「ゾンビ回収婦」

小砂川チト「ゾンビ回収婦」(『群像』2026年5月号所収)を読みました。
この小説は、“AIに代替され失職した主人公(わたし)。夫は書き置きを残して旅に出てしまい、残された主人公はVRゲームの空間に作られたホテル(’ザ・グランド・口唇期ホテル’!)でNPCとして、他のプレイヤーからの攻撃で粉々になったゾンビの残骸を回収する掃除婦となるが、ある日格言めいた文句のタトゥー入りのゾンビの右腕を見つけ、そこから主人公の運命が動き始めて…。」と言った内容なのですが、格言めいたセリフの入った体の一部をあちこちで見つけたり、主人公がクマのぬいぐるみに悩みを聞いてもらううちに話が止まらなくなったり、ゲーム内の他のNPCについて人間と同じように扱ったり、あるゾンビに恋している自分に主人公が気付いたりすると言った内容も含めて、読んでいる間人に認めてもらっていないと考えて生きる人間の生きにくさについて何度か考えてしまいました。
そして、小説の終盤で主人公の母親に現実世界に連れ戻されて入院したものの、主人公が入院先の病院内でもVRゲームの様に世界を捉える事しか出来なくなってしまっていて、自分が安心できる場所は現実世界にはない事を明確に理解し、自分らしくいられる場所に向かっていくと言う展開は、読み進めるにつれて複雑な気分になるとともに、(イヌイットが自身の事を自称する時に名乗る)「人間らしく(イヌクティトゥット)」(79頁)」と言う言葉の意味がしっかりした重量を持って胸に迫ってきた感じがしました。
ああ、人間らしくというのは、本当に難しい事ですね…。
「温室の鳥」

内田ミチル「温室の鳥」(『新潮』2026年7月号所収)を読みました。
この小説は、“左耳の耳鳴りが続く上に度々目が回る症状が出るためドラッグストアの仕事を辞め、3ヶ月前から熱帯温室で植物等の世話の仕事をしている主人公・長尾。しばしば温室の中で睡眠を取る彼と、ハシビロコウやワライカワセミ、エボシドリやサイチョウと言った鳥達の飼育室もある施設で働く松野や浅木、中井や村瀬と言った職員と会話や仕事をする中で主人公の状態にも変化があらわれて…。”といった内容なのですが、施設内で「ワクワク春休みウォークラリー」が行われている期間中で、おまけにテレビ局の取材が入る日もあるというのに主人公が難聴の設定なのと熱帯温室が職場だからでしょうか、小説全体の雰囲気がゆっくりで静かで優しい感じがするのが心地良くて良いなと思いました。
また、(当然と言えば当然なのでしょうが)主人公に関する描写の量があまり多くない一方で、職場である温室に関する事柄の描写がかなり多い上に細かい事で、主人公の病状が回復に向かっているのかなと思わせてくれる結末がより明るさを感じられるなとったのかなと読み終えた後になって嬉しい気持ちになりました。
あと、この小説の終盤に出てくるハシビロコウの餌やり、面白そうですね…。
『かつて楽園のあったところ』

カルロス・フランス『かつて楽園のあったところ』(寺尾隆吉訳、水声社)を読みました。
主人公で語り手のアンナ、僻地への赴任を繰り返していたが家庭を築く決意をした彼女の(領事としか書かれない)父親、領事と結婚間近のインディオ女性フリア、身元の詳細が不明な飛行士エンリコ…、ペルー北東部の都市・イキトスを主な舞台とした四人の人間関係を中心に(その当時から十数年後の)アンナの視点から語られるこの小説を読んでいて、アンナが崇拝している感じがチラホラ見え隠れする領事に対する描写は何だか羨ましかったですが(?)、中盤前後でエンリコが登場した後のアンナの感情の変化の描写及びフリアの領事への接し方の態度の描写は理解しやすいが故に気持ちが沈んでしまいがちで、読み進めるのが若干しんどかったです。
とは言え、一国の外交問題を解決のために払われる労力等を想像しながら読み進めていくうちに、(小説の終盤に差し掛かる辺りで)しんどさよりも面白さが増してきて何だか安心しました。
しかし、小説の終盤になって、フリアとエンリコの二人の間に関係が出来た上、あの様な結末を迎えるとは思いませんでした…。