F9の雑記帳
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「いっしょに老衰しようね」



 唐川らい「いっしょに老衰しようね」(『文藝』2026年冬号所収)を読みました。
 第63回文藝賞受賞作。
 この小説には、十七歳の主人公・横山花蓮の坂口祐太朗に対する思いが、詩的表現を交えつつ書かれているのですが、明確な筋書きがない上、舞台である主人公の在籍している学校では脱法ドラッグを同級生の近藤が売っていたり、レイヴが校内の様々な場所で行われる等の非日常な設定があるためか、主人公の心理を理解できたとはまるで感じられず、読み進めるにつれて苦しさが増すように感じられました。
 そして、この小説が恋愛小説というのは確かだと思うのですが、(個人的には)様々な刺激の強い詩的表現の多様さにかなり面食らってしまいました。
 ただ、最終盤は”恋愛小説“らしい展開で、読んでいてかなり熱い気持ちになりました…。

『洪水礼讃 環境飼い慣らしの人類史』



 ジェームズ・C・スコット『洪水礼讃 環境飼い慣らしの人類史』(立木勝訳、みすず書房)を読みました。
 この本は、著者が長年研究の対象としてきたミャンマー最大の河川であるエーヤーワディ川やその周辺に関する事柄を中心に書かれたエッセイで、「川――時間と運動」「洪水礼賛――川とともに動く」「農業と川――長い歴史」「幕間 エーヤワディー川への招待」「介入」「ヒト以外の種」「医原性効果」の7章で構成されているのだが、途中までエッセイではなく研究書と思い込んで読んでしまったせいか、文章の内容の繋がりの希薄な部分や「ヒト以外の種」での川にいる動物たちの語りが唐突に出てくる(ように見える)展開に面食らい、若干しんどかったです。
 とは言え、この本の中の「河川時間」(19頁)の考え方や「幕間 エーヤワディー川への招待」にあるエーヤワディーに関する事項等の興味深い内容も多く、個人的には全体を通じて「川は『考えるための好材料』」(6頁)だと言う事を強く認識させられたように感じました。
 そして、もし、この本が(「まえがき」にある様な)著者の計画通り、2年をかけてミャンマーの協力者とフィールドワークを行い、それから導き出された事柄が反映されていれば、上記の感想(めいたもの)以上の知的興奮があったのかもしれないと思いました。

『教授の家』



 ウィラ・キャザー『教授の家』(加藤洋子訳、北烏山編集室)を読みました。
 この小説は第一部「家族」、第二部「トム・アウトランドの物語」、第三部「教授」の3部構成なのですが、主人公の歴史学の教授セント・ピーターと妻リリアンの関係が、トムの出現により変化し、仲が良かったロザモンドとキャスリーンの姉妹の関係も変化する様子が書かれている第一部と、様々な愛情が失われた結果現実から逃避し、死に希望を見出そうとし始めたセント・ピーターが偶発的な事故を契機として(長年屋根裏部屋を共有してきた裁縫婦の)オーガスタに救われ、「今は地に足がついている」(270頁)と感じるに至る第三部の間に、セント・ピーターに「若者の挫折の物語、大人になってもなお心を痛める類の話」(172頁)と断じられた(トム、ロディ、ヘンリーの3人の男性による共同生活とその破綻が描かれている)「トム・アウトランドの物語」がある事で物語に厚みが出ているように感じるとともに、セント・ピーターの思考と心情の変化が手に取るように分かり、読み終えた後胸が少し痛くなりました。
 ああ、一人の人間が自分自身の変化に気づき新たな一歩を踏み出すためには、(少なくとも)この小説に書かれているぐらいの出来事がないといけないのでしょうか…。
 そして、個人的には第一部に登場するロザモンドとキャスリーンの姉妹の描写が印象に残りました。
 ロザモンドの態度が何故か好きになれません…。
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