F9の雑記帳 -3ページ目

「路線バス」



 小野正嗣「路線バス」(『文學界』2026年4月号所収)を読みました。
 この小説は、“大分県庁を辞めて路線バスの運転手になった主人公の脇田興司が運転する路線バスには、その日も(かつて中学校の国語の教師だったが、今はすっかり年老いた姿の)西田勤、(市役所を辞めた父親の現在について良く分かっていない)伊東あおいが乗っていた。途中、「市場前」のバス停から目鼻立ちがはっきりしている外国人二人を乗せて、路線バスは終点「猿唄浜」に向かって走るのだが…。”と言った内容の小説なのですが、何かにつけ文句を言う(特に清家亮に対する怒りが凄い)脇田興司に対して妻の里香(旧姓:河野)が諭したり、中野譲や彼の母親の中野佳子、脇田興司の息子の雄大と親しかった近藤祐介の思い出等、読んでいて内容がとても身近で良く分かると思う反面、(逆に)理解しすぎていて変な読み方をしていないか、読み終えて少し不安になりました。
 そして、(作者の狙いにまんまとはまったに違いないと思いますが)少し認知症気味の老人である姿を晒し続ける事を隠そうとしない西田勤と伊東あおい、小説の後半でさりげなく行動する中野譲が印象に残りました。

『消失』



 パーシヴァル・エヴェレット『消失』(雨海弘美訳、集英社)を読みました。
 自身の作品の中で実験的な手法を用いる小説家で大学教授である主人公のセロニアス・エリスン(通称モンク)が、ステレオタイプな形で黒人の過酷な状況を(自分が大嫌いな種類の小説のために)偽名で書いた小説をエージェントを通じて出版社へ送ったところ、かなり短期間で売れてしまう展開のこの小説は、まず自身が大嫌いな種類の小説が売れていく過程や主人公が絶対に素性を知られたくないと演技をしている様子、主人公の頭の中での政治家や芸術家、哲学者の対話の内容等が読んでいてとても面白かったです。
 また、代々医師でかつては裕福だったのに傾きかけている実家、主人公が尊敬していた亡くなった父親、静かに認知症が進む母親、妊娠中絶を主張する過激派に殺害されてしまう姉、心が通い合わない兄…、そんな主人公の家族について書かれている部分は読んでいて胸が一杯になりました。特に後半の主人公の母親の認知症が進んだ事で自分らしさを失っていく様子の描写は読んでいて本当に悲しくなりました。
 ああ、「秀逸な風刺小説」(393頁)か…
 なお、この小説は2023年に公開された映画『アメリカン・フィクション』の原作との事です。

「先生のおりがみ」



 今村夏子「先生のおりがみ」(『新潮』2026年4月号所収)を読みました。
 この小説には、中学生の主人公のるいの学童保育所「涼風館」での思い出について、折り紙を折っている姿が印象的な奥野先生を中心に書かれているのですが、まおちゃんやけい君と言った友達、指導員の絵里奈先生、北尾かける先生と言ったアルバイトの指導員等の登場人物達について(小説上の現時点で)一定の評価を与えているのに、奥野先生には与える事ができず、謎の存在のままと言う結末も驚きはしたものの良いなと思いました。
 そして、もし、るいが(折り紙の折り方を教えてもらう等のきっかけで)奥野先生とコミュニケーションが上手く取れるようになったら、将来良き相談相手になるだろうな、小説の終盤に出てくる恋愛関係の修羅場の場面に対する奥野先生の思いも分かったりするのだろうなと思いました。