ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうとおサル妻の山旅日記

はじめまして。
アラフィフのひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

駒形どぜう 浅草本店

℡)03-3842-4001

 

カテゴリ:泥鰌鍋

往訪日:2019年10月14日

所在地:東京都台東区駒形1-7-12

営業時間:11時~21時(年末年始以外は年中無休)

■アクセス:東京メトロ銀座線「浅草駅」2出口より徒歩5分

■席:【地下】椅子席、【一階】入れ込み座敷、【二階】大広間

■予算:~5000円

■カード:可

■予約:一階以外は可(ただし予約料10%加算)

 

≪姿はグロくても味は絶品≫

 

こんばんは。ひつぞうです。季節の変わり目は体のあちこちに変調が現れて困り

ますね。少し精をつけようと浅草の老舗料理屋でどじょう鍋をつついてきました。

 

★ ★ ★

 

東京に来たばかりの頃は下町の味の老舗処にかよったものだ。先だって、深川

みの家で久しぶりにその空気に触れて、浅草の駒形どぜうにおサルと一緒に

行ってみる気になった。

 

 

五年ほど前に当時の上司と同僚の三人で訪れたことがあった。どうしても行きた

い店がある。上司はちょっと照れ臭そうに言った。グルマン気取りではないが、

地方の名門出身だったせいか、粋を好むところがあった。普段はただの色好みと

して通っていたが、それは処世の術であり、本当の姿ではないことを僕は知って

いた。

 

自分の正味を曝すというのは、不惑を過ぎた男には益々恥ずかしいものである。

上司は地階のテーブル席の一隅に僕らを招じ入れると、まずぬる燗を一本つけ

るように中居に命じた。時は四月。年度初めで諸諸の憂さもあったろう。上司は

少し上機嫌だった。

 

★ ★ ★

 

駒形どぜう浅草本店の創業は1801年。時代としては謹厳かつ清廉を旨とした

白河藩主松平定信の改革が施行された寛政年間の末期に当たる。武蔵国の

出なる初代越後屋助七が浅草の門前町に開いたどじょう屋がおおいに繁盛。

二代目のくじら鍋も当たり、現在に至っている。当代七代目。

 

なお、店の案内によれば、暖簾の「どぜう」の文字、当時の表記「どぢやう」

四文字で縁起が悪いために初代の発案で三文字したのだそうだ。偶数は割れ

るからね。商売人には割れるという表現はタブー。

 

ところで。我が家のおサル。実のところ泥鰌はダメなんだよね。

 

「どじやうもくじらもダメ~!ひつぞうが他にもメニューがあるっていうから…」サル

 

 

御覧のとおりだ。潔いね。どじょうとくじらの二品で真っ向勝負。とりあえず

ビールでも飲もうよ。

 

 

地階は以前来ているので、江戸の下町情緒を味わうためにも、一階の入れ込み

座敷で粋に昼酒をあおってみた。

 

「どうでもいいけど、そうならそうと言って欲しかったにゃ。デニムがパンパン

座りにくいにゃ!」サル

 

二人とも超タイトなデニムで来てしまった。よりによって…。おサルはMETのスリ

ムパンツ。いつも山ウェアばかりではないのだ。

 

「ただ太ってパンパンなヒツとは条件が違うにゃ」サル

 

僕だってEPOCAですよ。失礼な!

 

 

本当は「さらしくじら」か「刺し身限定品」を試してみたかったが、おサルがどぜ

うを完食できるかどうかが先決なので遠慮することに。また別の機会にしよう。

 

ただ、北川本家の富翁純米を頼んだのは言うまでもない。

 

どぜう鍋(1850円)を二人前に頼んだ。注文してまもなく、中居さんが火の点い

た豆炭入りの鍋を持ってきてくれる。この量でこのお値段。老舗を味わうのはそ

う毎度の様にはいかないね。

 

 

ある程度下処理されているが、かなりグロいね…。穴子や鰻はさほどでもない

のに。なんでだろうね。魚類というより両生類を想起させるせいか??

 

サイドに置かれた昔の煙草盆に似た器に入った山盛りの青葱をしこたまぶち込

む。別料金のささがきごぼう(450円)と生玉子(150円)も必須だ。こうすることで

生臭さは一層感じられなくなる。

 

 

ちょうど昼どきだったので厨房は大忙し。

 

 

つまみがてらに玉子焼きを突いてビールを空にした。少し甘口の昔ながらの玉子

焼きだった。

 

「酒がないにゃ!」サル

 

 

やっぱり昼酒は旨いけど効くね。

 

 

もう良さそうだ。器によそって玉子と一緒に口に運ぶ。お好みで山椒か唐辛子を

かけてもいい。個人的には山椒派。

 

「うまいよ!どぜう」サル

 

良かったよ。そうなんだ。昔の柳川なんかは小骨が当たって、これはどうかと思

ったものだが、駒形どぜうはしっかり下処理してあるので、食感は良いし、まず

生臭さとは無縁。しっかりダシが効いているので箸が進むんだよ。

 

 

どぜう一人前ずつに玉子焼きを半分こしただけだったが、かなりお腹が膨れた。

葱とゴボウをしこたま振りかけたせいだろうか。全身がダシの匂いで大変なこと

になった。

 

★ ★ ★

 

男ばかりで酒など飲んでも少しも旨くはない。確かにそうかもしれない。あれは

色気のない酒宴だった。だが、普段の裃を脱いだ上司との会話ばかりが強く印

象に残った。

 

店を出た僕ら三人は仕事の満願成就を祈念するために浅草寺に向かった。夜

桜がたいそう美しかった。誰かと喜びを分かち合いたかったが、イラン人の若い

男がにやけた表情で、闇に消えていっただけだった。桜の季節の雷門にこうした

静寂があることが不思議だった。

 

どじょうは思いのほか美味い。それ以外にもこの店でおサルに伝えたいことがあ

った筈だが、旨く表せず仕舞いのまま、糠雨に濡れた石畳を歩いて帰った。

 

(おわり)

 

いつもご訪問ありがとうございます。

コートールド美術館展/魅惑の印象派

 

往訪日:2019年10月14日

会場:東京都美術館(上野)

会期:2019年9月10日~12月15日(月曜休館・火曜不定休)※HPで要確認

開館:9時30分~17時30分

料金:大人1600円

 

≪今年一押しの名画きたる≫

いつものアート系備忘録です。興味のない方はスルーしてください。長いよ。

(一部を除き画像はネットより拝借いたしました)

 

こんばんは。最悪の気象災害を前にして、できることは何かと自問の日々のひ

つぞうです。

 

「山にいかないことだにゃ。復旧の邪魔になるだよ」サル

 

平常であることを失った人びとが大勢いるなかで、趣味娯楽に興じることに一抹

の罪悪感がありますが、二日間自宅に籠もっていたので、買い出しも含めて街に

出ました。向かった先は上野の東京都美術館。開催中のコートールド美術館展を

鑑賞してきました。

 

「間違って六本木に行ったことは書かないのちにゃ」サル

 

★ ★ ★

 

 

コートールド美術館はイギリスの実業家サミュエル・コートールドの個人コレクシ

ョンを基盤とするコートールド美術研究所のギャラリー。フランス印象派作品の

貴重な蒐集で知られる。今回、改修工事に併せて、日本での大規模巡回展が決

まった。これはまたとない機会なのだ。

 

次は愛知、神戸と続くよ。

 

 

サミュエル・コートールド(1876-1947)。レーヨン生産の成功で巨萬の富を築いた

フランス系イギリス人の実業家。それだけならば、唯の金持ちに過ぎない。彼の

凄いところは、評価が定まっていなかったフランス印象派の作品を短期間で買

い求め、英国随一のコレクションに仕立てあげたことだ。その審美眼もさることな

がら、個人の財産ではなく、人類の遺産として後世に託すことを目的に蒐集を続

けたことがすごい。

 

展示構成は以下のとおり

 

1.画家の言葉から読み解く

2.時代背景から読み解く

3.素材・技法から読み解く

 

いかにもアカデミックな構成になっている。しかしご安心を。主要作品の解説と

見どころを現地の巨大パネルに図解してあるので初心者でもよく判る。小難し

い解説はすっ飛ばして、それだけ観ても十分鑑賞の価値があるよ。

 

ということで、構成は措いといて巨匠の代表作を好きなように追っていこう。

 

「面倒くさいだけなんじゃね?」サル

 

★ ★ ★

 

まずはセザンヌね。

 

ポール・セザンヌ「カード遊びをする人々」(1892~1896年頃)

 

セザンヌは同様のモティーフの作品を五点描いている。特筆すべきは人物やテ

ーブルの大きさや角度が微妙に異なる点。これは構図に腐心している表れだ。

 

左の男性を見てみよう。上半身の、特に頭部に対して異様な太腿の太さ。足だけ

みると、右の男の手前にあり、頭だけみると逆に奥にいるように見える。テーブ

ルも微妙に左に傾いている。

 

「下手なんじゃね?」サル

 

全て計算なんだって。セザンヌのすごいところは、初期印象派と早々に訣別し、

キュビスムの黎明ともいうべき、多視点の歪んだような構図や立体的な色彩を

生み出したことにある。近代絵画の父と呼ばれるのは、ピカソマティスなど

二十世紀絵画への橋渡し的な役割を担ったからなんだよ。

 

「ふ~ん」サル

 

あんまり興味ないらしい。

 

★ ★ ★

 

次はルノワール。

 

オーギュスト・ルノワール「桟敷席」(1874年)

 

78歳で生涯を閉じたルノワールもまた、幾たびかの画風の変化を見せた。コー

トールド自身が非常に気に入り、自室の壁にかけて対話を試みたという巨匠

43歳の名品がこれ。古典主義に回帰するまでの、いかにもルノワールらしい

清楚と艶冶が同居するような女性像だ。この時代の特徴は、衣裳や背景を粗

いタッチと精確なデッサンで固め、女性の肌を白磁のようなきめ細やかさで描

く点にある。

 

解説では、やれこの時代の上流階級の風俗画の嚆矢だとか、やれ舞台を見

ずに鑑賞者にあてられた視線が謎めいているだとか書かれているが、メッセ

ージの解釈よりも、画家の技そのものに眼を見張りたい。

 

「なんかチコちゃんの森田美由紀さんみたいな解説が多くね?」サル

 

オーギュスト・ルノワール「靴紐を結ぶ女」(1918年頃)

 

コートールドが最初に購入した二枚のルノワール作品のうちの一枚。最晩年の

云わば円熟期の作風。よく昔の喫茶店などに飾られていた複製はこの時代の

ものが多いよね。再び輪郭線を失った、色彩による演出が特徴的。

 

ね。「桟敷席」と全然違うでしょ?

 

「ちょっと運動したほうがいいと思うにゃ」サル

 

この時代はこういう肉づきが美しいとされていたの。

 

≪参考資料≫

梅原龍三郎「黄金の首飾り」(1913年)

東京国立近代美術館蔵 今回未公開

 

弟子の梅原龍三郎の作品を観ると、その影響を読み取ることができる。ルノワー

ルの穏やかな色調に、梅原の、菩薩を見るような東洋的な女性の解釈が見事に

融合した傑作。

 

画家はその時々で一番だと思える表現で美を求めたのだろう。

 

「おサルの美は腹筋みっつ割れだにゃ」サル

 

まだ割れているもんね…。鍛え過ぎだよ。

 

★ ★ ★

 

次はゴーガンね。

 

ポール・ゴーガン「テ・レリオア」(1897年)

 

コートールド美術館はセザンヌとゴーガンのコレクションで知られている。実業家の

画家との出逢いは1922年のバーリントン美術クラブでの「フランス美術100年展」

そこで見たゴーガンの描く“高貴なる未開”に一目惚れしたんだ。カネもあるし、大人

買いってわけよ。

 

ただ、個人的にはゴーガンの画は相性がよくない。この「テ・レオリア」だけはちょっ

と好きかも。

 

★ ★ ★

 

どんどんいこう。次はモディリアーニだよ。

 

「ひつぞうは好きだよにゃ」サル

 

うん。モディリアーニの描く女性って、なんか好きなんだよね。この裸婦像はいわ

ゆる陰毛をリアルに描いたことで物議を醸したんだよね。よく見ると、クリクリっと

巻き毛になってるんだ。全体的に直線と曲線を融合したプリミティブな表現にあっ

てそこだけリアルなんだね。そりゃ目が行くよね。

 

「そこだけ異様に注視してたもんにゃ…」サル

 

いいんだよ!芸術なんだから。

 

アメディオ・モディリアーニ「裸婦」(1916年)

 

大事なことがもうひとつ。なんとなく塗られているような肌の色。X線の分析だと顕

著なんだけど、胴の部分は平筆を押し付けるように、そして顔はベタ塗り、紙は逆

に鋭利な釘で引っ掻いたような跡がある。リアリズムではなく、自分が見ている女

の肌を再現するための試行錯誤の跡があるんだよ。

 

≪参考資料≫

アメディオ・モディリアーニ「裸婦」1917年(個人蔵) 未公開

 

たくさんの裸婦があるけど、モディリアーニの女は憂いと濃密な女の匂いに

満ちている。その同居が好き。

 

★ ★ ★

 

それではオオトリ。

 

エドゥアール・マネ「フォリー=ベルジェールのバー」(1882年)

 

既成の絵画の約束事を覆す作風で印象派の父とも称されるマネ。しかし、その画

家としての生涯は複雑だ。この時代の音楽家や画家に見られるブルジョワ出身の

マネは、アカデミーに批判的ながらも、伝統的なヨーロッパ絵画の延長からスター

トしている。狂いのないデッサン。的確な色彩の再現。

 

だが画家は約束された物語の再生産に興味はなかった。マネの作風の集大成と

も云うべき本作は、まず、このバーメイドの背後の鏡の中の後ろ姿の非対称性、

それと彼女自身の笑っているのか、やる気がないのか微妙な表情、これらの謎

が詮索される。

 

フェリーニをモチーフにしたミュージカル映画「NINE」にも出てくる大人の娯楽の殿

フォリー=ベルジェール。そこはもうひとつの男女の出逢いの場でもあった。

 

エドガー・ドガ「舞台上の二人の踊り子」(1874年)

 

ドガの踊り子の絵には、画面の端に、意味深な人影が描かれることがある。端

切れになった人物は、この場合、別の踊り子なのだろうが多くはパトロンである。

養い親であると同時に、つまり、そういう関係だ。

 

これらエコール・ド・パリの時代に至るまで、パリの画家たちが描く女性像には

どことなく憂愁を帯びた影が、表情やしぐさのなかに現れている。

 

 

以上、皆さんはなにを感じましたか。それではまた。さようなら。

 

(おわり)

 

いつもご訪問ありがとうございます。

サルヒツの温泉めぐり♪【第83回】

韮崎旭温泉

℡)0551-23-6311

 

往訪日:2019年10月5日

所在地:山梨県韮崎市旭町上條中割391

泉名:あさひ温泉

泉質:ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉

泉温:40℃

色合:淡緑色透明

味匂:無味/淡い鉄分臭

pH:8.1

■動力揚湯・非加水・非加温・かけ流し

■営業時間:10時~20時(火曜定休)

■料金:大人600円(日帰り施設)

■駐車場:30台

 

≪日本一のあわあわの湯≫

 

こんばんは。ひつぞうです。先週の赤岳登山のあと、韮崎市内の韮崎旭温泉

汗を流すことにしました。以前、黒戸尾根から甲斐駒ヶ岳に登った後に立ち寄っ

ています。大して期待も下調べもせずに訪ねてびっくり。その豊かな炭酸と少し

黄緑色をしたスベスベの湯に驚くしかありませんでした。

 

登山のたびに再訪しようと計画するものの、疲れてそのまま直帰してばかり。甲

府近辺だと、もう少しで家に帰れてしまうので。。ということで、この日は車中泊し

て翌朝十時の営業開始と同時にバージン湯をゲットしよう!そう企んだのです。

 

★ ★ ★

 

しかし、なかなかそうもいかなかった。暑い一日だったので、極上泉で早々に汗

を流したい。その気持ちがつい勝ってしまった。

 

「バージン湯はどうなるのちにゃ!」サル

 

仕方ない。源泉さまに貼りつこう。

 

 

韮崎旭温泉は釜無川の河岸段丘の上、畑地の中にぽつねんと立っている。元

は隣接する老人保養施設あさひホームの入浴施設のために掘られた温泉だっ

た。地下1200メートルから汲み上げられた湯は、炭酸と塩化物を豊富に含む重

曹泉だった。

 

 

あまりの泉質の良さが好評を呼び、それならばと理事長の故・山本恭雄氏は一

般の日帰り入浴施設を建てられたのである。特徴はやはりアワ。それも半端で

はないアワが肌に取りつく。本来であれば自分を実験台に、その実証写真をご

覧に入れるべきところであるが、ここは公衆浴場。破廉恥と誤解される真似だけ

は避けなければならない。

 

もうひとつ朝一風呂に当初拘った訳は、客が(比較的)少ないからだ。もうこの

時間では常連は許より多くの観光客や温泉マニアがこぞっている。仕方ない。

 

(ということで写真はネットから拝借しました)

 

休憩室以外は飲食コーナーやマッサージ施設はない。それでいい。そんな事し

たら、街中のスーパー銭湯となんら変わらなくなってしまう。ここは保養施設な

のだ。

 

600円の入浴券を自販機で購入して番台に渡す。あとは暖簾を潜れば脱衣場。

コイン不要の鍵つきロッカーなので安心。脱衣したら、まず体を洗おう。かけ湯

だけでは、残った皮脂や角質が湯の鮮度を悪くしてしまうし、なによりも泡のつ

き加減がよくない。

 

「ただでさえ、ひつぞうは臭いだよ。あのくさくさのマムートのザックから移って

しまっているからにゃ」サル

 

だから棄てるって!

 

 

案の定すごい人だった。ネットで話題になったので、以前来たときよりも混んでい

る。これでは湯はジジイ汁である。若いのもいるけど。それなのに、やれ「温泉は

かけ湯しないで、そのままの方が効果が薄れなくていいんだぜ」などと訳知り顔

で仲間に説明している輩がなんと多いことか。それはバージン湯に限った話で、

こんな皮脂塗れの湯を浴びたまま下着など着たら、クサクサに戻ってしまうでは

ないか。

 

「それ、おサルの受け売り!」サル

 

ということで源泉さまを狙うことにした。だが、判っているヤツは判っていて、源泉

さまは一癖ありそうなオヤジが独占中だった。待つこと二十分。遂にオヤジが湯

船から出ていく。ここぞとばかりに、源泉さまに貼り付いた。

 

 

これだよこれ。流れ出る掛け流しの湯に触れて、匂いを嗅いでみる。周辺部の湯

にはない、金気の勝った匂いの奥に硫黄のような円やかな鉱物臭が感じられた。

舌はバカだが、鼻と耳には自信がある。

 

「食欲もバカみたいだにゃ」サル

 

そして、炭酸ソーダなみのあわあわあわ。この湯の中で肌を触ると、一瞬ぬるりと

した前兆があるが、肌そのものはキシキシとした感触。これぞアルカリ重曹泉なら

ではの美人の湯の特徴。

 

 

もうひとつ。源泉さまの傍に寄ったのには訳がある。この隅角のタイルの変色

が判るだろうか。実はここだけ毎朝の掃除で磨かれていないゆえの、成分の

沈着なのだそうだ。三日も放置すると床が真っ黒になるという。

 

「成分がめちゃ濃いんだにゃ」サル

 

毎朝開業前に、浴槽から洗い場まで、ジェット洗浄機による入念な清掃作業が

行われる。ただ、完全に綺麗にしてしまうと、ただの銭湯のようになって味わい

がない。そういうこだわりの証しなのだった。

 

 

休憩室の外にはベランダが設けられ、涼むことができた。御坂山塊の奥に雲

の笠をかぶった富士があった。すでに十月に入ったというのに、今年の富士

は冠雪していない。天候不順の表れなのだろうか。

 

 

日によって、また日当たり具合によって、湯の色が薄黄緑色から翡翠色、黄

色と変化するという。

 

多くの温泉評論家が高い評価を与えた旭温泉。是非一度は訪れて欲しい。

 

(おわり)

 

いつもご訪問ありがとうございます。

≪県界尾根からの赤岳と横岳の眺望≫

 

こんばんは。ひつぞうです。台風19号で被災された皆様の一刻も早い復旧をお

祈り致します。もうこれ以上の風水害は勘弁して欲しいです。ということでブログ

赤岳登山の続きです。

 

★ ★ ★

 

山頂に取りつくまでは誰にも逢わなかったものの、三角点周辺は多くのハイカー

で賑わっていた。いや、本格的な人の訪れはこれからだろう。時刻はようやく午前

10時を回ったところ。

 

 

普段登っている新潟や東北の山と較べて、若いハイカー、それも真新しいザック

とブーツで装ったハイカーが目立つ。七年前の初日は天気が悪く、ガスに呑まれ

た稜線歩きの果てに頂上山荘に辿りついた。人いきれで熟睡できずに、小一時

間ほど外に出て星空を眺めていたことを思い出す。

 

 

三角点ピークは南峰。小屋は北峰にある。麓から俯瞰すると圧倒的な存在感

の頂上小屋だが、こうしてみると意外に小さいんだよね。

 

 

こんなだったっけ?綺麗になっていない?もう思い出せないけど。

 

 

蓼科山へと続く八ヶ岳主稜線。何度見ても格好いい。

 

 

計画どおりに到着したので持参したカップ麺を作ることにした。

 

 

阿弥陀岳の先には諏訪盆地が広がり、果てには御嶽乗鞍岳穂高連峰が並

んでいた。七年前の二日目は稀に見る快晴となり、周囲の山の手練れたちが「こ

んなに雲ひとつない赤岳も珍しい」と言っていたことを思い出した。だからだろう。

僕の中では、赤岳登山はすでに完成したもの、という思いがあった。

 

 

しかし、考えが少し変わった。いい山は何度登ってもいい。第一、登っている僕

らもその頃の僕らと違う。特におサルが一番変わった。最初は(宿泊装備です

ら)泣きべそかきながら登ったのに、今回は9時間の行程にも関わらず、計画ど

おりの時間で登ったのだから。

 

「むっちゃ進化したにゃ!」サル

 

退化したのは僕ひとり(笑)。

 

★ ★ ★

 

一時間ほど休憩して下山することにした。七年前は、十月ともなれば三千メート

ル級の山に登ってくる人など、ほとんどいなかった気がするが…。

 

「結構コミコミだにゃ」サル

 

ずっと天気悪かったしね。

 

 

一説によれば八ヶ岳東面の一般登山道では、この県界尾根が一番急らしい。

離合したのは十名ほどに過ぎなかった。最初からザレた鎖場が続く。落石に注

意しよう。

 

 

おサルさ。なんで県界尾根っていうか知ってる?

 

「それくらい判る。県境の尾根だからなんじゃね。山梨と埼玉の」サル

 

山梨と長野だよ。

 

「地理はスマホで確認できればいい」サル

 

飽くまでも覚える気はないらしい。

 

 

こうしてみると簡単そうだが…

 

 

俯瞰するとやっぱり急だった。

 

 

奥秩父や関東山地の眺望もよく、先日登った川上村から登った千曲川源流ル

ートも見えた。まさか、この川が今回の台風で大暴れすることになろうとは…。

 

 

次回は杣添尾根から横岳に登ってみよう。

 

 

暫くすると県界尾根名物(?)の長い鉄梯子が現れた。垂直梯子を想像して

いたのだけど、ほとんど必要がないのでは?

 

 

こんな感じね。

 

 

往路の真教寺尾根。こうしてみるとダケカンバが綺麗に黄葉している。

 

 

一番長いザレ場の下降。凝灰角礫岩の脆い岩場なので人為落石に注意しよう。

 

 

注意していても小さい礫をバシバシ落としてしまう。すまん。

 

「むき~!」サル

 

 

こんな感じでまだまだ続く。

 

 

一旦短くトラバースして、最後は梯子と鎖のミックス。

 

 

途中で鎖に乗り替える。雨で濡れていると厄介。

 

 

平坦な尾根に着地した。このあと危険地帯はない。

 

 

天気が好いのでやっぱり暑かった。

 

 

間もなくこんもりした場所についた。

 

 

大天狗に着いたようだ。ここで小休止。何か岩の上にあるね。

 

 

以前は尾根通しだったのだろう。頭の欠けた古いお地蔵様が鎮座していた。

 

実はくだりに入って足の運びに違和感があった。30kgの縦走装備でもここまで

ふらつかない。二週連続で山行をサボったツケで、思っている以上に太ってし

まったのか。

 

「ヒツはあと頑張って10kgは痩せるべきだと思うにゃ」サル

 

そんなに太ってないよ!

 

ふと思った。そうだ。ザックのハーネスが切れているから、荷重バランスが悪

くて足許が不安定なのだ。絶食しなくて良さそうだよ。

 

「そっちかよ。お痩せよ!」サル

 

※愛用してきたマムート/トリオン・プロだが、今回の旅で廃棄処分とした。

ップに問い合わせたところ、フレームのみの交換はできないというのだ。でも

年間ありがとう。使い勝手は悪かったけど、岩場と雪山では重宝したよ。

 

 

樹林帯を抜けて芒が目立つようになってきた。

 

 

静かで雰囲気がいい。抜いていくのは全て男性のソロハイカーばかり。

 

 

ん?大薙ノ頂と書いてある。登りで見たあの大薙ぎのあたりなのだろう。

 

 

もう少しくだると赤岳が姿を現す。天狗尾根が将に天を突くようだ。

 

 

そこも賽の河原のような場所だった。休憩するのにちょうどいい。

 

 

雲ひとつない空だったが、ガスの塊りが上昇気流にのってぽつりぽつりと浮かび

始めた。時刻は13時を回ったところ。(予報通りに午後はガスに呑まれてしまった)

 

★ ★ ★

 

 

もう十四、五年前になる。本格登山と距離をおいて、おサルとハイキングに行く

ことが増えた頃だ。赤岳は無理だとしても、その山麓まで自分の足で歩いてい

き、放牧された牛などを眺めながらランチを食べよう。そう言って、八ヶ岳牧場

にやってきた。もう秋も終盤に近かったことを覚えている。

 

しかし、案に反して、牧場には牛の影すら見えず、青い芝が眩しい牧場の、柵に

沿って設えられた山道の、その変哲もない道端までで諦めて、おサルが作って

くれたおかずの数々とおむすびを口に運んだ。風が冷たい午後だった。

 

 

その時、ふと堀辰雄の『風立ちぬ』を思い出した。主人公は結核に侵された婚約

者と共に富士見高原のサナトリウムで一冬を過ごす。晩夏から秋、そして灰色の

冬に季節は移ろい、女は死ぬ。

 

その情景を思い浮かべながら、十代の僕は頁を繰った。

 

手の中のおむすびを見つめつつ、聳え立つ赤岳を見上げた僕は、記憶の中の

男女とその時の自分たちを照応しながら、誰もいない野辺にあって、二人で生

きることの切ないまでの孤独を思った。

 

「ほんとに判っているのち?」サル

 

ま。中学生の時はぜんぜん判らんかった。彼女いなかったし。

 

「やっぱり、ひつじや~ん」サル

 

 

そうした一連の記憶を反芻しつつ、替わり映えのしない平坦な道を歩き続け

た。なにか考えないと、もう足に来てヨロヨロだったのだ。正直に言えば。

 

そろそろ小天狗ではないかという処に、東方薬師如来だろうか、小さな祠を

捉えた。この下に分岐があるが、すぐに元の道に復帰する。なんだったのだ

ろう。

 

 

よく判らないまま、先に進むと今度こそ小天狗についた。焚火の跡があった。こ

の僅か30メートル程先に野辺山と美し森への分岐があった。野辺山方面の道

は深い笹薮に覆われ、一見廃道のようにも見えたが、登山道はあるらしい。た

だし、利用者の記録はほとんどない。僕らがハイキングでおむすびを食べた牧

場はその先に当たる。

 

 

一転して急な山道に変わる。ザックが不安定なので右に左に身体が振られる。

疲労の度合が増す一方、おサルはバンバンとばす。ついていくのが精一杯だ

った。

 

「だから途中でちゃんと待ってたじゃんね!」サル

 

 

登山道を見返すと針葉樹と笹が織りなす美しい景色があった。山麓から人の

声がしていた。先行するハイカーのものとばかり思っていたが、どうやら違う。

清里テラスでイベントが開催されていたのだろうか。

 

 

登山道の起点部は、大雨の影響だろう、洗堀が進んで曖昧になっていた。ロー

プで規制されているので迷うことはないけど。

 

 

ここまでで山道は終わり。あとは大門川の涸れ沢に沿ってくだるだけ。

 

 

沢崩れが激しいのだろう。砂防提が幾つも設置してある。途中に真教寺尾根

への分岐があるが、一度尾根に登り返さないといけない。そこは直進すること。

 

最後に県界尾根の登山口に出た。ロータリー式になっていて、十台くらいが路肩

に停車していた。あとは消化試合の車道歩き。美し森ロッジへの右折を間違わな

いことだ(案内図がない)。正しい三叉路には大きな駐車スペースがある。

 

 

戻ってきた。やはり五台しか他に停まっていなかった。この駐車場は穴場かも

しれないね。南八ヶ岳の良さを再発見した山旅だった。

 

(おわり)

 

【行動時間】 5時間30分+3時間45分

 

いつもご訪問ありがとうございます。

赤岳(2899m) 山梨県・長野県

 

日程:2019年10月5日

天気:快晴のち晴

行程:美し森ロッジ4:05→5:09賽の河原5:13→6:30牛首山6:42→6:57扇山→9:50赤岳山頂10:45→12:05大天狗→13:05小天狗→14:07登山口→14:30美し森ロッジ

■トイレ:なし

■駐車場:50台程度

■登山ポスト:登山道入り口に設置

 

≪天狗尾根と権現岳と遥か先には北岳≫

 

こんにちは。台風19号の来襲に脅えて自宅にお籠り中のひつぞうです。先週の

土曜日に南八ヶ岳の主峰・赤岳に登ってきました。赤岳登頂は実に七年ぶり。

果たして様変わりしていたのでしょうか。詳しくはいつもの山行記録で!

 

【赤岳(真教寺尾根→県界尾根周回)】

 

天気予報が今ひとつはっきりしない週末だった。既に二週連続で山歩きができ

ていない。山は紅葉の盛りを迎えている。焦りと苛立ちの日々だったが、切なる

願いが通じたか、土曜の午前中であれば、甲府周辺は太陽が拝めそうだった。

 

八ヶ岳の主要ピークはほぼ踏破しているが、清里側からのクラシックルートは恥

ずかしながら歩いたことがなかった。ということで、美し森ロッジから真教寺

を伝い、県界尾根をくだる周回コースで、七年ぶりの赤岳山頂を目指した。

 

★ ★ ★

 

午前中勝負の日帰り登山。そのため美し森ロッジ到着は午前三時半。意外なこ

とに広い駐車場に車は一台もない。高原の冷気に耐えられず、思わずハードシ

ェルを着込んで準備する。満点の星空の裾を流れ星が幾つもよぎっていった。

 

登山口はピークに向かって上段の駐車場の左側についている。ロッジまで戻る

と(未明の場合)見つけるのに苦労するので注意しよう。

 

「じっさい迷ってキャンプ場に入ってしまったことは書かないのち?」サル

 

 

数分で美し山展望台から続く真教寺尾根登山道に合流する。ここに登山ポス

トがある。尾根の名前は、かつて麓に存在した修験道の寺社に由来すると言

われるが、それほど嶮しいコースであることは登山を始めた頃に教えられた。

そのため、初めての八ヶ岳は美濃戸口からの周回にしたのだが、これはこれ

で(硫黄岳から横岳を経た)痩せた縦走路な訳で、本格登山が初めてのおサ

ルが泣きべそをかいたことをよく覚えている。

 

「ほんと。ひどい登山ばっかりだよ。ヒツの選ぶのは!」サル

 

歩幅のあわない木道が歩きづらいが、まもなく普通の山道になった。ほどんど斜

度のない山道が続く。地獄谷方面への分岐で小休止。続く羽衣池は池というより

湿原の態だった。

 

 

一時間で賽の河原に飛び出したが、まだ漆黒の闇(カメラがなんとか光を拾って

いる)。唯一の光源は赤岳展望荘

 

サンメドウズ清里スキー場のゴンドラトップのあたりで、夜の底が赧く染まり始め

た。佐久方面から滝雲が勢いよく流れてゆく。天空には一片の雲もない。最高の

登山日和になる。そう確信したときだった。

 

 

ザックのウエストハーネスに違和感が。なんということだ。内蔵されたアルミフレ

ームが経年劣化で破断していた…。ハーネスはフレームへのタッチ式なので、

折れてしまうとテンションが効かない。仕方なく肩だけでザックを背負うことに。

予想以上にバランスが悪い。大丈夫か。まだ登山は始まったばかりなのに。

 

 

素晴らしいモルゲンロートだ。

 

 

天狗岩の崩壊地で富士山が見えた。この季節の富士はいい。霞がなく秀麗なド

レープラインが際立つ。毛無山に茅ヶ岳。地味ながら味わいある前衛の山々。

 

 

しばらく段差のある登りが続く。空気が冷たく、火照った頬に心地よかった。

やはり秋の山はいい。真教寺尾根と県界尾根は、ともに給水ポイントのない

長いコース。日帰りの場合、水は欠かせない。そのため、僕だけで6リットル

担いでいる。でもこの涼しさならば半分も要らなかった。

 

 

そうするうちに牛首山(2280m)についた。三角点そばのベンチで小休止。

 

 

「ほら!」サル

 

この日はおサルが栗ご飯のおむすびを二つずつ作ってくれた。栗ご飯は渋皮を

剝くのが大変なのだが、僕の大好物。こうして一年に一回は作ってくれる。

 

うまいよ。おサル。めちゃ♪

 

「ゆっくりお食べよ」サル

 

哀しきサラリーマンのさが。早飯食いの癖はどこにいっても抜けない。

 

 

樹間から権現岳が見えていた。山肌が少し黄葉しているようだ。ここからは緩や

かな稜線歩きとなる。

 

 

クギタケ(可食)

 

もう少し時間が経つと、特有の形になるので同定しやすい。疎な襞をみないと

判別が少し厄介。

 

 

扇山を通過。牛首山も扇山も長い尾根の小さな突起に過ぎない。

 

 

帰路となる県界尾根の大薙ぎが見える。

 

 

そして赤岳山頂もすぐそこ。に見えるが、まだまだ三時間はかかる。

 

 

ルートはこんな感じね。最後の総延長250メートルの鎖場の連続が核心部。

 

 

2316メートル地点を通過。一旦下っていよいよ本格的な尾根登り。

 

 

またまたクギダケ。

 

 

それとカベンタケもしくはカベンタケモドキ。この同定は外見では無理。顕微鏡

で識別しないとね。おざなりな命名だけど、まったく種類が違うので知られる。

 

 

まずはあの竜頭峰を目指すよ。

 

 

お隣りのバリエーションルート天狗尾根大天狗小天狗が眼に飛び込む。

 

 

こうして振り返ると牛首山も綺麗な三角錐だね。

 

 

天狗尾根の向こうに権現岳。このあたりが一番眺望がよかった。

 

 

すこしずつ樹林が薄れて岩場に環境が変化していく。

 

 

かつての台風の影響か。立ち枯れの中をパス。

 

 

帰路の県界尾根の大天狗。同じ名前でもこっちはなだらか。

 

 

時刻は午前八時半を回った頃。空気は冷たいが、日差しが強くて暑くなって

きた。この日は残暑のぶり返しが予報されていて、甲府盆地では30℃を超え

ると言われていた。納得。どんどんドリンクが減っていくよ。

 

「たくさん持ってきといて良かったにゃ」サル

 

 

それにしても静か。誰も後から追ってこない。美濃戸口は喧噪の嵐だろうが、

クラシカルルートはどこを歩いても人の気配がない。ま、ちょっと早く出過ぎて

いるのもあるけれどね。

 

「その方がいい。だって鎖場でギャラリーに見られるのはめちゃ困る」サル

 

そうなのだ。おサルは気が強いけど、めちゃビビりなのだ。

 

 

いよいよ鎖場が始まった。まだ可愛いものだ。

 

 

おお!大天狗すごい迫力。巻き道が付いているね。小天狗への登りはどうやっ

て片づけるのだ?

 

 

この眺望の好い場所から鎖場が連続する。まずは左に巻く。

 

 

で長い二丁の鎖。ツルツルなうえに湧水で濡れている場所もある。

 

 

鎖はしっかりしているので慌てないこと。それと人為落石に注意しよう。

 

 

ここが一番面倒だったかな。

 

 

高度感が出てきた。

 

 

この日車に手袋を忘れるという大失態。背中ではザックが揺れるの何のって。

ダメダメな一日だった。SDカードも一杯になっちゃうし。山を舐めてるね。最近。

 

 

こういう風に地道に登る人は怪我をしない。

 

 

そして巻く。この繰り返し。総じて(登る分には問題ないが)この鎖場は足場が

見えにくい被り気味のポイントもあり、くだりには適していない。初心者は県界

尾根からくだった方がいいだろう。

 

 

もうそろそろ終わりなんじゃない?

 

 

キレット縦走路の合流点が見えてきた。山頂は近いよ。

 

 

この20メートルの鎖場でほぼ終わり。

 

 

もう空は秋色だった。

 

 

しかし、ハーネスがないと、かくもザックが重いとは…。

 

 

天気予報は当たったなア。素晴らしい登山日和になった。

 

 

ついたよ。キレット縦走路との合流点だ。

 

 

余りの美しさに言葉がなかった。

 

 

さすがに稜線に出ると風が冷たかった。

 

 

阿弥陀岳山頂にハイカーが居るのが判る。みんな早いねー。

 

 

赤岳山頂まであと15分くらいだ。

 

 

竜頭峰から小さなギャップを越えていく。

 

 

この角度から見る赤岳は初めて。行者小屋からのハイカーが蟻塚のアリのように

取りついていた。今までの寂寥が嘘のような喧噪がすぐそこにあった。

 

「ひつ、表情がケワシイ!」サル

 

基本的にやかましいのと騒々しいのは嫌いな性分である。

 

 

ということで七年ぶりの赤岳山頂は、当時となんら変わらず、むしろその

喧噪はいや増しに増していた。

 

(つづく)

 

いつもご訪問ありがとうございます。

手打 焔(ほむら)

℡)0287-63-4010

 

カテゴリ:白河ラーメン

往訪日:2019年9月29日

所在地:栃木県那須塩原市上厚崎374-2

営業時間:11時~15時(火曜定休)

■駐車場:19台

■席数:23席(カウンター5席・テーブル8席・座敷10席)

■予算:~1000円

■カード:不可

■予約:不可

 

≪麺とチャーシューが命!≫

 

こんばんは。銀杏の季節ですね。通勤の道すがら季節の移ろいを感じるひつ

ぞうです。臭いが駄目だけど(笑)。今夜は塩原温泉旅行の最終回。黒磯のラ

ンチでしめました。

 

★ ★ ★

 

前日のランチの手応えが今ひとつだったので、黒磯市内にある白河ラーメン

人気店で口直しすることにした。しかし、白河は福島県のはず…。実は白河の

有名店である火風鼎(かふうてい)の二代目が、ここ黒磯に店を出しているらし

い。なるほど火風鼎だけに焔ときたか。しかも白河から黒磯へ。詩文の深読み

とそれに対するアイロニーは僕の悪い癖だが、それでも幾許かの期待をもって

店を目指した。

 

JR黒磯駅からは約三キロの距離。田畑の仕事道が車道に格上げされたような

不規則な道をナビを頼りに走っていく。あれ?全然お客いないね。

 

「ひつ、そこ違う店だよ」サル

 

 

「あ!」サル

 

すぐ先に既に二十人ほどの行列ができていた…。到着したのは約一時間前。

僕らは17番目だった。記帳式ではないようで、その儘大人しく並ぶことにした。

 

店舗の配置が変わっていて、駐車場の奥にトリケラトプスやディプロドクスなど

巨大恐竜のモニュメントが並び、メルヘンチックな建物がドンと立っていた。郊

外にありがちなカラオケ店みたいだが、焔の駐車場を突き抜けないと入れな

い。そのせいか焔の敷地内には「当店のお客様は奥には停めないでください

と書いてある。

 

居抜きでラーメン店に改装したのだろうか。行列はどんどん伸びていく。そのう

ち雨が降ってきた…。早く入れてくれ~!願いも虚しく、店員の姿は見えない。

 

「ダメみたいだにゃ」サル

と、うわべトークで携帯をニチるおサル。

 

濡れそぼった生垣からアマガエルの合唱が威勢よく聞こえてくる。不思議なこと

にやってくる車は福島ナンバーが圧倒的に多い。県民の県民食愛につい驚いて

しまう。

 

 

なんてどうでもいいことを考えているうちに11時になり、行列は店舗に吸い込ま

れていった。しかし、17番目だったのに席に座ることはできなかった。23席ある

のに。

 

どうやら(スタッフは三人いるものの)若い店主がひとりで仕切っている様子。

こだわりの店にありがちなスタイル。弟子には麺とスープを触らせたくないの

だろう。そのため賄える(10人くらいの)人数しか案内しないようだ。こりゃ時間

がかかりそう…。

 

 

「何にするのち?」サル

 

そりゃ定番でしょ。

 

「昨日それで失敗したにゃ」サル

 

(スープ入り焼きそばのことを言っている)

 

じゃあせっかくだから手打ちネギチャーシューメンにするよ。

 

「手打ちが付くのと付かないのと、どー違うですにゃ?」サル

 

同じです(スタッフ)。

 

なんか判りにくい

 

「じゃ。おサルはバターコーンみそにすゆ」サル

 

ということで注文は決まった。都合40分待ってようやく麺にありついた。

 

 

まずはおサルの「バターコーンみそ」がきた。札幌の味噌ラーメンみたいに

味噌汁のようなスープじゃないんだね。

 

 

そして僕のネギチャーシューメンもきた。刻み葱のボリュームがすごい。そこに

これでもかとラー油が掛けられ、一方のスープは鳥脂が表面を綺麗にコーティ

ングしている。どんぶりは脂でべとべとである。

 

 

なによりも特筆すべきは「手打ちの鬼」と自称する、その柔すぎず硬すぎずを

身上とした手打ち縮れ麺と、ジューシーかつ弾力のある燻製チャーシューであ

る。それらが白河ラーメンの神髄ともいうべき琥珀色の澄み切ったスープに浸

っている。

 

旨くない筈がない。

 

 

ただし、このトッピングのボリュームゆえに味は、葱とラー油が先行。それでも

旨いことは旨い。よく麺にスープが絡む。

 

 

肩ロースの分厚いチャーシューは男たちを虜にしていた。どうやら常連や身内が

多いようで、饒舌な店主が愛想笑いを浮かべながら延々と相手をしている。言葉

だけ聞いているとU字工事の益子が喋っているようだ。これは誉め言葉。僕は益

子ファンの一人である。

 

「栃木なんだから当たり前じゃね?」サル

 

僕が故郷の言葉でしゃべっても、誰も華丸大吉だって言わないけどね。

 

 

どうだろう。この太かったり薄かったりしている微妙な縮れ具合。これが食感と味

を複雑にするのだけれど、その分、茹で加減も難しくなる。店主の腕が確かなも

のだとよく判る証拠。厨房では相変わらずよく喋っているが。

 

「ベタ誉めだにゃ。ひつぞうっぽ~い!」サル

 

ということで、大満足で店を後にした。すごい量だったよ。

 

 

外に出れば雨もあがり、素晴らしい行楽日和となっていた。

 

「登山行けたにゃ」サル

 

世の中はこんなもんである。次回は登山のレポだよ。

 

(おわり)

 

いつもご訪問ありがとうございます。

サルヒツの温泉めぐり♪【第82回】

明賀屋本館

℡)0287-32-2831

 

往訪日:2019年9月28日~29日

所在地:栃木県那須塩原市塩原353

泉名:Ⅰ)明賀屋源泉/Ⅱ)苅子の湯

泉質:Ⅰ)単純温泉/Ⅱ)ナトリウム・塩化物温泉

泉温:Ⅰ)52℃/Ⅱ)55.8℃

色合:Ⅰ)無色透明/Ⅱ)淡褐色

味匂:Ⅰ)無味無臭/Ⅱ)鹹味無臭

pH:Ⅰ)6.8/Ⅱ)6.0

■自然湧出・非加熱・加水・かけ流し

■営業時間:(IN)14時~(OUT)10時

■日帰り利用:10時~20時/料金:3200円(2時間・休憩所タオルつき)

繁忙期は宿泊のみ

■料金:(太古館プラン)10,000円

■カード:不可

■駐車場:20台程度

 

≪一度ここに来たかった…≫

 

こんばんは。ひつぞうです。いよいよ塩原の温泉宿に向かいました。塩原温泉郷

とひと口に言っても、その範囲は広く、箒川に沿って11の温泉があります。今回

お邪魔するのは鹿股川沿いの秘湯、塩の湯温泉の老舗旅館明賀屋本館です。

 

★ ★ ★

 

明賀屋の歴史は1674年(延宝二年)。つまり江戸初期まで遡ることができる。国道

400号を南会津方面に走ること三十分、塩湧橋から鹿股川に沿って遡ると、じきに

心細い林道に分岐する。その奥に、現在柏屋旅館明賀屋本館の二軒が塩の湯

温泉として商いを続けている。

 

 

敢えて本館と由緒を正す屋号になっているのは、塩原にグループの温泉宿があ

る(もしくはあったと云うべきか)ためだろう。塩釜温泉ホテル明賀屋は惜し

まれつつも休業に至ったが、姉妹店「彩つむぎ」がスタートしている(本館宿泊

者はこちらも利用可能)。

 

ここ本館の名を高らしめているのは、かつての湯治宿の名残りである川岸露天

風呂と、和洋折衷式の太古館である。無類のクラシックホテル好きの僕としては

一度は泊まらねばならない場所だった。

 

 

太古館の設計は鈴木愿一郎(すずき・げんいちろう)。明治期のクラシックホテル

特有の高い天井と、控えめなネオバロック様式が採用されている。ロータリーの

正門は現在使用されておらず、新館からの渡り廊下と階段を使って客室まで歩

かねばならない。そのせいだろうか。料金は新館と較べて廉い。この傾向は老舗

温泉旅館全般に当てはまる。僕などは率先して歴史的情緒に浸りたいタイプな

ので大歓迎なのだが。

 

「歩けるうちにどんどん行けばいいんじゃね?」サル

 

 

バルコニーは三島由紀夫が自決した旧市谷駐屯地一号館を髣髴させる。

 

 

タイルによる装飾は、いずこのクラシックホテルにも共通している。ちょうど美濃

や常滑で盛んになった窯業の発展により、安い外装材が手に入るようになった

こともあるのだろう。

 

なお、太古館の名付け親は、明治大正期のジャーナリスト徳富蘇峰である。

 

 

チェックインの14時前についてしまったので、ロビーで待たせて頂くことにした。

社長は登山愛好家と聞いたので、書架に古い山岳雑誌を期待したが、財テク

や健康関係のハウツー本ばかりだった(笑)。ターゲットの客層が判ってしまう。

 

客室は三十五室。そのうち太古館が五室といったところか。この日の宿泊者で

太古館に部屋をとったのは僕らだけだった。

 

 

太古館へは鶯張りの渡り廊下を進む。歩くとキャッキャッと啼く。

 

「それじゃサルなんじゃね?」サル

 

 

そして急角度の階段をあがる。一階は厨房、二階が食堂、三階が客室とい

う構成。食事は新館旧館の宿舎を問わず、ここで戴くことになる。

 

 

緋色のカーテンと絨毯が往時の栄華を物語っていた。決して寂れているという

訳ではないが、どことなく斜陽の兆しが看取されるのは、震災以降の客足の遠

退きに理由ありと想像するが、いかがだろうか。

 

確かに紅葉の季節には早く、観光客のラッシュはこれからかもしれない。

 

 

間取りの大きな期待通りの部屋だった。トイレは室内にあって、広縁もゆとり

のスペース。

 

 

それでは着替えをすませて温泉にゆこう!

 

当館の攻略方法

 

■温泉は全三種類

 

言わずと知れた川岸露天風呂大浴場家族風呂の三種類。うち家族風呂は宿

泊にも関わらず、四十五分で千円の別料金がかかる。別に泉質が変わる訳でな

いので僕らは割愛した。

 

■利用時間と特徴

 

●川霧露天風呂(混浴)

24時間利用可能(朝7時~8時は女性専用)。湯浴みの着用OK(但し持参)。

水着はNG。湯船は四箇所。単純泉のみ。

 

●女性専用露天風呂

泉質は同じ。利用時間は14時~翌日10時。水害で湯船は一箇所になった。

 

●大浴場

男女別一箇所。入れ替えなし。15時~翌日9時30分。異なる泉質の湯が二

つある。

 

●家族風呂

14時~20時45分/7時~8時半。45分有料。

 

■攻略法

 

まずは川岸露天風呂だろう。ただし(繁忙期でない限り)日帰り客が10時から

利用している。しかも3200円とバカ高いので長湯される可能性もある。湯船は

四箇所あるのでどれか押えよう。真ん中の湯船は加水調整が旨くいっていな

いのか熱い。それ以外は適温若しくはぬる湯。

 

充分川岸の風情を堪能したら、すこし階段のベンチで身体を冷まして、大浴場

に向かおう。特にナトリウム‐塩化物泉の刈子の湯は鹹味に富み、疲労回復に

いい。

 

★ ★ ★

 

大浴場、家族風呂ともに地下一階にある。太古館からは直接繋がっていない

ので新館まで移動して降ることになる。

 

 

川岸露天風呂へはこの階段をくだっていく。

 

 

長い階段が続く。全部で八十八段。かつては農閑期を迎えた湯治客が米と味噌

を持参してやってきた。米の文字を分解すると「八十八」。そういうことらしい。

 

 

途中で休憩するためのベンチもある。

 

 

そして木造五階建ての自炊棟である「下別荘」。現在は使用されていない。老

朽化が著しく物好きが勝手に侵入しないように、通路は封鎖されている。

 

 

更に数段くだると、男女別の更衣室に至る。確かに太古館からだと足腰の弱い

ご老体には堪えそう。

 

「忘れ物したら大変だにゃあ」サル

 

替えのパンツ部屋に置いてきちゃった…。

 

「…」サル

 

 

更衣室はこんな感じね。女子からは丸見えである。

 

 

そこから、薄暗い奥の露天風呂(上の写真)と川霧露天風呂に別れる。

※露光を上げて映しているだけで、実際は殆ど真っ暗です。

 

 

遂に憧れの川岸露天風呂だよ♪もちろんおサルは湯あみを着用。

 

「マッパじゃないよ」サル

 

鹿股川は強酸性のスッカン沢の沢水が流れ込んできているので、緑青色にくす

んでいる。かつては対岸に渡れたのだろう、河床に杭の跡があった。2015年9月

10日に北関東を襲った集中豪雨を覚えておいでだろうか。鬼怒川や小貝川が氾

濫したあれである。

 

「激甚災害が毎年あちこちで起こっているからにゃあ」サル

 

あのときに明賀屋の露天風呂も被害にあったんだって。

 

 

この女性用露天風呂がそうらしい。完全に洗堀されて跡形もなくなった。その

あたりは公式HPに詳しい。社長自ら音頭を取られて、社員一同で復旧に当た

ったそうだ。奥の雲形の浴層は現在使われていない様子。残念だけどね)

 

 

二十四時間利用可能だけど、朝8時から14時までは四箇所のうち、どれか二

箇所は清掃されているそうな。もう14時過ぎだからね。誰もいないわけよ。

 

 

川岸露天風呂の泉質は単純温泉。匂いも味もしない。ただし、自然湧出の52℃

の高温泉なので血行増進や、胃腸恢復にはいいだろう。加水されているので、

適温。特に今年の秋はまだまだ蒸し暑い。最高の湯加減だったよ。

 

 

加水の量は蛇口の取っ手がないので勝手に変えられない。

 

 

向かって右側は熱い。どういう訳か。

 

 

これが奥の露天風呂。恥ずかしがり屋のあなたにはぴったり。

震災で湧き出したマンガン泉質の茗荷沢の湯が注がれているので墨色。

 

一時間以上も湯船の中で、おサルとどうでも良い四方山話で盛り上がり、ゲラ

ゲラ意味もなく笑い、放歌高吟し、温泉三昧を愉しんだ。

 

★ ★ ★

 

今度は大浴場へ。バージン湯を狙わないとね。

 

 

男湯は「太古の湯」、女湯は「やすらぎの湯」。中身に変わりはない。

 

 

無料の鍵つき貴重品入れあり。

 

 

浴場はこんな感じ。とても広くて清潔。奥が震災をきっかけに地割れから湧き出た

「茗荷沢の湯」。単純泉だが黒っぽい湯の花が特徴。手前は昔からある「苅子

湯」。鉄分を含み、鹹味のある淡褐色の湯が特徴。マニアには大浴場の泉質の

方がうけるだろうね。

 

 

黒っぽいね。

 

 

淡褐色ですな。

 

 

沈殿すると成分がよく判る。左は塩化物で、右はマンガン化合物。

 

 

その他、『湯入人数月切帳』なる代物が展示されていた。今で云う宿帳。説明に

よれば、元禄元年から安政三年に亘る約百七十年間の記録がつけられている

そうな。

 

毎年千数百人の湯治客が訪れていたというから驚き。

 

「交通手段のない時代ににゃ」サル

 

 

 

俳人・碧梧桐の軸物。塩の湯は昔から文人墨客が数多く訪れた場所なので、

こうした遺品はたくさんあるのだろうが、明賀屋では過去に関する展示は蛋白

だったね。

 

一旦、部屋に戻って、かるく飲んで、夕食に向かった。

 

 

会場は二階。

 

 

老舗旅館も今は人手不足で大変な時代。料理に充分な配慮が難しくなって

きている。そのため、小体な家族経営にシフトしている老舗もあるが、ここは

頑張っていた。

 

 

山の秘湯宿なのに、鮪やイカの刺身に、大量生産されたフライや塩焼きが出て

きて、ガッカリさせられたことは枚挙に暇がないけれど、それはそれで致し方な

いと割り切っている。

 

ところがここは頑張っていた。老舗の鑑だよ。

 

 

郷土色豊かな八寸。そら豆と茗荷の間に、香りのついたマッシュポテトが挟

まれている。贅はなくとも粋が詰まっていた。

 

 

生湯葉と枝豆。ご当地物。

 

 

酒は明賀屋と姻戚関係のある古河の酒蔵・青木酒造御慶事生貯蔵酒を冷で。

 

 

それを猪口の先で舐めながら、豚しゃぶと鮎の塩焼きをつつく。生きていれば

自分の母親とさして変わらない年恰好の中居さんが、飯のお代わりはいいか

と訊く。

 

 

客層のゆえか或いは考えなしの慣行か。炊き加減が柔らかく、自分たちの嗜好

に合わなかった。が、その人の良さそうな、中居さんたちの目尻の垂れた笑顔を

みると、少し申し訳ない気もした。

 

 

生チョコのムースと葡萄の水菓子を頂戴して、自分たちの部屋に戻った。

 

この日はラグビーワールドカップ。日本×アイルランド戦。誰もが想像しなかっ

た結末に昂奮し続けた夜だった。高校時代、花園を目指す母校の応援に向か

った冬の日が懐かしい。

 

★ ★ ★

 

 

翌朝。またまた天気予報は外れ、塩原の湯の峪には朝日が差していた。

 

「登れたにゃ」サル

 

いいの!

 

 

飽きもせずに川岸露天風呂に夫婦で浸かる。かつては源泉から滝のように流れ

ていたのだろうか。岩壁に成分が鍾乳石のようにこびりついている。今は右端の

鉄パイプから滴るのみ。

 

 

温泉は大地の恵み。新たに湧き出るものがあれば涸れるものもあるだろう。

 

 

前日と同じ場所で朝食を頂戴した。

 

 

小鍋には湯豆腐。本当に食事に手抜きのない宿だった。

 

 

戦時中は女子学習院の疎開先だったという。内親王様の居室も保存され

ているそうな。

 

 

素晴らしい宿だった。もっと多くの人に泊って欲しい。そう思いながら

塩原の奥山の宿を後にした。

 

(つづく)

 

いつもご訪問ありがとうございます。

釜彦

℡)0287-32-2560

 

カテゴリ:焼きそば/カツ丼/炒飯

往訪日:2019年9月28日

所在地:栃木県那須塩原市塩原2611

営業時間:11時~15時(不定休)

予算:~1000円

■駐車場:あり(20台)

■席数:29席

■予約:不可

■カード:不可

 

≪なぜ焼きそばにスープがはいった?≫

 

こんばんは。ひつぞうです。那須塩原旅行の続きです。木の葉化石園で自分だ

け愉しい思いをしたので、おサルに旨いものを食わせることにしました。とは云い

つつ、あんまり下調べしてきてない。

 

★ ★ ★

 

実は木の葉化石園に向かう道中、人だかりのできている店を横目に見ていた。

なんか行列できてたよね。

 

「スープ入り焼きそばの店なんじゃね。ご当地B級グルメだにゃ」サル

 

さすが某県民バラエティーショーの熱烈ウォッチャー。何でも知っているね。じゃ

そこにしよう。

 

 

なんでも「釜彦」「こばや食堂」が人気を二分しているそうだ。特に強い拘り

はないので、釜彦に向かった。以前は小さな店だったらしいが、新装したと聞

く。繁盛しているようだ。

 

 

順番は六番目くらいだった。二十分くらいで店内に案内された。

 

~メニュー~

至ってシンプル

 

シープ入り焼きそば 750円

焼きそば  700円

ソースカツ丼 1000円

チャーハン 700円

ソースカツ(単品) 800円

 

★ ★ ★

 

「ひつ、何にするのち?」サル

 

毎度同じだけど定番にするよ。スープ入り焼きそば

 

「でもさ。ソースカツ丼も美味しいらしいにゃ。ソースが旨いんだって」サル

 

じゃ、おサルはカツ丼にしてよ。シェアしよう。

 

「そんなの食べたら、旅館の晩御飯食べられん」サル

 

悩んだ挙句チャーハンにするという。10分ほど待ったところで、熱熱のスープ入

り焼きそばがやってきた。

 

 

ほんとだ。焼きそばだよ。少しとろみがついてるので油断すると火傷しそう。

 

 

具材はキャベツ、豚肉、カマボコとごくごく普通。

 

 

麺も紛れもない焼きそば。ちゃんぽんとは明らかに違う。スープは胡椒が効いて

いて辛口。でもなんかこう、野菜の煮汁でソースが薄まっただけの焼きそばって

感じが拭えないのは、贅沢な物言い?

 

 

そこにおサルの炒飯登場。

 

「うみゃい!」サル

 

え?どれどれ。ちょっとくれ。あれ本当だ。スパイスが効いているし、ソース

の辛味もしっかり主張しているよ。

 

「コメの一粒一粒に上手に脂がコーティングされているにゃ」サル

 

スープ入り焼きそばは好き好きだが、炒飯は誰もが納得できる味だった。

 

教訓:看板メニューが一番旨いとは限らない

 

「相変わらずだのう」サル

 

次回はいよいよ温泉宿のお話である。

 

(つづく)

 

ひもじさに耐えながらのご訪問ありがとうございます。

木の葉化石園

℡)0287-32-2052

 

往訪日:2019年9月28日

所在地:栃木県那須塩原市中塩原472

営業時間:9時~16時30分

料金:大人(4月~11月)500円/(12月~3月)450円(JAF優待あり)

駐車場:30台ほど

 

≪この化石こそ僕の化石道楽の原点≫

 

こんばんは。またまた台風きてますね。もう無理な出社はやめようと誓っている

ひつぞうです。廃墟系カルト温泉を堪能したあと向かったのは、塩原の「木の

葉化石園」です。

 

★ ★ ★

 

南会津の登山や温泉旅行の行き帰り、必ず通過する場所があった。それがこの

木の葉化石園である。地方によくあるトンデモ系の子供騙しと決めつけてスルー

し続けていた。ところが、ある専門誌を読んでいて、学術的価値の高い由緒ある

博物館と知った。

 

 

小学生の頃、僕を魅了し続けた場所がある。野尻湖ナウマン象博物館(長野)、

黒曜石石器資料館(長野)、そして、全国の化石・岩石系資料館である。前者は

いずれも休館やそれに近い状態だった。やはり、昭和の展示方法の儘では客足

は遠のくばかり。しかし、僕にはそれが逆に懐かしい。

 

昔、学校の廊下に貼ってあった少年写真新聞を覚えているだろうか。僕はあれ

を食い入るように見ていたくちだ。特に、巨人の帽子をかぶった同学年の小学生

が、化石や鉱物採集しているフィールドワークの写真を見ては激しく嫉妬した。

 

「地味~」サル

 

その現場のひとつがここだったのだ。

 

 

営業開始後間もないとあって(それだけが理由じゃないと思うが)閑散とした駐

車場から橋を渡って資料館に向かった。建物の前には人為的にカットされた地層

が露わになり、ここがかつて高原山の噴火によって堰き止められた古塩原湖の湖

底だったと記されていた。

 

今から約三十万年前の新生代第四紀更新世と呼ばれる時代の地層である。既に

人類は誕生していた時代だ。

 

 

ふと足許に眼をやれば、ごく普通に木の葉の化石が転がっている。

 

 

建物は野尻湖ナウマン象博物館と全く同じテイスト。別に今回の旅の主目的が

廃墟めぐりという訳ではないが、とにかく、普通の観光客であれば、思わず引き

返してしまうだろう(笑)。

 

設立は1905年(明治38年)。恐らく一度はリニューアルされていると思う。まずは

地層から掘り出された木の葉の化石がこれでもかというくらい展示されている。

 

 

そう。これが見たかった。小学館の学習図鑑⑩「地球の図鑑」の小さな白黒写真

に、普段見るモミジとは明らかに形状を異にするヤマモミジの化石があった。残

念ながら同じものはなかったが、ハウチワカエデやブナなど、山歩きでお馴染み

の植物の化石が、その葉脈や付着した黴まで、完全な形で残っていることに感

動を覚えた。

 

「全部同じに見えるにゃ」サル

 

 

これが古塩原湖の模型。湖には珪藻類が繁殖し、その死骸が珪藻土となり、また

高原山からの火山灰などの堆積も加わり、状態のいい化石ができあがった。現在

箒川の開析によって、湖は姿を消して、塩原温泉郷が広がっている。

 

 

魚類(写真はウグイ)や昆虫、齧歯類なども展示されている。これらはスウェーデン

の地質学者アルフレッド・ナトホルストによって木の葉石として世界に紹介された。

 

塩原には塩原五名石として珍重された石がある。水葉石・貝石・鮫石・鍾乳石・芋

がそれだ。水葉石はさきほどの木の葉石の別称。

 

 

貝石は文字通り貝の化石。これはカネハラヒオウギカネハラカガミの化石群衆。

現生の貝とほとんど同じだ。

 

 

鮫石はマンガン鉱の一種ではないかと書かれてあった。確かに鮫肌状のザラザ

ラした表面をしている。石英の緻密な結晶のようだけど。

 

 

鍾乳石。石英の結晶。

 

 

芋石は穿孔類の巣穴が化石化した生痕化石の一種。ここまでが五名石。

 

他にもある。

 

 

判りにくいが、松脂石といってガラス質の岩石。割ると琥珀色の綺麗な破断面

が観察できる。愛知県の鳳来寺山が有名で、けしからんことに盗掘の跡があ

ちこちにあった。

 

 

珪化木。今更説明するまでもないね。珪質化した樹木の化石。これも条件次第

でオパール化して宝石のような輝きを持つことがある。アリゾナ州の化石の森

国立公園が有名だ。

 

ということで塩原は火山活動と堆積圧縮作用が働いた関係で、珍しい岩石や鉱

物が産出されるんだよ。

 

「また石ばっかりきゃ~」サル

 

いやいや。面白いものや綺麗なものもあるから♪

 

 

これは古生代後期の有孔虫の一種フズリナの化石。フズリナは石灰質の殻を

もっていたので良質の石灰岩となる。新潟の青梅黒姫山秋吉台が特に有名。

この標本は栃木市の鍋山鉱山産。地蔵岳を中心とする足尾山地は、周辺が火

山からなるのに対して付加体の堆積岩なんだよ。だから足尾鉱山が開発された

んだ。

 

「なんかブツブツしてて気持ちわる~い」サル

 

 

牡蠣の化石(第三紀中新世/秋田県産)。こんな巨大な牡蠣がいたんだね。

 

 

ビカリア。巻貝の化石だよ。右上だけサザエの肝みたいな形している。これは

貝殻部分が取れて内部が残ったからだ。その形から月のおさがって云うんだ

って。詩的な表現だね。

 

「なに?おさがりって」サル

 

有体に云えばう〇こ。

 

「げっ!」サル

 

それでは化石はこれくらいにして次は岩石。

(※アンモナイトや三葉虫など絵的に面白い化石も沢山あるけど僕の趣味で纏めた)

 

 

角閃石の一種である緑閃石。鉄の含有量によって緑から黒褐色まで色調が変

わる。こうした針状結晶の集合体になるのが特徴。全ての標本に通じて言える

が、国産の、しかも巨大な標本が多い。これは比較的早い時期に設立された専

門資料館であることと、鉱物・化石ブームの最中に標本を購入したことが理由

として挙げられると思う。

 

建物の古さはともかく、標本のレベルはずば抜けて高い。

 

 

紅石英

 

あと憶測だけど、コレクターからの寄附も結構あるのではないだろうか。飾り台

のついた研磨済みの標本などは、昔の田舎の資産家の応接間でよく見かけた。

 

 

正長石(福島県石川町産)

 

「ただの石のどこか良いのちよ?」サル

 

鉱物の結晶って基本的に小さいじゃん。その単一結晶が巨大だということが

すごい。

 

 

魚尾状双晶をなしている石膏。これは珍しい!

 

「石膏ってあのギプスに使うの?」サル

 

そう。吉野石膏の石膏。石膏ってね、条件次第で様ざまな形になったり、巨大に

なったりするんだ。モロッコの沙漠のバラについては、以前触れたけれど、ナシ

ョジオで有名になったメキシコのナイカ鉱山の巨大石膏なんかもそうだ。

 

(写真はネットよりお借りしました)

 

一度は自分の眼で見てみたい。

 

 

菱マンガン鉱(青森県西目屋村・尾太鉱山)

 

尾太(おっぴ)鉱山の菱マンガン鉱は、その美しさで世界的に有名で、コレクター

垂涎の的。以前伊吹山で拾った石をこれと間違えて、一所懸命に研磨した事が

あったね。

 

「途中でセメントの臭いがするってポイって棄てたよにゃ」サル

 

伊吹山は石灰岩の山なんだよ。よく考えたら。バカだった。

 

 

方鉛鉱

 

 

透入双晶をなした蛍石

 

鉱物の中では柘榴石蛍石がずっと欲しかったなあ。子供の頃。さすがに国産

でこれだけの規模の標本はないね。

 

 

足尾銅山産の胆礬。つまり硫酸銅ですな。人工でなくてこんなに美しい大型標本は

なかなかないよ。

 

 

御覧のとおり、標本のグレードは高いが、館内はモロ昭和。

 

 

そして客はわれわれ二人だけ。しかも五十過ぎのおっさんが子供並みに大はしゃ

ぎ。ちょっと藪蚊が多かったな。写真撮影にうつつを抜かしていたら、あちこち喰

われまくった。

 

 

おサルが並ぶと、煙水晶の巨大さがよく判るね。

 

 

最後にこれも世界的に有名な市ノ川鉱山(愛媛県)輝安鉱。神様が気紛れ

で作ったとしか思えない完成度の高い鉱物結晶。

 

とまあ、駆け足だったけど、ニュアンスだけは伝わったかな?

 

「君の趣味爆発じゃん。だれも判らんって!」サル

 

※屋内で化石発見体験もできます。小さなお子さんから、お子さんの心の儘

おっさんまで幅広く愉しめます。

 

(つづく)

 

こんな趣味におつきあい頂き、いつもありがとうございます。

サルヒツの温泉めぐり♪【第82回】

老松温泉「喜楽旅館」

℡)0287-76-2235

 

往訪日:2019年10月5日

所在地:栃木県那須郡那須町湯本181

泉名:老松温泉

泉質:?

泉温:24℃/湯船の温度:41.5℃

色合:白色透明

味匂:無味/微かな硫黄臭

pH:6.1

■非加水・加温・かけ流し

■営業時間:10時~20時(年中無休)とあるがいつ廃業するかは旦那さん次第

■料金:500円

■駐車場:3台ほど

 

≪廃墟系秘湯の殿堂≫

 

こんばんは。ひつぞうです。久しぶりにお山に行けて大満足な週末でした。さて

周回遅れの我が家のブログ。先週は那須塩原まで温泉旅行に出かけました。

 

★ ★ ★

 

目指すは那須岳方面。とは言ってもこの日は登山はしない。目的地はこの先。

温泉マニアなら、この写真だけで判るだろう。

 

 

そう。廃墟系の名湯。老松温泉「喜楽旅館」。過去幾度も廃業の噂が飛び交い

ながら、しぶとくマニアの期待に応え続けている。ここ数年、大規模な風水害が

北関東を襲い続けているが、大丈夫なのだろうか。

 

営業は午前10時から。時間に合わせてやってきた。駐車スペースが狭いらしい

ので、それが心配…。

 

 

先客はいなかった。確かにうまく停めなければ二台が限度だ。

 

「そんなにたくさんお客さんいるのち?」サル

 

判らない。ほら、うちって間が悪いから(笑)。

 

 

これっていつ頃建てられたんだろう。廃墟化する前だったら「珍湯」って自称しないよね。

 

 

徒歩1分の距離の間に本物の廃墟が。よく見ると「喜楽旅館」という剥がれかけた

文字が見えた。ここまで宿泊棟があったとすれば、かなり繁盛した時代があったん

だな。

 

 

おお!見えてきた。右側がご主人の住まい兼受付で、旅館は左側だ。

 

 

背景の廃屋巨大ホテルがものすごさを更に掻き立てている💦。

 

 

営業時間と料金は変わっていないようだ。数年前の記録を読むと宿泊もでき

たようだが、今もできるのかな。この奥から見返すと、ネットでよく見るアングル

になるはずだけど…。

 

 

む~。ここ数年の風水害の影響だろうか。朽ち過ぎて、あまり面白みのない外観

になってしまっている。以前は手前の一棟が梁だけ残して無残にも崩壊している

さまが、異様な廃墟感を生み出していたのだが、全て綺麗に整理され、最後の壁

がのそっと建っているに過ぎなかった。

 

いやいや。僕は温泉の真価を知りたくてきたのだ。廃墟めぐりが目的ではない。

 

「嘘や~ん」サル

 

 

母屋では旦那さんが炬燵に横になっていたそうだ。料金を払って地下一階へ。

 

 

ここだけ見ると、かつての旅館としての栄華が僅かばかりだが感じられる。

 

 

だが、地階は最早この状態。現在の御主人は経営を譲り受けた二代目と聞くが

後継者や維持管理費の問題などがあるのだろう、畳むとなれば明日にでもとい

う感じらしい。しかし、今でもここの湯を愛する常連は多い。それは向かいの高台

にある雲海閣と同じだ。

 

とりわけ酸性の強い那須湯本の湯は、建物や備品をどんどん傷めてしまう。

 

 

男湯の暖簾だけが傷んでいるあたりが、この湯宿の性格を物語っている。

 

「女子にはハードルが高すぎゆ!」サル

 

では早速入ってみよう。

 

 

これは!素晴らしい湯だよ!

 

建物全体は放置状態にみえたが、湯屋の壁はそう昔ではない時期にやり直して

いるようだ。誰も這入っていないと見えて、綺麗に温泉成分が結晶化している。

 

早速かけ湯してみる。その儘では熱くて入れない。湯揉みして浸かった。思った

ほど酸はきつくない。硫黄の臭気もごく微かで、むしろ優しい中性泉ではないか。

(というのは成分表がどこにもないのだ)

 

 

ちなみに熱くて死にそうという場合は、左側の蛇口から加水できる。

 

「おサルはしないね。源泉主義」サル

 

 

窓外の景色を眺めていると、俺はいったい何をしにきているのだろうか、という

感懐が湧いてくる。

 

 

誰もこないので、女湯を(おサルの諒解をえて)取材させて頂いた。夫婦とはいえ

マナーは大切である。

 

 

なるほど。線対称になっているだけで、サイズや意匠は同じだ。

 

 

漂う湯の花で仄かに白濁してみえるが、基本的に透明な湯だった。すこし長湯し

ていたので、また湯あたりしてしまった。最近こういうことが多い。歳はとりたくな

いものだ。

 

 

廊下にでてみると、なにやらボコボコと音が聞こえる。いけないと判っているが

冒険心を擽られる。

 

 

洗面台の前の襖を開けると、驚いた事に綺麗な部屋があった。しかし、暫く使わ

れていないのか、黴臭さがした。かつて嗅いだ母親の実家の匂いと同じだった。

 

 

音の正体は階段下の方から聞こえてくる。もうその先は廃材の山だ。

 

 

階段下に回り込むとそこに秘密の通路があった。その奥にあったものは…

 

 

そこには源泉さまがあった。引いた湯を一旦受けて、どこかで加温しているのだろう。

 

 

素晴らしい湯だった。砂利道を歩いておサルと戻った。石柱に彫られた「あり

がとうございました」の文字に見送られつつ。

 

「でぃーぷだったにゃ」サル

 

塩原に移動して、少し観光したあと、この日の宿に向かうことにした。

 

(つづく)

 

いつもご訪問ありがとうございます。