F9の雑記帳 -3ページ目

「紫陽花が散る街」



 李琴峰「紫陽花が散る街」(『文學界』2026年2月号所収)を読みました。
 この小説は、“我々が生活している世界とは異なる〈ひのもとぐに〉の〈まほろば〉というドームで覆われた街で暮らす主人公うろこ。外部の情報はほぼ入ってこず、測定装置を装着させられた上(個人の身体の状況を含め)可能な限りデータが収集され、国家へ貢献すればする程生活水準が上がり、逆の行動を取れば生活が苦しくなるという環境の下、うろこは自分の入手可能な範囲で自分の人生を向上させようと日々暮らしていた。だが、ある日夫のあきとの職場の同僚であるれんとと彼の妻ののぞみがうろこの家を訪問した事をきっかけとして彼女の行動に変化があらわれて…”と言った展開の小説で、個人的にはそれなりの速度を保って読み進める事が出来たため充実感は多少得られたものの、「登場人物達の会話をはじめ設定が極めて安易ではないか」「僕は一体何を読まされているのだろうか」と何度となく考えてしまいました。
 小説の中盤に置かれた〈ひのもとぐに〉の成立過程が描かれている箇所や小説の後半にある登場人物の一人の正体が判明する箇所等、読んでいて面白くない訳では決してないですし、人間にはどんな形であれ物語が必要だと言うテーマは理解できるのですが、先に書いた(些事かもしれない)僕の疑問は最後まで自分の中で解消されない状態のまま結末まで読み進める事となってしまいました。
 ああ、もう少し違う方向の設定が一つあるいは二つでもあったなら、小説の面白さも格段に変わっていただろうと考えると、かなり勿体ない気がします…。

「山登り」



 今村夏子「山登り」(『群像』2026年2月号所収)を読みました。
 この小説は”主人公は工場でのバイトで生計を立てている42歳の女性。彼女があるテレビ番組の影響で登山に興味を持ち、登山用品店でシャツや登山靴等を買ったり、登山ツアーの説明会に出たりして気分を高め、いざ登山に出掛けると…“と言った展開の小説なのですが、読み終えてそれ程長さがない中にもクセのある、今村夏子の小説らしい小説を読んだなと感じました。
 小学生の時に転校してきたゆりちゃんの態度や呑んだ酒の勢いに任せて弟が吐く正論を含んだ愚痴に対して深く考えなかったり、山登り当日の朝に行きたくない気分になったり、いざ山登りをすれば登山ツアーの参加者からどう思われるかを考えてしまったり、ある登山サークルから参加しないかと誘われたのに参加しなかったり…、読み進めるにつれて主人公はひねくれず自分自身にもっと素直になればよいのにと思うと同時に、主人公は僕によく似ているなと強く感じました。
 もしも、現実にこの小説と同じ展開を辿る事になれば、僕も主人公と同じように行動する気がします…。

2025年12月31日

 2025年もあと僅かで終わろうとしています。
 本年も拙い私の文章をお読みいただき、本当にありがとうございました。
 個人的には読書後の感想(めいたもの)だけでなく、CDを聴いた感想(めいたもの)等も書き、ブログに記事をアップしていければと思っていたのですが、またしてもアップすることが出来ず(!)、自分の目算通りに展開させられませんでした。
 来年は、恐らく本年と同様な感じだろうとは思いますが、可能であればCDを聴いた感想(めいたもの)等も記事として書いてアップできたらと思いますので、お読みいただけましたら幸いです。
 それでは、皆様良いお年をお迎えください。