愛車アーリーショベルのスロットルケーブル・・・
スムーズに動くか、確認すると・・・
ちょっとだけですが、戻りが鈍かったです。
ただ、使用に問題ないレベルです。
過去の記事で、ハンドルバーをペーパーで磨いて・・・
こんなふうに滑らかにした(つもり)。
で・・・薄くグリースを塗り・・・
元通りに。
以前はこれで、ケーブルの戻りが復活しました。
今回は、ハンドルバーまでは手を付けず・・・
再度、バーに薄くグリースを塗って、ケーブル内に潤滑剤が行き渡るように・・・
シュー・・・ってやれば、スムーズになります。
まぁ・・・私はこれで良かれと思ってやっていますが・・・
中には「いや、そうじゃなくて、もっとこう・・・」みたいにね。
丁寧に指摘してくれたりする訳です。
いやいや・・・別に、そう言う指摘はいらないよ。
「こうするのが、本来でしょ?」
・・・とかね。
まぁ・・・色々方法があるかも知れんけど・・・
強制するな。
私もこのやり方を、周囲に強制していない。
ただ、「私は、こうやってます」程度のもの。
ただそれを記事にしているだけ。
いや・・・
実は最近、私生活でも似たような指摘を受けてですね・・・
ウンザリしていたところです。
登山で例えると・・・
西から登ろうと東から登ろうと・・・
北からだろうと南からだろうと・・・
頂上目指してるなら、行き着く先はみんな一緒の「頂上」です。
「ここから登らなきゃ、絶対にダメ!」
いやいや、そうじゃないだろうが。
頂上目指すのに、どこから登っても良いだろうが。
ヘリコプターとかで、いきなり頂上・・・なんてのは、八百長だけど。
最近、そういう「頭が固い人物」と遭遇し、幻滅しています。
そう言う人物にとっては、「絶対に、こうじゃなきゃダメ!」っていう・・・
全く融通が効かない完璧主義みたいなのが、そこらじゅうに見え隠れしていて、本当に閉口してしまう。
きっと私の一挙手一投足が、ダメでダメで仕方がないのだろう。
ところが、そうではなく、私を「別に良いんじゃないの?」と言う人物も。
要は、「いろんな考えの人間が居る・・・気にすんな」と。
その・・・私をダメ呼ばわりする人物は、社会的にもそれなりの地位の持ち主で・・・
きっと常日頃、観察される毎日なのだろう。
つまり、それが本人にとってのスタンダードとなっている訳だ。
そう言う人物が私を単なる「断片的」でのみ観察して、ダメだと酷評する。
逆に、私がその人物を同じように評価しようと思えば、いくらでも出来る。
でも、それをしない。
そんな必要もない。
そこには「きっと私などが言わなくても、指摘しなくても、上手い事やってるはずだ」という・・・
信頼みたいなのがあるから。
ところがその人物は、私をそうは見なかった。
しかも、見てもいないケースにまで、その酷評は及び・・・
「最悪、こういう結末にまで及ぶかも。そうならないように気をつけろ」と。
特に確たる根拠もなしに、そこまで言い切って来た。
意味不明であり、不思議なもんだ・・・。
お前の考える「弟たる理想像」とは、どんなものなのか知らないが・・・
強制すんな。
お前がどこまで知り得ているというのか。
生前の母親や、健在の父親は、そうは言わない。
「そんな風には、思っていない」
オヤジは言う。
生前、オフクロも似たような事を考えてたはず。
そうじゃなかったら、オフクロの性格上、とっくに私に指摘する。
「間違っている、改めなさい」
とね。
きっと、弟の私に対して、何か後めたい物があるんだと思う。
けどな・・・それを理由に、強制すんな。
まぁ・・・
これを機に、一線を引いて多くを語らず、付き合っていこうと思う。
最後に、その「人物」とは、お察しの通り・・・
実の兄貴
・・・です。




