『クレムスの曲がりくねる時間』
この本には、「管理人」「音楽のレッスン」「クレムスの曲がりくねる時間」「文学賞」「ロサンドラ渓谷――外・日中」と言うトリエステを舞台とした5篇の短篇小説が収められているのですが、どの小説も長くない上に散文詩の気配が感じられて良かったです。
また、この本に収められた小説の中では、妻に先立たれ、所有していた複数の会社の大部分を売却した実業家のジュゼッペが、息子夫婦たちに内緒でしているアパートの管理人の仕事について書かれている「管理人」に散文詩の気配を色濃く感じて、個人的には一番強く印象に残りました。
また、主人公が学生時代高嶺の花だったかつて憧れの女性S・ノーリと電話した時の会話から主人公が独自の見解を語る「クレムスの曲がりくねる時間」も、時間が直線的ではなく、原因や結果が時空間から逸脱する事もあるという見解が独特だなと感じはしたものの、(「管理人」よりはやや弱いですが)個人的には印象に残りました。
あと、いくつかの小説で小説の中の時間の流れ方がおかしくないかと読んでいて思ったのですが、巻末の「訳者あとがき」を読んで理解できました。
ああ、それぞれの小説の執筆時期及び発表時期にバラツキがあるのですね…。
「ゾンビ回収婦」

小砂川チト「ゾンビ回収婦」(『群像』2026年5月号所収)を読みました。
この小説は、“AIに代替され失職した主人公(わたし)。夫は書き置きを残して旅に出てしまい、残された主人公はVRゲームの空間に作られたホテル(’ザ・グランド・口唇期ホテル’!)でNPCとして、他のプレイヤーからの攻撃で粉々になったゾンビの残骸を回収する掃除婦となるが、ある日格言めいた文句のタトゥー入りのゾンビの右腕を見つけ、そこから主人公の運命が動き始めて…。」と言った内容なのですが、格言めいたセリフの入った体の一部をあちこちで見つけたり、主人公がクマのぬいぐるみに悩みを聞いてもらううちに話が止まらなくなったり、ゲーム内の他のNPCについて人間と同じように扱ったり、あるゾンビに恋している自分に主人公が気付いたりすると言った内容も含めて、読んでいる間人に認めてもらっていないと考えて生きる人間の生きにくさについて何度か考えてしまいました。
そして、小説の終盤で主人公の母親に現実世界に連れ戻されて入院したものの、主人公が入院先の病院内でもVRゲームの様に世界を捉える事しか出来なくなってしまっていて、自分が安心できる場所は現実世界にはない事を明確に理解し、自分らしくいられる場所に向かっていくと言う展開は、読み進めるにつれて複雑な気分になるとともに、(イヌイットが自身の事を自称する時に名乗る)「人間らしく(イヌクティトゥット)」(79頁)」と言う言葉の意味がしっかりした重量を持って胸に迫ってきた感じがしました。
ああ、人間らしくというのは、本当に難しい事ですね…。
「温室の鳥」

内田ミチル「温室の鳥」(『新潮』2026年7月号所収)を読みました。
この小説は、“左耳の耳鳴りが続く上に度々目が回る症状が出るためドラッグストアの仕事を辞め、3ヶ月前から熱帯温室で植物等の世話の仕事をしている主人公・長尾。しばしば温室の中で睡眠を取る彼と、ハシビロコウやワライカワセミ、エボシドリやサイチョウと言った鳥達の飼育室もある施設で働く松野や浅木、中井や村瀬と言った職員と会話や仕事をする中で主人公の状態にも変化があらわれて…。”といった内容なのですが、施設内で「ワクワク春休みウォークラリー」が行われている期間中で、おまけにテレビ局の取材が入る日もあるというのに主人公が難聴の設定なのと熱帯温室が職場だからでしょうか、小説全体の雰囲気がゆっくりで静かで優しい感じがするのが心地良くて良いなと思いました。
また、(当然と言えば当然なのでしょうが)主人公に関する描写の量があまり多くない一方で、職場である温室に関する事柄の描写がかなり多い上に細かい事で、主人公の病状が回復に向かっているのかなと思わせてくれる結末がより明るさを感じられるなとったのかなと読み終えた後になって嬉しい気持ちになりました。
あと、この小説の終盤に出てくるハシビロコウの餌やり、面白そうですね…。
