前回に引き続き、「ペットネームのマーケティング」について考えてみたい。ペットネームを利用すれば、商品の特長を一言で表現することができる。世の中に今まで存在しなかった新商品を市場導入する際にはインパクトのあるペットネームを付けることがヒット商品を生み出す重要な決め手となる。そして、新商品の市場導入が成功すると、そのペットネームがそのまま業界の代名詞となり、他社が類似品を出してきても、開発企業としてのトップブランドは簡単には揺らがない。

 

 

ここで、代表的な事例をいくつか取り上げてみよう。短時間で手軽に食べられるので、毎日食べている人もいるかもしれないが、カップヌードルは1971年に日清食品が世界で初めて発売したカップ入りの即席麺である。日本発のカップに入れた新しいコンセプトの即席麺として世界中で愛され、今もトップメーカー、トップブランドの地位を保っている。「カップヌードル」という言葉は日清食品が発案した和製英語であるが、商標を登録しているので他社は使用できない。業界では一般にカップ麺と呼ばれており、カップヌードルと呼ぶことができるのは日清食品だけである。

食品業界ではこのような事例は他にもある。はごろもフーズのシーチキンも、業界のトップブランドである。通常はツナ缶と呼ばれており、シーチキンと呼べるは、はごろもフーズのツナ缶だけである。

カップヌードル・シーチキンとも、いずれも開発メーカーであり、ゼロから市場を立ち上げ、今も業界のシェアが高く、その分野ではガリバーと呼ばれている。いずれも、発売当初から現在に至るまで長期にわたって消費者に好まれ、トップブランドの地位を維持している。

 

 

飲料業界において、新製品導入時にペットネームで大成功をおさめたのは、何と言ってもアサヒのスーパードライであろう。アサヒビールはかつて4割近いシェアを持つトップクラスのビールメーカーだった。しかし、キリンビール、サッポロビール、サントリーと言った他社攻勢によってじりじりとシェアを落とし、1980年後半になると業界シェア10%を割って経営危機が噂されるようになってしまった。そこで乾坤一擲、これまでに無かった切れ味のある全く新しい味のビールを開発した。その新商品に名付けられたペットネームがスーパードライである。1987年に発売されて大ヒットとなり、この年の日経ヒット商品番付の東横綱に選ばれている。長い間、ほとんど変わらないビールの味に飽きていた消費者にとって、今までに世の中になかった全く新しい鋭い切れ味のドライの味覚は新鮮であり、好意を持って迎えられた。そして、それがそのままビール史に残る大ヒットとなった。

これに触発された競合他社は、翌年キリンドライ、サッポロドライ、サントリードライという類似商品を次々と発売し、激しい競争が行われ「ドライ戦争」と呼ばれた。そして、その競合の中でビール業界において「ドライビール」という新しいジャンルが形成されたのである。ビール全体の出荷量に占めるドライビールの割合は、1987年に僅か3%だったものが、1988年には34%になり、その中でもスーパードライのシェアが圧倒的であった。その後、アサヒを除く競合する3社はドライビールから他の種類のビールに方向転換を行った。その結果、ドライビールはアサヒの独壇場となり、アサヒスーパードライはドライビールの代名詞としてトップブランドの地位を盤石なものとした。そして、アサヒビールをビール業界のトップメーカーの地位に再び押し上げて行ったのである。

 

 

電機業界においても、新製品がトップブランドとして市場に定着し、そのブランド名と一体で消費者に受け入れられ事例がある。その代表的なものとして、ソニーのウォークマンがある。これまで世の中になかった携帯用オーディオプレーヤーという概念を市場に持ち込み、音楽を聴きながら外出するという新しい生活シーンを消費者に提案し、若者を中心とした消費者に受け入れられ、世界中でヒットした。ウォークマンという言葉は和製英語なので、アメリカでは「ウォーク・アバウツ」、イギリスでは「ストウ・アウェイ」、スウェーデンでは「フリー・スタイル」という名称で発売されたが、海外から来日した人々が日本の「ウォークマン」をお土産に買って帰り、それが口コミで広がったことで、国内だけでなく海外もペットネームをウォークマンで統一するようになった。これによって、ウォークマンという言葉が世の中に定着したが、ウォークマンと呼べるのは登録商標を行ったソニーだけであり、一般には携帯用オーディオプレーヤーという言葉で呼ぶことしかできず、ソニーのブランドイメージを高めている。

 

 

これまでに見てきたように先発メーカーが、新製品を市場導入する際に商標登録を行って、ペットネームを押さえているので、その新製品はヒットして市場に定着すると、そのペットネームも一緒に消費者に普及して、新製品とブランドが結びつき、その相乗効果で長期にわたってトップシェアを維持するといったことが多くの新商品で起きている。他社は同じ名前は使えないので、後発メーカーが類似品を発売してもその商品には二番手のイメージが残る。先発メーカーは市場立ち上げ時に自社のペットネームを定着させることで、そのまま当該分野の商品として消費者に定着させることができる。特定の企業の特定のブランドが消費者に普段の生活の中で馴染んでしまい一般的な商品名のように捉えられてしまうのである。これまでに挙げた事例以外にも、ジープ、ゼロックス、セスナ、テトラポッド、ナップザック、ポラロイドカメラ、プラモデル、バスクリン、バンドエイド、ホッチキス、セロテープ、マジックインキ等多数存在する。これらは「特定商品名」と呼ばれており、競合他社が類似品を発売しても、そのペットネームを使用できないだけでなく、一般的に映画やTV番組、新聞・新聞・書籍等の印刷媒体でこの言葉を使用する場合は、特定企業の宣伝にならないようにまた商標を保有する企業の権利を侵害しないように注意が必要となる。

 

 

次の質問は、形のある商品ではなく物流サービスのペットネームに関する問題である。宅急便はヤマト運輸が新しい物流サービスとして市場を立ち上げ、大成功した新事業であるが、これも予めヤマト運輸が宅急便という商標登録を行っており、後発の運輸業者はこのペットネームを使うことはできない。一般的には宅配便と呼ばれている。宅急便は「特定商品名」になるので、TVや新聞でもこの種のサービスについて話題にする時は、宅急便とは呼ばず、宅配便という一般用語を使用している。ところが、中にはそのことに気が付かず、思わぬトラブルが発生することがある。このようなケースは、どうしたらよいかを考えて欲しい。

 

Q1:スタジオジブリの映画「魔女の宅急便」は、童話作家の角野栄子氏の絵本「魔女の宅急便」を原作としているが、当時角野信子氏は宅急便が一般呼称だと思って使用していたと言われている。スタジオジブリが角野栄子氏の絵本「魔女の宅急便」を映画化しようとしたところ、ヤマト運輸はジブリに対して「宅急便はヤマト運輸が商標登録を行っており、勝手に映画で使用するのは困る」という申し入れを行った。そこで、両者は話し合いを行うことになったが、その結果はどのようなものになったのだろうか。次の内のから、正しいものを一つ選んでほしい。

 

①小説の名前に宅急便を使用することは、ヤマト運輸の持つ商標権を侵害することにはならないので問題はない。また、その原作を使って、スタジオジブリが映画を作ることもヤマト運輸の権益に影響しないことから問題はなく、話し合いは現状を確認しただけであった。

 

②小説の名前に宅急便を使用することは、ヤマト運輸の持つ商標権を侵害することにはならないので問題はないことをヤマト運輸は了承したが、スタジオジブリが映画を作ることについては、新たな営業行為であり、ヤマト運輸の事業やイメージに影響するということで両者は納得せず、裁判で争うこととなった。

 

③小説の名前に宅急便を使用することは、ヤマト運輸の持つ商標権を侵害することにはならないので問題はない。スタジオジブリによる原作の映画化については、ヤマト運輸も当初は企業イメージへの影響から難色を示したが、両者で話し合いをした結果、ヤマト運輸が映画のスポンサーになることで和解をした。

 

 

A1:正解は③である。小説の名前に宅急便を使用することは、ヤマト運輸の持つ商標権を侵害することにはならない。小説の名前と同様、映画のタイトルにも商標権を設定することはできない。但し、映画の影響によってヤマト運輸のビジネスに支障が出るようなことがあると困る。また、スタジオジブリは、映画に付帯する事業としてキャラクタービジネスを進めることを考えており、刊行物や様々なブランドグッツを販売する上でも「魔女の宅急便」の商標登録を行うことは必要と考えていた。両者が話し合いを行った結果、スタジオジブリはヤマト運輸を映画のスポンサーとし、協力関係を持つことでこの問題をクリアしている。尚、特許庁は、ヤマト運輸の「宅急便」、スタジオジブリの「魔女の宅急便」もそれぞれ別の商標として登録を認定している。