食料品を中心に値上げラッシュが続いている。食材に続いて光熱費、人件費、物流費も値上げが進み、食品メーカーや飲食店も経営努力だけではコスト吸収ができなくなった。値上げも一度だけではなく、二度三度と繰り返されるようになった。これまで長く続いたデフレに慣らされていたが、最近になってようやく値上げに対する抵抗がなくなってきた。1990年後半から約30年続いた賃金は上昇せず物価も上がらないデフレの時代がようやく終焉し、物価上昇が当たり前の時代になったのである。その理由は複雑で色々な要素が絡み合っている。主な理由として、コロナ過の影響によるサプライチェーンの混乱と人手不足、ロシアのウクライナ侵攻による穀物価格の高騰とエネルギー価格の上昇、他通貨との金利差拡大による円安の進行等が挙げられるが、いずれも簡単に解決しない問題であり、物価の値上がりは今後も当分続くものと考えられる。

 

 

食材、光熱費、人件費、物流費等の上昇により、食品メーカーや飲食店は、かかったコストを商品に転嫁する。つまり値上げをすることになるが、単純に商品の値上げをするだけでは顧客が割高だと考えて離れてしまい、逆に売上が減る可能性もある。従って、単純に値上げをするのではなく、値ごろ感を考えて、商品の効用と価格のバランスを見ながら、工夫をして価格設定をする必要がある。

値ごろ感のある価格設定と一言でいうのは簡単であるが、実際に実行するのはなかなか難しい。一般的に価格設定を考える上で基準となるのは4つの区分が考えられる。もうこれ以上高いと顧客は買わないという「最高価格」、これくらいの価格だったら買っても良いかなと考える「妥協価格」、最も多くの人が納得する「理想価格」、これ以上安くしても顧客は増えないという「最低価格」の4区分である。

「理想価格」で売ることで、利益がしっかり取れれば問題ないが、コストが高い場合には「理想価格」で売っても儲からない。このような場合は、もう少し高い利益の採れる価格に設定する必要があり、「妥協価格」に近い線で販売価格を決定するケースが多いのである。しかし、「妥協価格」では顧客側も値段に対しては不満を持っているので、価格設定を行う際に顧客がその価格に納得して購入行動に繋がるような値ごろ感の演出が必要になる。それが「値ごろ感のマーケティング」である。

 

 

スーパーに買い物に出かけて、どれを購入しようか選ぶ時、顧客は必ず商品本体か、商品の側に書かれた販売価格表に目が向く。果物コーナーで、バナナを買おうとする時に、バナナ3本が98円で売っていた。二けたの価格設定でバナナ100円とか110円とかにするより、顧客の購入意欲を掻き立てることから、少し粗利が低くなっても客寄せも兼ねて98円で販売して値ごろ感を演出する。バナナの販売コーナーをよく見ると、98円バナナの隣には、もっと大ぶりの立派なバナナが4本入って198円と表示され、またその隣にはもっと大ぶりで美味しそうな有機栽培の4本が入っては298円で販売されている。廉価版の客寄せ目玉が98円、大ぶりのバナナで販売の主力品が198円、有機バナナと銘打った高級感のある付加価値品を298円で販売し、目玉商品の98円バナナでは利益は出ないが、主力の198円バナナ、高級ゾーンの298円バナナで儲けて、バナナ販売トータルで利益を確保する。

これと同じようなことは色々な分野で行われている。レストランのランチコース料理でも、手軽なランチは1980円、標準ランチは2980円、フルコースの満足ランチは3980円といった具合で、各コースに役割を持たせて顧客を集めている。これは家電品でも同じであり、例えば、調理家電品の代表である電子レンジの場合に、廉価版の単機能電子レンジを9800円で販売、オーブン機能付きレンジは19800円で販売、高性能のオーブン機能付きレンジは29800円で販売といったような形で店頭に並べて展示販売し、廉価の9800円の単機能レンジで顧客を集めて、店頭接客で上位ゾーンにある商品の付加価値機能を説明し、販売単価のアップに繋げて行く。

いずれも、価格設定のポイントは、980円とか1980円とかという大台をちょっとだけ割った値付けをして、割安感を演出することと、松・竹・梅とグレードを分けることで、目玉品で集客し、高付加価値に誘導するのである。事業分野は違っていても、考え方は同じであり商品群全体でトータル売上・利益の確保を図っている。

 

 

ところが、最近は物価高騰が続いたことで、コストアップも急激であり、販売価格も大台を割った廉価を訴求する値付けが難しくなってきた。スーパーやコンビニに行っても、98円のパン、おにぎり、お菓子が少なくなり、大台を超えた108円、128円、158円といったいわゆる「すわりの悪い値付け」の商品が増えてきた。このような中途半端な値付けを見ると最初は違和感を持つ人が多かったようだが、値上げが続いたことでそれに慣れてしまい、最近はあまり「すわりの悪い値付け」を意識しなくなった人が増えてきた。消費税率のアップや電子マネーの普及によって、実際に支払う方法も変わってきたことで、販売価格に関する捉え方も心理的な面も含めて影響が出ているのかもしれない。

しかしながら、それでも98円セールや198円セールと言ったものが、未だにチラシ訴求や店頭訴求で繰り返し行われているところを見ると、大台を割った価格で購入して得をしたいという消費者意識はまだまだ根強いようである。最近は、スーパーやコンビニにおいて、このような廉価ゾーンの商品を自社のプライベートブランドに任せる傾向が顕著になっている。店頭のお菓子コーナーに98円均一とか100円均一といったプライベートブランドの袋菓子が並んでいるのをよく見かけるが、このゾーンを充実させることで、廉価志向の消費者を店頭から逃さないようにしている。

 

それでは、今回は値ごろ感の観点から、レストランにおける料理の価格戦略について考えてみたい。次の質問は、全国にチェーン展開をする和食レストランが、コース料理の値ごろ感について顧客層を踏まえてよく考えた価格戦略を展開したところ、売上げが大きく伸びて成功した事例について取り上げてみることにしたい。

 

Q1:全国にチェーン展開をする和食レストランA社は、郊外に大きな宴会場や駐車場を備えた大型店舗を出店した。駅からは少し距離はあるが、近隣に大きな会社や工場を抱えており、顧客開拓をすれば大型店舗に対応した売り上げが確保できると考えていた。そこで、大型店の店長は、全国チェーンの標準化されたコース料理とは別に店独自の新しいコース料理を販売することで、顧客開拓を行ったところ、顧客が増え、売り上げは大きく伸びた。それでは、店長はどのような価格戦略で顧客開拓を行ったのだろうか。次の中から選んで欲しい。

 

①しゃぶしゃぶのコース料理に飲み放題をつけて、税込み5000円というコース料理を発案して販売した。

②しゃぶしゃぶのコース料理を食べ放題にして、税込み5000円というコース料理を発案して販売した。

③ランチ用にも関わらず、高級肉を使用したしゃぶしゃぶのコース料理を発案し、税込み1980円の廉価で販売した。

 

 

A1:答えは①である。

A社はしゃぶしゃぶの高級料理店として有名であるが、大型店を出店したことで、特定の高級志向の顧客に絞って高級料理を提案するだけでは、新店舗を維持するだけの売上を確保することは難しかった。そこで、店長が、この大型店の独自規格として、新しいコース料理を提案し、顧客開拓を図ることにした。それが、しゃぶしゃぶのコース料理に飲み放題をつけて、税込み5000円ポッキリというコース料理である。新店舗は大型宴会場を保有しており、新店舗の周辺には会社や工場が多数あることから、そこで働く人が、社用や職場行事で集団が手軽に使用するのに価格的にもリーズナブルな料理を提案したのである。そして、それが成功したことでオープン間もなくから来客が絶えずに今も繁盛している。

店長が発案した「しゃぶしゃぶの高級コース料理に飲み放題で税込み5000円ポッキリ」という価格設定は、二つの点で優れた提案であった。一つは、交際費の例外5000円基準(2024年税制改定前)である。会社や工場の社員が社用で相手先と飲食する場合に一人当たりの飲食代が5000円以下であれば交際費ではなく会議費として扱うことができ、法人税法上損金で処理することが出来る。高級肉を使用したしゃぶしゃぶのコースでありながら、会議費として処理することが出来るので、接待を行う場合で会社も利用しやすのである。もう一つは、会社や工場の職場行事で利用する際も大人数が入れて、コース料理に飲み放題税込み5000円でポッキリの金額で釣銭いらずというのは、職場の幹事にとっても大変使いやすい。A社の標準メニューにはない、店舗周辺の環境や客層を踏まえた店舗独自の新メニューを導入することによって、コロナ過での新店オープンという不利な環境を跳ね返したのである。