「品質のマーケティング」は、製品のライフステージ全体を見据えて考えなければならない。以前の項でも説明したように、一般的にメーカーの事業性の判断は、製品のライフステージ全体を踏まえて考えるべきであり、単に新製品を開発して販売し、その時に得た利益だけで判断してはいけない。製品を販売して市場に出した後のアフターサービスや最終的に製品が使えなくなり廃棄処分を行うまでのトータルコストを考える必要がある。そのような視点に立って、ライフステージ全体を踏まえて考えると製品品質が如何に大切な問題であるかが分かる。販売時に一時的に利益が出たとしても、販売後に品質トラブルが起きて多額の品質費用が発生すれば、製品のライフステージ全体を見ると、トータル損益が赤字になってしまうのである。

 

 

発売した製品が何年も経ってから発火や発煙等の重大な不具合が生じると、リコールを行うケースがある。テレビ広告や新聞の折り込みチラシでリコール広告を目にしたことはないだろうか。「この型名の製品を探しています」「型名が同じだった場合は、直ぐに〇〇〇まで連絡をして下さい」といった告知をして、市場からリコール対象となった該当製品が完全になくなるまで、探し続けるのである。注意して新聞の折り込みチラシを読むとよくわかるが、一旦重大な事故が生じるとリコール対策が大変である。製品によっては発売後30年経ってもリコール広告を出しているケースがあり、品質問題の市場対応は本当に大変である。

自動車の場合は、リコール制度が法的に整備されており、車の所有者が予め分かっているので、問題が起きた際の市場対応は比較的容易である。一方、家電品やガス・石油機器等の場合は、そもそも誰が所有しているかも分からないので、対象製品を市場から全て回収するまで、何年もかけて探し続けることになる。

リコールをするような大きな事故が起きる背景には、その製品を作る際に、どこに注意して物作りをしたかということが挙げられる。新製品の開発をスタートする際に、どのように考えて開発を行うか、これが設計思想である。製品開発は、ややもすれば、他社に負けまいとして、性能や機能での他社差別化や原価低減に目が行ってしまうが、最も大切なのは安全を最優先に考えた開発である。製品が故障した時や、長く使って寿命で壊れてしまった時に、その製品が使用者に被害を与えることなく、「安全サイドに壊れる」ことが求められるのである。火災になったり、発煙したり、怪我をしたり、不完全燃焼を起こしてCO中毒事故等が起きたら大変なことになる。最終的に、止まって、動かなくなって、使えなくなるように製品のライフエンドを考えて設計することが求められるのである。

 

 

さて、今回の質問は、安全設計に関する事例として、リモコン搭載の石油ファンヒーターの製品企画について考えてみたい。部屋の中の空気を使い、灯油を燃料にして使用する石油ファンヒーターは、開放燃焼の温風暖房機として、一般家庭においてもその安全性が最も重視される製品の一つである。離れた場所から、リモコンで石油ファンヒーターを操作するのは便利であるが、その便利性と安全性のバランスをどのように考えるかという問題である。

 

 

Q1:冬場の温風暖房器の定番といえば、灯油を熱源にして、強力な暖房能力で部屋を一気に暖めてくれる石油ファンヒーターである。朝、部屋が冷え切っている時でも、石油ファンヒーターを着火すれば、強い火力で部屋全体を温めてくれる。冬の朝には欠かせない温風暖房機である。石油ファンヒーターの有力メーカーであるA社は、更にマーケットシェアを上げるべく、他社差別化機能として、これまでに世の中になかったリモコン付ファンヒーターを開発した。リモコンがあれば、離れた所から操作ができ、使用者にとっては大変便利である。しかし、石油ファンヒーターは部屋の中で燃焼させる機器であるからリモコンが誤動作して、人がいない時に勝手に点火してしまうようなことがあると、火災事故にも繋がりかねない。製品企画の最終段階で、石油ファンヒーターのリモコン搭載については、安全性の点から改めて問題提起が出されて社内で議論となった。

その結果、どのような結論が出されたのだろうか。次の中から、正しいものを選んで欲しい。

 

 

①石油ファンヒーターは灯油を熱源にして燃焼させるが、その為にもともと安全性には配慮された設計になっており、多数の安全装置が備え付けられていることから、リモコンを付けたことで、事故が起きるようなことはない。遠く離れた所から、リモコンで電源の入切が出来れば、使い勝手は格段に向上し、こんなに便利なことはない。そこで、A社は高価格ゾーンでリモコン付石油ファンヒーターを発売したところ、大ヒットとなった。

 

②石油ファンヒーターは灯油を熱源にして燃焼させる。もともと安全性には配慮された設計になっているが、多数の安全装置が備え付けられていても、万一のことが考えられる。

リモコンで電源の入切が出来るようにしてしまうと、人が全くいないところで、ノイズが発生して石油ファンヒーターが勝手に点火してしまうことが起きる可能性がある。それが、極めて稀な事象であっても、室内で火を扱う製品であることから、大きなリスクを伴う。そこで、A社は安全性の観点からリモコン付石油ファンヒーターの開発は断念し、販売はしなかった。

 

③石油ファンヒーターは灯油を熱源にして燃焼させる。もともと安全性には配慮された設計になっているが、いくら安全装置が備え付けられていても、万一のことが考えられる。

リモコンで電源の入切が出来るようにすると、人が全くいないところで、ノイズが発生して石油ファンヒーターが勝手に点火してしまうようなリスクが生じる。そこで、A社は安全性を確保するためにリモコンの着火機能を削除した。そして、リモコンの消火機能だけを残して、消火機能リモコン付き石油ファンヒーターとして発売を行った。

 

 

A1:答えは③である。

石油ファンヒーターは、開放燃焼型の温風暖房器であり、室内で灯油を燃焼させることから、安全性が全てに優先される。離れた所から、リモコンで石油ファンヒータの点火・消火が出来れば便利だが、万一の場合、人がいないところでノイズが発生して、勝手に石油ファンヒーターが点火したりすると危険である。そこで、安全性の観点から、リモコンから着火機能を削除し、消火機能だけのリモコンにして発売した。消火機能だけのリモコン付石油ファンヒーターでは市場の評価は低かった。そして、翌年からはリモコン付石油ファンヒーターは販売を止めている。

家の中にあるテレビ、エアコン、扇風機、照明器具と製品は、ほとんどがリモコン付きであり、何故石油ファンヒーターにはリモコンがないのか、不思議に思っていた人もいたかと思うが、家に中で火を燃やすということ自体が、安全性の面から注意が必要である。石油ファンヒーターに着火が出来るリモコンを付けることは、万が一のことを考えると非常にリスクが高いのである。

現在、石油ファンヒーターの専業メーカーであるコロナが、リモコン付の石油ファンヒーターを1機種だけ販売しているが、このリモコンにも消火機能はあるが、着火機能は搭載していない。

 

 

【製造物責任法(PL法)と製品安全について】

PL法は、1995年7月に施行された法律であり、製造物の欠陥が原因で損害を被った場合に被害者が製造業者に損害賠償を求めることができることを規定している。被害者保護の観点から、被害者が故意・過失の立証を要することなく、被害者が製造業者に対して損害賠償が出来ることとしている。従って、メーカーが製品開発を行う上で、従来以上に安全性が重視されるようになってきている。石油ファンヒーター業界は、従来は家電メーカー6社と専業メーカー2社の8社を主要メーカーとして構成されていたが、2000年代に家電メーカー6社は次々と撤退し、現在は専業メーカー2社がほぼ市場を独占している。その理由は様々なものが考えられるが、PL法によるリスクの影響もその一つではないかと言われている。