「オケラカイドー」

『新潮』2025年12月号では「ダブルスタンダード」という特別企画が組まれています。
今回はそのうち、尾崎世界観「オケラカイドー」(『新潮』2025年12月号所収)を読みました。
この小説は、主人公が8歳の時のある日曜日の出来事について、トウカイテイオーが活躍していた時期にいた競走馬ベガが強く印象に残っているため、競馬に行く日曜日だけでも(主人公に)自分をベガと呼んでほしいと頼んでいる父親と競馬場に向かうまでのあれこれ、馬主である久古の息子フウマが仕切るある種競馬めいたレース(?)の描写を中心に描いているのですが、主人公と彼の父親が置かれている状況も影響しているのでしょうか、読んでいて面白くなくはなかったものの全体的にせせこましく感じると同時に、終盤の父親の思いのこもったメールや主人公の成長がはっきり分かる出来事の描写の効果を削いでいるのではないかと思いました。
主人公が自動販売機のコーラを飲みたいのに飲ませてもらえなかったり、競馬場内のゴミ箱の前で捨てられた新聞を拾って父親が持っていた古い新聞とすり替えたり、【アンラクシ】(75頁)と言う言葉が子どもたちの間に厳然としてあったり、五千円がもらえるかもと考えると主人公の胸の鼓動が速くなったり…。
ああ、僅かな内容を打ち込んだだけなのに、少し気分が沈んでしまいました…。
『風に舞う塵のように』
近所の図書館で借りてきたはいいものの、一時は本の厚さ(682頁)に気圧されてしまい読み始めるまで少し時間が掛かってしまいました。
ですが、主人公アデラ・フィッツバーグの母親ロレタ・フィッツバーグの過去がアデラの恋人マルコスの母親クララがフェイスブックのプロフィールとして選んだ写真をきっかけに判明していく過程がミステリー仕立てで書かれている事もあってか、スリリングかつ意外性があって(と言うか個人的にはあり過ぎで)読み進めるにつれて面白さが増してくるなと感じると同時に、1990年代の国民の大量出国と物不足と食糧難のキューバの状況と、バルセロナで著名な脳外科医になるダリオやマドリードのチェエカ地区に落ち着くゲイカップルのイルビンとホエル等のキューバを出国して他国での暮らしを選択する、あるいはクララのように自国での暮らしを選択する登場人物それぞれの生活環境の変化を含めた自身や周辺の人々や風景の変化等の描写が身に迫ってきて、いくら小説上の事だと判断できたとは言え、読んでいて少し虚しい気分に襲われました。
また、ロレタ・フィッツバーグの複雑な過去は個人的にはかなり衝撃的でした。
何も手を下していないとは言え人が一人死ぬ状況を生み出し、その後に名前を変え信仰する宗教も変え、かつての友人達とも繋がりを断つ、そんな事をやってしまうなんて…。
しかも、その原動力が我が娘を思う一心からだなんて…。
あと、最後まで読み終えて、この小説は「ディアスポラ小説」(673頁)そのものだったなと個人的に強く思いました。
「あなたが走ったことないような坂道」
第57回新潮新人賞受賞作。
冒頭の部分を読んだ時は個人的には少し嫌な感じがしましたが、読み進めるうちに“血が繋がっていない阿姨(アーイー)と爸爸(バーバー)と日本で暮らしており、生まれは香港だが、幼い頃から日本に住んでいて日本語しか喋れない黄星瑶(ウォンシンユ)が主人公”と言う事が読み進めるうちに分かり、星瑶が「あたしの唯一の友達」(112頁)と言うなおとの(同性愛のように見える)関係や香港でのデモの様子、星瑶の生みの母親らしい人物に関する事柄やインタビューの内容等も含めて、女子高生の日常の様子をぶつ切れに見える文章で読むのが俄然面白くなりました。
そして、(選考委員の何人かが不満を持つのは分からないでもないですが)終盤になってはっきりと浮上してくる国籍やアイデンティティの問題が、個人的にはかなり堪えました。

