6月27日から、
これまでどんな同業者の講座も
受けた事のない僕が、
なんと!
思い切って
講座を受けてみる事にしました。
その名も『ゆるし学』です。
何のボキャブラリーも
飾りっ気もなく、
ただ単に
『ゆるし学』。
皆さんも
良くご承知かとは思いますが…
どんな世界でもホンモノには
カリスマ性も、
ボキャブラリーも、
飾りっ気も
金輪際、必要ないのです。
まだ参加もしてない
講座の紹介を
どうやったらイイか、
悩んでいたのですが…
紹介したくて仕方がない。
なので本能に従って、
オススメする事にしました。
先日、
この通信講座の講師である
ジェームス・ヒロ さんから
手渡されたテキストに、
サラッと目を通した程度で
僕は『ゆるし学』に関しては、
まだ入り口の門の前に佇んで、
これから何が始まるか
わくわくしながら待って居る
そんな段階です。
なので『ゆるし学』を
語りうるだけの
充分なソースを、
持ち併せては居ません。
では何故、オススメするのか…
それは、本能的に
『何だか面白そうだなぁ~♪』
と、感じたからです。
参考として、こちらが
ジェームス・ヒロさんのブログです
↓
使命カウンセラー
ジェームス・ヒロのゆるしの世界
そういう自分の本能だとか
時には
逆に凝り固まった鎧と
向き合いながら
ゆるし学の会員専用SNSで、
恐らく
僕と幾分も変わらない様な動機で
集まった同志と語り合いながら…
ブロックや鎧を脱ぎ捨てた
本来の自分という存在や
その目的を探りつつ
日常の中で出会う
様々な出来事と向き合い
あらゆる物事を、
あらゆる角度から
許し赦し聴し揺るし、
そして『ゆるす』
方法を探ってて行けたら、
面白いのではないかなぁ~と、
思ってしまったのです。
皆さんもそう思いませんか?
今期の受講生募集の締切りが
6月20日(木曜日)迄
となって居ります。
今日も含めて
あと3日間しかありません!
どうしましょう!?
通信講座スタートは
6月27日(木曜日)からで、
9月27日まで
3ヶ月間の講座です!
3ヶ月の受講期間で
これまでの受講費用が
初めて受講される方の場合
¥100,000だったところ
より多くの方々に
ゆるしの世界の素晴らしさを
お伝えしたいという
ジェームス・ヒロさんの想いから
仕切り直された新価格!
¥50,000は
安いんじゃないかと思います!
是非、あなたも
僕と一緒に
『ゆるしの世界』を
覗いてみませんか?
受講ご希望の方は
090-2814-5054
僕のソフトバンク携帯宛てに
SMS/MMSで
連絡先を添えてメール頂くか
お電話頂ければ
講師の
ジェームス・ヒロさんから
折り返し連絡出来る様に
手配致します。
先日、
大好きな、使命カウンセラー
ジェームス・ヒロさんとの
コラボセッション
『おカシック・アート・リーディング』
と同時に
エネルギー・フラワー・アートセラピー
という新メニューを
ウェブ上でご案内したところ…
ありがたい事に、いくつかのご意見や
ご要望を頂きました。
中でも
『セッションを申し込みたいけれど
札幌となると、ちょっと遠すぎるので、
いつ受けに行けるかわからない。』
『市内に住んで居るけれど、
仕事から帰るのが、いつも遅いので、
できれば遠隔での
セッションメニューがあれば
申し込みたい。』
などのご意見・ご要望をいただきました。
なので
遠くにお住まいの方や
お仕事が忙しい方など…
セッションを受けたいのに
直接お会いして
対面セッションできる機会を
なかなか作れない…
という方の為に、
遠隔での
『エネルギー・フラワー・アートセラピー』を
ご用意させて頂くことにしました。




上の写真は、対面で当セッションを受けて下さった
クライアント様に
ブログ掲載の承諾を頂いた
作品の一例です。
セッションの流れは
①あなたの
ご相談内容やご希望の話題に関わる
カウンセリング・セラピーをしながら
②上の写真の様な、葉書サイズの
点描アート作品を描き上げ
③最後に点描アートに隠された
メッセージをお伝えします。
対面セッションでの所要時間は たったの30分!
遠隔バージョンでは、セッションの内容を紙ベースに纏めて、点描作品と一緒に郵送致します♪
もちろん、お近くにお住まいの方や
札幌市内でお会い出来る方は
対面でのセッションお申し込みも、常時大歓迎致します!
対面・遠隔共に
これまでの通常価格
¥10,000のところ
新セッション発表記念企画として
期間と数量限定の特別価格
¥5,500
にてご提供させて頂いております。
※対面セッションのご予約・お問い合わせは
僕のソフトバンク携帯番号
090-2814-5054まで
どうか、ご緊張なさらずに…
メチャクチャ馴れ馴れしい感じで良いので、
気軽にお電話下さい♪
以下、
今回の遠隔セッションで
ご協力いただける事になった、
使命カウンセラー
NAOKOさんの記事を
一部抜粋させて頂きます。
元の記事はここをクリック
【エネルギー・フラワー・アートセラピー】
スピリチュアル点描アーチスト
相馬英樹の
新セッションである、
エネルギー・フラワー・
アートセラピーを
数量限定で遠隔にて行います。
このセッションは
あなたの今とこれから
そしてあなたが
幸せになるポイントを天から降ろして
美しい点描アートにして
解説とともにお送りするセッションです。
通常のセッション費用
一万円のところ
今回はお試し価格5500円(郵送料込み)
で提供いたします。
あなたの氏名、生年月日、住所、
相談の内容(現在の状況~知りたいこと、
具体的にお知らせください)
お写真(顔写真を写メで)を
お送りください。
郵送でお送りいたします。
期間は
入金を確認してから
一週間くらいで
送らせていただきます。
英樹さんの
チャネリングパワーは
すごいですよ~
メッセージと
アート
素晴らしいですから
ぜひ
ご利用くださいませ
お申し込みは
一度
nao-kaji.2275☆docomo.ne.jp
☆を@にかえて
メールくださいませ
~~◆◇◇◆~~~~◆◇◇◆~~~~◆◇◇◆~~
使命カウンセラーNAOKOさんは
札幌の豊平公園近くにある
『オープンハート・セッションルーム』で
現在
数秘・ルーン・OSHOカードを使った
オープンハートセミナー&セッションを
展開されています。
詳細は以下URLをクリックしてご確認下さい↓
http://mb.minx.jp/002275
とてもパワフルで純粋な、笑顔が素敵な方で、
僕が出会った
スピリチュアル・ワーカーさんの中でも
優秀で愛のあるセラピスト様、というのは当然ですが…
尚且つ…
僕が、自分のクライアント様にも喜んでお勧めできる、数少ない人格者です。
きっと、皆様にとって心強いアドバイスやメッセージを降ろしてくれる筈です。
是非皆様も一度、お会いしてみる事をおススメします。
大好きな、使命カウンセラー
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いつ受けに行けるかわからない。』
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できれば遠隔での
セッションメニューがあれば
申し込みたい。』
などのご意見・ご要望をいただきました。
なので
遠くにお住まいの方や
お仕事が忙しい方など…
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なかなか作れない…
という方の為に、
遠隔での
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上の写真は、対面で当セッションを受けて下さった
クライアント様に
ブログ掲載の承諾を頂いた
作品の一例です。
セッションの流れは
①あなたの
ご相談内容やご希望の話題に関わる
カウンセリング・セラピーをしながら
②上の写真の様な、葉書サイズの
点描アート作品を描き上げ
③最後に点描アートに隠された
メッセージをお伝えします。
対面セッションでの所要時間は たったの30分!
遠隔バージョンでは、セッションの内容を紙ベースに纏めて、点描作品と一緒に郵送致します♪
もちろん、お近くにお住まいの方や
札幌市内でお会い出来る方は
対面でのセッションお申し込みも、常時大歓迎致します!
対面・遠隔共に
これまでの通常価格
¥10,000のところ
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¥5,500
にてご提供させて頂いております。
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僕のソフトバンク携帯番号
090-2814-5054まで
どうか、ご緊張なさらずに…
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尚且つ…
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きっと、皆様にとって心強いアドバイスやメッセージを降ろしてくれる筈です。
是非皆様も一度、お会いしてみる事をおススメします。
この日記は、かなり以前にミクシィ日記として書いたものを、当時の記憶を思い返しながら、更に克明に書き直したものです。
僕には、妻とか昔の特別な友人とか、身近な人にしか話した事がない様な…
ずっと長い間、心の中に幽閉していた秘密がある。
僕の秘密なんて、僕以外の人間にとっては、別にどうだっていい事だと思うけどね。
以前の僕は、今の僕からは想像もつかない、極めて常識的かつ保守的な性格だった。
オカマだったくせに、世間体や常識って言うのも、おかしな話だけどね。
僕は高校時代、友人に紹介して貰い、サンクスっていうコンビニで、夜勤バイトをしていた。
バイトの先輩に、大学に7年間在籍している、ちょっと変わった感じのおじさん(※当時の僕にしてみれば)が居た。
そのおじさん(以後、Y)と僕には、オートバイ・心理学・哲学が好きだと言う共通点があり、つるんで買い物に行ったり遊んだりする頻度が高く、酒を飲みながらカフカや野坂昭如の魅力について一晩中話し合った事もある。
Yの住むアパートは、月寒墓地と言う古いお墓の裏手にあり、当時幾つか有った 『 第二の我が家』 となった。
ある朝、バイト明けに、Yから
ホーキング博士 の著書『 存在しなかった宇宙 』 を借りた。
『 面白いから読んでごらん。 』 と言って手渡されたけど、いつしか僕はYから、その本を借りた事をすっかり忘れていた。
そんなある時、僕は風邪をひいて学校とバイトを休んだ。
具合も悪い事だし今日はゆっくり好きな物を喰いながら本でも読もう…と決めた。
そうして僕は、コカ・コーラと、とんがりコーンを用意し て、何を読もうかと、本棚を眺めた。
本棚の中で一冊だけ、他の物との微妙なサイズの違いや角度など、どう言う訳か目立って見える本が有ったので、『この本を読むべきなのだろうな。』と思い、手に取った。
Yから借りた『 存在しなかった宇宙』 。
『早く読み終えて、返さなきゃ。』
そんな事を考えながらページを捲る。
表紙を開くと一瞬、この次元の層と別次元の層の咬み合いが、ギコッとズレた様な、どうにも不思議な胸騒ぎと、味わった事のない寒気を覚えた。
『きっと、風邪をひいてるせいだろう。』
そう思って余り気にせず、目次を飛ばし先ずは前書きから…
そこに書かれている文章の一つ一つが、戦慄を覚える内容のものだった。
『私はこの本を、宇宙や地球、そしてあなたの存在を、全否定する為に書いた。』
『地球や宇宙という概念など、あなたの妄信に過ぎず、実は何処にも存在しないのだ。』
ここまではまだ、普通。
『この本は、読む人によって全く異なる言語や、内容を表示する仕掛けを組み込んで、私が書いたものだ。』
『解釈ではなく、一文字一文字、書かれて居る単語や文字自体が、違うのだ。』
う~ん、ホーキングはいったい何を伝えようとして居るのだろうか…
『たとえば君は今、体調を崩して学校を休んでいるだろう。』
!?
ザワザワと全身に鳥肌が立って来る様な恐怖に包まれた。
『机の上にはコーラとスナック菓子を並べて、この本を読もうとしている。』
空気が急激に張り詰め、一瞬にして世界中の騒音が僕の中に集結して鳴り響いた。 …様に感じた
僕は、強い恐怖を感じ、恐怖から逃れるために叫び出したい衝動にさえ駆られたが、声は出なかった。
ただ、本を持った手をカタカタと震わせ、怯えていた。
『お前は怯えている様だが、これは現実だ。』
『現に、私はもう永い事、この逃げ場のない世界から抜け出せずに居るのだ。』
きっと疲れているのだ。…僕は、疲れているにちがいない!
本は答える。
『決してお前が疲れて居るのではなく、これが現実なのだ。』
あぁ~ダメだ!
心理学とか哲学とか、下らない事ばかり考えて居るから、こんな事になってしまったのだ…
どうすれば良いのだ…僕は…ついに狂ってしまったに違いない。
『何度も言うが、これは現実だ。お前は狂ってなど居ない。』
僕は何故そうしたのか今となっては解らないが…何度も、本を閉じたり開いたりする行為を繰り返した。
『何度やっても同じだ、私は宇宙の真理を知ってしまったのだ。』
『お前の事も他の全ての人間の事も、過去も未来も全て知っている。』
余りの恐怖に
手にして居た本を床に投げ出した次の瞬間、空間はウネウネと波を打って歪み、恐らく世界で最も気味が悪い、恐ろしいラップ音が僕の部屋に響いた。
僕は固く目を瞑じて、声にならない声をあげて泣きながら呻き机に頭を伏せ、怯えていた。
目を瞑じて居ても瞼の裏には、存在しなかった宇宙は、僕の問いに答え続ける。
同時に、膨大な何かと何かが僕の部屋の両側から僕を目掛けて接近してくるのが文章ではなく、ヴィジョンとして見えた。
その強大なエネルギーは僕を挟み込むと同時に、膨張し…爆発した。
僕は机に顔をうずめたまま、気絶していた様だ。
僕は咄嗟に部屋の窓を開け、床に投げ出した筈なのに、何事もなかったかの様に、机の上に鎮座する本を、慌てて外へ放り投げた。
窓からは、冷たい空気が流れ込んで来る。
それから数日間 …
僕は、仮病を使って学校もバイトも休み続けたが、あの本が落下したマンションの軒下だけは、絶対に見ない事にしていた。
あの恐怖が甦るのが何よりも恐ろしかったのだ。
それ以上に、僕はあの時の恐怖に怯え続けたままだった。
これでは、未来が見えない。
きっとこの先
僕は、まともな社会生活を送る事はないだろう…
誰かがあの本を見付けて捨ててくれたかも知れない。
あの本が無くなってさえ居てくれたなら、どんなに僕は救われるだろう…
大体
たとえ、あったとしても、読みさえしなければ問題はないのだ!
そう思って、4階の自室から軒下を見ると…軒下に本はなかった。
ここ暫く自分に絡み付いていた恐怖がスッと解けた様な、究極の開放感に包まれ…
久々に、ホッとして窓を閉ざし、部屋を振り返る。
確かに、軒下に本は無かった。
軒下に…軒下には、…本は … 無かった… が…
僕の机の上には、コカ・コーラととんがりコーン、そして開かれたままの『 存在しなかった宇宙』 が…
椅子には…机に顔をうずめて気絶している僕が座って居るのを、僕はハッキリと見た。
僕はもう、僕自身ではないのだ、という事を、瞬時に悟った。
一生分の哀しみが僕の心を埋め尽くし、同時に僕は窓を開け、
『僕が眼を覚まして僕の存在に気付く前に、此処から飛び降りて、自ら命を絶たなければならない。』という
僕だけの『存在しなかった宇宙』の単語と文章の羅列が、目の前に広がる景色に混じって僕の心に映し出された。
そしてあの時、たしかに僕はマンションの四階から飛び降りて、その一生を終えた。
しっかりと目を見開いて、全ての感覚で自分の死を受け止めようと、顔面と地面とが接触する瞬間までの一部始終を見届けた。
僕は、しっかりと…心を込めて、 『 魂の死 』 を傍観していた。
地面に衝突すると同時に机の上で目覚めた僕は、もう全てを悟っていた。
霊魂が、入れ替わったのだ。
『だぁぁ~っ!』と叫びながら、開いた窓から、渾身の力を込めて本を放り投げ、勢いよく窓を閉ざした僕は、
二度と振り返らず、未来に向かって歩き出したのだ。
あの日を境に僕の中で大きな何かが変わった。
それが何で在るのかを、今はまだ把握し切れては居ない。
ただ僕には、
窓から放り投げたあの本の続きに、実はとても美しく、とても大切な事が書かれて居た様に思えてならない。
あの時に味わった恐怖の中には、実はこの世界が、どんなに美しいもので有るか、どんなに大切なものであるかを僕に知らせる為のカラクリが仕組まれて居た様に思えてならないのだ。
そうして今日も僕は、眠りから目覚め周りの人たちと、ゆるし合い愛し合う事が出来るのだ。
僕には、妻とか昔の特別な友人とか、身近な人にしか話した事がない様な…
ずっと長い間、心の中に幽閉していた秘密がある。
僕の秘密なんて、僕以外の人間にとっては、別にどうだっていい事だと思うけどね。
以前の僕は、今の僕からは想像もつかない、極めて常識的かつ保守的な性格だった。
オカマだったくせに、世間体や常識って言うのも、おかしな話だけどね。
僕は高校時代、友人に紹介して貰い、サンクスっていうコンビニで、夜勤バイトをしていた。
バイトの先輩に、大学に7年間在籍している、ちょっと変わった感じのおじさん(※当時の僕にしてみれば)が居た。
そのおじさん(以後、Y)と僕には、オートバイ・心理学・哲学が好きだと言う共通点があり、つるんで買い物に行ったり遊んだりする頻度が高く、酒を飲みながらカフカや野坂昭如の魅力について一晩中話し合った事もある。
Yの住むアパートは、月寒墓地と言う古いお墓の裏手にあり、当時幾つか有った 『 第二の我が家』 となった。
ある朝、バイト明けに、Yから
ホーキング博士 の著書『 存在しなかった宇宙 』 を借りた。
『 面白いから読んでごらん。 』 と言って手渡されたけど、いつしか僕はYから、その本を借りた事をすっかり忘れていた。
そんなある時、僕は風邪をひいて学校とバイトを休んだ。
具合も悪い事だし今日はゆっくり好きな物を喰いながら本でも読もう…と決めた。
そうして僕は、コカ・コーラと、とんがりコーンを用意し て、何を読もうかと、本棚を眺めた。
本棚の中で一冊だけ、他の物との微妙なサイズの違いや角度など、どう言う訳か目立って見える本が有ったので、『この本を読むべきなのだろうな。』と思い、手に取った。
Yから借りた『 存在しなかった宇宙』 。
『早く読み終えて、返さなきゃ。』
そんな事を考えながらページを捲る。
表紙を開くと一瞬、この次元の層と別次元の層の咬み合いが、ギコッとズレた様な、どうにも不思議な胸騒ぎと、味わった事のない寒気を覚えた。
『きっと、風邪をひいてるせいだろう。』
そう思って余り気にせず、目次を飛ばし先ずは前書きから…
そこに書かれている文章の一つ一つが、戦慄を覚える内容のものだった。
『私はこの本を、宇宙や地球、そしてあなたの存在を、全否定する為に書いた。』
『地球や宇宙という概念など、あなたの妄信に過ぎず、実は何処にも存在しないのだ。』
ここまではまだ、普通。
『この本は、読む人によって全く異なる言語や、内容を表示する仕掛けを組み込んで、私が書いたものだ。』
『解釈ではなく、一文字一文字、書かれて居る単語や文字自体が、違うのだ。』
う~ん、ホーキングはいったい何を伝えようとして居るのだろうか…
『たとえば君は今、体調を崩して学校を休んでいるだろう。』
!?
ザワザワと全身に鳥肌が立って来る様な恐怖に包まれた。
『机の上にはコーラとスナック菓子を並べて、この本を読もうとしている。』
空気が急激に張り詰め、一瞬にして世界中の騒音が僕の中に集結して鳴り響いた。 …様に感じた
僕は、強い恐怖を感じ、恐怖から逃れるために叫び出したい衝動にさえ駆られたが、声は出なかった。
ただ、本を持った手をカタカタと震わせ、怯えていた。
『お前は怯えている様だが、これは現実だ。』
『現に、私はもう永い事、この逃げ場のない世界から抜け出せずに居るのだ。』
きっと疲れているのだ。…僕は、疲れているにちがいない!
本は答える。
『決してお前が疲れて居るのではなく、これが現実なのだ。』
あぁ~ダメだ!
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どうすれば良いのだ…僕は…ついに狂ってしまったに違いない。
『何度も言うが、これは現実だ。お前は狂ってなど居ない。』
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『何度やっても同じだ、私は宇宙の真理を知ってしまったのだ。』
『お前の事も他の全ての人間の事も、過去も未来も全て知っている。』
余りの恐怖に
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僕は固く目を瞑じて、声にならない声をあげて泣きながら呻き机に頭を伏せ、怯えていた。
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それから数日間 …
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あの恐怖が甦るのが何よりも恐ろしかったのだ。
それ以上に、僕はあの時の恐怖に怯え続けたままだった。
これでは、未来が見えない。
きっとこの先
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誰かがあの本を見付けて捨ててくれたかも知れない。
あの本が無くなってさえ居てくれたなら、どんなに僕は救われるだろう…
大体
たとえ、あったとしても、読みさえしなければ問題はないのだ!
そう思って、4階の自室から軒下を見ると…軒下に本はなかった。
ここ暫く自分に絡み付いていた恐怖がスッと解けた様な、究極の開放感に包まれ…
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確かに、軒下に本は無かった。
軒下に…軒下には、…本は … 無かった… が…
僕の机の上には、コカ・コーラととんがりコーン、そして開かれたままの『 存在しなかった宇宙』 が…
椅子には…机に顔をうずめて気絶している僕が座って居るのを、僕はハッキリと見た。
僕はもう、僕自身ではないのだ、という事を、瞬時に悟った。
一生分の哀しみが僕の心を埋め尽くし、同時に僕は窓を開け、
『僕が眼を覚まして僕の存在に気付く前に、此処から飛び降りて、自ら命を絶たなければならない。』という
僕だけの『存在しなかった宇宙』の単語と文章の羅列が、目の前に広がる景色に混じって僕の心に映し出された。
そしてあの時、たしかに僕はマンションの四階から飛び降りて、その一生を終えた。
しっかりと目を見開いて、全ての感覚で自分の死を受け止めようと、顔面と地面とが接触する瞬間までの一部始終を見届けた。
僕は、しっかりと…心を込めて、 『 魂の死 』 を傍観していた。
地面に衝突すると同時に机の上で目覚めた僕は、もう全てを悟っていた。
霊魂が、入れ替わったのだ。
『だぁぁ~っ!』と叫びながら、開いた窓から、渾身の力を込めて本を放り投げ、勢いよく窓を閉ざした僕は、
二度と振り返らず、未来に向かって歩き出したのだ。
あの日を境に僕の中で大きな何かが変わった。
それが何で在るのかを、今はまだ把握し切れては居ない。
ただ僕には、
窓から放り投げたあの本の続きに、実はとても美しく、とても大切な事が書かれて居た様に思えてならない。
あの時に味わった恐怖の中には、実はこの世界が、どんなに美しいもので有るか、どんなに大切なものであるかを僕に知らせる為のカラクリが仕組まれて居た様に思えてならないのだ。
そうして今日も僕は、眠りから目覚め周りの人たちと、ゆるし合い愛し合う事が出来るのだ。
満足
それを手にしたとき
私たちは喜び、光り輝きます。
それを手に入れるために良かれと思い
私たちは時としてやりたくない事をしたり
行きたくないところへ行ったり
様々な形の苦労や努力を重ねます。
しかし実を言うと
不安や苦労の中から満足は生まれません。
つまり
満足は、苦労して手に入れられるものではないということです。
手に入れる事が出来たところで、苦労をして手に入れた満足は、時間を道連れに泡の如く消え去って行きます。
何故なら
一時の満足が通り過ぎたあと、人は必ずこう思うのです。
『また満足したい。』と。
そこで記憶を遡り、自分がどうやって満足を手に入れたかを思い出します。
その人にして見れば、次の満足の為には何が必要であるかは、一目瞭然。
『苦労』です。
そうして『苦労促進派』の人が生まれ、苦労の波の中から世間を見渡し
口を揃えてこう言うのです…
『苦労の数だけ満足があるのだ。』
『人は死ぬまで満足出来得ないのだ。』…と。
では、永続的な満足は、どうすれば得られるのでしょうか?
学び・努力することと苦労の違いはなんでしょうか?
答えは簡単です。
学びや努力には、選択肢がありますが
苦労に関しては自分が望んだことではない、と言う事です。
例えば…
将来ヴァイオリニストになる為に『ヴァイオリンを学びたい。』
と思った人は、ヴァイオリンの教則本を買ったり、ヴァイオリン教室へ通ったりします。
何故その人は、ヒップホップダンスの教則本やボクシングクラブへ行くのではなく、ヴァイオリンの教則本を買いヴァイオリン教室へ行ったのでしょうか?
その人はヒップホップでもボクシングでもなく、ヴァイオリンを学びたかったからこそ、ヴァイオリンの教則本を買い、ヴァイオリン教室へ行ったのです。
そうしてヴァイオリンの教則本を買い、ヴァイオリン教室へ行ったからこそ、ヴァイオリンを学び、上達することが可能となるのです。
この様に自分が将来なりたいモノや、やりたい事を選択し、学びを重ねる事。
それが、努力です。
一方、苦労とは何でしょう。
ヴァイオリンを学び、努力を重ねてヴァイオリニストになった人は、ヴァイオリン界で世界的に有名になり、豊かさと移動の利便性から、街の中心部に土地を買い、豪邸を建てました。
隣のボロアパートには、かつてモトクロスの選手に成りたい思った人が住んでいます。
その人はモトクロスの選手に成る為には資金が必要と思い、『安定した賃金といえば弁護士しかない。』という結論に達しました。
そこで、これまで働いていた缶詰工場での仕事を続けながら、法律の本や弁護士試験の問題集などを買い、一生懸命がんばって勉強しました。
あれから10年の年月が流れ、元気良く缶詰工場に通う彼の姿は健在です。
モトクロスやんないのかい?
かつての彼を知る物は皆、しばしば訊きます。
ブルーノートの気怠い旋律に染まる都会の一角
カウンターを照らす、
低い位置に取り付けられた照明に翳したグラスを
意図的に、時計とは反対方向に回し
一瞬、少年の様な目をしたかと思うと
彼は、底に残った僅かなJ&Bを眺めながら
遠くを見詰める様な愛おしそうな目をして…
こう呟くのです。
今は時間も金もないしね。
あの頃に戻れるものなら、やり直したいけど
でもいつか、きっとやれるさ。
だから今はまだ…これでいいのだよ…と。
そうしていつも面倒臭そうに
残りのJ&Bを喉の奥に流し込むと
背中を丸めながら
夜の霧の中へと
溶けて行くのです。
この様に苦労と努力の違いは
今、自分が学び、頑張って居ることと
自分が成りたい未来との距離感によって、分けることが出来ます。
たぶん僕にも、そしてあなたにも
自分にとって必要な努力と、無駄な努力があります。
大抵の場合、人間の頭の中には、考える為の脳味噌が詰まっています。
脳味噌には、筋肉や感覚など物理的な運動を司る部分と
心や感情と言った非物理的な運動を司る部分があります。
例えば怪我や病気や金銭などといった体やお金など、物理的な問題により動けない時…
身体を動かすことは出来なくとも、心を動かす手段…例えばイメージトレーニングによって満足に向かう手段があります。
この様に、お金がなくても夢やイメージを膨らませることは出来ます。
夢やイメージは、膨らませる事で、確実に現実に結び付きます。
皆様のような素敵な方であれば、とっくに認識されたり意識されている事と思いますが…
そういう風に世界は作られているのです。
このことについては、僕が、自信をもって約束します。
絶対に目的地へ辿り付く事のない近道を、今出来うる近道と認識するか
確実に満足に辿りつける廻り道こそ、本当の近道だと認識するか…
それを今すぐどうこう出来るかどうかは、
それぞれの事情だとか性格上の問題など様々ですが
意識することから、引き寄せは始まります。
或いは『無駄なものなど一つもない!』と言うのも確かです。
それを選ぶのは、私ではなく
他ならぬ、あなた自身なのです。
今日は、忙しい一日になりそうなので…今日はこの辺で。
2013年6月14日 ソウマ ヒデキ
本日のノルマ
① 新遠隔セッション エネルギー・フラワーアートセラピー の告知
② 参加イベント6月23日(札幌)第二回 国際スポーツ&カルチャーフェスティバル スポカル2013 出店告知
③ 主催イベント 7月3日(苫小牧)Toshi&七海コンサート の告知
④ 参加講座 募集締め切り~6月20日 ゆるし学講座 の紹介・告知
⑤ 参加イベント 7月6日(安平)ほっこりマルシェinあびら の出店告知
⑥ 参加イベント 7月12日~13日(千歳)千の癒し の出店告知
⑦ 友人の出店参加イベント 7月13日(平取)さくらぎ田んぼ祭り の友人出店告知
⑧ 参加イベント 7月15日(札幌)希望の扉 の出店告知
⑨ 参加イベント 7月21日(札幌)おカシック・アートリーディング&ヤシンカのプラーナランチ 出店告知
⑩ 参加イベント 8月の予定(札幌)サントーシャさん主催による未発表イベント 出店告知
⑪PM17:00~タロットセッション1名
それを手にしたとき
私たちは喜び、光り輝きます。
それを手に入れるために良かれと思い
私たちは時としてやりたくない事をしたり
行きたくないところへ行ったり
様々な形の苦労や努力を重ねます。
しかし実を言うと
不安や苦労の中から満足は生まれません。
つまり
満足は、苦労して手に入れられるものではないということです。
手に入れる事が出来たところで、苦労をして手に入れた満足は、時間を道連れに泡の如く消え去って行きます。
何故なら
一時の満足が通り過ぎたあと、人は必ずこう思うのです。
『また満足したい。』と。
そこで記憶を遡り、自分がどうやって満足を手に入れたかを思い出します。
その人にして見れば、次の満足の為には何が必要であるかは、一目瞭然。
『苦労』です。
そうして『苦労促進派』の人が生まれ、苦労の波の中から世間を見渡し
口を揃えてこう言うのです…
『苦労の数だけ満足があるのだ。』
『人は死ぬまで満足出来得ないのだ。』…と。
では、永続的な満足は、どうすれば得られるのでしょうか?
学び・努力することと苦労の違いはなんでしょうか?
答えは簡単です。
学びや努力には、選択肢がありますが
苦労に関しては自分が望んだことではない、と言う事です。
例えば…
将来ヴァイオリニストになる為に『ヴァイオリンを学びたい。』
と思った人は、ヴァイオリンの教則本を買ったり、ヴァイオリン教室へ通ったりします。
何故その人は、ヒップホップダンスの教則本やボクシングクラブへ行くのではなく、ヴァイオリンの教則本を買いヴァイオリン教室へ行ったのでしょうか?
その人はヒップホップでもボクシングでもなく、ヴァイオリンを学びたかったからこそ、ヴァイオリンの教則本を買い、ヴァイオリン教室へ行ったのです。
そうしてヴァイオリンの教則本を買い、ヴァイオリン教室へ行ったからこそ、ヴァイオリンを学び、上達することが可能となるのです。
この様に自分が将来なりたいモノや、やりたい事を選択し、学びを重ねる事。
それが、努力です。
一方、苦労とは何でしょう。
ヴァイオリンを学び、努力を重ねてヴァイオリニストになった人は、ヴァイオリン界で世界的に有名になり、豊かさと移動の利便性から、街の中心部に土地を買い、豪邸を建てました。
隣のボロアパートには、かつてモトクロスの選手に成りたい思った人が住んでいます。
その人はモトクロスの選手に成る為には資金が必要と思い、『安定した賃金といえば弁護士しかない。』という結論に達しました。
そこで、これまで働いていた缶詰工場での仕事を続けながら、法律の本や弁護士試験の問題集などを買い、一生懸命がんばって勉強しました。
あれから10年の年月が流れ、元気良く缶詰工場に通う彼の姿は健在です。
モトクロスやんないのかい?
かつての彼を知る物は皆、しばしば訊きます。
ブルーノートの気怠い旋律に染まる都会の一角
カウンターを照らす、
低い位置に取り付けられた照明に翳したグラスを
意図的に、時計とは反対方向に回し
一瞬、少年の様な目をしたかと思うと
彼は、底に残った僅かなJ&Bを眺めながら
遠くを見詰める様な愛おしそうな目をして…
こう呟くのです。
今は時間も金もないしね。
あの頃に戻れるものなら、やり直したいけど
でもいつか、きっとやれるさ。
だから今はまだ…これでいいのだよ…と。
そうしていつも面倒臭そうに
残りのJ&Bを喉の奥に流し込むと
背中を丸めながら
夜の霧の中へと
溶けて行くのです。
この様に苦労と努力の違いは
今、自分が学び、頑張って居ることと
自分が成りたい未来との距離感によって、分けることが出来ます。
たぶん僕にも、そしてあなたにも
自分にとって必要な努力と、無駄な努力があります。
大抵の場合、人間の頭の中には、考える為の脳味噌が詰まっています。
脳味噌には、筋肉や感覚など物理的な運動を司る部分と
心や感情と言った非物理的な運動を司る部分があります。
例えば怪我や病気や金銭などといった体やお金など、物理的な問題により動けない時…
身体を動かすことは出来なくとも、心を動かす手段…例えばイメージトレーニングによって満足に向かう手段があります。
この様に、お金がなくても夢やイメージを膨らませることは出来ます。
夢やイメージは、膨らませる事で、確実に現実に結び付きます。
皆様のような素敵な方であれば、とっくに認識されたり意識されている事と思いますが…
そういう風に世界は作られているのです。
このことについては、僕が、自信をもって約束します。
絶対に目的地へ辿り付く事のない近道を、今出来うる近道と認識するか
確実に満足に辿りつける廻り道こそ、本当の近道だと認識するか…
それを今すぐどうこう出来るかどうかは、
それぞれの事情だとか性格上の問題など様々ですが
意識することから、引き寄せは始まります。
或いは『無駄なものなど一つもない!』と言うのも確かです。
それを選ぶのは、私ではなく
他ならぬ、あなた自身なのです。
今日は、忙しい一日になりそうなので…今日はこの辺で。
2013年6月14日 ソウマ ヒデキ
本日のノルマ
① 新遠隔セッション エネルギー・フラワーアートセラピー の告知
② 参加イベント6月23日(札幌)第二回 国際スポーツ&カルチャーフェスティバル スポカル2013 出店告知
③ 主催イベント 7月3日(苫小牧)Toshi&七海コンサート の告知
④ 参加講座 募集締め切り~6月20日 ゆるし学講座 の紹介・告知
⑤ 参加イベント 7月6日(安平)ほっこりマルシェinあびら の出店告知
⑥ 参加イベント 7月12日~13日(千歳)千の癒し の出店告知
⑦ 友人の出店参加イベント 7月13日(平取)さくらぎ田んぼ祭り の友人出店告知
⑧ 参加イベント 7月15日(札幌)希望の扉 の出店告知
⑨ 参加イベント 7月21日(札幌)おカシック・アートリーディング&ヤシンカのプラーナランチ 出店告知
⑩ 参加イベント 8月の予定(札幌)サントーシャさん主催による未発表イベント 出店告知
⑪PM17:00~タロットセッション1名
夏ということなので、怪談を投稿します。
※ これは2012年02月08日にアップしたアメブロ日記を
再度編集したものです。
心優しい幽霊との触れ合いなんかも時々あります。
その中の一つ、
実際に僕が体験した、
こんな話があります。
今から20年前、
僕は自動車整備士でした。
それで札幌市豊平区月寒にあった、
ヤマカミっていう整備工場の二階に、一人で住んでたんです。
僕が勤めていた整備工場跡は現在も未だ残っていて、
僕が勤めていた頃とは別の会社が使っています。
住居部分は、今はもう取り壊されて無くなりましたが、
僕が住み始めた20年ほど前は、
建物の住居部分が、当時既に築40年経っており、
木製の窓枠は立て付けが悪く、
吹雪の日なんかは隙間風に乗って雪が舞い込んで来るので、
ちょっと油断していると部屋の隅に結構ビックリする量の雪が積もっている事なんかもしばしばでした。
時には、部屋の中で雪掻きした事もある程です。
そんな寒~いお正月に、
僕は相当キツい風邪をひいて寝込んでしまいました。
正月なので工場に出勤して来る人は居ないワケで、
高熱にうなされて、自炊したり買い物に出掛ける元気も無く、
外は吹雪いて居る。
そんな訳で、安静にじっと寝ているしか有りませんでした。
本当に心細かった。
そんなある時の事です。
夜中、物音に眼を覚ますと…
大好きな彼女が、
料理を作ってくれてるんです。
僕は布団の中で時々眼を開けて、
愛おしげに彼女が台所に立つ後姿を眺めていました。
鶏肉と野菜の中華炒めとか、
シチューとかそんな感じのメニューが何品かあったと思います。
料理を作って器に盛り付け終わると、
彼女は、まるでいつも当たり前にそうしてくれているかの様に、
『 私、今日はもう帰らなきゃ。』
そう言って、僕の傍に来てニコッと微笑みながら
『今夜は、もう帰るね。』 と言って帰って行った。
僕は、『ありがとう。』と言って
『じゃあね。』と、手を振った。
少し寂しかったけど、
僕はベッドで布団に包まったまま、
温かい料理が美しく盛り付けられた食器が、
綺麗に並んだテーブルを引き寄せながら、
目で彼女を見送った。
『食べ終わったらストーブに当たって暖かくしてゆっくり休んでね。 』
と言って部屋から出ると、工場へと続く階段を降りて行った。
その夜は、やっと食事に有りつく事が出来て、
彼女が言った様に体を温めて、
良く眠った。
翌朝、眼を覚ますと…
幾分 体調が良くなっている。
昨日の夜、彼女が来てくれたお陰だな。
…
…え?
僕って…
彼女、居たっけ?
…
でも来てくれた彼女…
確かに知ってる。
う~ん、
誰だったっけ?
確かに、
彼女が作ってくれた食事を僕が食べた痕跡は…
そのままテーブルの上に残って居る。
…
あれぇ~?
誰だろう。
自分で寝ぼけて作ったかなぁ…
ただ、当時の僕は
料理をするといっても、
せいぜい肉しか入ってないカレーライスとか、味噌汁や麺類だけで、
中華炒めなど作った事もないし、
作り方だって知らない。
冷蔵庫の中だってカラッポで、
材料すらないのだ。
それにしても、
夕べ確かにこの部屋を訪ねて来た、
彼女の、顔や声も
何もかも
思い出せない事自体が不自然だ。
正月であるという事からも、
整備工場には鍵が掛かっていて
その鍵は、僕と社長しか持ってない。
整備工場の更衣室に僕の家の玄関があるので、
外からは、整備工場を通らなければ、
僕の部屋に来る事自体、不可能なのだ。
学生時代に、インフルエンザで亡くなった僕の恋人の霊が、逢いに来てくれたのか…とも考えましたが、
恥ずかしながら定かでは有りません。
あれは一体、誰だったのか…
20年以上 経った今も思い出す事は出来ないけど、
もしかしたら今こうして生きてる事だって、
そういう存在が居てくれたお陰なのかも知れません。
もし、あなたが
あの時の彼女だったとして、
この文章を読んで居たら、
伝えたい事がある。
あなたのお陰で、
今日も元気で やってますよ。
あの時は本当に、ありがとうございました。
※ これは2012年02月08日にアップしたアメブロ日記を
再度編集したものです。
心優しい幽霊との触れ合いなんかも時々あります。
その中の一つ、
実際に僕が体験した、
こんな話があります。
今から20年前、
僕は自動車整備士でした。
それで札幌市豊平区月寒にあった、
ヤマカミっていう整備工場の二階に、一人で住んでたんです。
僕が勤めていた整備工場跡は現在も未だ残っていて、
僕が勤めていた頃とは別の会社が使っています。
住居部分は、今はもう取り壊されて無くなりましたが、
僕が住み始めた20年ほど前は、
建物の住居部分が、当時既に築40年経っており、
木製の窓枠は立て付けが悪く、
吹雪の日なんかは隙間風に乗って雪が舞い込んで来るので、
ちょっと油断していると部屋の隅に結構ビックリする量の雪が積もっている事なんかもしばしばでした。
時には、部屋の中で雪掻きした事もある程です。
そんな寒~いお正月に、
僕は相当キツい風邪をひいて寝込んでしまいました。
正月なので工場に出勤して来る人は居ないワケで、
高熱にうなされて、自炊したり買い物に出掛ける元気も無く、
外は吹雪いて居る。
そんな訳で、安静にじっと寝ているしか有りませんでした。
本当に心細かった。
そんなある時の事です。
夜中、物音に眼を覚ますと…
大好きな彼女が、
料理を作ってくれてるんです。
僕は布団の中で時々眼を開けて、
愛おしげに彼女が台所に立つ後姿を眺めていました。
鶏肉と野菜の中華炒めとか、
シチューとかそんな感じのメニューが何品かあったと思います。
料理を作って器に盛り付け終わると、
彼女は、まるでいつも当たり前にそうしてくれているかの様に、
『 私、今日はもう帰らなきゃ。』
そう言って、僕の傍に来てニコッと微笑みながら
『今夜は、もう帰るね。』 と言って帰って行った。
僕は、『ありがとう。』と言って
『じゃあね。』と、手を振った。
少し寂しかったけど、
僕はベッドで布団に包まったまま、
温かい料理が美しく盛り付けられた食器が、
綺麗に並んだテーブルを引き寄せながら、
目で彼女を見送った。
『食べ終わったらストーブに当たって暖かくしてゆっくり休んでね。 』
と言って部屋から出ると、工場へと続く階段を降りて行った。
その夜は、やっと食事に有りつく事が出来て、
彼女が言った様に体を温めて、
良く眠った。
翌朝、眼を覚ますと…
幾分 体調が良くなっている。
昨日の夜、彼女が来てくれたお陰だな。
…
…え?
僕って…
彼女、居たっけ?
…
でも来てくれた彼女…
確かに知ってる。
う~ん、
誰だったっけ?
確かに、
彼女が作ってくれた食事を僕が食べた痕跡は…
そのままテーブルの上に残って居る。
…
あれぇ~?
誰だろう。
自分で寝ぼけて作ったかなぁ…
ただ、当時の僕は
料理をするといっても、
せいぜい肉しか入ってないカレーライスとか、味噌汁や麺類だけで、
中華炒めなど作った事もないし、
作り方だって知らない。
冷蔵庫の中だってカラッポで、
材料すらないのだ。
それにしても、
夕べ確かにこの部屋を訪ねて来た、
彼女の、顔や声も
何もかも
思い出せない事自体が不自然だ。
正月であるという事からも、
整備工場には鍵が掛かっていて
その鍵は、僕と社長しか持ってない。
整備工場の更衣室に僕の家の玄関があるので、
外からは、整備工場を通らなければ、
僕の部屋に来る事自体、不可能なのだ。
学生時代に、インフルエンザで亡くなった僕の恋人の霊が、逢いに来てくれたのか…とも考えましたが、
恥ずかしながら定かでは有りません。
あれは一体、誰だったのか…
20年以上 経った今も思い出す事は出来ないけど、
もしかしたら今こうして生きてる事だって、
そういう存在が居てくれたお陰なのかも知れません。
もし、あなたが
あの時の彼女だったとして、
この文章を読んで居たら、
伝えたい事がある。
あなたのお陰で、
今日も元気で やってますよ。
あの時は本当に、ありがとうございました。
『幻の街』、と聞くと
皆さんは、どう言った印象を
持たれるでしょうか?
神秘的で面白そうだと
思うでしょうか…
別海町尾岱沼にある
野付半島の先端、
現在のトドワラ周辺で
遊廓を据え栄えたと言われる
『幻の歓楽街・キラク』とか
グーグルマップに
載っては居るものの
実際には存在しない
英国ランカシャー州の
『アーグルトン』などの
夢のある
ファンタジックなイメージが
連想されるかも知れません。
ただ、僕自身が
『幻の街』という言葉から
最初に連想することと言えば
そのどちらでもなく
記憶を遡ると蘇る
とても不可解な
実体験によるものです。
今日は
僕自身
生まれ付き霊媒体質でもあり
日常的に、様々な霊的存在と
触れ合って来ましたが
その中でも特に印象に残った
不思議な経験のひとつを
ご紹介します。
北海道赤平市に
エルム町という町がある。
10代後半の夏
僕は
廃墟や過疎地を探索し
かつてそこに暮らした
様々な人の思念や
その地に遺した想いなど
と言った者達と
触れ合う目的で
荷台にシュラフと七厘
鍋や飯盒を括り付け
オートバイに跨り
北へと向かった。
道の途中のAコープで
コーラを飲みながら
ハムかつサンドを食べ
国道38号線を
茂尻駅から右折して
工事中で
片側交互通行だった
バイパスを抜け
当時は片道1車線だった
高架橋を渡り切った辺りで
右手に小さな農道が
現れる。
その農道を少し進んだ所に
エルムは、存在する。
町とは言っても
過疎化した村の様な町で
間隔を置いて
住宅が点在する程度の
小さな小さな町。
地図上では
奥地にエルムダムという
大きなダムが
記されて居たので
ひとまずエルムダム方面へと
向かった。
昼過ぎに札幌を出て来たので
既に日は暮れ掛けていたが
あとは寝床を探すだけなので
ちょっとだけ探索してみよう。
と、
右に折れる小さな林道に入った
のんびりと
5分ほど走行した所で
道の先に
町があるのが見えて来た。
土地全体が
森を切り拓いて
巨大なレンガ工場の敷地の様に
窪んだ形状をしており
街の主要道路と思われる
一本の道に沿って栄えた様な
縦長の、そこそこ大きな町。
僻地の割りには
不思議なほど人や車が
行き交っている。
この規模の街であるにも
かかわらず
道路全体が
土砂堆積場の出入り口の様に
汚れており
簡易舗装された路面に
トラックのタイヤ痕のついた
黄土色の土の層が
薄く積もって居た。
夕陽の照らし具合と
黄土色の土埃の舞う
路のコントラストが
どことなく
旅情を掻き立てるような
ノスタルジックな
風情を醸し出しており
造りの古い
建物の形状と相まって
全体的な印象として
20年程、時代を遡った様な
どこか懐かしい
不思議な景色が広がっていた。
先程、国道38号線で
地図を見たときの印象だと
この規模の街が現れるとは
想定出来て居なかったので
現在地を確認する為
路肩に寄り
再び地図を広げてみる。
エルムダムに向かう
道の近辺には…
どう見ても
5分そこそこで
今、目の前にある様な
比較的大きな規模の
街へと繋がる道は
記されて居らず
いつからか
道の左手に現れた線路も…
此処に来た経路と地図とを
照らし合わせて見ても
どうにも、辻褄が合わない。
単純な経路の筈だったんだけど
どこで道を間違えたかなぁ…
ともかく
先程通過して来たばかりの
エルム町へ抜ける道が解れば
元来た場所へ戻れると思い
僕は
軒先で庭仕事をして居る
爺さんに声をかけ
『エルム町はどっちですか?』
と訊いた。
『此処がエルムだ。
駅のほうに抜けたいんなら
今から、そのバイクで
行くには、かなり遠いよ。』
…!?
エルムに駅など有っただろうか…
それに
エルム町は地図で確認すると
とても小さな町の筈。
爺さんは
赤平駅の事を言ってるのか、
それにしても
先程赤平駅を通過してから
30分と経って居ないのに
何故、遠いのだろう…
それに
先程の、地図との矛盾も…
左手にある鉄道も…
しかし、僕にとっては
そんな事はもう
別にどうだって良いことなのだ。
その時は
おかしいな~
と、思う様なことでも、
あとで事情が解って
何だ、そういう事だったのか~
と納得する。
…なんて言う様な事が
人生の中には
幾らだってある。
明日、更にダム方向へと
行ってみる事にして
そろそろ、
辺りで適当な塒を探し
ゆっくりと、この素敵な街を
堪能したいなぁ…という、
いつになく楽観的な思いで
週末にオートバイで出掛けると
いつもそうする様に
適当な廃墟や
バス停の待合室などを探した。
しかし、この街には
今では
バスが走って居る様子はなく
今夜は久々に
草むらで眠るしかないかな…
と思って居ると
古いバスの待合室と思われる
小さな祠を見つけたので
今夜は此処で眠る事にした。
シュラフや七厘を括りつけた
紐を解いて
祠の中にあるベンチに腰掛け
もの思いに耽って居ると
通行人の一人が
祠の前で足を止め
話し掛けてきた。
坊主頭の中年の背の低い男
最初は深刻な面持ちだったので
怒られるかと、心配になったが
目が合うと一瞬にして
ちょっと猿の様な
拍子抜けする様な
柳沢慎吾さんに少し似た感じの
愛嬌のある笑顔になり
例の甲高い声で…
『今日はこんな時間になっても
まだ暑いね~。
兄さん、札幌から来たのかい。』
というので
益々、
柳沢さんが被ってしまった。
エルムダムへ向かう途中で
脇道に入って
この街に迷い込んだ事や
いつも週末になると
こうしてオートバイで
小さな旅をして
楽しんで居る事なんかを
話していると
日も暮れ果てて来て
慎吾さんは話好きの様で
この街の産業の話や
祭りの話…
次から次へと
面白い話題が出てきたが
僕は、少しお腹が空いて来た。
そろそろ、一人になりたいな
…と思ったタイミングで
『兄さん、よかったら
家の子供達と
花火でもして遊んでやってよ。
こんな所じゃ蚊に刺されるし
家に行ったら刺身とかあるし
美味いもんでも食べて
風呂入ってさ…
今夜はウチに泊まりなよ。』
と、嬉しい言葉をくれた。
ちょっと五月蠅そうだったので
若干怯みはしたけれど
人の好意には積極的に答える様に
心がけようと思い
『えっ!?
そんな、いいんですか?』
とか言いながらバイクを押して
慎吾さんの家へ行った。
可愛い男の子と女の子の兄妹と
奥さんも居て
小さな花火大会が終わり
温かい風呂に入り終わると
相当お腹も空き果てた。
僕は一応未だ未成年ではあったが
慎吾さんは、幸せそうに
ラガービールの栓を抜き
まず自分のグラスに注ぐと
ニコニコと
僕の水の入ったグラスに
注ごうとするので
急いで水を飲み干した。
『俺はさ、ダンプ乗ってるんだよ。
明日は休みだけどな。』
慎吾さんは絶え間なく
イカと甘エビの刺身を
つつきながら
自分の仕事の話や
少年時代、高校野球で
全国大会候補になったが
決勝で負けた事。
自民党が日本をダメにしている
などと言った主張を続けた。
殆どは
慎吾さんの話を聴いていたが
僕も少しは自分の事を話した。
そうしてニコニコとビールを飲み
御飯を食べて
慎吾さんの奥さんが
2階に用意してくれた寝室へ行き
思いのほか軽い薄手の
羽毛布団に包まると
幸せな眠りに就いた。
目が覚めると
カーテンの隙間から
晴れを思わせる
明るい光が差していた
時計を見ると、朝の6時。
カーテンを開ける。
時々、車やトラックが
物凄いスピードで
いつかテレビで見た
パリ-ダカールラリーの様に
黄土色の土埃を巻き上げながら
走り去って行く。
おかしな事など
一つも起きそうにない
平和な朝。
ぐるっと全体を見渡すと…
一箇所だけ
視線の隅に残った残影に
違和感を感じる
ポイントがあり…
そこに焦点が合った瞬間…
僕は金縛りに合った様に
少しも動けなくなった。
朝陽の方角にある電柱の頂点の
恐らく
直径30センチ程度と思われる
狭い平面に
満面の笑みを浮かべた
半裸の女性が
直立して居るのだ。
しかも
思ったより近く
僕が立っている窓際から
15メートルと離れていない
道路を隔てた向かいに居り
明らかに僕と、バッチリ
目が合った状態。
彼女は狂人の様に
口角を上げて
凶暴な目付きで
僕の目を捕らえて居る。
ギーコッ!
ギーコッ!
キリキリキリキリ
キリキリキリキリキリ…
異様なラップ音が
周囲を包み込んで居た。
あちゃ~、また強烈なのが
当たってしまったぁ!
と思った次の瞬間
彼女は僕を睨み付けたまま
零れ落ちるのではないかと
思う程に
ギロ~ッと目の玉を引ん剥いて
辺り一面に
轟き渡る様な最凶な声で
『キィォエ゛ェェェェ~~~~
~~ェェッ!』
と叫ぶと
前方へと倒れ込む様に
電柱から垂直に路面に落下した。
うわぁぁ~
高い所から落とした西瓜の様に
直接的に
グッシャリ割れた様な
めちゃめちゃ心地の悪い音が
まるでスピーカーを通して
強制的に聞かせる様に
頭の中に響き渡った。
手足を何度か
グラグラと痙攣させると
彼女は確実に息絶えた。
僕は途中で
既に目を離し
顔を背けたかったが…
動体追跡カメラのように
一部始終をしっかりと
見せ付けられてしまった。
僕は顔を引き攣らせ
しかし家の住人に
極端に迷惑にならぬ様
1階へと
昨夜はこんなだったかな…
と思う様な
ギシギシと音の鳴る階段を
降りて行った。
もう既に気付いては居たが…
僕が泊まった家には
慎吾さん夫妻も
二人の子供も
人間など、誰一人住んで居らず
僕は何らかの霊的イベントに
巻き込まれてしまった様だ。
それでも、落ちた女の死骸に
人だかりが出来ており
廃墟から出る所を
近所の人に見られるのは
甚だ、嫌な気はしたが…
ドアが完全に外れて
完全に開放された状態の
正面玄関から出ても
草が茫々と生い茂った裏庭から
オートバイを引き出して来ても
僕の存在に違和感を持つ者など
一人も居なかった。
間もなくパトカーなどの
緊急車両が着いて
集まった人の一人ひとりに
事情を訊いて居たが
どうも様子がおかしい。
どうも
皆、一定の方角を指差して
この女を轢いたダンプは
向こうの方角へ逃げ去った…
という様な、
僕がこの目で見たのとは
全く別のことを言って居るのだ。
確かに街の人達は
僕と目が合うと
どうも何かこの事故について
関連付けて居るような
不思議な表情をして居るように
感じるような気がする。
なんて事だ…
ともかく
この街には関わらない方がいい…
そう思うと
僕はバイクのスタンドを蹴り上げ
キックスターターに
足を掛けようとした、その瞬間…
今まで
飛び降りた女の周囲に
群がっていた住民全員の視線が
一斉に、僕の方に集中したのだ。
一気に冷や汗が拭き出し…
一刻も早く
ここから逃れよう!
何時からそこに居たのか
僕の握った
ハンドルのグリップに
手をかけた
昨日とは全く違う
青白い顔をした慎吾さんが…
『今夜は、祭りがあるんだ
もう一晩、止まって行きなよ。』
そう言って
頬の端で、とてもやさしく
とても哀しそうに…
微笑んだ。
突然、涙が込み上げてきて
僕は慎吾さんが
バイクのハンドルに掛けた手を解くと
明らかにこの世のものではない
慎吾さんの、生気のない
寂しそうな目を見詰めながら
きつく握り締めた。
『夕べはお世話になりました。
ただ僕には、
まだ、これから
行きたい所が
沢山あるんです。
でも必ず
また、遊びに来ます。』
僕は止め処なく溢れ出して来る
涙を流れるままに…
僕の方に
視線を集めて居る
明らかにこの世のものではない
人々にヘルメットを被った頭を
深く下げると
とても静かに
キックスターターを蹴り下ろし
再び一礼して
その町を出た。
あれから二十余年の月日が流れ
毎年、夏になると
赤平の町を訪ね
エルム町へ行くと
あの時、確かに曲がった林道を
探してみるのです。
そんなもの、初めからないのか
或いは僕の記憶の中だけの
特別な世界だったのか…
僕は…
あの時空の中で
電柱から落ちた女性も
慎吾さんや町の人々
あの町の
妙に懐かしい風景も
確かに
声を
存在を
感じた
と、言う
事実だけを
知って居るのです。
皆さんは、どう言った印象を
持たれるでしょうか?
神秘的で面白そうだと
思うでしょうか…
別海町尾岱沼にある
野付半島の先端、
現在のトドワラ周辺で
遊廓を据え栄えたと言われる
『幻の歓楽街・キラク』とか
グーグルマップに
載っては居るものの
実際には存在しない
英国ランカシャー州の
『アーグルトン』などの
夢のある
ファンタジックなイメージが
連想されるかも知れません。
ただ、僕自身が
『幻の街』という言葉から
最初に連想することと言えば
そのどちらでもなく
記憶を遡ると蘇る
とても不可解な
実体験によるものです。
今日は
僕自身
生まれ付き霊媒体質でもあり
日常的に、様々な霊的存在と
触れ合って来ましたが
その中でも特に印象に残った
不思議な経験のひとつを
ご紹介します。
北海道赤平市に
エルム町という町がある。
10代後半の夏
僕は
廃墟や過疎地を探索し
かつてそこに暮らした
様々な人の思念や
その地に遺した想いなど
と言った者達と
触れ合う目的で
荷台にシュラフと七厘
鍋や飯盒を括り付け
オートバイに跨り
北へと向かった。
道の途中のAコープで
コーラを飲みながら
ハムかつサンドを食べ
国道38号線を
茂尻駅から右折して
工事中で
片側交互通行だった
バイパスを抜け
当時は片道1車線だった
高架橋を渡り切った辺りで
右手に小さな農道が
現れる。
その農道を少し進んだ所に
エルムは、存在する。
町とは言っても
過疎化した村の様な町で
間隔を置いて
住宅が点在する程度の
小さな小さな町。
地図上では
奥地にエルムダムという
大きなダムが
記されて居たので
ひとまずエルムダム方面へと
向かった。
昼過ぎに札幌を出て来たので
既に日は暮れ掛けていたが
あとは寝床を探すだけなので
ちょっとだけ探索してみよう。
と、
右に折れる小さな林道に入った
のんびりと
5分ほど走行した所で
道の先に
町があるのが見えて来た。
土地全体が
森を切り拓いて
巨大なレンガ工場の敷地の様に
窪んだ形状をしており
街の主要道路と思われる
一本の道に沿って栄えた様な
縦長の、そこそこ大きな町。
僻地の割りには
不思議なほど人や車が
行き交っている。
この規模の街であるにも
かかわらず
道路全体が
土砂堆積場の出入り口の様に
汚れており
簡易舗装された路面に
トラックのタイヤ痕のついた
黄土色の土の層が
薄く積もって居た。
夕陽の照らし具合と
黄土色の土埃の舞う
路のコントラストが
どことなく
旅情を掻き立てるような
ノスタルジックな
風情を醸し出しており
造りの古い
建物の形状と相まって
全体的な印象として
20年程、時代を遡った様な
どこか懐かしい
不思議な景色が広がっていた。
先程、国道38号線で
地図を見たときの印象だと
この規模の街が現れるとは
想定出来て居なかったので
現在地を確認する為
路肩に寄り
再び地図を広げてみる。
エルムダムに向かう
道の近辺には…
どう見ても
5分そこそこで
今、目の前にある様な
比較的大きな規模の
街へと繋がる道は
記されて居らず
いつからか
道の左手に現れた線路も…
此処に来た経路と地図とを
照らし合わせて見ても
どうにも、辻褄が合わない。
単純な経路の筈だったんだけど
どこで道を間違えたかなぁ…
ともかく
先程通過して来たばかりの
エルム町へ抜ける道が解れば
元来た場所へ戻れると思い
僕は
軒先で庭仕事をして居る
爺さんに声をかけ
『エルム町はどっちですか?』
と訊いた。
『此処がエルムだ。
駅のほうに抜けたいんなら
今から、そのバイクで
行くには、かなり遠いよ。』
…!?
エルムに駅など有っただろうか…
それに
エルム町は地図で確認すると
とても小さな町の筈。
爺さんは
赤平駅の事を言ってるのか、
それにしても
先程赤平駅を通過してから
30分と経って居ないのに
何故、遠いのだろう…
それに
先程の、地図との矛盾も…
左手にある鉄道も…
しかし、僕にとっては
そんな事はもう
別にどうだって良いことなのだ。
その時は
おかしいな~
と、思う様なことでも、
あとで事情が解って
何だ、そういう事だったのか~
と納得する。
…なんて言う様な事が
人生の中には
幾らだってある。
明日、更にダム方向へと
行ってみる事にして
そろそろ、
辺りで適当な塒を探し
ゆっくりと、この素敵な街を
堪能したいなぁ…という、
いつになく楽観的な思いで
週末にオートバイで出掛けると
いつもそうする様に
適当な廃墟や
バス停の待合室などを探した。
しかし、この街には
今では
バスが走って居る様子はなく
今夜は久々に
草むらで眠るしかないかな…
と思って居ると
古いバスの待合室と思われる
小さな祠を見つけたので
今夜は此処で眠る事にした。
シュラフや七厘を括りつけた
紐を解いて
祠の中にあるベンチに腰掛け
もの思いに耽って居ると
通行人の一人が
祠の前で足を止め
話し掛けてきた。
坊主頭の中年の背の低い男
最初は深刻な面持ちだったので
怒られるかと、心配になったが
目が合うと一瞬にして
ちょっと猿の様な
拍子抜けする様な
柳沢慎吾さんに少し似た感じの
愛嬌のある笑顔になり
例の甲高い声で…
『今日はこんな時間になっても
まだ暑いね~。
兄さん、札幌から来たのかい。』
というので
益々、
柳沢さんが被ってしまった。
エルムダムへ向かう途中で
脇道に入って
この街に迷い込んだ事や
いつも週末になると
こうしてオートバイで
小さな旅をして
楽しんで居る事なんかを
話していると
日も暮れ果てて来て
慎吾さんは話好きの様で
この街の産業の話や
祭りの話…
次から次へと
面白い話題が出てきたが
僕は、少しお腹が空いて来た。
そろそろ、一人になりたいな
…と思ったタイミングで
『兄さん、よかったら
家の子供達と
花火でもして遊んでやってよ。
こんな所じゃ蚊に刺されるし
家に行ったら刺身とかあるし
美味いもんでも食べて
風呂入ってさ…
今夜はウチに泊まりなよ。』
と、嬉しい言葉をくれた。
ちょっと五月蠅そうだったので
若干怯みはしたけれど
人の好意には積極的に答える様に
心がけようと思い
『えっ!?
そんな、いいんですか?』
とか言いながらバイクを押して
慎吾さんの家へ行った。
可愛い男の子と女の子の兄妹と
奥さんも居て
小さな花火大会が終わり
温かい風呂に入り終わると
相当お腹も空き果てた。
僕は一応未だ未成年ではあったが
慎吾さんは、幸せそうに
ラガービールの栓を抜き
まず自分のグラスに注ぐと
ニコニコと
僕の水の入ったグラスに
注ごうとするので
急いで水を飲み干した。
『俺はさ、ダンプ乗ってるんだよ。
明日は休みだけどな。』
慎吾さんは絶え間なく
イカと甘エビの刺身を
つつきながら
自分の仕事の話や
少年時代、高校野球で
全国大会候補になったが
決勝で負けた事。
自民党が日本をダメにしている
などと言った主張を続けた。
殆どは
慎吾さんの話を聴いていたが
僕も少しは自分の事を話した。
そうしてニコニコとビールを飲み
御飯を食べて
慎吾さんの奥さんが
2階に用意してくれた寝室へ行き
思いのほか軽い薄手の
羽毛布団に包まると
幸せな眠りに就いた。
目が覚めると
カーテンの隙間から
晴れを思わせる
明るい光が差していた
時計を見ると、朝の6時。
カーテンを開ける。
時々、車やトラックが
物凄いスピードで
いつかテレビで見た
パリ-ダカールラリーの様に
黄土色の土埃を巻き上げながら
走り去って行く。
おかしな事など
一つも起きそうにない
平和な朝。
ぐるっと全体を見渡すと…
一箇所だけ
視線の隅に残った残影に
違和感を感じる
ポイントがあり…
そこに焦点が合った瞬間…
僕は金縛りに合った様に
少しも動けなくなった。
朝陽の方角にある電柱の頂点の
恐らく
直径30センチ程度と思われる
狭い平面に
満面の笑みを浮かべた
半裸の女性が
直立して居るのだ。
しかも
思ったより近く
僕が立っている窓際から
15メートルと離れていない
道路を隔てた向かいに居り
明らかに僕と、バッチリ
目が合った状態。
彼女は狂人の様に
口角を上げて
凶暴な目付きで
僕の目を捕らえて居る。
ギーコッ!
ギーコッ!
キリキリキリキリ
キリキリキリキリキリ…
異様なラップ音が
周囲を包み込んで居た。
あちゃ~、また強烈なのが
当たってしまったぁ!
と思った次の瞬間
彼女は僕を睨み付けたまま
零れ落ちるのではないかと
思う程に
ギロ~ッと目の玉を引ん剥いて
辺り一面に
轟き渡る様な最凶な声で
『キィォエ゛ェェェェ~~~~
~~ェェッ!』
と叫ぶと
前方へと倒れ込む様に
電柱から垂直に路面に落下した。
うわぁぁ~
高い所から落とした西瓜の様に
直接的に
グッシャリ割れた様な
めちゃめちゃ心地の悪い音が
まるでスピーカーを通して
強制的に聞かせる様に
頭の中に響き渡った。
手足を何度か
グラグラと痙攣させると
彼女は確実に息絶えた。
僕は途中で
既に目を離し
顔を背けたかったが…
動体追跡カメラのように
一部始終をしっかりと
見せ付けられてしまった。
僕は顔を引き攣らせ
しかし家の住人に
極端に迷惑にならぬ様
1階へと
昨夜はこんなだったかな…
と思う様な
ギシギシと音の鳴る階段を
降りて行った。
もう既に気付いては居たが…
僕が泊まった家には
慎吾さん夫妻も
二人の子供も
人間など、誰一人住んで居らず
僕は何らかの霊的イベントに
巻き込まれてしまった様だ。
それでも、落ちた女の死骸に
人だかりが出来ており
廃墟から出る所を
近所の人に見られるのは
甚だ、嫌な気はしたが…
ドアが完全に外れて
完全に開放された状態の
正面玄関から出ても
草が茫々と生い茂った裏庭から
オートバイを引き出して来ても
僕の存在に違和感を持つ者など
一人も居なかった。
間もなくパトカーなどの
緊急車両が着いて
集まった人の一人ひとりに
事情を訊いて居たが
どうも様子がおかしい。
どうも
皆、一定の方角を指差して
この女を轢いたダンプは
向こうの方角へ逃げ去った…
という様な、
僕がこの目で見たのとは
全く別のことを言って居るのだ。
確かに街の人達は
僕と目が合うと
どうも何かこの事故について
関連付けて居るような
不思議な表情をして居るように
感じるような気がする。
なんて事だ…
ともかく
この街には関わらない方がいい…
そう思うと
僕はバイクのスタンドを蹴り上げ
キックスターターに
足を掛けようとした、その瞬間…
今まで
飛び降りた女の周囲に
群がっていた住民全員の視線が
一斉に、僕の方に集中したのだ。
一気に冷や汗が拭き出し…
一刻も早く
ここから逃れよう!
何時からそこに居たのか
僕の握った
ハンドルのグリップに
手をかけた
昨日とは全く違う
青白い顔をした慎吾さんが…
『今夜は、祭りがあるんだ
もう一晩、止まって行きなよ。』
そう言って
頬の端で、とてもやさしく
とても哀しそうに…
微笑んだ。
突然、涙が込み上げてきて
僕は慎吾さんが
バイクのハンドルに掛けた手を解くと
明らかにこの世のものではない
慎吾さんの、生気のない
寂しそうな目を見詰めながら
きつく握り締めた。
『夕べはお世話になりました。
ただ僕には、
まだ、これから
行きたい所が
沢山あるんです。
でも必ず
また、遊びに来ます。』
僕は止め処なく溢れ出して来る
涙を流れるままに…
僕の方に
視線を集めて居る
明らかにこの世のものではない
人々にヘルメットを被った頭を
深く下げると
とても静かに
キックスターターを蹴り下ろし
再び一礼して
その町を出た。
あれから二十余年の月日が流れ
毎年、夏になると
赤平の町を訪ね
エルム町へ行くと
あの時、確かに曲がった林道を
探してみるのです。
そんなもの、初めからないのか
或いは僕の記憶の中だけの
特別な世界だったのか…
僕は…
あの時空の中で
電柱から落ちた女性も
慎吾さんや町の人々
あの町の
妙に懐かしい風景も
確かに
声を
存在を
感じた
と、言う
事実だけを
知って居るのです。
僕は個人主義のニコニコキャラで、社会的な事や面倒臭い心の動きなんかについて、ブログに書く機会は殆どないのですが
気分で、たまには人間らしく自分の主義主張について書いてみます。
『噂』というものがあります。
僕は
噂話というものはエンターテイメントとしか捉えて居ません。
特に、悪い噂というものに関しては、簡単には信じない『免疫』を持って居ます。
何故なら多くの場合、悪い噂を流さなければならない理由が、どうにも曖昧な場合が多いからです。
知らないから教える…
教えられたから信じる。
そしてまた別の人に伝える。
噂話が広がる。
あなたは、こういう情報の発信者の事を、悪を暴く正義の味方だと思えますか?
僕としては
『悪い噂』という形態の
情報については
単に発信者自身が
認めたくないものに対する
アンチテーゼの具現に過ぎず
幾らでも枝葉を括り付けたり
膨らませたりして
企業や個人を蔑めたりする事が出来る
最も不完全であり、最も卑怯な手段だと思って居ます。
僕が胸を張って、この人の話ならば、悪い噂でも何でも信じられる、と思える様な人格者で
僕に人を見る目があるのなら…
むしろ、その人は、それが大切な知識であればあるほど
個人レベルでの噂話という、低い次元の問題として扱ったりはしないでしょう。
スピリチュアルな人の中には
体に悪いものを食べると
体調を崩したり
戻したりする人も居る様です。
僕も、たまにどうしても食べたくなって、カップ麺やファーストフードを食べた時なんかに
どこが具合悪くなるということではないのですが、体調が悪くなります。
ですが、僕の個人的な考えでは、
何らかの方法で僕の手元に届き
どういう経緯であれ、最終的に口にしたものの全ては
人には計り知る事の出来ない様な、偉大なエネルギーの様な『存在』が、
僕がそれを食べる様に、仕向けたのだと捉える事にして居ます。
神が僕に与えたものを
僕自身が、知識の在るなしに関わらず、僕の感性で選び
食べるのだと思っています。
個人レベルでの噂話に関しては、とてもまともに聴く価値のあるものだとは思えません。
例えば、あなたが誰かと会った時、相手があなたに対して、共通の友人である私に関する『悪い噂』をあなたに吹聴するとします。
僕は、この通り
非の打ち所がない、イイ人ですww
それは冗談としても
僕が、全く関わり得ない事柄を、僕が関わった事の様に、噂が立つのには理由があります。
・僕が怖い
・僕が目障りだ
・僕が居ると困る
・僕がキライ
・僕に居て欲しくない
そういう感情というのは、自分でコントロール出来ないところでそうなっちゃってるのだろうから仕方が在りません。
また、それは僕自身に直接的ではないにしても、何らかの要因があるからそうなったのだとも、思っています。
最終的に『噂』が、発生するという事は、そういう事なんじゃ、ないかなぁ、と僕は思います。
掲示板サイトやFacebookで、様々なメーカーの食品の有害度だとか、について書かれた記事などを、拡散して欲しいと訴える記事を多く見掛けます。
本当に、そうなのかも知れませんが、方法論として違和感を感じます。
それはオジサンの僕が言うのもなんだけど、近所のオバサンが、ただ単に自分が生理的に好きになれない人の事を槍玉にあげて
『あなた達は知らないだろうけど、あの人は、とてもワルい人なのよ。だまされるといけないから、TさんにもFさんにも教えてあげててね。』
と言ってるのと同じです。
僕的に言うと、そんな事をしてるから国民は体制にナメられ続けるのではないかなぁ…と思うんですよ。
そこにいない人の悪い噂を広げて盛り上がってるオバサン達が何万人居ようと、誰も立ち止まって会話に耳を傾けようだなんて思いません。
つまり
悪い噂って言うのは、悪いことをして居るのを暴いて居ると言うことと、イコールの役割を果たし得ません。
そもそも、言ってる人でさえ、食品の栄養分析を自分でした訳でもなく
殆どの情報に関しては、又聞きでしょう。
信頼関係も何もない、何となくみんながそう言ってるから、ファイアのないところに煙は立たない…って言うし…
それを自分がこの目で確かめた事でもあるかの様に、拡散するのは無責任極まりないと、僕は思いますよ、というお話しでした。
色んな考えがあるし、僕は自分が正しくて他の考え方が間違って居るとは思わないですが。
本当は常日頃からこんな事ばかり考えてる訳ではなく、どうでもイイ事として捉えて居ますが、昨日そういう事をライフワークみたいにしてる人に会って、感じたので書いてみました。
2013年6月7日 相馬 英樹
タロット占い&エネルギーフラワーアート・セラピー
当日予約可能です。
札幌市内なら、ご自宅やカフェなど何処へでも出向きます(^_-)-☆
詳しい事は
090-2814-5054
僕のソフトバンク携帯まで。
気分で、たまには人間らしく自分の主義主張について書いてみます。
『噂』というものがあります。
僕は
噂話というものはエンターテイメントとしか捉えて居ません。
特に、悪い噂というものに関しては、簡単には信じない『免疫』を持って居ます。
何故なら多くの場合、悪い噂を流さなければならない理由が、どうにも曖昧な場合が多いからです。
知らないから教える…
教えられたから信じる。
そしてまた別の人に伝える。
噂話が広がる。
あなたは、こういう情報の発信者の事を、悪を暴く正義の味方だと思えますか?
僕としては
『悪い噂』という形態の
情報については
単に発信者自身が
認めたくないものに対する
アンチテーゼの具現に過ぎず
幾らでも枝葉を括り付けたり
膨らませたりして
企業や個人を蔑めたりする事が出来る
最も不完全であり、最も卑怯な手段だと思って居ます。
僕が胸を張って、この人の話ならば、悪い噂でも何でも信じられる、と思える様な人格者で
僕に人を見る目があるのなら…
むしろ、その人は、それが大切な知識であればあるほど
個人レベルでの噂話という、低い次元の問題として扱ったりはしないでしょう。
スピリチュアルな人の中には
体に悪いものを食べると
体調を崩したり
戻したりする人も居る様です。
僕も、たまにどうしても食べたくなって、カップ麺やファーストフードを食べた時なんかに
どこが具合悪くなるということではないのですが、体調が悪くなります。
ですが、僕の個人的な考えでは、
何らかの方法で僕の手元に届き
どういう経緯であれ、最終的に口にしたものの全ては
人には計り知る事の出来ない様な、偉大なエネルギーの様な『存在』が、
僕がそれを食べる様に、仕向けたのだと捉える事にして居ます。
神が僕に与えたものを
僕自身が、知識の在るなしに関わらず、僕の感性で選び
食べるのだと思っています。
個人レベルでの噂話に関しては、とてもまともに聴く価値のあるものだとは思えません。
例えば、あなたが誰かと会った時、相手があなたに対して、共通の友人である私に関する『悪い噂』をあなたに吹聴するとします。
僕は、この通り
非の打ち所がない、イイ人ですww
それは冗談としても
僕が、全く関わり得ない事柄を、僕が関わった事の様に、噂が立つのには理由があります。
・僕が怖い
・僕が目障りだ
・僕が居ると困る
・僕がキライ
・僕に居て欲しくない
そういう感情というのは、自分でコントロール出来ないところでそうなっちゃってるのだろうから仕方が在りません。
また、それは僕自身に直接的ではないにしても、何らかの要因があるからそうなったのだとも、思っています。
最終的に『噂』が、発生するという事は、そういう事なんじゃ、ないかなぁ、と僕は思います。
掲示板サイトやFacebookで、様々なメーカーの食品の有害度だとか、について書かれた記事などを、拡散して欲しいと訴える記事を多く見掛けます。
本当に、そうなのかも知れませんが、方法論として違和感を感じます。
それはオジサンの僕が言うのもなんだけど、近所のオバサンが、ただ単に自分が生理的に好きになれない人の事を槍玉にあげて
『あなた達は知らないだろうけど、あの人は、とてもワルい人なのよ。だまされるといけないから、TさんにもFさんにも教えてあげててね。』
と言ってるのと同じです。
僕的に言うと、そんな事をしてるから国民は体制にナメられ続けるのではないかなぁ…と思うんですよ。
そこにいない人の悪い噂を広げて盛り上がってるオバサン達が何万人居ようと、誰も立ち止まって会話に耳を傾けようだなんて思いません。
つまり
悪い噂って言うのは、悪いことをして居るのを暴いて居ると言うことと、イコールの役割を果たし得ません。
そもそも、言ってる人でさえ、食品の栄養分析を自分でした訳でもなく
殆どの情報に関しては、又聞きでしょう。
信頼関係も何もない、何となくみんながそう言ってるから、ファイアのないところに煙は立たない…って言うし…
それを自分がこの目で確かめた事でもあるかの様に、拡散するのは無責任極まりないと、僕は思いますよ、というお話しでした。
色んな考えがあるし、僕は自分が正しくて他の考え方が間違って居るとは思わないですが。
本当は常日頃からこんな事ばかり考えてる訳ではなく、どうでもイイ事として捉えて居ますが、昨日そういう事をライフワークみたいにしてる人に会って、感じたので書いてみました。
2013年6月7日 相馬 英樹
タロット占い&エネルギーフラワーアート・セラピー
当日予約可能です。
札幌市内なら、ご自宅やカフェなど何処へでも出向きます(^_-)-☆
詳しい事は
090-2814-5054
僕のソフトバンク携帯まで。
僕が小学五年生だった頃
当時住んでいた家の近所に
セブンイレブンが出来た。
近所とは言っても
歩いて行くと
20分位は掛かる場所。
だけど
オープン記念のチラシに
金魚掬いの無料券や
割引券なんかが
付いていたので
新聞配達で稼いだ小遣いと
チラシをもって
弟と一緒に行ってみた。
セブンイレブンの前では
カラーひよこや
綿菓子・風船などが
無料で配られ
近所の人にとっては
初のコンビニエンスストア
セブンイレブンという名の
新しい風が運んできた
新鮮な雰囲気と
華やかな空気に誘われて
沢山の人だかりが出来ており
まるで、ちょっとした
祭りの縁日の様だった。
天下のセブンイレブンとは
言ったものの…
当時は今とは違い
自動ドアもなく
昼間は照明も点けず
店内は暗かった。
レジも手打ちだったし
24時間営業でもなく
セブンイレブンという
名前のとおり
朝7時に開店して
毎晩11時で閉店だった。
僕らは開店の日、
色とりどりのヒヨコや
沢山の金魚なんかを
家へ持ち帰った。
軒先に穴を掘り
大きな金盥を埋めて
池を作って金魚を泳がせ
昔飼っていた文鳥の籠に
ひよこ達を入れて
軒先に出しておいた。
しかし
一週間も経たないうちに
金魚もひよこも
猫に喰われて
全滅してしまった。
…という切ない思い出がある。
ある日、4~5人の同級生と
自転車に乗って
真栄の向こうにある
白旗山という森林に
トカゲを採りに行った。
当時住んでいた
月寒から白旗山まで15キロ
自転車だと約1時間半掛かり
森に入るとずっと登りなので
目的地に着く頃には
すっかり汗だくになって居た。
道端をせわしなく歩くと…
日向ぼっこしている
ニホントカゲやカナヘビが
人影に驚いて逃げ出すのだ。
その瞬間を狙い見定め
手で捕獲する。
それぞれ
トカゲやカナヘビを採り
お昼の弁当を食べた。
僕は母親が握ってくれた
鮭のおにぎりとザンギや
ウインナーのおかずだったが
他は全員、
セブンイレブンのおにぎり。
いちいち物事を
勝ち負けで区分するのも
どうかとは思うが
大人になって考えてみると
どう見たって
コンビニのおにぎりより、
お弁当を作ってくれる人が
居るという事の方が
比べようもなく
勝って居り、
有難い事だと思える。
だけど小学生の時分には
どうしてもそうは思えず
コンビニのおにぎりが
まるで
別の星から来た
特別なもの
未来食か何かでも
あるかの様に
華麗に輝いて見えた。
僕は小学生の頃から
新聞配達をしていたから
コンビニのおにぎり位なら
喰いたいと思えば
幾らでも喰えた筈だ…
その辺りが不思議だ。
我侭にも程があるが
ともかく、あの時は
めちゃめちゃ
コンビニのおにぎりが
喰いたかった。
僕としては
せめてあと一人くらい
母親の手作りの弁当を
持ってきて欲しかった。
誰も何とも思ってなど
居ないのだろうけれど
僕の中では、自分だけ
仲間はずれになったような
不思議な孤立感と
訳のわからない劣等感が
暑さと筋肉疲労によって
滲む汗に混じり
何とも生きにくい世の中で
半ばやけくそ気味に
黙々と母の揚げたザンギを
喰い始めた。
すると
僕の心の動きを見て
神様が
気の毒に思ったのか
どうかはわからないが…
救いの手が
差し伸べられたのだ!
なんと!
M君という
当時としては珍しい
本格的なアニメオタクの同級生が
『相馬君、僕のおにぎりと
一個だけでいいから
ばくりっこしない?』
(※注・ばくりっこ=交換)
『へっ!?』
心の中のガッツポーズと
内臓がひっくり返りそうな
この喜びを悟られまいと、
不自然にクールな表情を作って
何時になく低い声で
『あぁ、一個ぐらいなら
ばくってあげてもいいよ。』
と言うや否や、
物凄い勢いで
おにぎりの入った
タッパウェアを差し出しながら
M君から、その輝く栄光を
しっかりと
確実に受け取った。
僕の頭の中の幻想の世界では、
これまで
全世界を支配し
悪の限りを尽くしてきた
闇の秘密結社が
正義のアニメ戦士
M君によって
一気に蹴散らされ
この世界は
神に祝福され
平和は取り戻された。
空は澄み渡り
神々しく太陽が降り注ぎ
小鳥達はさえずり
木々花々が
風に歌っていた。
実際に
頭の中の幻想でなくても
空は澄み渡り
神々しく太陽が降り注ぎ
小鳥達はさえずり
木々花々は
風に歌っていた訳だが
そんな風景の中で
僕は、にやにやしながら
とりあえず
おにぎりの袋を握り締め
確かな喜びを
しっかりと噛み締めた。
それにしても何故、M君は
こんなに素晴らしいものと
あんなにありきたりなものを
交換したいと思ったのだろう…
僕には、理解出来なかった。
『俺、それ喰えねえんだよね~
辛くてさぁ
口の中が燃えるんだよ。』
訊けば、彼が選んだのではなく
母親が適当に買ってきたのだという。
M君から手渡された
おにぎりの袋には
『明太子』と
書かれてある。
僕はまた頭の中で思う
『明太子…何だ?それ
食べたことも
聞いたこともない。』
僕は、からし明太子を
知らなかった。
そうして僕は、
明太子というものを
生まれて初めて
食べる事になった。
見たことも聞いたこともない
初めての食べ物が入った
おにぎり。
『どんな味がするのだろう…』
僕はわくわくしながら
おにぎりを口にした。
なかなか辛い…けれど、
基本、たらこじゃないか!
だけど、それにしても
めちゃめちゃ美味いじゃないか!
と、僕はまたしても頭の中で
一人で大騒ぎしていた。
そうして平和な時間は流れ
夕焼けを背に
僕らは森を後にした。
あの頃の僕のブームは
言うまでもなく
セブンイレブンの
明太子おにぎりで
セブンイレブンにいくと
必ず、明太子おにぎりを
購入した。
あれから三十余年の年月が流れ
森には
カナヘビもトカゲも
めっきり少なくなった
僕が今、住んでいる南沢には
近所にセブンイレブンはないが
たとえもし、有ったとしても
おにぎりを買う時は
海老マヨとか
鮭わさびとか
あの頃はなかった
比較的新鮮な響きのものばかり
買ってしまう。
余談だが
コンビニのおにぎりが
体に悪いという噂を
よくよく耳にする事がある。
人というのは
弱いもので
商売がたきや
気に入らない物
食品に関して
体に有害な○○が入ってる
米国の食品基準値を上回ってる
だなんていう噂なんかを
聞きつけると
気になるなら
自分で喰わなきゃいいだけの
ことなのに…
実際に自分の目で
確かめたかのように
寄ってたかって
まくし立てて
実しやかに膨張させ
おせっかいが高じて
正義を気取った悪魔へと
落ちぶれてしまう。
更に余談だが…
工員だった頃
昼時にコンビニで買った
おにぎりを食べていると
職場の親方が
カップラーメンを啜りながら
『相馬さん、
コンビニのおにぎりって
体に悪いんだぞ。』
と言っていた。
僕はカップラーメンを指差し
噴き出したが…
そうして
僕は、見たこともない
不思議な具材のおにぎりが
新発売されたのを見ると
出来る限り、急いで購入し
初めて明太子と出逢った
あの時の様に
わくわくしながら
噛り付いてしまうのである。
当時住んでいた家の近所に
セブンイレブンが出来た。
近所とは言っても
歩いて行くと
20分位は掛かる場所。
だけど
オープン記念のチラシに
金魚掬いの無料券や
割引券なんかが
付いていたので
新聞配達で稼いだ小遣いと
チラシをもって
弟と一緒に行ってみた。
セブンイレブンの前では
カラーひよこや
綿菓子・風船などが
無料で配られ
近所の人にとっては
初のコンビニエンスストア
セブンイレブンという名の
新しい風が運んできた
新鮮な雰囲気と
華やかな空気に誘われて
沢山の人だかりが出来ており
まるで、ちょっとした
祭りの縁日の様だった。
天下のセブンイレブンとは
言ったものの…
当時は今とは違い
自動ドアもなく
昼間は照明も点けず
店内は暗かった。
レジも手打ちだったし
24時間営業でもなく
セブンイレブンという
名前のとおり
朝7時に開店して
毎晩11時で閉店だった。
僕らは開店の日、
色とりどりのヒヨコや
沢山の金魚なんかを
家へ持ち帰った。
軒先に穴を掘り
大きな金盥を埋めて
池を作って金魚を泳がせ
昔飼っていた文鳥の籠に
ひよこ達を入れて
軒先に出しておいた。
しかし
一週間も経たないうちに
金魚もひよこも
猫に喰われて
全滅してしまった。
…という切ない思い出がある。
ある日、4~5人の同級生と
自転車に乗って
真栄の向こうにある
白旗山という森林に
トカゲを採りに行った。
当時住んでいた
月寒から白旗山まで15キロ
自転車だと約1時間半掛かり
森に入るとずっと登りなので
目的地に着く頃には
すっかり汗だくになって居た。
道端をせわしなく歩くと…
日向ぼっこしている
ニホントカゲやカナヘビが
人影に驚いて逃げ出すのだ。
その瞬間を狙い見定め
手で捕獲する。
それぞれ
トカゲやカナヘビを採り
お昼の弁当を食べた。
僕は母親が握ってくれた
鮭のおにぎりとザンギや
ウインナーのおかずだったが
他は全員、
セブンイレブンのおにぎり。
いちいち物事を
勝ち負けで区分するのも
どうかとは思うが
大人になって考えてみると
どう見たって
コンビニのおにぎりより、
お弁当を作ってくれる人が
居るという事の方が
比べようもなく
勝って居り、
有難い事だと思える。
だけど小学生の時分には
どうしてもそうは思えず
コンビニのおにぎりが
まるで
別の星から来た
特別なもの
未来食か何かでも
あるかの様に
華麗に輝いて見えた。
僕は小学生の頃から
新聞配達をしていたから
コンビニのおにぎり位なら
喰いたいと思えば
幾らでも喰えた筈だ…
その辺りが不思議だ。
我侭にも程があるが
ともかく、あの時は
めちゃめちゃ
コンビニのおにぎりが
喰いたかった。
僕としては
せめてあと一人くらい
母親の手作りの弁当を
持ってきて欲しかった。
誰も何とも思ってなど
居ないのだろうけれど
僕の中では、自分だけ
仲間はずれになったような
不思議な孤立感と
訳のわからない劣等感が
暑さと筋肉疲労によって
滲む汗に混じり
何とも生きにくい世の中で
半ばやけくそ気味に
黙々と母の揚げたザンギを
喰い始めた。
すると
僕の心の動きを見て
神様が
気の毒に思ったのか
どうかはわからないが…
救いの手が
差し伸べられたのだ!
なんと!
M君という
当時としては珍しい
本格的なアニメオタクの同級生が
『相馬君、僕のおにぎりと
一個だけでいいから
ばくりっこしない?』
(※注・ばくりっこ=交換)
『へっ!?』
心の中のガッツポーズと
内臓がひっくり返りそうな
この喜びを悟られまいと、
不自然にクールな表情を作って
何時になく低い声で
『あぁ、一個ぐらいなら
ばくってあげてもいいよ。』
と言うや否や、
物凄い勢いで
おにぎりの入った
タッパウェアを差し出しながら
M君から、その輝く栄光を
しっかりと
確実に受け取った。
僕の頭の中の幻想の世界では、
これまで
全世界を支配し
悪の限りを尽くしてきた
闇の秘密結社が
正義のアニメ戦士
M君によって
一気に蹴散らされ
この世界は
神に祝福され
平和は取り戻された。
空は澄み渡り
神々しく太陽が降り注ぎ
小鳥達はさえずり
木々花々が
風に歌っていた。
実際に
頭の中の幻想でなくても
空は澄み渡り
神々しく太陽が降り注ぎ
小鳥達はさえずり
木々花々は
風に歌っていた訳だが
そんな風景の中で
僕は、にやにやしながら
とりあえず
おにぎりの袋を握り締め
確かな喜びを
しっかりと噛み締めた。
それにしても何故、M君は
こんなに素晴らしいものと
あんなにありきたりなものを
交換したいと思ったのだろう…
僕には、理解出来なかった。
『俺、それ喰えねえんだよね~
辛くてさぁ
口の中が燃えるんだよ。』
訊けば、彼が選んだのではなく
母親が適当に買ってきたのだという。
M君から手渡された
おにぎりの袋には
『明太子』と
書かれてある。
僕はまた頭の中で思う
『明太子…何だ?それ
食べたことも
聞いたこともない。』
僕は、からし明太子を
知らなかった。
そうして僕は、
明太子というものを
生まれて初めて
食べる事になった。
見たことも聞いたこともない
初めての食べ物が入った
おにぎり。
『どんな味がするのだろう…』
僕はわくわくしながら
おにぎりを口にした。
なかなか辛い…けれど、
基本、たらこじゃないか!
だけど、それにしても
めちゃめちゃ美味いじゃないか!
と、僕はまたしても頭の中で
一人で大騒ぎしていた。
そうして平和な時間は流れ
夕焼けを背に
僕らは森を後にした。
あの頃の僕のブームは
言うまでもなく
セブンイレブンの
明太子おにぎりで
セブンイレブンにいくと
必ず、明太子おにぎりを
購入した。
あれから三十余年の年月が流れ
森には
カナヘビもトカゲも
めっきり少なくなった
僕が今、住んでいる南沢には
近所にセブンイレブンはないが
たとえもし、有ったとしても
おにぎりを買う時は
海老マヨとか
鮭わさびとか
あの頃はなかった
比較的新鮮な響きのものばかり
買ってしまう。
余談だが
コンビニのおにぎりが
体に悪いという噂を
よくよく耳にする事がある。
人というのは
弱いもので
商売がたきや
気に入らない物
食品に関して
体に有害な○○が入ってる
米国の食品基準値を上回ってる
だなんていう噂なんかを
聞きつけると
気になるなら
自分で喰わなきゃいいだけの
ことなのに…
実際に自分の目で
確かめたかのように
寄ってたかって
まくし立てて
実しやかに膨張させ
おせっかいが高じて
正義を気取った悪魔へと
落ちぶれてしまう。
更に余談だが…
工員だった頃
昼時にコンビニで買った
おにぎりを食べていると
職場の親方が
カップラーメンを啜りながら
『相馬さん、
コンビニのおにぎりって
体に悪いんだぞ。』
と言っていた。
僕はカップラーメンを指差し
噴き出したが…
そうして
僕は、見たこともない
不思議な具材のおにぎりが
新発売されたのを見ると
出来る限り、急いで購入し
初めて明太子と出逢った
あの時の様に
わくわくしながら
噛り付いてしまうのである。
札幌市豊平区にある
月寒という住宅地に
ドーム型の建物がある。
少し前までは
月寒グリーンドームと
呼ばれて居り
過去にはYMOや
ジェームスブラウン
ロッドスチュアート
シンディーローパー
ミスタービッグや
グリーンデイなどの
ビッグネームが
コンサートで
使用したこともある
スゴい場所なのだ。
月寒グリーンドーム
月寒アルファコートドーム
北翔クロテック月寒ドーム
と、何度も
名前が変わったが
僕が小学生だった頃は
産業共振会場と
呼ばれており
豚や乳牛・鶏などの
品評会や即売会が
行なわれてた。
産業共振会場の敷地と
西野白石線を隔てた西側に
僕が通っていた小学校があり
産業共振会場の敷地側には
一対の楡の木があった。
校歌の歌詞の中で、
『楡の木立に風光る…』と、
そこにある
楡の木のことが歌われて居り
日常的に見かける、あの木が
歌の歌詞になるなんて
たいした物だなぁ~と
僕は思っていた。
それと同時に
1966年に出来た小学校の
歴史と共に育って来た割には
ずいぶんと背丈も低くて、
何より、楡の木の枝には
まるでこの木に対して
憎しみでも有るかの様に
向かいにある
車の解体屋のものと思われる
壊れた車の部品だとか
ビニール紐や鎖なんかが
巻き付けられたり
ぶら下げられたりして居た。
挙句の果てには
木の根元がラッカースプレーで
銀色に塗られて居る始末。
何も出来ず
ただ為されるがまま
ケチョンケチョンにされて
1966年以前から
じっと我慢して
そこに鎮座している
その楡の木の半生を思うと
子供心に、どうにも
切ない気分になり
暗い気持ちになったのを
今でも覚えている。
スプレーで銀色に塗られた
楡の木の根元に
僕と友人5人程のグループは
当時流行した、まこと虫や
スーパーカー消しゴム
タバコパッチンなどなど
自分達にとっての宝物を
鳩サブレの缶に入るだけ詰めて
『秘密の宝箱』として
隠しておいた。
何故そんな事をするのかと言うと
たまに仲間と缶を開けて
お互いの目を見て頷き合う
大人には理解し得ない
自分たちなりの
『友情の証』の様なものだ。
ある日
学校が終わって帰宅した後
缶の様子を見ようと
一人で楡の木へと向かった。
根元の缶を開けてみると…
明らかに缶の中身が
減っている。
僕のタバコパッチンも
まこと虫も
なくなっているではないか!
結構、大きな被害の様だ。
『一体誰がこんなことを…』
と、僕は心の中で思った。
これは、メンバーの誰かが
盗んだのに違いない!
と、とても心が痛くなったが
真っ先に疑われたのは
…僕だった。
僕のタバコパッチンも
まこと虫だって盗まれた!
と、反論したが
子供には通用しなかった。
きっと、それ以外にも
僕を仲間から追放する
目的が有ったのかも知れない。
僕は、無実の罪で友達を失い
ある日、楡の木の根元付近で
どうにも
怪しい動きをして居る
K君が居るのを発見した。
K君は玩具を入れた
ビニール袋を持って
楡の木の周りでうろたえていた。
僕は、ビニール袋の中の玩具が
僕らのものだと確信して
K君を取り押さえ
『これはどういうことか』と
威嚇しながら訊いた。
K君は
ごめんなさい…ほんと
ごめんなさい、と
半ば泣きながら言った。
K君は僕らのグループではないが
僕らが
楡の木の下で集まって居るのを目撃し
宝箱を見付けてしまった。
中身を全部盗むのは悪いと思い
優先順位の高いものだけを
盗んで家へ持ち帰り
机の裏に隠して置いたのだけれど
昨日の晩、部屋を片付けに来た
母親に見つかって問い質され
返して来るように言われた。
帰そうにも缶がない。
僕は、言葉に言い表す事の出来ない
怒りが込み上げて来て
『ごめんなさい、ごめんって』と
謝り続けるK君を殴った。
何度も何度も
殴り…蹴った。
殴ったり蹴ったりしている内に
刻々と怒りは治まって行く。
『いつまでも怒り続ける事って、
なかなか出来ないもんだな。』
と思い始めた次の瞬間!
落ちていた缶スプレーに躓いて
逃げ惑うK君が転んだ。
尻餅をついたK君の
顔といい体といい
見る見るうちに真っ赤に
否…
銀色に染まって行くではないか!
K君が躓いた衝撃で
缶スプレーが石に当たるなどして
小さな穴が開き
中身の塗料が一気に噴出して
K君を銀色に染めた。
K君はその事に気付くと
『うわああぁぁぁぁ~ん!』
さっきから泣いてはいたが
更にパワーアップして
まるで赤ん坊の様に泣き出した。
僕は粉砕したスプレー缶を
棒で小突きながら
『誰にも言わないから
袋のまま穴の中に置いとけよ。』
『タバコパッチンとまこと虫は、
俺のだから、お前にやるよ。』
と言った。
僕は大笑いしながら
しっかりと
タバコパッチンとまこと虫を
ポケットに収めて尚泣いている
シュールなK君を連れて
校庭の水道まで一緒に歩いた。
ヤマハの(モトバイ)という
まるでオートバイの様な自転車に乗って
ボンタンを穿いた六年生のNが
蛇行走行しながら近づいて来た。
『おう、どうしたおい、
ギンギラギンだな!
ギンギラギンだけど
何で泣いてんだ。』
『缶スプレーでこうなったから
一緒に行って
校庭の水道で洗おうと思う。』
と言うと
『あぁ、それ、水では落ちね~よ
たぶん絶対。
シンナーで拭かないと
ダメだと思うよ。』
と、親切に教えてくれた。
それを聞いたK君は、
更に断末魔の様な声を上げて
ワンワンと泣いていた。
『大丈夫だ、死なね~から。
じゃあな、俺はそろそろ行くわ。
忙しいからよぅ!』
と言ってN君は行ってしまった。
心強い上級生が居なくなって
一気に心細くなったが
K君は迷わず水で顔を洗い出した。
……
『落ちてる?』
…
『う~ん、さっきよりは。』
落ちて居る筈は無いのだが
夕の刻も過ぎ
辺りは薄暗くなってきてて
もともとK君は
肌が黒っぽいので
銀なのか黒なのか
暗くて良くわからない。
……
『落ちてる?』
…
そろそろ僕も早く家に帰りたいし
なにしろ良く見えない。
『ああ、もう大丈夫だと思うよ。』
そう言って僕は、銀色の顔の少年と
光のある方へと、歩いて行ったのだ。
K君は次の日、学校へは来なかった。
僕は、あれ以来、
濡れ衣を着せられて分かれた仲間と
寄りを戻すこともなく
一時は、そのことがもとで
いじめられっこの様な部類にも
なってしまった事もあったが…
あれから三十余年の月日が流れ行き
あの楡の木も何時の間にかなくなり
跡地にはパン屋や不動産屋など
複合の貸し店舗が建っている。
ゼビオスポーツや八紘学園への
帰り道…
ふと近くを通り掛かると
今でもあの校歌は
歌われ続けているのだろうな…と
ふと、懐かしく思い出して
微笑ましい心になることがある。
月寒という住宅地に
ドーム型の建物がある。
少し前までは
月寒グリーンドームと
呼ばれて居り
過去にはYMOや
ジェームスブラウン
ロッドスチュアート
シンディーローパー
ミスタービッグや
グリーンデイなどの
ビッグネームが
コンサートで
使用したこともある
スゴい場所なのだ。
月寒グリーンドーム
月寒アルファコートドーム
北翔クロテック月寒ドーム
と、何度も
名前が変わったが
僕が小学生だった頃は
産業共振会場と
呼ばれており
豚や乳牛・鶏などの
品評会や即売会が
行なわれてた。
産業共振会場の敷地と
西野白石線を隔てた西側に
僕が通っていた小学校があり
産業共振会場の敷地側には
一対の楡の木があった。
校歌の歌詞の中で、
『楡の木立に風光る…』と、
そこにある
楡の木のことが歌われて居り
日常的に見かける、あの木が
歌の歌詞になるなんて
たいした物だなぁ~と
僕は思っていた。
それと同時に
1966年に出来た小学校の
歴史と共に育って来た割には
ずいぶんと背丈も低くて、
何より、楡の木の枝には
まるでこの木に対して
憎しみでも有るかの様に
向かいにある
車の解体屋のものと思われる
壊れた車の部品だとか
ビニール紐や鎖なんかが
巻き付けられたり
ぶら下げられたりして居た。
挙句の果てには
木の根元がラッカースプレーで
銀色に塗られて居る始末。
何も出来ず
ただ為されるがまま
ケチョンケチョンにされて
1966年以前から
じっと我慢して
そこに鎮座している
その楡の木の半生を思うと
子供心に、どうにも
切ない気分になり
暗い気持ちになったのを
今でも覚えている。
スプレーで銀色に塗られた
楡の木の根元に
僕と友人5人程のグループは
当時流行した、まこと虫や
スーパーカー消しゴム
タバコパッチンなどなど
自分達にとっての宝物を
鳩サブレの缶に入るだけ詰めて
『秘密の宝箱』として
隠しておいた。
何故そんな事をするのかと言うと
たまに仲間と缶を開けて
お互いの目を見て頷き合う
大人には理解し得ない
自分たちなりの
『友情の証』の様なものだ。
ある日
学校が終わって帰宅した後
缶の様子を見ようと
一人で楡の木へと向かった。
根元の缶を開けてみると…
明らかに缶の中身が
減っている。
僕のタバコパッチンも
まこと虫も
なくなっているではないか!
結構、大きな被害の様だ。
『一体誰がこんなことを…』
と、僕は心の中で思った。
これは、メンバーの誰かが
盗んだのに違いない!
と、とても心が痛くなったが
真っ先に疑われたのは
…僕だった。
僕のタバコパッチンも
まこと虫だって盗まれた!
と、反論したが
子供には通用しなかった。
きっと、それ以外にも
僕を仲間から追放する
目的が有ったのかも知れない。
僕は、無実の罪で友達を失い
ある日、楡の木の根元付近で
どうにも
怪しい動きをして居る
K君が居るのを発見した。
K君は玩具を入れた
ビニール袋を持って
楡の木の周りでうろたえていた。
僕は、ビニール袋の中の玩具が
僕らのものだと確信して
K君を取り押さえ
『これはどういうことか』と
威嚇しながら訊いた。
K君は
ごめんなさい…ほんと
ごめんなさい、と
半ば泣きながら言った。
K君は僕らのグループではないが
僕らが
楡の木の下で集まって居るのを目撃し
宝箱を見付けてしまった。
中身を全部盗むのは悪いと思い
優先順位の高いものだけを
盗んで家へ持ち帰り
机の裏に隠して置いたのだけれど
昨日の晩、部屋を片付けに来た
母親に見つかって問い質され
返して来るように言われた。
帰そうにも缶がない。
僕は、言葉に言い表す事の出来ない
怒りが込み上げて来て
『ごめんなさい、ごめんって』と
謝り続けるK君を殴った。
何度も何度も
殴り…蹴った。
殴ったり蹴ったりしている内に
刻々と怒りは治まって行く。
『いつまでも怒り続ける事って、
なかなか出来ないもんだな。』
と思い始めた次の瞬間!
落ちていた缶スプレーに躓いて
逃げ惑うK君が転んだ。
尻餅をついたK君の
顔といい体といい
見る見るうちに真っ赤に
否…
銀色に染まって行くではないか!
K君が躓いた衝撃で
缶スプレーが石に当たるなどして
小さな穴が開き
中身の塗料が一気に噴出して
K君を銀色に染めた。
K君はその事に気付くと
『うわああぁぁぁぁ~ん!』
さっきから泣いてはいたが
更にパワーアップして
まるで赤ん坊の様に泣き出した。
僕は粉砕したスプレー缶を
棒で小突きながら
『誰にも言わないから
袋のまま穴の中に置いとけよ。』
『タバコパッチンとまこと虫は、
俺のだから、お前にやるよ。』
と言った。
僕は大笑いしながら
しっかりと
タバコパッチンとまこと虫を
ポケットに収めて尚泣いている
シュールなK君を連れて
校庭の水道まで一緒に歩いた。
ヤマハの(モトバイ)という
まるでオートバイの様な自転車に乗って
ボンタンを穿いた六年生のNが
蛇行走行しながら近づいて来た。
『おう、どうしたおい、
ギンギラギンだな!
ギンギラギンだけど
何で泣いてんだ。』
『缶スプレーでこうなったから
一緒に行って
校庭の水道で洗おうと思う。』
と言うと
『あぁ、それ、水では落ちね~よ
たぶん絶対。
シンナーで拭かないと
ダメだと思うよ。』
と、親切に教えてくれた。
それを聞いたK君は、
更に断末魔の様な声を上げて
ワンワンと泣いていた。
『大丈夫だ、死なね~から。
じゃあな、俺はそろそろ行くわ。
忙しいからよぅ!』
と言ってN君は行ってしまった。
心強い上級生が居なくなって
一気に心細くなったが
K君は迷わず水で顔を洗い出した。
……
『落ちてる?』
…
『う~ん、さっきよりは。』
落ちて居る筈は無いのだが
夕の刻も過ぎ
辺りは薄暗くなってきてて
もともとK君は
肌が黒っぽいので
銀なのか黒なのか
暗くて良くわからない。
……
『落ちてる?』
…
そろそろ僕も早く家に帰りたいし
なにしろ良く見えない。
『ああ、もう大丈夫だと思うよ。』
そう言って僕は、銀色の顔の少年と
光のある方へと、歩いて行ったのだ。
K君は次の日、学校へは来なかった。
僕は、あれ以来、
濡れ衣を着せられて分かれた仲間と
寄りを戻すこともなく
一時は、そのことがもとで
いじめられっこの様な部類にも
なってしまった事もあったが…
あれから三十余年の月日が流れ行き
あの楡の木も何時の間にかなくなり
跡地にはパン屋や不動産屋など
複合の貸し店舗が建っている。
ゼビオスポーツや八紘学園への
帰り道…
ふと近くを通り掛かると
今でもあの校歌は
歌われ続けているのだろうな…と
ふと、懐かしく思い出して
微笑ましい心になることがある。
執着と言う言葉があります。
ちょっと前に
執着を捨てる
と言う言葉が流行りましたが
僕はちょっと
何だ?それという心境でした。
人間には
執着に執着しない様に
意識を傾ける事は出来ても
執着を捨てることなど
出来得ません。
或いは、執着を捨てる
というのは
執着に執着しない様に
意識を傾ける事なのでしょうか?
ただ、今日僕がお話したいのは
そういった事ではありません。
僕がセルフイメージとして
自分には不足していて
尚且つ要求して居るもの
何ちゅうか本中華
『余裕』について
考えてみたいと思います。
さて、『余裕』とは何でしょう。
余裕と言うのは…
正と負で言う正の解釈から
まとめると
・心の広さ・ゆとり
・やさしさ
・物理的および心理的豊かさ
・許容範囲の広さ
・落ち着き
・多角性・多面性
・身軽さ
・臨機応変な適応力
・しなやかな動き など
負の解釈だと
・喜怒哀楽=感情の欠如
・アイデンティティーの欠如
・不感症
・人を見下す態度や驕り
・痴呆や天然
・空気が読めない
・百枚舌または八方美人
・曖昧さ
・傲慢
・自意識過剰 など
僕が扱うトート・タロットは
正位置と逆位置を採用しませんが
正解釈と逆解釈は
基本的に
上で正と負に分けて記した様に
同じ事象を
良い意味と悪い意味に分けて
解釈をします。
つまり、物事は
一見すると
素晴らしい事の様に見えても
良い面と悪い面
光と闇
陰と陽
プラスとマイナス
ポジティヴとネガティブ
正極と逆極と言った様な
相対する
両極性があると言う事です。
人には、あなたにも私にも
運気の流れという物があり
悟りを開き
神掛かって
傲慢になってでも居ない限り
比較的余裕のある
幸せな時と
どうにも落ち着かない
どちらかというと
不幸だと感じる時を
不規則に繰り返して
生きて居ます。
運気の流れによって
余裕のなかった人が
余裕を手にした時
『余裕』という青信号と同時に
『余裕』という赤信号の兆し…
つまり、黄色信号が
点灯したと言うことです。
運気の流れは一人一人違います。
余裕がある時こそ
自分が神掛かっていないか
上から目線になったり
天狗になっていないか
他人の心を踏み躙っていないか
余裕をひけらかして
余裕のない人を
見下していないか
自分がそうされたら
どんな気持ちか
人の目は誤魔化せても
神様は見ています。
私たちはワンネスであると
私は考えます。
余裕が或る人には
余裕がない人に
助けたいと願う義務があると
私は考えます。
余裕がある時こそ
愛をもって周囲を意識する
『余裕』を持ちたいものです。
2013年6月5日 相馬 英樹
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昨日は、午前中のセッションが終わった後
同じ南区に住む友人のヒロさん宅に、
庭の土止めの石の位置をずらして
道幅を広げるのを手伝いに行って来ました。
本日は、内勤の予定なので
セッションの当日受付OKです。
ご希望があればカフェやご自宅にも伺います。
予約・問い合わせは
090-2814-5054
僕のソフトバンク携帯まで
気軽にお電話下さい。
ちょっと前に
執着を捨てる
と言う言葉が流行りましたが
僕はちょっと
何だ?それという心境でした。
人間には
執着に執着しない様に
意識を傾ける事は出来ても
執着を捨てることなど
出来得ません。
或いは、執着を捨てる
というのは
執着に執着しない様に
意識を傾ける事なのでしょうか?
ただ、今日僕がお話したいのは
そういった事ではありません。
僕がセルフイメージとして
自分には不足していて
尚且つ要求して居るもの
何ちゅうか本中華
『余裕』について
考えてみたいと思います。
さて、『余裕』とは何でしょう。
余裕と言うのは…
正と負で言う正の解釈から
まとめると
・心の広さ・ゆとり
・やさしさ
・物理的および心理的豊かさ
・許容範囲の広さ
・落ち着き
・多角性・多面性
・身軽さ
・臨機応変な適応力
・しなやかな動き など
負の解釈だと
・喜怒哀楽=感情の欠如
・アイデンティティーの欠如
・不感症
・人を見下す態度や驕り
・痴呆や天然
・空気が読めない
・百枚舌または八方美人
・曖昧さ
・傲慢
・自意識過剰 など
僕が扱うトート・タロットは
正位置と逆位置を採用しませんが
正解釈と逆解釈は
基本的に
上で正と負に分けて記した様に
同じ事象を
良い意味と悪い意味に分けて
解釈をします。
つまり、物事は
一見すると
素晴らしい事の様に見えても
良い面と悪い面
光と闇
陰と陽
プラスとマイナス
ポジティヴとネガティブ
正極と逆極と言った様な
相対する
両極性があると言う事です。
人には、あなたにも私にも
運気の流れという物があり
悟りを開き
神掛かって
傲慢になってでも居ない限り
比較的余裕のある
幸せな時と
どうにも落ち着かない
どちらかというと
不幸だと感じる時を
不規則に繰り返して
生きて居ます。
運気の流れによって
余裕のなかった人が
余裕を手にした時
『余裕』という青信号と同時に
『余裕』という赤信号の兆し…
つまり、黄色信号が
点灯したと言うことです。
運気の流れは一人一人違います。
余裕がある時こそ
自分が神掛かっていないか
上から目線になったり
天狗になっていないか
他人の心を踏み躙っていないか
余裕をひけらかして
余裕のない人を
見下していないか
自分がそうされたら
どんな気持ちか
人の目は誤魔化せても
神様は見ています。
私たちはワンネスであると
私は考えます。
余裕が或る人には
余裕がない人に
助けたいと願う義務があると
私は考えます。
余裕がある時こそ
愛をもって周囲を意識する
『余裕』を持ちたいものです。
2013年6月5日 相馬 英樹
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昨日は、午前中のセッションが終わった後
同じ南区に住む友人のヒロさん宅に、
庭の土止めの石の位置をずらして
道幅を広げるのを手伝いに行って来ました。
本日は、内勤の予定なので
セッションの当日受付OKです。
ご希望があればカフェやご自宅にも伺います。
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