「空洞」
文藝賞受賞第一作。
語り手である会社員が大学のゼミで一緒だった人物の死を知った日の翌日、幼なじみの死を知る小説の序盤の展開には意表を突かれましたが、葬式に出るために勤務先の会社を辞めてしまったり、失業保険の基本手当の受給手続き中にかつての勤務先の会社の総務主任に電話で退職理由を会社都合に変えさせたり、大学で同じゼミに属していた男性達と居酒屋で食事をした時金を借りたいと言い出せず金を盗もうとするものの、金を盗んだのがバレるかもと不安になり彼の財布を彼の足元に投げたり、偶然マンションの部屋宛に届いた服やネックレスを(別人の物なのに)恋人にあげた上事情が分かった彼女に対して詭弁を弄したりする等、読み進めるにつれて次第に明らかになっていく語り手の姿に(ここまではやらないだろうとは思うものの)思わず自分を重ねてしまいそうになる場面が多かったです。
まあ、実際に語り手みたいな人物が身近にいたら、幾ら小説上の彼の姿が自分に重なる部分が多いと感じた僕でも、一度くらいは(元勤務先の会社の総務主任ではないですが)「君に関わりたいと思ってる人なんてどこにもいないから。」(253頁)と言ってしまいそうな気がしますが…。
そして、気に入らない事が起きると多分に暴力を振るう場合があるとは言え、彼女の語り手に対する態度は(最終盤に急展開が待っていたりはしますが)読んでいて「凄いな。」と思いました。
もっとも、本人が何もできないように手を打つ事こそが“空洞”を抱えて生きている、もっと言えば“空洞”しかない人への対処法かもしれません。
しかし、「私の獲物が、」の戸田那美も強烈でしたが、この小説の語り手も相当凄いですね…。
「私の獲物が、」

小泉綾子「私の獲物が、」(『文藝』2026年夏号所収)を読みました。
文藝賞受賞第一作。
冒頭の主人公・戸田那美の小学生時代の夏の思い出の描写には驚かされた(“衆議院第二議員会館の屋外プールの中でおしっこした”と日記に書くって…。)ものの、自身の事を「ワイ」と言う主人公・那美が国会議員の秘書だった父親・戸田昌家の言葉を忘れずにいる一方、妊娠や出産あるいは子育ての大変さから男性(特に夫・芳雄)への憎しみの度合いが否応なく増していく状況の下、男性優位の社会に風穴を開けて自分が自分らしくあるために苦闘する内容は、読んでいて(主人公の口の悪さとキツめの台詞のせいもあるのでしょうが)僕自身に言われているようで舌に苦い味を覚えたり胸が苦しくなる場面も若干ありましたが、小説の全体を通じて緊張感が半端なく高くてかなりハラハラしました。
しかし、出産や子育て、子供への命名等の行為は女性にとって物凄く大変で大切だろうと思うのに、衆議院選挙に関しての様々なや主人公の夫の浮気を絡めた小説に(子育て中の身だから忙しいのは分かるとは言え、国会議員の浜田文夫のツィッターに不倫を匂わせる内容の文章を書き込んでしまうぐらいの性格である)主人公の様な人物をこの小説に登場させるなんて、作者も随分酷な事をするなと思いました。
ああ、ディズニーランドへの入園後、主人公夫妻と子供(茂/宗介)に幸運が訪れるますように…。(←祈っても詮無い事ですが。)
『タイム・シェルター』

ゲオルギ・ゴスポディノフ『タイム・シェルター』(寺島憲治訳、早川書房)を読みました。
この小説は、“語り手のイシマエルは謎の男ガウスティンが開設した(認知症患者達の症状の改善を目指した)「過去のためのクリニック」のため、助手として家具やボタン等は勿論午後の光に至るまで失われた時代の断片を探し求める仕事に従事することに。
過去のためのクリニックの評判が高まり、過去の部屋や家あるいは同様の施設が各地に造られはじめるとともに、認知症患者達だけでなく患者の身近な人々に向けて解放すると言うガウスティンの決定により特定の年代に暮らしたいと望む人々がクリニックにやってくるようになり、更にもう一段階足を踏み出した時、世界全体に変化の兆しが見られるようになり…。」と言った展開を見せるのですが、憂鬱な場面は幾つかあったものの、(国民投票によってヨーロッパ諸国が過去の一時代を選択する展開を迎える中盤は特に)読んでいて面白く興奮しました。
何事にもその国独特の事情があるのが頭では分かっていたつもりでしたが、(小説上とは言え)いざ目の前に提示されると面喰らうものですね…。
そして、物語の終わりが近づくにつれて高まる(過去を含めた)時間の恐ろしさを示す描写は読んでいて切ない気分になりました。
なお、『タイム・シェルター』は著者の長篇第三作目。
イタリア語版でストレーガ・ヨーロッパ賞を受賞、英訳版でブルガリア人としては初のブッカー国際賞を受賞したとの事です。
