名建築シリーズ282
新橋駅前ビル1号館・2号館
往訪日:2025年5月13日
所在地:東京都港区新橋2-20-15(1号館)
開館:
(平日)7時~0時30分
(土日祝)7時~21時
アクセス:JR新橋駅の眼の前
駐車場:地下式(有料)
■設計:佐藤武夫設計事務所
■施工:戸田建設
■竣工:1966年
《東口に佇立する1号館》
2025年4月。建設工業新聞紙上の「新橋駅前ビル取壊し」という記事に愕然とした。たしかに日比谷近傍の建設ラッシュはすごい。遠からぬ日にそういうことが起きてもおかしくない。そう漠然と思っていた。しかし、突きつけられた以上、ジッとしていられない。人流の少ないよく晴れた平日の昼下がり。近在での打ち合わせを口実にチラ見に出た。
「さぼったのち?」![]()
お昼タイムだよ。
新橋駅前ビルといえばニュー新橋ビルと並ぶサラリーマンの聖地。それが名建築だといわれて戸惑う向きもあるだろう。低層階は有象無象の飲食店やサービス業が犇めく雑居ビルである。しかし、このグリッドライン。ピンとくるものがあった。
グリッドといえば佐藤武夫だ。60年近くの風雪によってくすんでいるが、当時は画期的なカーテンウォールだったに違いない。ちなみに竪板状に嵌め込まれているのは溝型ガラスらしい。
「オサルチーヌはまだ生まれてない」![]()
地階にくだる階段側壁には抽象的なレリーフが施されている。
そして信楽焼の狸の銅像。もともとこの界隈は「狸小路」と呼ばれる大衆酒場街だった。
寄進に参加した企業。飲食関係のなかに日本ヘラルド映画の名前がある。竣工翌年の1967年にゴダールの代表作「気狂いピエロ」を配給した。高校生の頃に福岡の場末の名画座テアトル天神で観た。そのへラルドが入居していたと思うと万感胸に迫るものがあった。
普段は何の気なしに利用しているが、無くなると思うと名残り惜しい。
緑釉じみた焼成タイルがモダンだ。隅角を塗りまわし風に処理している。
「細かいところに工夫があるにゃ」![]()
地下街に続く壁にはエンボス加工。
カラフルな床材は高度経済成長期の勢いを物語っているようだ。
しかし、なぜデッドスペースが生まれやすい断面になったのだろう。再開発に充てられた用地がこの形に限定されていたのか。であれば、そこから複雑なレゴブロックのような構造を立ち上げた佐藤の想像力に惜しみない拍手を送りたい。
階段部。この時代の建築ではこの手の防護ネットをよく眼にする。
鉄筋コンクリート造地上9階・塔屋3階。2号館も同じ仕様。平面の形が小ぶりなだけだ。
二階。商業フロア。いずれなくなる日のために。
「ただの商業ゾーンだにゃ」![]()
それもまた味。
化粧材は白色トラバーチン。昭和だ。
ただ一番の見所は、スリットとポチ窓がついた分離派風の塔屋だと思っている。二号館の塔屋は某信販会社の広告が外されて竣工当時の姿が拝めるようになった。朝夕の通勤の際に眼を細めて見ている男がいたらそれは僕だ。
それからおよそ一年。今もビルは健在だ。肩透かしを食らったような気もするが、ミキプルーンの三基商事東京本部ビルの例もある。油断はならない。ある日突然のようにバリケードで封鎖され、たちまち重機による破壊が始まる。昭和の建築とは儚い存在なのだ。
「昭和ジジイだのー」![]()
(つづく)
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