『幻の街』、と聞くと
皆さんは、どう言った印象を
持たれるでしょうか?
神秘的で面白そうだと
思うでしょうか…
別海町尾岱沼にある
野付半島の先端、
現在のトドワラ周辺で
遊廓を据え栄えたと言われる
『幻の歓楽街・キラク』とか
グーグルマップに
載っては居るものの
実際には存在しない
英国ランカシャー州の
『アーグルトン』などの
夢のある
ファンタジックなイメージが
連想されるかも知れません。
ただ、僕自身が
『幻の街』という言葉から
最初に連想することと言えば
そのどちらでもなく
記憶を遡ると蘇る
とても不可解な
実体験によるものです。
今日は
僕自身
生まれ付き霊媒体質でもあり
日常的に、様々な霊的存在と
触れ合って来ましたが
その中でも特に印象に残った
不思議な経験のひとつを
ご紹介します。
北海道赤平市に
エルム町という町がある。
10代後半の夏
僕は
廃墟や過疎地を探索し
かつてそこに暮らした
様々な人の思念や
その地に遺した想いなど
と言った者達と
触れ合う目的で
荷台にシュラフと七厘
鍋や飯盒を括り付け
オートバイに跨り
北へと向かった。
道の途中のAコープで
コーラを飲みながら
ハムかつサンドを食べ
国道38号線を
茂尻駅から右折して
工事中で
片側交互通行だった
バイパスを抜け
当時は片道1車線だった
高架橋を渡り切った辺りで
右手に小さな農道が
現れる。
その農道を少し進んだ所に
エルムは、存在する。
町とは言っても
過疎化した村の様な町で
間隔を置いて
住宅が点在する程度の
小さな小さな町。
地図上では
奥地にエルムダムという
大きなダムが
記されて居たので
ひとまずエルムダム方面へと
向かった。
昼過ぎに札幌を出て来たので
既に日は暮れ掛けていたが
あとは寝床を探すだけなので
ちょっとだけ探索してみよう。
と、
右に折れる小さな林道に入った
のんびりと
5分ほど走行した所で
道の先に
町があるのが見えて来た。
土地全体が
森を切り拓いて
巨大なレンガ工場の敷地の様に
窪んだ形状をしており
街の主要道路と思われる
一本の道に沿って栄えた様な
縦長の、そこそこ大きな町。
僻地の割りには
不思議なほど人や車が
行き交っている。
この規模の街であるにも
かかわらず
道路全体が
土砂堆積場の出入り口の様に
汚れており
簡易舗装された路面に
トラックのタイヤ痕のついた
黄土色の土の層が
薄く積もって居た。
夕陽の照らし具合と
黄土色の土埃の舞う
路のコントラストが
どことなく
旅情を掻き立てるような
ノスタルジックな
風情を醸し出しており
造りの古い
建物の形状と相まって
全体的な印象として
20年程、時代を遡った様な
どこか懐かしい
不思議な景色が広がっていた。
先程、国道38号線で
地図を見たときの印象だと
この規模の街が現れるとは
想定出来て居なかったので
現在地を確認する為
路肩に寄り
再び地図を広げてみる。
エルムダムに向かう
道の近辺には…
どう見ても
5分そこそこで
今、目の前にある様な
比較的大きな規模の
街へと繋がる道は
記されて居らず
いつからか
道の左手に現れた線路も…
此処に来た経路と地図とを
照らし合わせて見ても
どうにも、辻褄が合わない。
単純な経路の筈だったんだけど
どこで道を間違えたかなぁ…
ともかく
先程通過して来たばかりの
エルム町へ抜ける道が解れば
元来た場所へ戻れると思い
僕は
軒先で庭仕事をして居る
爺さんに声をかけ
『エルム町はどっちですか?』
と訊いた。
『此処がエルムだ。
駅のほうに抜けたいんなら
今から、そのバイクで
行くには、かなり遠いよ。』
…!?
エルムに駅など有っただろうか…
それに
エルム町は地図で確認すると
とても小さな町の筈。
爺さんは
赤平駅の事を言ってるのか、
それにしても
先程赤平駅を通過してから
30分と経って居ないのに
何故、遠いのだろう…
それに
先程の、地図との矛盾も…
左手にある鉄道も…
しかし、僕にとっては
そんな事はもう
別にどうだって良いことなのだ。
その時は
おかしいな~
と、思う様なことでも、
あとで事情が解って
何だ、そういう事だったのか~
と納得する。
…なんて言う様な事が
人生の中には
幾らだってある。
明日、更にダム方向へと
行ってみる事にして
そろそろ、
辺りで適当な塒を探し
ゆっくりと、この素敵な街を
堪能したいなぁ…という、
いつになく楽観的な思いで
週末にオートバイで出掛けると
いつもそうする様に
適当な廃墟や
バス停の待合室などを探した。
しかし、この街には
今では
バスが走って居る様子はなく
今夜は久々に
草むらで眠るしかないかな…
と思って居ると
古いバスの待合室と思われる
小さな祠を見つけたので
今夜は此処で眠る事にした。
シュラフや七厘を括りつけた
紐を解いて
祠の中にあるベンチに腰掛け
もの思いに耽って居ると
通行人の一人が
祠の前で足を止め
話し掛けてきた。
坊主頭の中年の背の低い男
最初は深刻な面持ちだったので
怒られるかと、心配になったが
目が合うと一瞬にして
ちょっと猿の様な
拍子抜けする様な
柳沢慎吾さんに少し似た感じの
愛嬌のある笑顔になり
例の甲高い声で…
『今日はこんな時間になっても
まだ暑いね~。
兄さん、札幌から来たのかい。』
というので
益々、
柳沢さんが被ってしまった。
エルムダムへ向かう途中で
脇道に入って
この街に迷い込んだ事や
いつも週末になると
こうしてオートバイで
小さな旅をして
楽しんで居る事なんかを
話していると
日も暮れ果てて来て
慎吾さんは話好きの様で
この街の産業の話や
祭りの話…
次から次へと
面白い話題が出てきたが
僕は、少しお腹が空いて来た。
そろそろ、一人になりたいな
…と思ったタイミングで
『兄さん、よかったら
家の子供達と
花火でもして遊んでやってよ。
こんな所じゃ蚊に刺されるし
家に行ったら刺身とかあるし
美味いもんでも食べて
風呂入ってさ…
今夜はウチに泊まりなよ。』
と、嬉しい言葉をくれた。
ちょっと五月蠅そうだったので
若干怯みはしたけれど
人の好意には積極的に答える様に
心がけようと思い
『えっ!?
そんな、いいんですか?』
とか言いながらバイクを押して
慎吾さんの家へ行った。
可愛い男の子と女の子の兄妹と
奥さんも居て
小さな花火大会が終わり
温かい風呂に入り終わると
相当お腹も空き果てた。
僕は一応未だ未成年ではあったが
慎吾さんは、幸せそうに
ラガービールの栓を抜き
まず自分のグラスに注ぐと
ニコニコと
僕の水の入ったグラスに
注ごうとするので
急いで水を飲み干した。
『俺はさ、ダンプ乗ってるんだよ。
明日は休みだけどな。』
慎吾さんは絶え間なく
イカと甘エビの刺身を
つつきながら
自分の仕事の話や
少年時代、高校野球で
全国大会候補になったが
決勝で負けた事。
自民党が日本をダメにしている
などと言った主張を続けた。
殆どは
慎吾さんの話を聴いていたが
僕も少しは自分の事を話した。
そうしてニコニコとビールを飲み
御飯を食べて
慎吾さんの奥さんが
2階に用意してくれた寝室へ行き
思いのほか軽い薄手の
羽毛布団に包まると
幸せな眠りに就いた。
目が覚めると
カーテンの隙間から
晴れを思わせる
明るい光が差していた
時計を見ると、朝の6時。
カーテンを開ける。
時々、車やトラックが
物凄いスピードで
いつかテレビで見た
パリ-ダカールラリーの様に
黄土色の土埃を巻き上げながら
走り去って行く。
おかしな事など
一つも起きそうにない
平和な朝。
ぐるっと全体を見渡すと…
一箇所だけ
視線の隅に残った残影に
違和感を感じる
ポイントがあり…
そこに焦点が合った瞬間…
僕は金縛りに合った様に
少しも動けなくなった。
朝陽の方角にある電柱の頂点の
恐らく
直径30センチ程度と思われる
狭い平面に
満面の笑みを浮かべた
半裸の女性が
直立して居るのだ。
しかも
思ったより近く
僕が立っている窓際から
15メートルと離れていない
道路を隔てた向かいに居り
明らかに僕と、バッチリ
目が合った状態。
彼女は狂人の様に
口角を上げて
凶暴な目付きで
僕の目を捕らえて居る。
ギーコッ!
ギーコッ!
キリキリキリキリ
キリキリキリキリキリ…
異様なラップ音が
周囲を包み込んで居た。
あちゃ~、また強烈なのが
当たってしまったぁ!
と思った次の瞬間
彼女は僕を睨み付けたまま
零れ落ちるのではないかと
思う程に
ギロ~ッと目の玉を引ん剥いて
辺り一面に
轟き渡る様な最凶な声で
『キィォエ゛ェェェェ~~~~
~~ェェッ!』
と叫ぶと
前方へと倒れ込む様に
電柱から垂直に路面に落下した。
うわぁぁ~
高い所から落とした西瓜の様に
直接的に
グッシャリ割れた様な
めちゃめちゃ心地の悪い音が
まるでスピーカーを通して
強制的に聞かせる様に
頭の中に響き渡った。
手足を何度か
グラグラと痙攣させると
彼女は確実に息絶えた。
僕は途中で
既に目を離し
顔を背けたかったが…
動体追跡カメラのように
一部始終をしっかりと
見せ付けられてしまった。
僕は顔を引き攣らせ
しかし家の住人に
極端に迷惑にならぬ様
1階へと
昨夜はこんなだったかな…
と思う様な
ギシギシと音の鳴る階段を
降りて行った。
もう既に気付いては居たが…
僕が泊まった家には
慎吾さん夫妻も
二人の子供も
人間など、誰一人住んで居らず
僕は何らかの霊的イベントに
巻き込まれてしまった様だ。
それでも、落ちた女の死骸に
人だかりが出来ており
廃墟から出る所を
近所の人に見られるのは
甚だ、嫌な気はしたが…
ドアが完全に外れて
完全に開放された状態の
正面玄関から出ても
草が茫々と生い茂った裏庭から
オートバイを引き出して来ても
僕の存在に違和感を持つ者など
一人も居なかった。
間もなくパトカーなどの
緊急車両が着いて
集まった人の一人ひとりに
事情を訊いて居たが
どうも様子がおかしい。
どうも
皆、一定の方角を指差して
この女を轢いたダンプは
向こうの方角へ逃げ去った…
という様な、
僕がこの目で見たのとは
全く別のことを言って居るのだ。
確かに街の人達は
僕と目が合うと
どうも何かこの事故について
関連付けて居るような
不思議な表情をして居るように
感じるような気がする。
なんて事だ…
ともかく
この街には関わらない方がいい…
そう思うと
僕はバイクのスタンドを蹴り上げ
キックスターターに
足を掛けようとした、その瞬間…
今まで
飛び降りた女の周囲に
群がっていた住民全員の視線が
一斉に、僕の方に集中したのだ。
一気に冷や汗が拭き出し…
一刻も早く
ここから逃れよう!
何時からそこに居たのか
僕の握った
ハンドルのグリップに
手をかけた
昨日とは全く違う
青白い顔をした慎吾さんが…
『今夜は、祭りがあるんだ
もう一晩、止まって行きなよ。』
そう言って
頬の端で、とてもやさしく
とても哀しそうに…
微笑んだ。
突然、涙が込み上げてきて
僕は慎吾さんが
バイクのハンドルに掛けた手を解くと
明らかにこの世のものではない
慎吾さんの、生気のない
寂しそうな目を見詰めながら
きつく握り締めた。
『夕べはお世話になりました。
ただ僕には、
まだ、これから
行きたい所が
沢山あるんです。
でも必ず
また、遊びに来ます。』
僕は止め処なく溢れ出して来る
涙を流れるままに…
僕の方に
視線を集めて居る
明らかにこの世のものではない
人々にヘルメットを被った頭を
深く下げると
とても静かに
キックスターターを蹴り下ろし
再び一礼して
その町を出た。
あれから二十余年の月日が流れ
毎年、夏になると
赤平の町を訪ね
エルム町へ行くと
あの時、確かに曲がった林道を
探してみるのです。
そんなもの、初めからないのか
或いは僕の記憶の中だけの
特別な世界だったのか…
僕は…
あの時空の中で
電柱から落ちた女性も
慎吾さんや町の人々
あの町の
妙に懐かしい風景も
確かに
声を
存在を
感じた
と、言う
事実だけを
知って居るのです。