F9の雑記帳 -11ページ目

「時の家」





 鳥山まこと「時の家」(『群像』2025年8月号所収)を読みました。
 この小説には、主人公の“青年と((小説上の)現在では空き家になっている)と建築家の”藪さん“の自宅での幼い頃の交流の様子を中心にしつつも、藪さんの死後の“緑”、”圭”と”脩“の夫婦それぞれが藪さんの自宅で過ごした日々のあれこれについて(時系列にとらわれず)書かれているのですが、読みはじめた頃は呼吸がなかなか合わず、読み進めるのに苦労しました。
 しかし、藪さんの自宅の色々な場所をスケッチする主人公の姿の描写に寂しさを覚える場面があったりしたものの、そこかしこに愛情が感じられる展開な上、夫と息子と別に塾を始めた“緑”の日々の描写、コロナ禍の時期を含めた”圭”と”脩“の夫婦のこの家で過ごした日々の内容の描写が(東日本大震災の頃のものも含めて)細かく、読んでいて小説の厚さが感じられて何だか嬉しかったです。

「弔いのひ」




 間宮改衣「弔いのひ」(『新潮』2025年8月号所収)を読みました。
 この小説は、かつて病院に就職したもののうつ病になり1年で辞め、ゲームのシナリオライターの仕事もしていた(現在)小説家の主人公が、自身の父親についての小説を書くために思いを巡らせたり、身近にいた人達に話を聞くうちに父親についてほとんど知らなかった事や、自分自身について気づいていくと言う展開なのですが、(小説上の)現在の状況の描写の細かさや、頻繁に登場して主人公に圧力をかけてくる“あの子供”の存在などもあってでしょうか、読み終えてとてもスッキリした気分になりました。
 そして、主人公の気持ちに寄りすぎていたのか嫌いだった主人公の母親が、主人公の父親について分かるにつれて好きになっている自分に気づいて正直驚きました。
 あと、小説の終盤に出てくる蜘蛛が、存在感があって良かったなと(個人的には)思いました…。

『ハイ・フィデリティ』





 ニック・ホーンビィ『ハイ・フィデリティ』(森田義信訳、ハヤカワepi文庫)を読みました。

 この本の発売当時、表紙と帯の文句に惹かれて購入したのはいいものの、(例のごとく)積ん読状態にしていたのですが、主人公の中古レコード店“チャンピオン・ヴァイナル”の店主であるロブ・フレミングと僕自身を比較して読み進めてしまい、「僕は人生において何もしていない。」「ロブは僕より人生の何歩か先を行っている。」と感じ、読み進めるにつれて焦りや虚しい感情に襲われ、何だか叫びたくなる瞬間が多かったです。

 主人公のロブが前の彼女を悲しませ、文無しの“サイッテイのクソッタレ”と自身を自嘲気味に語る人物であるのに加えて、彼の店の(当然ながら音楽に詳しい)店員のバリーとディック、アメリカ人シンガーのマリー・ラサール等の登場人物達の個性がはっきりしていることで、上記の様な感想になったのだとは思いますが、個人的には自分自身について考えざるを得ない小説だったなと思います。

 あと、個性豊かな登場人物達の中で、個人的には、一度はロブと別れたのに(ある事がきっかけで)再び付き合うようになり、ロブを盛り立てようとするローラが可愛いな、素敵だなと思いました。