F9の雑記帳 -2ページ目

『ローマ物語』



 ジュンパ・ラヒリ『ローマ物語』(中嶋浩郎訳、新潮社)を読みました。
 この連作短篇集には、ローマの中でも観光客の目には触れる事の少ない場所(だが具体的な地名はほぼ出てこない)を舞台とし、外国に起源を持つ人々が多く登場する小説が収められているのですが、(三部で構成されている)どの小説にも疎外感や孤独感がそこかしこに顔を覗かせていて、読んでいる間及び読み終えた後に何度か天を仰いでしまいました。
 とは言え、ジュンパ・ラヒリらしい小説だなと思いつつ読んでいったせいもあるのでしょうか、個人的には作者にとって「いちばん親しい場所と言える」「鼓手の大階段」(ともに229頁)の界隈での(海外駐在員の妻等)6人について書かれている「大階段」、外国に起源を持つ主人公の心情と悲しみが静かに、はっきりと伝わってくる「紙切れ」が強く印象に残りました。

 ※僕は1954年に発表されたアルベルト・モラヴィア『ローマ物語』については、まるで知りませんでした…。

『フィドルと旅人たち』



 キャサリン・タイナン『フィドルと旅人たち キャサリン・タイナン短篇集』(高橋歩編訳、未知谷)を読みました。
 裏表紙に「カトリックの国アイルランドでは時間がゆっくり流れている――」とあるので、この本に収められている11篇の短篇小説にはのんびりした雰囲気が漂っているのかなと(幾分決めつけ気味に)読み始めたのですが、(読み進めるにつれて)確かにその雰囲気は感じるものの、それ以上に日々の暮らしの中で他人と言う存在を理解する事の大切さと難しさを(それぞれの小説に)改めて突きつけられているように感じました。
 そのような11篇の短篇小説の中で、農務省の職員で鶏の飼育方法等を村人に指導する事を仕事としているミス・エルサ・ファミングが、「へんぴな場所にあるこの家」(59頁)に住んでいるドハティ未亡人と出会い、最初は自分の事で精一杯だったのが、ドハティ未亡人にお茶を淹れてもらったり卵をご馳走になったりするうちに(夫と三人の息子を海難事故で亡くし、レース編みの仕事で目を悪くしてアメリカに行ったケイティの帰国を二年近く信じている)ドハティ未亡人に対する評価が変わっていく過程と、若者が海外に出ていく事に怒りが爆発しそうになる描写に心が本当に動かされた「母親」、父親の有能さを受け継いだブリジット・ドワイヤーと、彼女がある出来事がきっかけで引き取り育てる事になったモーリーンという2人の女性の関係性がダン・ヘファナンと言う男性の登場により激変してしまう様子の描写と、モーリーンの病気がきっかけになり、終盤で展開されるブリジット・ドワイヤーの優しい一面の対比が強烈な「わが子の叫び」が個人的には強く印象に残りました。
 なお、金曜日に救貧院の施設に入る事になっていたジョン・ラフとエレン・ラフの老夫婦の運命が一人の女性マーガレットの登場でガラリと変わるとともにメロドラマに変わる「老夫婦」と、夫となるはずだった男性を亡くしたキャサリン・ヴェニングが、彼女の叔母であるコンスタンティン夫人と共に「人里離れた場所」(139 頁)にあるシーダーハースト屋敷に移り住むとともに、ある怪現象に襲われる展開となる「幼き幽霊」は面白かったものの、「母親」や「わが子の叫び」で受けた衝撃には若干及ばないように個人的には感じました。

「0【ラブ】」



 町屋良平「0【ラブ】」(『新潮』2026年9月号所収)を読みました。
 この小説を読み始めてすぐ、登場人物の吉野が彼の妻の蒼井に対する(「外で恋愛してきてほしい」(90頁)と言う)頼み事に序盤で出会ってしまった時は些か腰が引けてしまいました。
 ですが、吉野と蒼井の日々の生活の様子よりも蒼井の(現在の勤務先であるテニススクールでの)森田比呂(「ヒロくん」)との疑似不倫の様子の描写の比重が高くなる中盤以降は小説が俄然面白くなったと感じ、蒼井が演技を止めて現実が動き出す展開の終盤は読んでいて裏切られたと思いつつ何だか胸が熱くなりました。
 もっとも、蒼井と森田の疑似不倫の様子の描写に隠れがちではありましたが、吉野の日々の生活の描写もなかなか興味深い内容だった(と個人的には感じた)ので、上記の様な感想を抱くにはかなり効果があったのではないかと思います。
 しかし、蒼井が夢を諦めずにいたら、どんな未来が待っていたのでしょうか。
 もしかすると、この小説の最後の部分は、その可能性を考えさせようとする方向に向いているのかもしれません…。