明太子のおにぎり | ☆ 占い師・画家…人間のようなもの ☆

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画家・伝説の魔術師☆ 相馬 英樹 の愉快な毎日♪

僕が小学五年生だった頃
当時住んでいた家の近所に
セブンイレブンが出来た。

近所とは言っても
歩いて行くと
20分位は掛かる場所。

だけど
オープン記念のチラシに
金魚掬いの無料券や
割引券なんかが
付いていたので
新聞配達で稼いだ小遣いと
チラシをもって
弟と一緒に行ってみた。



セブンイレブンの前では
カラーひよこや
綿菓子・風船などが
無料で配られ
近所の人にとっては
初のコンビニエンスストア

セブンイレブンという名の
新しい風が運んできた

新鮮な雰囲気と
華やかな空気に誘われて
沢山の人だかりが出来ており

まるで、ちょっとした
祭りの縁日の様だった。



天下のセブンイレブンとは
言ったものの…

当時は今とは違い
自動ドアもなく
昼間は照明も点けず
店内は暗かった。

レジも手打ちだったし
24時間営業でもなく
セブンイレブンという
名前のとおり
朝7時に開店して
毎晩11時で閉店だった。



僕らは開店の日、
色とりどりのヒヨコや
沢山の金魚なんかを
家へ持ち帰った。


軒先に穴を掘り
大きな金盥を埋めて
池を作って金魚を泳がせ

昔飼っていた文鳥の籠に
ひよこ達を入れて
軒先に出しておいた。

しかし
一週間も経たないうちに
金魚もひよこも
猫に喰われて
全滅してしまった。

…という切ない思い出がある。



ある日、4~5人の同級生と
自転車に乗って

真栄の向こうにある
白旗山という森林に
トカゲを採りに行った。

当時住んでいた
月寒から白旗山まで15キロ

自転車だと約1時間半掛かり
森に入るとずっと登りなので

目的地に着く頃には
すっかり汗だくになって居た。



道端をせわしなく歩くと…

日向ぼっこしている
ニホントカゲやカナヘビが
人影に驚いて逃げ出すのだ。

その瞬間を狙い見定め
手で捕獲する。



それぞれ
トカゲやカナヘビを採り
お昼の弁当を食べた。

僕は母親が握ってくれた
鮭のおにぎりとザンギや
ウインナーのおかずだったが

他は全員、
セブンイレブンのおにぎり。



いちいち物事を

勝ち負けで区分するのも
どうかとは思うが

大人になって考えてみると

どう見たって
コンビニのおにぎりより、
お弁当を作ってくれる人が
居るという事の方が

比べようもなく
勝って居り、

有難い事だと思える。



だけど小学生の時分には
どうしてもそうは思えず

コンビニのおにぎりが

まるで
別の星から来た
特別なもの

未来食か何かでも
あるかの様に

華麗に輝いて見えた。



僕は小学生の頃から
新聞配達をしていたから

コンビニのおにぎり位なら
喰いたいと思えば
幾らでも喰えた筈だ…

その辺りが不思議だ。


我侭にも程があるが
ともかく、あの時は
めちゃめちゃ
コンビニのおにぎりが
喰いたかった。

僕としては
せめてあと一人くらい
母親の手作りの弁当を
持ってきて欲しかった。

誰も何とも思ってなど
居ないのだろうけれど

僕の中では、自分だけ
仲間はずれになったような
不思議な孤立感と

訳のわからない劣等感が
暑さと筋肉疲労によって
滲む汗に混じり

何とも生きにくい世の中で

 半ばやけくそ気味に

黙々と母の揚げたザンギを
   喰い始めた。



すると
僕の心の動きを見て
神様が
気の毒に思ったのか
どうかはわからないが…

救いの手が
差し伸べられたのだ!



なんと!

M君という
当時としては珍しい
本格的なアニメオタクの同級生が

『相馬君、僕のおにぎりと
一個だけでいいから
ばくりっこしない?』
(※注・ばくりっこ=交換)

『へっ!?』

心の中のガッツポーズと

内臓がひっくり返りそうな
 この喜びを悟られまいと、
不自然にクールな表情を作って

何時になく低い声で

『あぁ、一個ぐらいなら
ばくってあげてもいいよ。』

と言うや否や、
物凄い勢いで

おにぎりの入った
タッパウェアを差し出しながら

M君から、その輝く栄光を

しっかりと

確実に受け取った。



僕の頭の中の幻想の世界では、

これまで
全世界を支配し
悪の限りを尽くしてきた
闇の秘密結社が

正義のアニメ戦士

M君によって
一気に蹴散らされ

この世界は
神に祝福され
平和は取り戻された。

空は澄み渡り

神々しく太陽が降り注ぎ

小鳥達はさえずり

木々花々が
     
風に歌っていた。



実際に
頭の中の幻想でなくても

空は澄み渡り
神々しく太陽が降り注ぎ
小鳥達はさえずり
木々花々は
風に歌っていた訳だが



そんな風景の中で
僕は、にやにやしながら
とりあえず

おにぎりの袋を握り締め
確かな喜びを
しっかりと噛み締めた。


それにしても何故、M君は
こんなに素晴らしいものと
あんなにありきたりなものを
交換したいと思ったのだろう…

僕には、理解出来なかった。



『俺、それ喰えねえんだよね~
辛くてさぁ
口の中が燃えるんだよ。』


訊けば、彼が選んだのではなく
母親が適当に買ってきたのだという。



M君から手渡された
おにぎりの袋には
『明太子』と
書かれてある。



僕はまた頭の中で思う

『明太子…何だ?それ
食べたことも
聞いたこともない。』



僕は、からし明太子を
知らなかった。



そうして僕は、
明太子というものを
生まれて初めて
食べる事になった。



見たことも聞いたこともない
初めての食べ物が入った
おにぎり。

『どんな味がするのだろう…』

僕はわくわくしながら
おにぎりを口にした。



なかなか辛い…けれど、
基本、たらこじゃないか!

だけど、それにしても
めちゃめちゃ美味いじゃないか!

と、僕はまたしても頭の中で
一人で大騒ぎしていた。



そうして平和な時間は流れ
夕焼けを背に
僕らは森を後にした。

あの頃の僕のブームは

言うまでもなく
セブンイレブンの
明太子おにぎりで

セブンイレブンにいくと
必ず、明太子おにぎりを
購入した。



あれから三十余年の年月が流れ

森には
カナヘビもトカゲも
めっきり少なくなった

僕が今、住んでいる南沢には

近所にセブンイレブンはないが

たとえもし、有ったとしても

おにぎりを買う時は

海老マヨとか
鮭わさびとか

あの頃はなかった
比較的新鮮な響きのものばかり
買ってしまう。



余談だが
コンビニのおにぎりが
体に悪いという噂を
よくよく耳にする事がある。

人というのは
弱いもので

商売がたきや
気に入らない物

食品に関して
体に有害な○○が入ってる
米国の食品基準値を上回ってる
だなんていう噂なんかを
聞きつけると

気になるなら
自分で喰わなきゃいいだけの
ことなのに…


実際に自分の目で
確かめたかのように

寄ってたかって
まくし立てて
実しやかに膨張させ

おせっかいが高じて

正義を気取った悪魔へと
落ちぶれてしまう。



更に余談だが…

工員だった頃
昼時にコンビニで買った
おにぎりを食べていると
職場の親方が
カップラーメンを啜りながら

『相馬さん、
コンビニのおにぎりって
体に悪いんだぞ。』

と言っていた。

僕はカップラーメンを指差し
噴き出したが…







そうして
僕は、見たこともない
不思議な具材のおにぎりが
新発売されたのを見ると



出来る限り、急いで購入し

初めて明太子と出逢った
あの時の様に

わくわくしながら
噛り付いてしまうのである。