『彼女の最初のパレスチナ人』

サイード・ティービー『彼女の最初のパレスチナ人』(大津祥子訳、小学館)を読みました。
この本には、「彼女の最初のパレスチナ人」「王について書いてはいけない」「シンシア」「ザ・ボディ」「ウシャンカ」「慈善興行」「ウッドランド」「反映の空」「人生を楽しめよ、カポ」と言う9篇の短篇小説が収められており、どの小説を読んでも作者のパレスチナへの思いが伝わってくるのですが、主人公の彼女の弁護士がパレスチナへの運動に力を入れた結果、主人公に対する彼女の変化と彼の心理が書かれている「彼女の最初のパレスチナ人」と、病気で苦しむ娘のためにソフトウェアを開発した主人公が大金を得る事になった過程及びその事による代償が書かれている「人生を楽しめよ、カポ」が(個人的に)特に強く印象に残りました。
ああ、人生はなかなか思い通りにはならないものですね…。
「叫び」

畠山丑雄「叫び」(『新潮』(2025年12月号所収)を読みました。
まず、この小説を読み終えて、主人公である(大阪の)茨城市役所に勤務する早野ひかる、早野が失恋した後に出会い銅鐸の鋳造を教わる関係になった(「自身の来歴については多くを語ろうとしなかった」(20頁))“先生”、先生の助手として早野が参加した銅鐸鋳造体験会の参加者で、次第に早野と親しくするようになった長田しおりと言った登場人物達の描写が魅力的だなと感じました。
次に、早野と前の彼女の「みか」が別れる事になった経緯、早野と長田しおりが郷土史をきっかけの一つとして親しくなった事、物語が進むにつれて(早野が郷土史を読み込む事で理解を深めた)日本の阿片王と称された二反長音蔵の片腕に抜擢された川又幹朗の“思い”が理解できるようになった早野が彼に惹きつけられ(生きている時代が違うとはいえ)あわや同一化しかねない状況に至る過程等、読んでいて興味深い内容が多い上に面白かったので、個人的には「(内容は別として)良い小説を読んだな。」と思いました。
ただ、物語の終盤に早野が万博会場で行動を起こし、あんな結末を迎える事になるとは僕は予想していませんでした。
ああ、タイトルの意味はそういう事だったのか…。
『プレイグラウンド』

リチャード・パワーズ『プレイグラウンド』(木原善彦訳、新潮社)を読みました。
この小説には、(小説上の現在である)2027年、新たな(裕福なリバタリアンが暮らすための主権国家から独立した場所としての)海洋都市建設の拠点とする計画がもたらされたフランス領ポリネシアにあるマカテア島を主に舞台として、主な登場人物である12歳の頃に開発されたばかりのアクアラングを背負わされてモントリオールのプールの底に沈んだ経験を持つイーヴリン・ボーリュー、父の態度や言葉に影響されて学生時代は読書と文学に没頭した黒人のラフィ・ヤング、かつては裕福だったのに父親が亡くなってからは人生が激変してしまったコンピューターマニアの白人トッド・キーン、太平洋の島を転々としながらイリノイ大学に留学したイナ・アロイタの4人についての物語が描かれているのですが、普段よく見る小説のように三人称で語られる明朝体の活字の部分と一人の男(トッド・キーン)が過去を語る教科書体の活字の部分が数頁ごとに入れ替わる形になっているのが、まず(個人的には)読んでいて非常に新鮮で驚きました。
また、小説の中に様々な情報が散りばめられていて、途中途中で「僕はリチャード・パワーズが書いた小説を読んでいるな」と感じ、何だか安心しました。
しかし、ニコライ・フョードロヴィッチ・フョードロフ『共同事業の哲学』、知らなかったです…。
そして、巻末の「訳者あとがき」にある「“ひねり”」(488頁)に完全にやられてしまったのでしょうか、最後の十数頁を読んで、頭が混乱してしまいました。
ああ、僕は作者の狙いにまんまとはまっていますね…。