「BOXBOXBOXBOX」

坂本湾「BOXBOXBOXBOX」(『文藝』2025年冬季号所収)を読みました。
第62回文藝賞受賞作。
この小説には、濃霧が立ち込めるため、全体の状況が把握しづらい宅配所で荷物が入った箱の仕分け作業をしているアルバイトの安(アン)・稲森・斉藤と、現場監督の立場である社員の神代の合計四人の宅配所で業務をこなす日常が描かれているのですが、小説の舞台が舞台だからでしょうか、神代の上司の息子が職場見学に来てミスを連発する、斉藤が荷物の入った箱の上に嘔吐する、荷物を持ってトイレに立てこもる男が現れると言った(小説上の)現実がやや幻想的に描かれており、安は沢山の荷物の中から物品を抜き取る窃盗の魅力に取りつかれてしまう、稲森は派遣会社に登録して職探しをするも採用されない日々が続く、斉藤は病気の妻に対する不安を和らげようと勤務中に飲酒すると言った内容が途中で描かれるとは言え、読み進めるにつれて面白さが削がれていくように感じられ、個人的には少し勿体ないなと思いました。
そして、終盤の(安の分も含めた)荷物の窃盗について会社側の知るところとなり、警察の到着を待つ間に神代が倒れる等の現実の描写と、安が宅配所から逃げ出してその際に持ち出した箱の中から自身の内臓がこぼれ落ちると言った幻想的な描写が明確に区別されることなく配置されているのは、読んでいて「自分は置いていかれているんだな」「作者は僕を一体何処に連れていきたいのだろう」と感じました。
ただ、最終盤で四人のこれまでを観察(?)した上で思いを巡らす“私”が登場し、四人が以前の日々より幸福そうな日々を手に入れている結末なのは、(若干不安は残ったものの)正直なところ安心しました。
「赤いベスト」

内田ミチル「赤いベスト」(『新潮』2025年11月号所収)を読みました。
第57回新潮新人賞受賞作。
この小説は、”主人公は、母がある日行方不明になった過去を持ち、包括支援センターでデイサービスを利用している女性、跡野。地域での人々との付き合いの中で、ある女性の夫が病気で倒れたのをきっかけにある噂がたち、人々の間に恐怖が広がっていき…“と言った内容なのですが、跡野が(デイサービスの職員に対して嘘の家族構成や経歴に関して嘘をつく等)平然と嘘をついたり、疎遠になっていた弟が亡くなった後に彼の家に行き、赤いベストを持ってきたりする謎の行動を取るのに理由が明かされないまま淡々と小説が進むので、いくら読み進めても彼女の行動の目的が何か分からず、彼女の行動から垣間見える冷酷さがそうさせるのでしょうか、腹が立って仕方ありませんでした。
しかし、終盤になって跡野のついた嘘がバレる際の描写や、最後の最後で彼女が過去についた嘘がもたらした結末は読んでいて特に面白く納得させられたので、「読んでいる間の感情の動きは、作者の意図にまんまと乗せられた証拠なのか?」と感じました。
ああ、きっとそうなんでしょうね。してやられました…。
『遺された者たちへ』

マッテオ・B・ビアンキ『遺された者たちへ』(関口英子訳、新潮社)を読みました。
この本は、“7年間同棲して別れた3ヶ月後に愛するパートナーが作家の自宅で自死。その後、作家が経験し感じた自責の念や罪悪感、怒りや悲しみ、寂しさ…、それら言葉では表現できないものを、パートナーの死から四半世紀を経て書き上げた作家自身の再生の記録”といった内容なのですが、冒頭の緊迫した場面の描写で若干腰が引けてしまいました。
しかし、いざ読み進めてみると、なかなか頁を繰る手を止めるタイミングを見いだせず、思わず「これは読み終えられるか?」と感じた自分に苦笑してしまいました。
恐らく、上記のような状態に陥ったのは、気持ちを整理しようとして、友人に勧められるまま、心療内科を受診したり、霊媒師の許を訪ねたりもしつつ、書物を読む事で気持ちの落ち着きを取り戻そうとする一方で、あらゆる面で正反対だったかつてのパートナーSと過ごした日々を辿っていく作家の姿に惹かれたからではないかと思います。
また、巻末の「訳者あとがき」にある「細部を削ぎ落し、エッセンシャルな事柄のみを記していくことにより、極めて個人的な経験が普遍性を持つ。想像を絶する苦しみをくぐり抜けた果てに探し当てた真摯な言葉だからこそ、読むものにダイレクトに伝わるのだろう。」(264 頁)と言う文章に対しては「まさにその通りだ!」と(読み終えて)思いました。