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地下化前夜の最終電車


あの日、小田急線の最終電車が下北沢の駅を去っていくところをみんなで眺めていた。最後の踏切のカンカンカンとなる瞬間に立ち会うためだ。この電車を最後にもう踏切がなくなってしまう。夜中の1時過ぎにこの騒ぎ。下北沢をほんとに好きな人たちが、自分以外にもたくさんいるってことを感じるために、みんなビール片手にぞろぞろと集まってくる。他の街の人から見たらバカバカしいと思いますが、もう二度とできないお祭りに立ち会えたのがなにより嬉しかった。本多劇場ができる前の空き地で、デビューしたての忌野清志郎さんたちが、ロックフェスをしたという話を聞いたことがあるが、そういうエピソードのように今日の出来事もみんなの心に刻まれたはず。そんな夜でした。

地上の下北沢

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踏切の前で「なんで皆さん、写真を撮っているのですか?」と若い女の子に尋ねられた。確かに全く知らない人にとっては、この汚い駅や踏切の写真を撮る変な人々にしか見えなかったのだろう。そうです、今日でとうとう地上の小田急線下北沢駅は役目を終えるのです。明日からは地下の駅になります。もっとずっと先だとばかり思っていたけど、あっという間に今日の日がやってきました。最初に来た時、迷子になるという下北沢の洗礼を受けました。そのくらいつぎはぎで増改築を重ねて出来上がったような駅は外からも中からも複雑な迷路でした。それから20年ちょい、感慨深いです。初夏になると蔦に緑の葉が茂るのが、今年は見られないのが寂しいです。開かずの踏切に若い頃はイライラしていたのに、30歳を過ぎると待つのが心地よくなりました。最近は駅の周りをぶらつくだけで、リラックスできるようになってきました。友人たちと改札で待ち合わせをして、芝居や飲みにいきました。下北沢駅は、そんな風にたぶんたくさんの人の青春を見てきたでしょう。演劇人やバンドマン、画家やデザイナー、そして学生たちのいろんな思い出の中に、この下北沢という舞台装置はあったと思います。夢を持って田舎から出てきたかつての若者が、くすぶって発酵しちゃったような街よ永遠なれ。そしてこれからも下北沢は変化しながらつづくのです。ありがとう & あらためてよろしく!

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祭りの前と後



「祭りの準備」と「キッズリターン」と「グッドウィルハンティング」は祭りの前だ。そして、「桐島、部活やめるってよ」は始まる前から祭りは終わっている。青春の描き方はどんどん変化してきている。そういえば「祭り終わった後に神輿担ぎにくる馬鹿がいるかっ」って、バブル崩壊後に入社してきたまだ純粋だった先輩に、冷や水を浴びせたもっと上の先輩の話を聞いた時、かっこいいこと言う人が昔はいたなぁと思っていた。そう昔は粋なこと言って、人生を教えてくれる人がまわりにたくさんいた。





クラウド アトラス


過去も現在も、そして未来も同じひとつのnote(譜面)に書かれている。たくさんのレイヤーにわかれたその壮大な音楽は、雲の彼方に記録されて、いつでも何度でも奏でられる。どんな未来が待っていようと、自分が違うと思ったら、変える勇気を持つこと。やがて今の世界はいつか終わるわけだけど、魂というか、精神みたいなものは、データ化され、ミーム的な遺伝情報として、同じ志を持つ者へと受け継がれていくんじゃないかな。個人的には手塚治虫の火の鳥を思い出しました。

新しい駅

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下北沢の新しい駅の見学会に行ってきました。あと1週間後には電車が走るので、このトンネル内部を見れたのは貴重な体験でした。ただ、残念なのは駅のデザインがどこにでもあるデザインで、無個性化すぎることです。元の増改築を繰り返してできたカオスな駅までいかずとも、もっとふざけて欲しいです。

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お土産はドラえもんと小田急のコラボクリアファイルをもらいました!いいね!

地底からの招待

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一足先に地下を覗ける旨のハガキが届いた。それは、もうすぐ風景が変わってしまうことを意味する。新しいことは便利だが、何か大切なものも切り捨てている気がする。しかも必要のないオプションまで付けようと流行語大賞になりそうな言葉が、開発スピードに拍車をかける。都会での飽和状態の公共事業をそっくり東北にあげれないのかな。この街に不相応の大きな道路はいらない。どう考えても容積率をあげる為だろう。賃料が上がり、夫婦だけで切り盛りする丁寧な仕事がうける小さなお店から、どんどんと追い出されていく。そうしてテナント募集中の貼り紙が増えるんだ。青臭いとか、センチメンタリズムだとか言われるんだろう。でも、街を毎日見てれば何が良くて、何が悪いかがだんだんと見えてくる。もうじき、僕の街の電車が地下を走る。

「武相荘」と「たてもの園」

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主人をなくした建物は、どこか寂しげな感じがした。ある日、武相荘とたてもの園に行ったことがないなと思い、いつものようにふらりと行ってみた。白洲次郎氏と白洲正子さんの武相荘は、昔は田舎だったのだろうが、現在ではロードサイドにファストフードと衣料品のお店がずらっと並ぶちょっと奥にひっそりと建っていた。気配みたいなものは感じるが、実体はないのでゴーストタウンのようにも感じる。笑ったり、泣いたり、様々な感情のようなそんなものが、そこで流れた時間的な重みとして、残像みたいな気持ちを生むのか。そんなことをぼーっと考えていた。

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次にたてもの園へ向かった。前川國男邸では、たてもの園のおじさんがずっと家にいて細かく説明をしてくれる。この人は住んではいないけれども、毎日そこで家に風を通したり手入れをしながら、日がなこの家とともにいる。何だかこの人が新しい主人なんだなという気がしてきた。たぶん、この家が誰よりも好きなんだろう。

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家というのは、なんでこんなに面白いのだろう。いろいろな人の生活や考え方を包み込む器。ちょうど、自分たちの周りでは、消費税増税前の駆け込みや、年齢のせいもあるが空前の建築ブームだ。なぜ、いつ地震がきてもおかしくない時期に建てたいのか、と思う人もいるかもしれない。でも二笑亭の話を見ても、こんな時期だからこそ、みんな巣を必要としているんだと思った。

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二笑亭綺譚

二笑亭


facebookで藤本アニキと平賀源内のおならの話が盛り上がり、それが掲載されている、水木しげるの「東西奇ッ怪紳士録」を読んだ。平賀源内も変わった人だが、それより気になったのがこの二笑亭だ。世にも奇怪な建物と称される二笑亭。でも建築の楽しさがたくさん詰まっていて、憧れるのである。2年前にシュバルを見にフランスへ行ったが、シュバルが作ったものは後世に残り、なぜこの二笑亭は残らなかったんだろう。日本人はもっと変てこりんなものを許容する器を持つべきです。ユーモアもないような世界は最悪ですもの。そして、これが関東大震災後に建てられたことに意味があると思います。今日で東日本大震災から2年目を迎えました。楽しく変わりたいです。

市民ケーン



バラのつぼみ。お金がいくらあっても、ほんとうに大切なものなんて、ひとつだけかもしれないね…。

桐島、部活やめるってよ



中心部分の消失が招く絶望の始まり。子供時代から、いつかは大人にならなければならないという、不安を抱えた弱い集団たち。すべての人に希望のある未来があるとは限らないんだということが、突きつけられる。これからが描かれていないのではなく、あれで終わりなのだという残酷さが描かれていた。