ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

厚木あゆ種苗センター

℡)046-281-7852

 

往訪日:2025年8月17日

場所:神奈川県厚木市三田1928

営業:10時~16時(無休)

駐車場:あり(5台程度)

アクセス:圏央道・厚木ICから8分

※ここでの食事の提供はありません

  

《まだまだ稚魚》

 

長期夏期休暇あけの疲れた体をおしてまで出かけたのは、ここ厚木あゆ種苗センターが一番の目的だった。なんでも厚木市内を流れる相模川は古来天然アユの宝庫としてられて来た(らしい。こんな都会でアユが獲れるなんて思ってもみなかった)。その稚鮎や人工孵化させたアユを伏流水で養殖したものを販売しているという。

 

しかしいろいろ見つけてくるね。キミは。

 

「そりゃもう。ネットの申し子だからにゃ」サル それに鮎大好きだし

 

旬のものなので毎年6月~10月までの間のみの限定営業だとか。場所は相模川右岸側の河川敷に近い場所だ。民家がポツポツある程度で、ランドマークになるのはゴルフ練習場だけだ。

 

 

だが、ナビ通りに進むとあった。なるほど。季節限定だからプレハブでいいわけか。

 

 

なお、ここでは販売はしているが、飲食の提供、つまりアユの塩焼きとかそういうものは販売していないのでご留意のほど。事実間違ってやってきて手ぶらで帰っていった夫婦がいた。というのは生き締めで手渡しするので、クーラーボックスがマストなのだ。

 

「ちゃんと持参しただよ」サル

 

抜かりはないね。最近物忘れが多いからな。二人とも。

 

 

脇には巨大な養殖池が14もあった。鮎は水流に対して走行性があるので、円形流水が必要。

 

 

店内に入ると身売りされるのを待つばかりな鮎たちが心細げに待っていた。

 

 

明るい笑顔が印象的な女将さんが現れ、商品の説明をしてくれた。売り物は奥の養殖場からたも網で掬ってくれるそうで、眼の前の水槽はデモ用らしい。そうだろうね。やや細身だもの。

 

「天然アユ売り切れじゃん」サル

 

建築なんかみているからこうなったのだろう。判っているが自分から言う度胸はない。それにないものはないのだ。結局移動時間もあるので、氷の活き〆を10尾購入することにした。

 

 

好い感じに〆ているところ。なんでも出荷前の二三日は内蔵を空にするので餌はやらないとか。天然だと藻だけだけど、養殖は配合餌だしね。

 

 

ほんと。厚みがあって背丈もある。そろそろ卵を抱えているそうで。

 

「愉しみ~♪」サル

 

塩焼きかな。

 

「塩焼きでしょ」サル

 

アユの開きも極上なのだが、皆考えることは同じ。完売していた。許せおサル。

 

「また来る!」サル

 

 

ということで自宅に戻って晩餐の準備にとりかかった。鮮度が良すぎて生きているようなその目がなんか悲しそうでみていられない。

 

「ぜんぜん!」サル 早くのもーぜ!

 

そのまま冷蔵すればかなり日持ちするし鮮度も落ちない。ここはお薦めだ!

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございます。

名建築シリーズ356

横浜市下和泉地区センター・下和泉地域ケアプラザ

 

往訪日:2025年8月17日

所在地:神奈川県横浜市泉区泉が丘1-26-1

開館:9時~21時(日曜17時まで)(無休)

アクセス:市営地下鉄・下飯田駅から20分

駐車場:あり(無料)

■設計:山本理顕設計工場

■施工:大洋建設

■竣工:1997年

 

《地味な建築に見所を見出すのもひとつの技術》

 

神奈川県建築巡礼の四件目は横浜市下和泉地区センター。かなりマイナーな建築だが、設計は山本理顕。46歳でてがけた熊本県営保田窪第一団地でスマッシュヒットを打ち、続く緑園都市シリーズでひとつの時代を作り上げたリケン先生が、その後、埼玉県立大、はこだて未来大学、広島市西警察署と大型の代表作を連打する節目の作だった。

 

 

横浜市のふたつの出先機関が入居する地方庁舎のようなものか。

 

 

緑園都市シリーズのやや軽薄なポストモダン調は影を潜め、オーソドックスな箱物に回帰していた。そして、2000年代にとりわけ顕著になるガラス張りのカーテンウォールが提示されている。

 

(平面図)

(横浜市HPより)

 

建物はRC造(一部S造)二階建て・地下一階建て。中庭をもつ構成だが、御覧のように決してロの字ではない。そして二階は空中通路でテラスと結ぶ。そとから見ると凡庸(失礼)だが、内部にこだわりが溢れているのだった。

 

 

建物に入ると中央ロビーがあり、両サイドに二かに通じる階段が通じている。

 

 

そして正面庭越しにはプレイルームがタワーのように青空に浮かんでいた。

 

 

さて。どこをどう見学するか。最初に許可を取ればよかったのだが、これだけウロウロして今更お願いするのも逆に気が引ける。何か魂胆を抱えながら無用な言い訳をするようで。自分でいうのも変な話だが、僕は気持ちが顔に出やすい性質。すでに「やましいです」と顔に書いてあるはずだ。向こうの事務室から職員と思しき中年女性が顔を覗かせてはしきりに僕の存在を気にし始めたのでも判る。となれば長居は無用(最近こんなのばっかり)。

 

「利用者限定の施設ばかりいってるもん」サル

 

 

こういうSUS系の二次製品がほんと好きなんだね。長谷川逸子先生はエキスパンドメタルだったけど。それぞれ好みが出るみたい。

 

 

お年寄りと子供の利用者が多いので仕方ないが、どこか新築マンションがだんだん生活の色に侵されていくのに似ている。やはり福祉系施設は竣工直後が一番いい。

 

「そういう目的の建物じゃないし」サル

 

そもそも建築全般が鑑賞用ではないのよね。

 

 

どう考えても僕は招かれざる客だった。

 

 

二階の回廊で中庭とプレイルームを眺める。うしろの小会議室では将棋愛好会のメンバーが手合せしていた。老人と小学生が和気藹々やっている様を見ると、僕らが子供の頃は地域の爺さんが他所の悪ガキの相手をしてくれていたのを思いだした。他にも、集団で石を投げこんで爺さんにこっぴどく叱られたのを思いだす。なんであんなことしたんだろう。

 

「昔はそれが遊びだったんだよ」サル

 

今はおサルからこっぴどく叱られる毎日である。いや、毎日はないな。週に二回とか。

 

 

せっかく総ガラス張りにしたのはいいが、温暖化が加速してすべての部屋でブラインドを下ろしている。

 

 

今後はこういう温室化しやすい設計って、なかなか許可されないんじゃないかな。

 

 

ということで中空廻廊を渡ってみた。

 

 

プレイルームをぶち抜く構造。

 

 

自由な導線。建物の内外を排除した開放的な空間。その思想はしっかり現れている。

 

 

部屋番号を大きく、そして色で表していた。老人は目が悪いからな。自分もその域だが。

 

 

ロゴが軽快。

 

 

こう暑くては利用者も集まらないのか。

 

 

異様に張り紙が多い。余計なお世話かもしれないけど。

 

 

ということでリケン先生の転換期の佳作を堪能した。建築はソロソロこれくらいにして当初の目的地に移動することにした。

 

「忘れ去られているかと思った」サル

 

それこそ孥叱られるし。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ355

俣野別邸庭園(俣野別邸)

 

往訪日:2025年8月17日

所在地:神奈川県横浜市戸塚区東俣野町80-1

開館:(邸宅)9時30分~16時30分(第三木曜休館)

料金:一般400円

アクセス:小田急江ノ島線・善行駅から徒歩26分

駐車場:あり(無料)

■設計:佐藤秀三

■施工:佐藤秀三建築工務所

■竣工:1939年(2016年復元)

 

《もう少しマメに剪定したほうが…》

 

神奈川建築巡礼三件目は俣野別邸。最後の住友財閥社長の16代目・住友友成(1909-1993)が建てた別邸として知られ、二階建てのコロニアル風建築として名を馳せた。戦後も春子夫人が暮らし続けたが、亡くなる二年後に相続税として国に物納され、重要文化財にも認定された。だが、一般公開を控えた改修工事の矢先、不審火によって灰燼に帰してしまったのである。2009年のことだ。

 

「許せないにゃ!」サル

 

(ちょっと前庭が荒れている)

 

ほぼ全焼という無残な有様だったが、遺された図面を元に横浜市が2016年復元する。そういう曰く付きの建築なのだった。レプリカではあるが、滅び去った数々の建築に較べればありがたい話だ。

 

 

建物は敷地面積約54,000㎡の広大な丘陵地の上に建つ。駐車場はぼぼ満車だったが、皆公園に向かうと見えて別邸に向かう人の姿は皆無だった。

 

「吉田茂邸のときと同じだの」サル

 

レプリカだしね。

 

 

 

住友友成の父、友純といえば名建築・大阪中之島図書館を寄贈し、関西美術院を支援。泉屋博古館の礎を築いた、芸術への理解と関心の深い財界人として記憶される。その息子だけに美への執着は他人より抜きんでていたに違いない。

 

 

美しい玄関だ。

 

 

ただ。どうしても余りに奇麗すぎてモデルハウスみたいで。

 

(平面図)

(横浜市HPより)

 

 

玄関正面に二階に続く階段と奥の間への廊下が並行して並ぶ。部分的ではあるがハーフティンバー調も組み入れていたようだ。

 

 

設計は佐藤秀三(1897-1978)。和洋折衷の木造家屋で名を遺す建築家だった。だが、建築を作品扱いすることを快く思わない潔癖なところがあったようで個としての「建築家」として取り上げられる機会も少なく、素人目には幻の建築家に仲間入りしかけている。

 

 

だが、諦めることはない。三淵邸・甘粕荘(c.1936)、中村研一邸(1959)、向井潤吉邸(1962)など偉人の建築で見学できるものも残っている。ただ、俣野別邸ほどの規模は別格だった。

 

(リビング)

 

秋田の炭焼き職人に家に生まれ、山形県工業学校(現山形大工学部)に進学したのち住友総本店営繕課に入社。当時の上司はあの長谷部鋭吉(住友ビルディング)。また同期には小出楢重アトリエを設計した笹川慎一がいた。まあこの頃の営繕課は逸材の宝庫。腕を磨くには最高の現場だっただろう。

 

(右奥のサンルーム)

 

しかし、25歳で住友を退社。徒弟時代をへて32歳で自らの設計事務所をたちあげた。

 

(リビングから食堂へ)

 

そんな佐藤を住友家はずっと大事にしたようだ。退社10年後にこの建築の設計を委託する。

 

(食堂)

 

食堂の天井に注目。

 

 

天井の嵌め込み板に浮彫りが。たぶんこれは残存部材だと。

 

 

バルコニー越しに庭をみる。

 

 

バスルーム。めちゃオシャレ。くどいようだが戦前の建築。

 

 

玄関に一旦戻る。

 

 

階段に戻って二階に上がってみた。

 

 

特徴的な二階サンルーム。

 

 

客間として利用されたのだろうか。

 

 

二階ベランダ。

 

 

船底になったもうひとつ奥の洋間。これも来客用か。ここで一階の子供室棟へ。

 

「子供のためだけの建物があるのきゃ」サル

 

遊戯室とか寝室とか勉強部屋とかね。

 

 

専用のサンルームも。いやいや。有産階級は違いますな。

 

続いて事務室棟へ。

 

 

宿直室と事務室。どれだけ給仕のスタッフがいたんだろう。

 

 

佐藤は家具や照明、建具もデザインした。

 

 

最奥のポーチ。

 

(附属屋・事務室)

 

この椅子もいい形だ。

 

 

子供室から主屋を望む。

 

(女中室)

 

唯一焼失を免れた書庫を最後に観ることにした。女中室の一番突当りに申し訳程度に附属している下見板張りの建物がそうだ。

 

 

「あら。随分貧相ね」サル

 

書庫だし。飾る必要がないよ。

 

 

書庫とはいえども本物が持つ空気は違った。

 

 

本物を観ることはできなかったが、佐藤秀三の存在とその建築のエッセンスを知ったことは大きな収穫だった。

 

「暑い。死にゅ」サル 蚊にもくわれた

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ355

旧近藤邸

 

往訪日:2025年8月17日

所在地:神奈川県藤沢市鵠沼東8-1

開館:9時~17時(月曜・休日の翌日休館)

料金:無料

アクセス:東海道線・藤沢駅から徒歩10分

駐車場:あり(藤沢市民会館P・有料)

■設計:遠藤新

■施工:女良正吉建築事務所

■竣工:1925年

■登録有形文化財(2002年)

※2026年8月31日以降見学非公開

 

《RC造とはまた一味違う遠藤建築》

 

神奈川近郊建築巡礼の二件目。藤沢市にある旧近藤邸を訪ねた。間もなく建て替えになる藤沢市民会館の敷地内にある(このレポは一年前のものです。この八月いっぱいで管理所を兼ねる藤沢市民会館が閉鎖になるため近藤邸も長期の見学休止になります。興味のある方は早めにどうぞ)

 

 

朝日石綿工業株式会社の経営者・近藤賢二(1874-1948)の別邸として関東大震災の直後に辻堂海岸の松林のなかに建てられた。老朽化によって1980年に取壊しが決定したが、市民による保存運動によってこの地に移設されたそうだ。

 

 

フランク・ロイド・ライトのよき右腕として、国内に多くの洗練された個人邸宅を残した遠藤新(1889-1951)の秀作のひとつである。プレーリー様式を踏襲した外観の木造二階建て。この日は朝から猛烈な陽射しだった。

 

「だから誰もいないにゃ」サル

 

市民会館一階の文化芸術課に声をかけるとスタッフが鍵を開けてくれる。予約不要。ただし、今後どのような見学方法になるのか不明。

 

 

コバの立った下見板張の壁と陸屋根の水平の描線がスマート。扉は得意のモンドリアン風分割。

 

 

側面から。深い庇に複雑に直線がからむ塔屋風の二階は遠藤のスタイル。室外機はあるのだが、エアコンが停止しているので中は蒸し風呂のようで大変だった…。あとね。この季節は藪蚊が多いので虫よけスプレーが必須。

 

 

玄関から一直線に裏庭に続く。海岸そばの立地を考えた構造だ。

 

「海に飛び出せるにゃ」サル

 

 

裏庭は藤棚の下に小さな池。

 

 

平面図と側面図。部屋がL字に連続する構成。日本家屋的に廊下という発想を消している。

 

 

中央に配置された居間兼食堂。モールディングと漆喰の対比が眼を惹く。家具も遠藤のデザインなのだろう。

 

 

お馴染み大谷石の暖炉。

 

 

対面にロングソファ。

 

 

玄関側をみる。造りつけの吊り棚は和の工夫か。

 

 

連子窓風の仕切り窓。最奥の和室へ。

 

 

遠藤建築の魅力。それはアメリカ流のモダニズムで統一しながら、和の旋律が随所で奏でられている点にある。

 

 

ダイヤ型の刳り貫き窓。

 

 

表から見るとこんな感じだ。なお現在の屋根はスレートだが、移築前は栗こば葺きだった。つまり杮葺き。

 

 

続いて玄関左手へ。ひとつ広間を挟んで和室に続く。

 

 

8畳間。腰板付きなのでもっと広く感じる。

 

 

お手伝いさん室。

 

 

キッチン。

 

 

二階へ。階段が割と狭い。

 

 

階段を登り切った処がフローリングのサンルームになっている。

 

 

キュートな照明。

 

 

二階八畳間。

 

 

出窓。筋違いのモールディング。

 

 

やはり建築は内部こそ鑑賞しないといけないと痛感。とりわけ邸宅は。

 

 

露台。

 

 

なかなか見応えがあったが既に汗だく。15分が限界だった…。

 

おまけ

 

同じ敷地にある彫刻が気になったので観てみた。

 

熊坂兌子《平和の像》(1995)

 

核兵器廃絶平和記念碑らしい。台座は熊坂の夫サール・シュワルツの制作。熊坂さん(1933-)は横浜生まれで東京藝大で彫刻を学び、ご主人の故郷イタリアと藤沢を往復しながら創作を続けてきたそうだ。パブリックアートはただそれだけを鑑賞すればいいのかも知れないが、作者や作品の背景を知ると、より理解が深まる。建築と彫刻は常に近い所にある。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ354

神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)

 

往訪日:2025年8月17日

所在地:横浜市栄区小菅ヶ谷1-2-1

開館:(常設展示室)9時~17時(月曜休館)

アクセス:JR京浜東北線・本郷台駅から徒歩2分

駐車場:あり(地下式・有料)

■設計:松本洋一設計事務所

■施工:大林組・松井建設・三木組・明誠建設・白井組JV

■竣工:1997年

 

《大人も楽しめるスペースワールド》

 

長い旅路の果てに横浜に戻った。しかし、旅を終えた途端に好天の予報。二三日は旅の疲れを癒すつもりだったが、旨い鮎を買える店を厚木に見つけたという。鮎の旬は短い。ならば県下の建築巡礼を兼ねて出掛けてみようという事になった。

 

「勝手に決めるな!」サル アユアユ

 

うまい酒ごちそうするから。

 

「ほんと!」サル じゃ許しゅ

 

 

最初に訪ねたのは本郷台駅前にある地球市民かながわプラザだった。

 

 

家から近い処にも面白そうな建築がまたまだある。何事も知り初めが一番愉しい。

 

 

学習センター、情報・相談センター、サポートネットワークの機能を有する複合公共施設。神奈川県と横浜市による共同事業で建設された。

 

 

目指すは「平和な国際社会の実現」と「子供の豊かな感性を育む拠点」(HPより)。宇宙船をモチーフにしているのはそのためとか。それにしては子供の姿が少ない。こんな都会なのに。行く末が案じられる。僕なんかが案じてもどうしようもないのだが。

 

 

鉄筋コンクリート造・地上5階+地下1階。建築自体はポストモダン以後の“なんでもあり”の典型。設計は地場コンサルの松本洋一設計事務所があたった。主に神奈川県下の公共建築に携わっている。

 

「中央ホールにいってみゆ」サル

 

 

中央アトリウムから各施設に放射状に広がっている。

 

 

子供が喜びそうなエレベーターだ。

 

 

映画「スターウォーズ/帝国の逆襲」のラストシーンのマット画を思いだした。

 

 

これはHAL9000の眼を連想。怖い映画だった。ていうか人工知能の叛乱ってもう仮想の話じゃないね。

 

 

よくも悪しくもバブルの遺産。

 

 

80年代SF映画のテイスト。スタートレックとか宇宙空母ギャラクティカとか。

 

 

おとながこんなに燥いではいかんのだが。

 

 

建物前のオーバーブリッジは通路になっていた。

 

 

地下駐車場と繋ぐ階段。

 

 

チープと過剰のギリギリのライン。

 

 

仙田満の建築に似ている気もするが。それより禁欲的かもしれない。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ353

岡崎西光寺本堂

 

往訪日:2025年8月15日

所在地:愛知県岡崎市井ノ口町字片坂46

開門:不詳

アクセス:愛知環状鉄道・大門駅から徒歩20分

駐車場:あり(3台)

■設計:SUPER-OS(吉村康孝+吉村英孝)

■施工:小原建設

■竣工:2005年

■グッドデザイン賞(2007年)

 

《モデルはアンコールワット》

 

名古屋建築巡礼の最後、つまり2025年夏・西日本の旅のオーラスは岡崎西光寺本堂だった。ここは浄土真宗の寺院だが、その本堂がかなり風変わりだと知り、是非往訪したいとかねがね思っていたのだった。

 

「宗教施設なのに入れるのち?」サル

 

 

観光寺院でもないし、一般の檀家さんが集まる地域の寺。建築巡礼とはいいつつ、あくまで個人の趣味。果たして見学できるのだろうか。

 

まず注意するべきは岡崎市内に西光寺という寺が三つ存在することだ。多くの参拝者ならぬ建築巡礼者はマイカーで往訪するものと思われる。その場合は住所でナビをセットしよう。

 

 

大通りから細い生活道路に入る。幾分不安になったが、無事駐車場にアクセスできた。問題はここからだ。おサルはもう暑いのはゴメンだということで単身挑むことに。

 

「暑くてかなわん」サル もういい!

 

 

敷地内に入ると…

 

「はいっとるし」サル

 

 

確かに耐候性鋼でできたとても仏教寺院とは思えない本堂が眼の前に現れた。しばし、腕を組んだり、顎に手を寄せたりと感心するふりをしてあたりを伺う。

 

 

時折、寺の奥さんと思しき女性が忙しそうに控え所のなかを通り過ぎるが、声をかけるタイミングがつかめない。というより勇気がでない。内部がどうなっているのか気になる。

 

すると神の恵みか、いや御仏のご加護か、奥さんと眼が合い「見学ですか」と訊かれた。そうだと答えると「どうぞ」と簡単に招き入れてくれるではないか。やはり何事も頭で考えて勝手に諦めるのではなく、チャンスは掴むものだと改めて感じながら鏡のような自動ドアの前に立った。

 

 

なんと。祭壇は至って普通な、いや様式が普通なだけで装飾は絢爛豪華。これは一見の価値ありといつものように仰角で天井を眺めていると、突然、白髪ロン毛を束ねた痩身初老のファンキーな男性が物陰から現れた。

 

「なに?参拝?」

 

いえ。あの。見学を。

 

「ああ。納骨?」

 

それは御覧のとおり間に合ってます。

 

「じゃ悩み?人生相談?」

 

いやあの…。不謹慎かもしれませんが、建築をですね、みたいかなと。

 

「あー。建築ね。じゃちょっと待って」

 

 

暫く奥でゴソゴソやっていたかと思うと、本堂が紹介されたムック本とそのタネになった朝日新聞の記事を持って現れ、いろいろ解説が始まった。聞けばこの方、白のTシャツとデニムといういで立ちだったが歴とした住職。その長男さんと岡崎高校バスケ部の同級生である建築家兄弟に設計委託したのがこの本堂らしい。

 

(固唾をのんで)あの…。写真とかやっぱりダメですよね。

 

「あー。いいよ」とアッサリ許可。

 

 

改修するにあたり「どこにもないもの」を作りたいと考えた。そう内田裕也のような目力で住職がいう。しかも檜材などは眼が飛び出るほど高額だ。そこでバブル崩壊後で鉄冷えだった神戸製鋼から耐候性鋼材を購入。内装は簡易建材で纏め上げることに。デザインはアンコールワットから採った。

 

住職曰く仏教的な主題がふたつあるという。

 

「判るか!?」

 

即答を求められて、もごもご云っていると

 

「はい!失格!建築好きならもっと勉強せんといかん」

 

とバッサリ。取材させてもらっている手前、苦笑いするしかない。

 


第一は明と暗。吊るされた電球がランダムな長さになっているのはそれを表現するためらしい。

 

 

第二は鏡の入り口。最初に煩悩まみれの自分が写り、扉の向こうに阿弥陀様。つまり聖と俗が対峙するしかけらしい(因みに鏡に映る僕は煩悩まみれでお見せできる代物ではないので消している)。

 

 

こうして講釈は20分ほど続いただろうか。以前断りもなく内装を観にきた三人組をつかまえて「失礼だろ。名刺をだせ!」といったら静大の教授だったと住職はカラカラと笑った。その教授のほうが悪いが、少し間違えれば自分も同じ目にあっていたかと思うと恐ろしい。

 

 

どれも貴重な話だったが、なにぶん帰りの時間も迫っている。終始気もそぞろだった。車で出迎えたあきれ顔のおサルに事の顛末を語ってきかせると…

 

「ヒツジっぽい」サル

 

そう笑われた。長く続いた7泊8日の旅。温泉あり。建築あり。美術あり。そして急流くだりありと詰め込み過ぎな夏休みだった。ただ、今年の夏休みがもうそこに迫っているのが恐ろしい。

 

「ブログ一年遅れだの」サル

 

(2025夏西日本の旅おわり)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ352

常滑市陶芸研究所本館(現 とこなめ陶の森陶芸研究所)

 

往訪日:2025年8月15日

所在地:愛知県常滑市奥条7-22

開館:9時~17時(月曜休館)

料金:無料

アクセス:名鉄空港線・常滑駅から徒歩25分

駐車場:あり(無料)

■設計:堀口捨巳

■施工:松井建設

■竣工:1961年

■DOCOMOMO認定(2014年)

■登録有形文化財(2023年)

 

《昭和30年代にこの色この形》

 

名古屋建築巡礼の七件目。遂に憧れの常滑市陶芸研究所を訪ねることができた。設計は堀口捨巳。日本の分離派運動を仲間とともに牽引。そして数寄屋建築を深く研究。その融合を図った稀有な建築家である。そして残念なことに堀口の建築ももはや風前の灯火であり、とりわけ表現主義やモダニズム系は絶望的。そんなわけで貴重な作例なのだった。

 

 

場所はとこなめ陶芸の森。手前の資料館に駐車したが、中に止めてよかったのかもしれない。

 

 

常滑焼を伝承するとともに、陶芸入門者を指導する施設として、常滑市長も務めた伊奈製陶株式会社(現INAX)の創業者・伊奈長三郎の寄附で建設された。

 

「INAXライブミュージアムでタイル焼いたにゃ」サル なつかし~

 

遥か昔ね。

 

 

竣工は1961年。表現主義の平和記念東京博覧会平和塔(1922)に紫烟荘(1924)、モダニズムの吉川邸(1930)、大島測候所(1938)など、目まぐるしく作風を変えつつ後年は数寄屋の世界に沈潜していった。

 

 

そんな堀口が明大工学部教授として教鞭を振るっていた時代の、いわば遅咲きの、そして突然のモダニズム回帰だった。

 

 

遠目に見た時「紫色に塗ったのか?」と早合点したが、近づいてみるとラベンダー色のグラデーションは色違いの小口タイルで仕上げられていた。RC造というのでグレーのコンクリートだと決めつけていたのだ。

 

 

このタイルは伊奈製陶オリジナルの顔料で着色したモザイク用で、堀口自身の提案だったそうだ。しかし、どういう経緯、あるいは着想からこのような色目になったのだろう。

 

 

建物側面に付された斜路は、今はなき明治大学泉体育館第二校舎の斜路を思わせた。

 

 

庇の天窓からそそぐ陽光が天使の階段のようだ。

 

 

吹抜けの中央ホール。この左手に陶磁器展示室、右手に事務室がある。二階にあがる場合は事務員に声をかけるように書いてあった。あまりの美しさに感動し、車で待つというおサルをわざわざ呼び出したのは云うまでもない。

 

「めちゃあつい…」サル💦

 

エアコンも扇風機もないからね。それに負けないスタッフがすごい(扇風機は使ってました)。

 

 

一見すると木製のような中吊り階段は合金製。この軽快さで荷重を支えるのだからすごい。

 

 

天井の照明。サイズの異なる網目から覗く照明の光と形の変容は、山口勝弘が50年代に発表したヴィットリーヌを髣髴とさせるものがある。はたして交流があったのか。それは判らないし、唯の妄想でしかない。

 

 

ふり返る。昭和36年竣工の鉄筋コンクリート構造物がいまだ延命されているのは、常滑市がこの建築を後世に残そうと努力しているためだ。

 

澤田重雄《記憶》(昭和時代)

 

正面に据えられたオブジェ焼の作者・澤田重雄氏(1931-)は常滑焼の重鎮。優雅な釉調と幾何学的なモダンな作風は今も観る者に何かを訴えてくる。

 

 

紫色のガラスブロックは珍しい。

 

 

昭和の時代にはやったこの資材も、もはや一社しか製造していないと聞く。

 

 

観音開きの玄関の扉。満月?

 

 

その奥に伊奈長三郎を顕彰するレリーフがある。保有する伊奈製陶の株式15万株を寄附。その売却益で建設された主旨が記されていた。

 

「二階にあがってみる」サル

 

 

この和洋が組み合わされた部屋が一番素敵だった。

 

 

堀口好みの茶室。炉が切られていないけど。

 

 

茶室側から。応接セットも往時のままなんだろうね。ドアノブの赤い装飾と調和しているし。

 

 

その奥には会議室が続く。ここは至って実用的。

 

 

その奥にも和室。鴨居や欄間が省略された伸びやかな空間。

 

 

ベランダ側からの風景。

 

 

更に屋上へ。まさか上がれるとは思っても見なかった。

 

 

トップライトの採光窓。

 

「変わった形だの」サル

 

下からみるとツノに見えるんだよね。ツノガエルとか。

 

 

特にこの形がね。

 

 

ガラスの枠は木製。これも和と洋の融合?

 

 

モールガラスだった。ザ・昭和。

 

 

次は展示室。一室だけだが展示ケースの配置とトップライトのデザインが素晴らしいのだ。

 

 

めちゃ幾何学的。

 

 

ここで幾つか陶芸もメモを。

 

《自然釉猫掻き文大甕》(平安時代末期)

 

中世の自然釉の大甕の魅力は器体のおおらかさと全体のリズム。そして作為のない釉の発露。

 

二代山田常山《朱泥細字刻急須》(昭和時代)

 

常滑焼の代名詞・山田常山。三代目の作品は過去鑑賞しているが、二代目は初。より伝統に根差した作風。全体的に丸みを浴びた容がすばらしい。

 

二代伊奈長三《千筋藻掛水指》(江戸後期)

 

伊奈長三(いな ちょうざ)は常滑焼の名窯元。名前から判るようにINAX創業者の長三郎はその五代目の兄の息子。本来であれば六代目を踏襲していたところだが、父・初之丞の起業家魂が近代窯業へと一族を導いた。その伝統の技。常滑焼にこんな色目があったとは初めて知った。

 

大迫みきお《灰釉壺》(昭和時代)

 

桧原窯を開いた大迫みきお(1940-1995)の壺。大分生まれ。ここ常滑市立陶芸研究所に学ぶ。灰釉を得意とした江崎一生ほか、優れた教授陣に教えを受けている。たしかに他の大迫の作例をみると江崎のようにサッと釉薬を刷いた作品が見られる。こうした子弟の技の伝承も面白い。

 

 

ちなみに資料館は常滑焼の歴史や古陶磁器を中心に展示されているそうだ。今回は時間がなかったので割愛したが、陶芸好き、歴史好きの方には興味深い資料館だと思った。

 

「あと行けても一箇所くらいかにゃ」サル

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ351

日進市立図書館

 

往訪日:2025年8月15日

所在地:愛知県日進市蟹甲町中島3-3

開館:9時30分~20時(週末17時)(月曜休館)

アクセス:名鉄・日新駅から徒歩25分

駐車場:あり(無料)

■設計:岡田新一設計事務所

■施工:フジタ・アイサワ工業JV

■竣工:2008年

 

《とても岡田の設計とは思えない》

 

名古屋建築巡礼の六件目は日進市立図書館だった。日進市まで高速で移動。名古屋周縁の建築はマイカーでの往訪がベストだ。おサルには申し訳ないが、トコトン観ることにした。設計事務所は最高裁判所の岡田新一(1928-2014)。

 

「また温泉連れてってもらうから」サル

 

 

着いて驚いた。これが岡田?形や色彩の異なる立体が連続する姿は一時期の磯崎新のようでもある。明らかにテイストの異なるこの建築。誰がチーフを務めたのだろう。とても気になる。

 

 

建物に明けの明星、月、宵の明星、太陽をモチーフに組み込んだらしい。ということはあの円形の窓は太陽か。このあたりのデザインは北川原温にも似ている。ま、どこにでもあるといえばそうなんだが(横浜山手にも同じ窓をした某邸がある)。

 

 

すりガラスのダブルスキンにタイル装飾。2000年代の建築らしい抑制された造り。

 

 

太陽の外構内部。

 

 

その天井。かなり意匠に遊びがある。いいね。この建築。リズムがあって。

 

 

晴れた日だとこんな感じで光が差す。

 

 

正面入口。

 

 

2000年代はコスト縮減の時代。それをチープに見せないのが建築家の腕。

 

 

図書館ゾーンとワークショップゾーンを繋ぐテラス。ベンチもそれぞれ個性的。

 

 

この猛暑。写真は映えるが、さすがに外でおしゃべりする若者はいない。

 

「みんな中でご飯食べてたもんね」サル

 

 

テーブルもベンチも事務所のデザインなんだろうね。

 

 

廻廊部。

 

 

 どぶ鍍金のルーバー。遮光と意匠性を兼ね備えた工夫。

 

 

内装は至って普通だった。

 

 

オーナーが高齢あるいは不在になると途端に枯れてしまう設計事務所が多々あるなか、岡田は晩年まで頑張っていた。そして、利用者が集いたくなるような、遊び心と居心地の良さが同居した建築だった。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ350

プロソリサーチセンター

 

往訪日:2025年8月15日

所在地:愛知県春日井市鳥居松町2-294

開館:事前予約制

アクセス:名古屋第二環状・勝川ICから15分

駐車場:なし

■設計:隈研吾建築都市設計事務所

■施工:松井建設

■竣工:2010年

 

《足場のようなデコレーション》

 

名古屋建築巡礼の五件目はプロソリサーチセンター。ゴチャゴチャ言いながらつい観てしまう。クマモノが放つサイコキネシスはある意味すごい。特に右サイドからの眺め。

 

 

場所は春日井市の住宅街のど真ん中。通りすぎ様に見るような場所ではない。

 

 

歯科材料製造を行う㈱シージーデンタルプロダクツの研究施設だった。

 

「入れ歯とか差し歯とか?」サル

 

しかし、左からみると化粧だと歴然と判る。

 

「右と左で見え方が違うね」サル

 

あしゅら男爵だな。

 

 

行くまでは知らなかったが、事前にHPから予約すれば内部見学もできるとか。建築よりもそっちの方が興味深かった。

 

 

「なかなか入れ歯専門の資料館ってないもんね」サル

 

ただ、お盆の間は受付されてなかった。どのみちダメだったということね。

 

 

まるで足場で囲まれた大規模改修中の家みたいだった。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

名建築シリーズ349

愛知国際アリーナ(IGアリーナ)

 

往訪日:2025年8月15日

所在地:愛知県名古屋市北区名城1-2-2

開館:イベントによる

アクセス:地下鉄名城線・名城公園駅から0分

駐車場:コイン式駐車場あり

■設計:前田建設工業・隈研吾建築都市設計事務所・大建設計JV

■施工:前田建設工業

■竣工:2025年

 

《こんなのできたんだね》

 

名古屋建築巡礼の四件目は愛知国際体育館。愛称:IGアリーナである。名古屋造形大学が第一の目的だったのだが、その面前に巨大かつ一見して誰の設計か判る巨大ドームが建設されていた。

 

 

県民憩いの名城公園の一角に新設されたその体育館。意匠設計は隈研吾。英国の金融グループがネーミングライツを取得している。名古屋時代にはジョギングコースとして利用し、春には芝生にシートを広げて花見に興じた想い出の公園。かつてここに古い野球場とプールがあったことを朧気に思いだした。

 

「昼間から飲んだくれてた」サル

 

その跡地に建てたらしい。設計JVだが恐らく乙型かと。隈先生の事務所は内外の意匠のみ。

 

 

竣工五箇月後。まだ枯らし期間だったのだろう。なんとなく近寄ってはいけない雰囲気だったので、じわじわと接近。

 

「結局いっとるやん」サル

 

 

パッと見眼を惹く樹形アーチだが…。“一連の問題”を考慮してというより、強度確保の観点からなのだろう。鉄骨に合板を外装したものらしい。

 

(ネットより拝借しました)

 

ちなみに内部はこうなっているらしい。割と実用第一主義。豊田市体育館のような建築は詣でてこないのかもね。ザハが否定されたあの日から日本のスタジアム建築のクローン化は続く。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。