最近は商品を販売する上で、販促キャンペーンも多様化しており、複数のポイント制度を活用しながら、新たに追加した販促策を二重三重に積み上げるといった複雑で巧妙なキャンペーンが増えている。正直、どのようにポイントを使った販促策を利用したらベストなのかに迷ってしまうケースも多く、その対策に知恵を絞ったポイ活の本まで販売される時代になっている。

昔から販促策でよく用いられるのが、商品を買うと景品が貰えるというキャンペーンである。そこで、今回は「景品のマーケティング」について考えてみたい。購入するとそれに対して景品(特典)が貰えるという販促策には、大きく分けて2つの方式がある。一つは、その場で一つの販売行為に対して、一つの景品が貰えるといった方式である。もう一つは、商品を買うたびにその数量や売上に応じて特典(スタンプ・ポイント・引換カード等)が貰え、その特典を集めることで景品(特典)が貰えるという方式である。この2種類の方式の内、どちらの方法が販売促進に効果があるかは取引内容によって異なるので一概にいえないが、金額が大きなものを景品とする場合は、一つの販売行為ではそこまでの高額の景品は出せないので、商品を買うたびにその数量や売上に応じて特典を集めることで景品が貰える方式がとられるケースが多い。

 

 

景品があまりに高額だと、消費者の射幸心を煽り、商品を販売するという本来の商行為から逸脱し、消費者が豪華な景品を得る方向に意図的に誘導させることになり、一種のギャンブル行為になってしまう可能性がある。そこで消費者庁は、正常な商行為を維持する為に「景品表示法(正式名は不当景品類及び不当表示防止法)」によって、不当な顧客誘引の禁止を目的に景品金額の上限を定めている。現行の法律では、「総付景品」には景品価格の2割、「一般懸賞」は売上総額の2%を上限としている。尚、商店街の福引のような複数事業者が景品を提供する「共同懸賞」は売上総額の3%を上限と定めている。最近、大手企業は社員に対するコンプライアンス教育がしっかり行われるようになり、「景品表示法」が比較的守られるようになったが、地元の店のチラシや商店街の祭事で個人事業主がやっている販促策を見るとルールが守られていないケースをよく見かける。しかし、店主に「この店のキャンペーンは法律に違反していますね」等と言おうものなら、「うち店の景品に文句を言って、商売の邪魔をする気か」と逆に怒られてしまうこともあるので、そこはちょっと気をつけないといけない。

 

 

「景品のマーケティング」を有効に活用して、大きく成長した企業の代表例に大阪に本社を持つ「江崎グリコ」がある。グリコというと、赤いパッケージのグリコーゲン入りのキャラメルと「一粒で300メートル」というキャッチフレーズで有名だが、キャラメルの景品におもちゃを付けて販売したことで、食べて、遊ぶことが好きな子供の心を捉えた。「キャラメル箱」におもちゃを封入した「おもちゃ小箱」をセットにした独自の梱包を採用し、景品として子供が喜ぶ価値あるおもちゃをお菓子と一緒に提供したことが大きなヒットに繋がった。関東の老舗メーカーである森永製菓や明治製菓に対抗して、商品におもちゃを景品につけるという関西メーカーらしい巧みなアイデアを全面に出して売上を伸ばしていったのである。

 

 

 江崎グリコの販促策は、「総付景品」だけでなく、「一般懸賞」でも優れたものがあった。商品に同梱した特典カードを集めると豪華な景品が貰えるというキャンペーンを展開し、これも子供達の間で話題を呼んで大ヒットとなった。グリコの豪華一般懸賞のキャンペーンは1965年から始まり、子供達の間では大変話題となった。豪華景品の第一弾は1965年の「おしゃべり九官鳥」、第二弾は1966年の「おつかいブル公」、第三弾は1967年の「せっかち君、おとぼけ君」である。景品獲得の方法は、対象となるグリコ製品を購入すると、そこにカードが入っており、それを集めて江崎グリコに送ると豪華景品がもれなく貰えるというキャンペーンである。「おしゃべり九官鳥」は、例えば「勉強しましょう」「一緒に遊びましょう」等とおもちゃの九官鳥が話すという音声機能が内蔵されており、ひもを引っ張ると声が流れるものだった。「おつかいブル公」になると、ラジコンでブルドックのおもちゃを遠隔操作することができ、これが子供達の間で話題になった。そして、最も成功した販促キャンペーンが、1967年の「せっかち君、おとぼけ君」である。景品キャラクターは2種類あり、早口で話す「せっかち君」とゆっくり話す「おとぼけ君」の人形である。それぞれに、音声機能が内蔵された簡易タイプとテープレコーダーが内蔵され、自分の話し声が録音されて、「せっかち君」なら早口に「おとぼけ君」ならのんびり口調で話す高機能タイプがあった。当時はまだラジカセは販売されておらず、テープレコーダーも珍しかったので、音声再生機能をおもちゃに取り入れたことで、子供たちの目の色が変わった。景品交換用のカードは、キャンペーン対象となるグリコのチョコレートやキャラメルに一枚ずつ入っている。カードには「せっかち君」、または「おとぼけ君」のどちらかの姿が4分割されたものであり、同じキャラクターの1~4番を全て集めると景品交換用カード1枚が完成となる。簡易タイプはカード10枚景品交換用カード、高機能タイプはカード30枚を集めてグリコに送ると豪華景品が貰えるのである。

 

 

 この当時、テープレコーダー内蔵のおもちゃは市販品ではほとんど売られておらず、この「せっかち君、おとぼけ君」のような高機能のおもちゃがグリコのお菓子を買ってカードを集めるだけで貰えるのは画期的であったが、何分にもその条件をクリアするにはハードルが高すぎた。まず、キャラクターが2種類あるので、お菓子を買っても自分の集めていないキャラクターのカードが入っていたら、無用の長物である。当然、子供達も馬鹿ではないから、私は「せっかち君」、私は「おとぼけ君」と集めるキャラクターを決め、それぞれがカードを融通しあうことで対応する。本当に問題となるのは、同じキャラクターの1~4番を揃えて景品交換用カード1枚が完成となるが、その4枚が揃った景品交換用カードを限られたキャンペーン期間の中で完成した交換用カードを30枚(30セット)も集めなければならないことである。

 これは、江崎グリコの作戦だと思われるが、キャラクターの1~4番のカードが均等に入っていれば完成品カードを集めやすいが、実は「せっかち君」の4番、「おとぼけ君」の4番が他のカードに比べてレアカードとなっていて、いくらチョコレートやキャラメルを買ってもなかなかそれが入手できないのである。ましてや、番号を合わせ4枚セットにした完成カードを期限内に30枚も集めるのは至難の業である。キャンペーン期間が迫ってくると、子供たちは必死になってカードを完成させようと小遣いをはたいてチョコレートやキャラメルを買うのだが、それでも期限内にカードを全て揃えるのは至難の業である。お金持ち家庭の子供の中には、お菓子を買ってもカードを集めるだけで、お菓子の中身は自分では食べずに、友達にあげたり、捨ててしまったりするものまで出てきた。この当時の販促キャンペーンの対象となる子供達は一学年の人口が200万人以上と、現在の倍以上の規模であり、その子供たちが一丸となって、グリコのチョコレートやキャラメルを買い続けるのであるから、まさに一種の社会現象といってもよいのだろう。最終的にキャンペーン期間に30枚の完成カードが集められなかった子供は、予め音声機能が内蔵されている完成カード10枚の簡易タイプに応募したが、時間切れで30枚集められなかったことは、逐次たる思いが残ったと考えられる。

これほどまでに子供達を熱狂させた江崎グリコの販促キャンペーンではあるが、その後はこのような豪華な景品を入手するために組合せカードを集めるというキャンペーンはいつの間にか影を潜めてしまった。今では子供がキャンペーンの景品集めに熱狂するような光景は見られなくなっている。その理由は一体なぜなのだろうか。これまでに述べた事例を踏まえて、次の質問を考えて欲しい。

 

 

Q1:食品メーカー江崎グリコは、製菓分野において商品を販売する際に子供が喜ぶような景品や特典を付けることで、消費者の支持を受けて事業を拡大してきた。特にチョコレートやキャラメルの箱の中に入っているカードを集めると豪華な景品がもれなく貰えるというキャンペーンは大変好評であった。そして、その中でも最も成功した販促キャンペーンが、1967年に実施した「せっかち君、おとぼけ君」である。景品キャラクターは2種類、早口で話す「せっかち君」とゆっくり話す「おとぼけ君」の人形であり、プラスティック製のおもちゃにテープレコーダーが内蔵され、自分の話し声を録音すると「せっかち君」は早口で、「おとぼけ君」はゆっくりした口調で声を再生した。当時はテープレコーダーが珍しかった時代であり、自分が話した声が再生されるというハイテクおもちゃに子供たちの目の色が変わった。キャンペーン用のカードが入ったチョコレートやキャラメルは飛ぶように売れて、販促キャンペーンとして大成功であった。しかし、成功した販促策であるにも関わらず、その後同様のキャンペーンは行われてなくなっていった。歴史的にも業界に名を遺す大成功と言われた販促策が、その後全く行われなくなってしまった理由は何故だろうか。次の中から、正しいものを選んで欲しい。

 

①景品に誘われて、子供が小遣いにチョコレートやキャラメルばかり買っているのを見て、このままでは子供の為に良くないと言って、消費者団体が江崎グリコに出向いて抗議を行った。江崎グリコも、世論に配慮してキャンペーンを行うのを止めた。

 

②江崎グリコは、景品にハイテク技術をいち早く景品のおもちゃに取り入れることで、子供から熱狂的な支持を得た。「おつかいブル公」に搭載されたラジコン技術、「せっかち君、おとぼけ君」に搭載されたテープレコーダーによる音声録音再生機能は、当時は市販のおもちゃには搭載しておらず希少性が高く、お金を出しても買えなかった。しかし、その後は市販のおもちゃにハイテク機能が次々と搭載され、菓子メーカーが新たにハイテクおもちゃを使ったキャンペーンを展開しようとしても肝心の先進性のある機能を持った景品を見つけることができなくなった。

 

③お菓子に同梱されたカードを組み合わせて、交換用カードを完成させ、それを集めてメーカーに送ると景品と交換するというキャンペーン手法は、子供の射幸心を煽る度合いが強く、その方法自体に欺瞞性があることから、公正取引委員会がこのような行為は違法行為であるとして全面禁止とした。

 

 

 

 

A1:正解は③である。江崎グリコが実施した販促キャンペーンは、「カード合わせ」という手法であり、1962年の景品表示法制定時は、「カード合わせ」を懸賞の一方法として規定し、実施可能なものとされていた。しかしながら、その方法自体に欺瞞性が強く、欺瞞することにより取引誘因効果を持つことが問題となり、1969年の懸賞景品告示の改正時に景品類の最高額や総額に関わらず、全面禁止としている。

「カード合わせ」の欺瞞性とは、当選率に関して錯覚に陥らせることであり、「途中まではすぐに集まるものの、次第に集まりにくくなる点に錯覚が生じること」をいい、特に判断力が未熟な子供の場合には、顕著に現れることが多いと言われている。

「カード合わせ」は、現在も全面禁止である。最近ではオンラインゲームで行われていた偶発性を利用し特定の2以上の異なる種類を揃えた利用者に対してゲーム上で使用できるアイテムを有料で提供する「コンブガチャ」にも適用されており、2012年に消費者庁はインターネット上の取引分野でも従来分野と同様に禁止であるとの解釈を明確にしている。