

次男可愛い!会えて嬉しい!

という気持ちが大きかったです




写真も動画もたくさん撮りました

抱っこもしました

本当に可愛い私たちの赤ちゃん

私たちの愛しい次男







令和6年10月1日

午後6時50分

身長17cm

体重132g

男の子




母子手帳も記録してもらい

予備欄に手形足形もとってもらいました







次男の上に夫と私の手を重ね

生まれてきてくれてありがとうと伝えました

驚いたのが、

普段泣かない夫が涙を流していました






悲しいのは

私だけじゃないんだと

救われました








夫が帰った後は

夕食を食べ、

広い個室に戻ることに。




次男をコットヘ入れてもらい

朝まで一緒に過ごせることになりました










可愛い次男と朝まで2人きり

本当に嬉しかった

たけさん話しかけ、歌を歌い、抱っこしました




とても幸せな時間でした

⚠️今回の記事は、起きたことをありのままに記録するあまり、汚い表現が含まれています。苦手な方はご覧にならないでください。






ここからはメモがないため

曖昧な記憶を整理しながら書きます。







12時に2個目の膣剤を挿入した後、

定期的に陣痛は感じるのですが

まだまだ我慢できる痛みでした





それよりも

昨日の夜から食事を摂っていないので

空腹で空腹で…それが辛い

こんな空腹だと出産まで体力が持たない…







産まれるまでは

食事を摂ってはいけないとのことでしたが

(出産後に胎盤の排出が不十分になった場合、手術となるため絶食してる)

  



ウィダーインゼリーならいいんじゃない?





という夫の提案&

私も胎盤はするっと出てくれるだろう!

手術にならないだろう!

という謎の自信で




ウィダーインゼリーとポカリをぐびぐび摂取しました(皆さん真似しないでください)








実は、私は基本的に

毎日快便なのですが

妊娠のホルモンバランスの変化なのか

この時2日ほど便秘でした











ウィダーインゼリー&ポカリを摂取して

30分ほど経つと急に腹痛が

最初は我慢できる痛みだったのですが

どんどん痛くなって来ました




陣痛&腹痛のダブルパンチで

大量の冷や汗をかくほど







あきらかに、

陣痛〈〈〈〈〈〈〈 排便したい腹痛

でした。








あまりの痛さにナースコールし

「陣痛じゃなくて排便したい腹痛が強い、辛い」

と伝える



助産師は

「辛そうだね、どうしようか…」

と考えてる様子




ちょっと待ってて!と言われ

そこからしばらく待つのですが

全然来ない…








その間 どんどん激しくなる腹痛

あきらかに陣痛ではありません









便だしたい!限界!と思い

追ナースコール





「便出してもいいですか!?!?」







ようやく担当の助産師が来てくれました



内診し、

トイレ行ってもいいんだけど赤ちゃんがトイレに落ちちゃったら困るから

大きいパット当ててるしここで排便しよう!

とのことで



夫&母を退室させ



助産師に言われるがまま膝立ちで排便不安

 










本当に本当に汚い話で申し訳ないのですが

かなりの量が出て

応援に来た事情を知らない助産師は

「赤ちゃん…?」と戸惑っていました






その場で拭いてもらうのも困難で

よろよろとトイレへ移動



トイレでも更なる腹痛に襲われ

さらに排便不安

(ごめんなさい)





ドア越しに子宮の入り口押さえながら排便していいよ!と言われたのでその通りにしました





最初からトイレに行きたかった…泣








全て終わると腹痛が無くなり

か、な、り、楽になりました

これでやっと陣痛に集中できる

とほっとしました











助産師さんには迷惑をかけたし

かなり恥ずかしい思いをしました…


医療従事者の言うことをちゃんと守らなかった罰が当たったんですね…。














排便事件で時は過ぎ

15時

3個目の膣剤を挿入する時間となりました




内診で

排便のおかげでお産進んでるよ!頑張ろう!

と励まされました


  




3個目の膣剤を挿入して

だいぶ痛みが強くなって来ました


しかも1.2分間隔で陣痛が来るので

休憩もままならず

体力が奪われていきました



夫と母が交代で腰をささったり

押したりしてくれました


それが無かったら耐えられなかったんじゃないかというくらい辛かったです、、、

(長男の時はコロナ禍出産で助産師も放置だったので1人で耐えた私すごい泣き笑い)






16時過ぎごろ母は長男のお迎えのため産院を退室

夫と2人で出産に臨むことになりました





まだかかるのーー

早く次男に会いたいよ


という思いで頭の中はいっぱいでした






夜は疲労困憊ですぐに寝付けたけど

夜中に赤ちゃんの泣き声で何回か目覚めました

寝ぼけていたのか

長男の新生児期と重なり




「あ…!次男に授乳しなきゃ...」


と思いましたが



あ、、違った…


と思い眠りにつくとがありました




これが真の出産の入院であれば

どんなに幸せなことだったでしょう






朝は6時前ごろ起床

下腹部の痛みはだいぶマシになっていました


クリニックの方針で

中絶当日の今日は産まれるで食事なし




昨日の夜は腹痛でほぼ食べれなかったため、

昨日夜に無理にでも食べておけば良かった…

と後々に大後悔します




出産までどのくらいかかるか分からないので

自己判断で勝手にシャワーを浴びました




看護師が訪室して

雑談したり、今日の流れなど改めて説明を受けました



「朝食は私も若い女医先生も食べてもいいと思ってるんだけど、院長がだめっていうんだー。お腹空くよねごめんね。」




シャワーは感染予防のためにNGだったようです泣き笑い

実は入っちゃいましたと言うと

「大丈夫だよー!」

と笑いながら言ってもらえました




今はラミナリアが9本入っていて

この後処置室で全て抜去。

子宮の状態次第で

ラミナリアを再挿入するか判断するそうです



再挿入しない場合は陣痛促進剤の膣剤を3時間おきに入れていくとのこと






呼ばれるまではゆっくりしてねーとのことだったので

棺に入れる折り紙を折ったり

次男への手紙を書きながら

待つことにしました




蓮の花を初めて折ったのですが

難しくて何度か失敗しました




これより下は

メモを見ながら時間ごとに記録します



8:40

処置室やnsステーションが近いお産用の畳部屋へ移動



9:00

処置室でラミナリア9本抜去

抜く時や、ガーゼで子宮内を拭う?時も

お尻を引っ込めたくなるよう

なかなかの痛み

深呼吸&全身の力を抜くことを意識


内診&エコー


子宮口少し開きかけているのと

子宮頸管が短くなってきているから

ラミナリアは挿入せずに

陣痛促進の膣剤入れるねー!


とのことで1個目の膣剤挿入



9:40

部屋にもどると

わりとすぐに子宮収縮の痛みを感じる


痛みはそこまで強くないけど

1分ちょい間隔くらい。


LINEで夫を呼ぶ



10:00

院長訪室

あと1時間もしたら痛み強くなってくると思う

産む時は膝立ちでここで産む

胎盤はスルッと出ない場合手術になることもある


なるべく動いてね〜



11:00

夫・母到着

痛みはだんだんと遠のいている…


夫は部屋で仕事

母には折り紙を折ってもらう

私はうろうろ歩く




12:00

2個目の膣剤挿入

1分半間隔で先ほどよりかは痛いけど我慢できる痛み


院長は動いてって言ったらしいけど

別に動かなくていいからねーと

女医さんに言われる



13:30

お腹を張らせる薬を内服





この先そこそこ壮絶で

メモがなかったです…


なので次回は思い出しながら書きますね

私的に、結構すごいことが起きました…


中期中絶後 約2ヶ月が経過しました。



産後悪露が1ヶ月以上続いたので不安だったのですが、

今日やっと生理が再開しました



1週間前くらいから

なんとなく眠いしいだるいし

甘いものが食べたいと思っていて


そうかな〜?と思ったら


やっぱりそうでした





これでまた妊娠できる身体になったと思うと少しほっとした気持ちです。






今はまだ生活が整わないので

妊活tryできないのですが


いつかまた授かりたいなあという気持ちです





焦らず焦らず…



初診でまさかの当日入院が決まり、

急いで自宅へ帰宅して準備煽り



夫と実母にも急いで連絡し

実母は私が入院中&退院後しばらくの

息子の面倒を見てもらうために

明日からこちらへ来てもらうことになりました。



夫は急な入院にかなり驚いていましたが

最後にハグして励ましてくれました




夫に息子を保育園から早めにお迎えしてもらい、息子ともバイバイできました




 


夫と息子に見送られ、いざクリニックへ。





クリニックに着くと

さっそく看護師に部屋へ案内されました


  



広い2人部屋


入院中1人で使っていいからね〜

とのことでした 



1番端っこの部屋だし、広いし

トイレもシャワーもあり快適でした






17時の入院で

部屋で荷解きして一息ついたら

すぐに子宮頸管を拡張する

ラミナリアの処置に呼ばれました




お腹のなかの次男に

頑張ろうね

と声をかけ


いよいよだ

と思いました。






ラミナリアの処置は

初診でお会いした女医さんが担当してくれました





じゃあいまから入れていくねー

   





なるべく痛みを感じないよう

全身の力を抜き深呼吸

特に下半身をだらんとするイメージ






この世に生を受けられない

次男の悲しみや苦しみに比べたら


私の痛みなんてたいしたことない


そう思って処置を受けました






ラミナリアを入れる度に

子宮から下腹部を強く押されて、

もちろん痛いんですけど



その痛みより

次男が苦しくないか心配で

声を出さずにぼろぼろ泣きました

  




「もうきつきつだ。これ以上入らない」





トータル9本入れました   




経産婦だからか、

私が声も出さずに耐えているからか?

一気に9本も。


みなさんのブログを拝見すると

初日は1本〜とかだったので驚き。





処置が終わって

起き上がると

女医さんと看護師3名が

とても心配そうな顔で

「大丈夫?」と私の顔を覗き込むものだから


そこで初めて声を上げて泣きました




我慢強かったね

いっぱい泣いていいんだよ

看護師さんに付き添われながら

部屋へ戻りました





部屋に戻って遅めの夕食なのですが


ラミナリアの処置のせいか

かなり下腹部痛がある…


思わず痛み止め飲めるか聞いたけど

あまり飲まない方が良いみたいで


あまりにも我慢できないようなら言って

とのことだったので我慢することに





痛すぎて夕食は食べれませんでした





とにかく座ってるのもしんどくて
横になりたいという感じ


ベッドに横になると

痛いお腹の中でも胎動を感じて

次男、苦しんでいるんじゃない?と

ごめんねと

またまた大泣きしました





初診から急な入院、ラミナリア処置に疲れ果てて泣きながらもいつのまにか寝ていました。


中絶記録が滞っておりすみません

日常がバタバタでなかなか更新できずあせる

昨日も疲れ果ててお風呂も入らず、家事そこそこで寝落ちしました。

朝急いで入浴して家事して…

息子の相手して

土曜日午前なのにすでに疲労 笑








タイトル通りなんですけど

最近ズボンがきついなあと思って

体重を測ったら

妊娠前より3kg増 



え?


なんでーーー!?





赤ちゃんはお空なのに

脂肪と贅肉だけが残っている

悲しい




中絶後1ヶ月半ってそんなもんなんですかね?

みなさんどうなんでしょう






はぁ…

今日からお菓子とアイスやめます


中期中絶クリニックの初診日

前日に家族4人で思い出作りをして

心は幾分すっきりしていました





病院は自転車で15分ほど
近場で見つかってよかった




クリニックに着くと
真っ先に
お腹の大きい妊婦さんが目に入ってきました 


心を無にして受付に進みます




問診票を記入して待っている間

もう迷いはないはずなのに
お別れが近づいていると思うと
また涙が溢れそうになりました



「わたあめさーん」
思ったより早く呼ばれました




医療従事者のなかに
出生前診断や中絶をよく思わない方は
沢山いると思います
私自身、
染色体異常だからという理由で
我が子を諦めることに
大きな罪悪感がありました


そのため、
クリニックで冷たい対応をされても、
キツイことを言われても仕方ない
そう覚悟して行きました





診察室へ入ると
40代くらいの女医さんでした


「よく考えて決められましたか?」


席についての第一声が
とても優しい声でした




はい

と答えて
優しそうな先生と対面して
緊張がほぐれたのに
なぜか涙が出ました



紹介所を見ながら
既往(卵巣嚢腫)のことなどいくつか聞かれ、
再度待合で待つように言われました







ここからの待ち時間がそこそこ長く、
私以外に誰もいなくなったころ
やっと呼ばれました





診察室に入ると
今度は先ほどとは違う
年配の女医さん
すぐに院長だと分かりました
    




「21トリソミーだったのね。もっと早く来れば良かったのに…NIPTの結果みてすぐに。」

「すみません」





エコーを診てもらいました
1週間ぶりに会う次男
元気に動いています


またまた涙が出ました 


あなたは今日も
こんなに元気だ





「上の子3歳なのね。ちょうどいい歳の差だったのにね」

「はい」


そして、
長男の出産時のことを聞かれました


「入院して薬で陣痛を起こして、分娩になるからね。」






その後は別室で
看護師から詳しく説明がありました
説明用紙や同意書?も渡されました



個室の追加料金についての説明時に
院長がひょこっと現れて
「個室代も含めてすべて出産一時金(50万円)に収まるようにしてあげて」と看護師に声をかけてくださいました



パッと見、厳しそうな方なんですが
優しい方なんだなと思いました


しかしながら
明細は適当ですね…にっこり 






そして、看護師から
「今日の17時に来れますか?」
と。

追加の検査があるのかな〜と思いきや
今日入院で!と


えーーー!!?


皆さんのブログを読んでも
初診から数日後に入院という流れだったので
まさかのことに驚きましたが
処置はなるべく早い方がいいと思っていたので


悩みつつも
急遽、その日の夕方入院となりました



採血をして
鉄剤を処方されて
お会計待ちの間に夫に連絡




そわそわした気持ちで
一旦帰宅となります。

タイトルだけを見ると

何だそれって感じですが、


どなたかのブログを見た時に

お別れ後に1番後悔することは

死者との思い出がないこと

と書いてあり


それが心に残っていたので




家族4人で一生忘れないような

楽しい思い出を残したいと思いました








私は海や水辺が大好きです


落ち込んだ時、何かの節目の時

必ず

海や水辺に行きたくなります




おそらく前世は

魚とか微生物とか海藻とか

水辺の生き物だったと思うほど





長男も夫も同じく海が好きです

そのためレンタカーで海へ行くことにしました





加えて

長男が楽しめるよう

お馬さんと触れ合えるスポットへも行くこととしました









わたしは今回の妊娠で

マタニティマークを付けていませんでしたが

この日ばかりはマタニティマークを付けて

お出かけすることにしました





長男、お馬さん怖がるかなと思いきや

にこにこ笑顔で乗馬していました

とっても可愛らしい動画や写真が撮れました






海ではレジャーシートを敷いて

かなりゆっくりしました

あたりが暗くなるほどに






綺麗な貝殻をたくさん拾いました

家族写真もたくさん撮りました

これまで絶対に撮ることのなかった

お腹に手を当てた写真も撮りました

ふらっと寄ったお店で

テイクアウトしたご飯も本当に美味しかった











海でのんびりした後は


アウトレットへ寄って

私が一番好きなクレープ屋さんのクレープを食べました











本当に

本当に

この日が

楽しかった

幸せでした


ここ最近ずっと塞ぎ込んでいたので

余計にそう感じたのかもしれません










今中絶前で

悲しみの真っ只中にいる方

ぜひ思い出づくりしてみて欲しいです




私は中絶後に辛かった時、

この日の思い出に沢山支えられました









私はこれからも海を見るたびに

次男のことを思い出すことでしょう。










この思い出づくりの次の日が

中絶をする病院の初診です。