F9の雑記帳 -12ページ目

「空き家の妊婦」


 小野正嗣「空き家の妊婦」(『文學界』2025年8月号所収)を読みました。
 個人的には、題名と冒頭の文章の衝撃的なイメージがしをほぼ忘れかけていた頃、題名通りの場面に出食わしたので、正直なところ、その箇所を読んだ時はかなりの衝撃を受けました。
 そして、小川陸と母の真奈、祖母の美恵子の(ある意味)微妙な関係、近藤祐介や妻の絵里達の小川家に対する態度や眼差しに関してあれこれ考えながら読み進め、結末はやや甘くなるのかなと思いきや、あまり人と話さない中野譲が起こした行動が予期せぬ結末を招くと言うのは予想外の展開で驚きましたが、読み終えてから良い小説を読んだなと思いました…。

「鉛筆の瞑想」



 高瀬隼子「鉛筆の瞑想」(『文學界』2025年8月号所収)を読みました。
 私立大学の入学試験の会場で試験監督をする主人公工藤の働く女性としての思いについてあれこれ考えながら読んでいたら、いつのまにか小説自体が終盤に差し掛かっていて我ながら驚きました。
 そして、鉛筆を忘れてしまった女子高生と、彼女の置かれた状況を知り行動を起こした男子高生の描写、彼ら二人に対する工藤の思いと言った描写に気持ちが少し熱くなりました。
 あと、個人的には「この時期は、高校生が三万円に見える」(154頁)と言う冒頭の文章に痺れてしまいました…。

『悪魔のひじの家』




 ジョン・ディクスン・カー『悪魔のひじの家』(白須清美訳、創元推理文庫)を読みました。
 昨年、書店で見かけた際に(改訳文庫版である事と)タイトルに惹かれて購入し、“積ん読”状態にしていたのを(途中で読むのを止めたりしながらも)何とか読み終えたのですが、終盤の事件解決の部分に驚きはしたものの、読んでいてあまり興奮しなかったので、僕には推理小説は向いていないのだなと改めて思いました。
 もっとも、ジョン・ディクスン・カー(やカーター・ディクスン)の名前や、ギディオン・フェル博士のシリーズについて何も知らない(更に敬意が微塵もないと言う恥しかない)状態での読書では、こんな結果になっても仕方がないのかもしれませんが…。