2「八咫烏からの伝言の井を汲む」 | 「彩どり師の仕業」今様の巫女的生き方の心得指南いたします

お読みいただきありがとうございます。

人生の彩どり師・関みゆ紀です。



獅子道は仙に通ず-1「ヤマザキ夏のパン祭り」より続いています。



本日は、8月6日です。

只今、8時53分。

やっと、後ろの禅問答の真意・神意に氣が付き、

先ほどまで泣いておりました。



1945年(昭和20年)8月日午前8時15分に、

人類史上初めて、ウラン原子爆弾「リトルボーイ」が、広島へ投下されました。

そして、1945年(昭和20年)8月日午前11時2分に、

二発目のプルトニウム原子爆弾「ファットマン」が、長崎へ投下されました。



今から76年前のことです。




この後に続く3話です。
宇宙の真ん中で愛智を学ぶー68「ライオンズゲート」2021-08-07
宇宙の真ん中で愛智を学ぶー69「69」2021-08-08
宇宙の真ん中で愛智を学ぶー70「祭りと纏り」2021-08-09



冒頭の書き出しは、3年前の2021年8月6日のものです。

「八咫烏からの伝言」を受け取ってから3年経過したので、

昭和20年8月6日から79年経ちました。

八咫烏の「問いの解い」として作成した画像が「平和の鳥居の祀り」です。




宇宙の真ん中で愛智を学ぶー70「祭りと纏り」
おわりははじまり-185「乙巳と甲辰に託されたもの」



今日の広島平和記念式典でも、言葉を述べておられた、

第百代総理大臣となった岸田文雄首相は、広島に地盤を持つ政治家です。

(2023のG7サミットは広島で開催された)

まきちゃんのブログでは、岸田文雄の「文」という字が

光るように見えたと綴っておりました。






【QUOTE】
さて。 私にとっては、その事象を深掘りするというよりは、
どうして 「文」 という文字がそんな見え方をしたのか?
そこにどんな意味があるのか?ということが大事なのよね。
【UNQUOTE】



この「文」が光るルートを、2024年の私が確保します。

「文」と「武」の振り子と




おわりははじまり-132「梅と待つ理とウメとの祭り」



「士」と「土」の振り子に続いていたと、




おわりははじまり-127「にしむくさむらいに託されたこと」



2024年の8月6日に思い至っております。

「文」の学芸・学問・文事のルートの到達点は、

「智慧・叡智」に辿り着くことなんですよね。




おわりははじまり-212「369の対は叡智」



原発炉に命名されている「ふげん」と「もんじゅ」は、

「普賢菩薩」と「文殊菩薩」のことですが、

普賢菩薩は、象に乗り、文殊菩薩は、獅子に乗っている。

慈悲(普賢)と智慧(文殊)で、強大な力を持つ

「象」と「獅子」を乗りこなす姿に

「核」を制御することを意図して命名されたらしい。




宇宙の真ん中で愛智を学ぶー177「普賢菩薩からの伝言」



「智慧の文殊菩薩」が「獅子」に乗っているのですから、

「獅子道=ライオンズゲート」も「黄金の道=叡智の道」ですね。





奇異ワード-21「72と884は惹かれ合う-8"五輪"」
奇異ワード-16「72と884は惹かれ合う-3"弥勒"」




そこには「核」を、今のヒトの叡智で扱いきれるか問題があります。

地震大国日本では凶器になる現実を、3.11で観てきており、

ましてや、「核」を武器=殺人兵器として明確に使用したのが原子爆弾なのですから。

「ならぬものはならぬものです」を、きちんと見極めることも叡智です。

「八咫烏からの伝言」あやちゃんから受け取ってから、

8月6日の「広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式」と

8月9日の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」を

毎年、観ることにしています。

広島県・湯崎英彦知事の挨拶の全文です。
 
79回目の8月6日を迎えるにあたり、原爆犠牲者の御霊に、
広島県民を代表して謹んで哀悼の誠を捧げます。
そして、今なお、後遺症で苦しんでおられる
被爆者や御遺族の方々に、
心からお見舞いを申し上げます。

原爆投下というこの世に比類無い凄惨な歴史的事実が、
私たちの心を深く突き刺すのは、
「誰にも二度と同じ苦しみを味わってほしくない」という
強い思いにかられた被爆者が、思い出したくもない地獄について
紡ぎ出す言葉があるからです。

(実際には、「絞り出す言葉」があるからです、と仰ってました。
おそらく、こちらの言葉が相応しいとその場で判断されたのかなと、
思いながら観ておりました。)

その被爆者を、79年を経た今、私たちはお一人、お一人と失っていき、
その最後の言葉を次世代につなげるべく様々な取組を行っています。

先般、私は、数多の弥生人の遺骨が発掘されている
鳥取県青谷上寺地遺跡を訪問する機会を得ました。
そこでは、頭蓋骨や腰骨に突き刺さった矢尻など、
当時の争いの生々しさを物語る多くの殺傷痕を目の当たりにし、
必ずしも平穏ではなかった当時の暮らしに思いを巡らせました。

翻って現在も、世界中で戦争は続いています。
強い者が勝つ。弱い者は踏みにじられる。
現代では、矢尻や刀ではなく、
男も女も子供も老人も銃弾で撃ち抜かれ、
あるいはミサイルで粉々にされる。
国連が作ってきた世界の秩序の守護者たるべき大国が、
公然と国際法違反の侵攻や力による現状変更を試みる。
それが弥生の過去から続いている現実です。

いわゆる現実主義者は、
だからこそ、力には力を、と言う。
核兵器には、核兵器を。

しかし、そこでは、もう一つの現実は意図的に無視されています。
人類が発明してかつて使われなかった兵器はない。
禁止された化学兵器も引き続き使われている。
核兵器も、それが存在する限り必ずいつか再び使われることになるでしょう。

私たちは、真の現実主義者にならなければなりません。
核廃絶は遠くに掲げる理想ではないのです。
今、必死に取り組まなければならない、
人類存続に関わる差し迫った現実の問題です。

にもかかわらず、核廃絶に向けた取組には、
知的、人的、財政的資源など、あらゆる資源の投下が不十分です。
片や、核兵器維持増強や戦略構築のために、
昨年だけでも14兆円を超える資金が投資され、
何万人ものコンサルタントや軍・行政関係者、
また、科学者と技術者が投入されています。

現実を直視することのできる世界の皆さん、
私たちが行うべきことは、核兵器廃絶を本当に実現するため、
資源を思い切って投入することです。
想像してください。
核兵器維持増強の十分の一の1.4兆円や数千人の専門家を投入すれば、
核廃絶も具体的に大きく前進するでしょう。

ある沖縄の研究者が、不注意で指の形が変わるほどの水ぶくれの火傷を負い、
のたうちまわるような痛みに苦しみながら、
放射線を浴びた人などの深い痛みを、
自分の痛みと重ね合わせて本当に想像できていたか、
と述べていました。

誰だか分からないほど顔が火ぶくれしたり、
目玉や腸が飛び出したままさまよったりした被爆者の痛みを、
私たちは本当に自分の指のひどい火傷と
重ね合わせることができているでしょうか。

人類が核兵器の存在を漫然と黙認したまま、
この痛みや苦しみを私たちに伝えようとしてきた被爆者を一人、
また一人と失っていくことに、私は耐えられません。

「過ちは繰り返しませぬから」という誓いを、
私たちは今一度思い起こすべきではないでしょうか。

令和6年8月6日

広島県知事 湯崎英彦



過ちを繰り返さない為にまずやることは、

自らの内側に平和を創ること、

自利と利他の調和の取れた和光なのだと切に思う。




奇異ワード-18「72と884は惹かれ合う-5"帯解"」



普賢菩薩が象を乗りこなす慈悲とは何に発動されるべきものなのか。

自分の中が、敵とするエネルギーで満ち溢れていれば、

展開する現実は、攻撃対象の者だらけの世界で、

外側の世界の平和には繋がらないのだから。

その為に、無知から叡智へのルートを確保することを改めて心に刻む。



獅子道は仙に通ず-3「甲子園の烏から伝言」へ続く。



大変申し訳ございません。
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お応えお答えすることをお受けしておりません。
どうかご了承くださいますよう、
よろしくお願い申し上げます。