そろそろテーブルにつきませんか?
4/2に下北沢の小田急跡地についてのシンポジウムにいってきました。下北沢には、北沢川緑道のせせらぎ公園があり、かわいい川が流れています。ある意味、細長い公園作りのお手本です。昔はドブ川だったところが、今では鴨の家族が住むほどの素敵な公園になっています。ここでの先駆者たちのお話はとても素晴らしいものでした。やはり、長く愛される、成長するパブリックスペースを作るには、その地域の住人の参加なくしては成功しないのだと思いました。一緒に物語をつむいでいくことが、重要なのだと思いました。それから、これは別の川の話でしたが、子供たちがある時「川に入らせてくれ!」と親たちに提言しました。親が「何で?」と聞くと、「子供が入れば、川を大人は汚さない!」と言ったそうです。子供は何て賢いんだろう。その話は目からウロコでした。子供といえば、こんな話も言っていました。ある地域で、子供の名前を知っている人が近所に10人いれば、「子供の声がうるさい!」なんていう寂しい苦情を言うような人もいなくなるそうだ。確かにそんな気がする。コミュニティの素敵な作り方のヒントがたくさんあったシンポジウムだった。もともと下北沢の人たちは、街のことを自ら真剣に考え、よりよくしようと思う人ばかりだ。他の地域では、ここまでコミットする住人は少ないようで、それもこの街に住む人たちの特徴だと思います。だからこそ、小田急線の跡地に関しても、小田急と自治体は積極的なワークショップを開いて住人と一緒に作っていくべきではないでしょうか。ゲームの「シムシティ」でも公園の価値はとてつもない効果を生むものです。というか普通に心地の良い空間が自分の住む場所のそばにあるだけで、幸せだと思うものでしょう。住みたくなるものです。下北沢が、今のようなカオスな街と細長い公園を持ったら、新しい生活や新しい働き方が生まれる気がします。人口が減って、今後ますます今までのような価値観では通用しなくなると思います。日本の中でそういう新しい構造を作れるチャンスがあるだけ希有な街なんですよ。いつまでも鴨も虫も人間も気持ちよく暮らせる街を。
IVROGNE イブローニュ
池尻大橋の名店「IVROGNE イブローニュ」が下北沢と三軒茶屋のちょうど中間あたりに引っ越してきました!フォトグラファーの先輩に連れて行っていただきました。梅が丘通りをちょっと入るとフレンチビストロの佇まい。旅行している気分になって、近所だということを忘れそうになります。アボカドとトマトとエビのサラダ、キノコのココット、リエット、鴨のコンフィ、ツブ貝、お肉の煮込みなど堪能しました。いいお店を教えてくださってありがとうございます。ますます下茶ゾーン(勝手に下北沢~三軒茶屋間をそう呼んでますw)は熱くなってます。
北沢川緑道の桜
下北沢で花見っていったら、北沢川緑道の桜並木だろう。この時期になれば、下北沢の近所に住んでいる人は桜に誘われ、お酒を片手に散歩する。飲食店がずらりと並ぶわけではないから、落ち着いて花見をするにはちょうどよく、のんびりしたものです。そんな感じでぶらぶら歩いていたら、その緑道に自転車屋さんができていた。今まで緑道のお店といえば、京都銘菓「蕎麦ぼうろ」の河道屋 東京出張所くらいだった。自転車屋さんは緑道とも親和性が高いし、何だかいいと思いました。緑道に面してかわいいカフェがあればいいのになんて思うけど、飲食店は緑道が荒れるおそれがあるので、桜の季節に生ビールスタンドやコーヒースタンドが出るくらいがいいのかなと。今後、大手チェーン店が街の中心にあふれてくると、押し出されたカタチで、住宅街の中のスモールカフェやショップが増えてくると思います。最初は家賃の問題などでしかたなく押し出されたのに、たくさんのスモールビジネスの点が横軸で連携をしあって、素敵な導線を生活の中に作り始めると思います。これは、これからの働き方の変化ともリンクしてひとつの流れになってくると思います。街の生態系のことを桜を見ながら思う春です。
下北沢遺跡
地下化後、初めて電車に乗った。南口の改札を入ると、旧線路の上を通り抜けることになる。その時に、昔のホームや駅舎をちょっとだけ見れるのだけど、何だか人がいないだけで廃墟感が満載!好きな人にはたまらないでしょう。で、今の状態でも駅として使えるってことは、そもそもこれ以上のものはいらないということを証明している気がする。だからいっそのこと、この元の駅舎部分を何かにリノベーションして使えばいいのではないかと思ってしまう。上の老朽化した部分は取り外しても、ホームとレールは残して、今取り壊そうとしている駅前市場をここに移したり、レールの上を可動書架にして図書館にしたり、ポップアップショップとして月代わりでレンタルしたりできるのではないだろうか。ホームの上もオープンカフェでも良さそうだし、全部壊さずに、昔の記憶を残した面白い建築になると思う。デビット・チッパーフィールドによって改築されたベルリンの新博物館みたいに古い部分の残し方(柱とか壁とか)が理想ですが…。そういえば、世田谷代田の駅がコンクリート打ちっぱなしでかっこいいという噂を聞いた。確かに下北沢の新駅みたいに変な化粧板を貼らない方が、しゃれて見えるんだろう。そもそもの下北沢の駅は素材むきだしだったので、新駅舎の内装がとても気になるところだ。(外装はみんなの大反対にあった案に決定らしい)ストックホルムの地下鉄のデザインみたいなものは、日本でできないのだろうかなんて考えてしまう。
これから
踏切がなくなったことで、人の流れに微妙な変化が起こっている気がする。今まで踏切があるから反対側に行くのが面倒くさいという人(とくに高齢者)なども楽に移動できるようになったためか、分断されていた北と南を行ったり来たりする。南口商店街から一番街などは遠かったと感じたのにスムーズになった。今、特に電車で止められることまでなくなったので、下北沢は前にもまして歩行者優先地帯になった気がする。そこへ、大きなロータリーや太い道路は、また分断を作ることになる。まったくもって逆行している行為に感じるのだ。街にとっていい方向じゃないのはあきらかだ。道を太くして高層ビル化する目論みも、人口がどんどん減少している日本の未来を考えたら、空き箱ばかりが残ってしまう。地下化によって踏切がなくなって渋滞や待ち時間がなくなった。よかった、よかった、だけではないのだ。これからが本番だ。地上の線路がなくなった場所はぽっかりと空き地ができている。このとてつもない広大な空間!(全長2.2km、幅40メートル)使い方で、青春をこじらせた街、下北沢がどうなっていくかが決まるだろう。
そして、下地下沢にな った。
その大きな闇は口を開けて待っていた…。と、重々しくもなく一夜明けると、昨日の騒ぎはウソのように、下北沢駅は地下化がさっぱりと済んでいた。遮断機には布が被り、元踏切の線路にはアスファルトで埋められ、線路内に立ち入らないようにフェンスが張り巡らされていた。フェンスの隙間からは、使わなくなった駅のホームがひっそりと佇んでいる。突然、街のど真ん中に廃墟が出現したようで不思議な風景になった。そんな中、真新しい駅に誰が最初にゲロをはくかといった話が盛り上がっている。それは歴史に名を残すことになると力説する者までいる。たぶん、おろしたての服や靴のように、ちょっと照れくさく、身体や脳に馴染むまで時間がかかるのだ。そのうちバンドのステッカーや、演劇のチラシなどがたくさん貼られて、ちょっと汚れてきた頃にやっと本当の下北沢の駅になっていくのだろう。



















