前回の「景品のマーケティング」では、正常な商行為を維持する為に作られた「景品表示法(正式名は不当景品類及び不当表示防止法)」に基づき、販促面に工夫を凝らした景品によるキャンペーンについて述べた。しかし、販促活動で使用される景品は、その販促策を成功させるために新たに企画したものとは限らない。割安感を前面の押し出すために、販売見込みを見誤ってしまった過剰在庫を廉価で仕入れ、販促用の景品に転用して、販売キャンペーンに使用し、お得感や割安感を演出して顧客の心をくすぐり、拡販に繋げるといったマーケティング手法もしばしば行われるのである。

過剰在庫になった商品は通常の販売方法では完売が難しいため、大幅に値引きして販促用の目玉品として取り扱うことや総付景品として活用することで、通常の販売ルート以外で纏めて安値で処分するということがしばしば行われている。新聞やチラシなどに大掛かりな販促キャンペーンに豪華景品をプレゼントとして扱われている商品の中にも過剰在庫を景品用に使用して廉価で売り切り、負担になっていた在庫の処分をすることがよくあるのである。

 

 

厳密な意味で景品として扱うには、多少ニュアンスが異なるかもしれないが、代表的な事例の一つに恒例の年末・年始行事に販売される福袋がある。販売店がそれぞれの店で取扱っている商品を福袋に詰めて、通常の市販価格から大幅に値引いた価格で纏め売りするのである。対象となる商品も、ファッション品、衣料、コスメ、食品、家電品等色々なものがあり、それぞれの福袋の販売価格に比べて金額の高い商品を袋に詰めて割安感を持たせ、その安さの演出で、集客力を高めるのである。福袋の起源は、江戸時代の日本橋の呉服町越後屋(現在の三越)が、これまでの1年の余った生地を一つの袋に入れて販売したのが始まりと言われており、当初から売残品を纏めて袋に入れて安く売ることで、顧客吸引と過剰在庫一掃の一石二鳥を狙っていたことが判る。特にファッション性の高い商品は、流行やデザインの問題がから、時間が経つと価値が落ちるので、安くしてでも福袋に入れて纏めて売り切ることで在庫処分を行い、不良在庫になるのを防ぐのである。福袋に入れる商品は訳あり品が多く、例えば食品であれば賞味期限が近くなっているものであったり、家電品であれば本体色が特殊だったり、型遅れだったりして、通常の販売方法ではなかなか完売が難しいものが多い。それらを多少安くしても福袋に纏めて入れて売り切ってしまう方が得策なのである。

過剰在庫の中でも、食品は賞味期限があることから、期限が近付くと安価で在庫処分を行うという手法がよくとられる。上野のアメ横などで行われる店頭でのチョコレートのたたき売りで、2000円相当のチョコレートを1000円で販売し、更にチョコレート1枚がオマケ等と言った口上でよく商売が行われている。家に帰って袋から中身を出してみると、賞味期限がギリギリであったり、中には期限切れになっているものが見つかることある。これは賞味期限が迫っているチョコレートを通常の販売ルートではなく、景品対応の特殊なルートから、販売店が廉価で仕入れているからであろう。

 

 

激しい過当競争から商品が過剰在庫になって、社会問題としても取り上げられた事例として、ホンダとヤマハによるオートバイの過当競争(HY戦争)がある。1979年から1983年まで、オートバイ市場において二社の間で激しくシェアを競った覇権争いがあり、最終的にヤマハが在庫過多と経営悪化で敗北してホンダの勝利に終わる。そのシェア争いの中で、ボリュームゾーンであるスクーターの競争が激化し、泥沼の価格競争になった。スクーターの価格はもともと一台10万円程度であるが、値引き競争が激化して、実勢価格は3万円を下回るまでになった。そこで、通常のオートバイの販売ルートでは在庫が消化しきれないため、メーカーは景品ルートに販路を広げることになる。高級自転車のおまけにスクーターを景品としてつけて売るとか、ゴルフ場での競技大会で一位の景品をスクーターにするといったことが行われた。損益無視の過当競争が生み出した結果であり、高額なスクーターが色々な場所で景品として取り扱われることなど、今ではとてもあり得ない事である。

 

 

当時、オーディオ業界でも同じようなことが起きている。ミニコンポに代わる持ち運びも可能な新しいオーディオ機器として、10万円クラスの大型高級ラジカセが販売されて話題を呼んだ。ところが、ここでもオーディオ各社が一斉に大型ラジカセ市場参入したことで、販売見込みを誤り、業界全体が大量の在庫を抱えてしまった。まさに、スクーターと同じような現象が起きてしまったのだ。そこで、あるオーディオメーカーは、大型ラジカセを販売する上で景品にスクーターをつけて販売した。余った商品同士をセットにして販売するという価格訴求を狙った販促キャンペーンである。家電販売店が大型ラジカセにスクーターを景品にして売ると、スクーターの単価が高いので景品表示法にある総付景品は販売価格の2割以下という規定に触れてしまう。そこで、キャンペーンの途中から、大型ラジカセを売るのにスクーターを景品にするのではなく、スクーターの販売に大型ラジカセを景品につけるようにして販売主体を切り替えている。しかし、もちろんこれは販売店の浅知恵であり、どちらの販売方法を取ったとしても、景品表示法では違法となるので、問題のある商行為であることは変わらない。このような乱売は、損益無視の過当競争が生み出した結果であり、今ではあまり見かけることはない。当時は日本経済も毎年成長を続け、日本社会全体が活気があった時代であり、だからこそ強引な拡販競争も起きたのだろう。

 

 

 

 

お互いが潰れそうになるまで赤字覚悟で激しく戦う乱売合戦の話は、路地裏のマーケティングのテーマからは少し外れてしまうので、ここで話を元に戻す。商品が過剰在庫になった場合に、通常の販売ルートでは完売が難しい場合、処分したい過剰在庫を大幅に値下げして販売しようとすると、その低価格が周辺の機種販売に影響して、商品相場全体が下がってしまう。過剰在庫だからと言って、その製品だけを大幅に値下げすることはなかなか難しい。ところが、通常の販売ルートではなく、景品として取り扱う等して全く別のルートで販売すると、通常の販売ルートの価格秩序を維持したまま、過剰在庫を処分することができる。景品として纏めて廉価で処分しても、通常の販売ルートにはあまり影響がでない。そこで、在庫過多になったり、型が古くなったりすると景品ルート等を利用して在庫処分が行われる。通常の販売活動に影響がなければ、価格を安くしても、過剰在庫を長く抱えて不良在庫にしてしまうよりは、景品として一括して買い取ってもらい在庫一掃を図ることが、メーカーとしてもありがたいのである。

 

 

ここでもう一つ、景品を使った販売キャンペーンの事例として、新聞拡販の契約期間に応じて提供される販促策について取り上げてみたい。現在、新聞業界は電子媒体に押されて年々規模が縮小していく衰退市場であるが、1990年代までは新聞の発行部数は右肩上がりであり、全国各地で活発に拡販競争が行われていた。朝日・読売・毎日といった大手全国紙と地方紙がお互いにシェアを拡大すべく、激しい争いを繰り返していた。現在は、景品表示法の運用が厳しくなっているので、荒っぽい販促活動は行われていないが、昭和の時代はコンプライアンスという言葉はまだ十分定着しておらず、新聞拡販競争も手段を択ばない激しいものがあった。同じ新聞社の新聞を一定の期間定期購読すると顧客が約束すると、その期間の長さに応じて契約者に景品が提供されるのである。今回は、この新聞拡販の景品の問題を取り上げてみたい。次の質問を考えて欲しい。

 

Q1:激しい新聞拡販競争を勝ち抜くために、新聞販売店A社は自社で販売する新聞を定期購読すると購読期間の長さに応じて契約者に豪華景品をプレゼントするという販促キャンペーンを行い、担当エリアにおいて他紙から強引にシェアを奪っていた。個別訪問を行い顧客と交渉して、他紙からA社が取り扱っている新聞に切り替えて貰うのではあるが、元々顧客が読み慣れている新聞をA社が取り扱っている新聞に切り替えて貰うのは困難を伴う作業である。そこでA社は顧客に対して、A社の取り扱う新聞に切り替えて定期購読してもらう場合には、購読期間契約の長さに応じて契約者に豪華景品をプレゼントするという販促キャンペーンを実施した。景品が豪華であったために、訪問先の顧客の反応も良く、キャンペーンを開始してから短期間で担当エリアでのシェア拡大に成功した。

他紙からの切り替えに成功した秘訣は、拡販景品の豪華さであり、廉価な景品を提供するにあたっては、メーカーも景品用に対象機種を限定し、販促策に耐えうる廉価で商品供給を行っている。3ヶ月定期購読をすることを「3ヶ月縛り」といって景品は「タオルやティッシュペーパーのセット」、6ヶ月定期購読をすることを「半年縛り」といって景品は「洗剤セット」、1年定期購読をすることを「1年縛り」といって景品は「クリーナー」、3年定期購読をすることを「3年縛り」といって景品は「カラーテレビ」であった。

購読契約期間の最長は、契約者が死ぬまでA社の取り扱う新聞を購読し続けることである。同じ新聞を一生取り続けることになることから、これを「一生縛り」といった。それでは、「一生縛り」の景品はどのようなものであっただろうか。次の中から、正しいものを選んで欲しい。

 

 

①オートバイ

 

②自動車

 

③太陽光パネル

 

 

A1:正解は③である。

契約者がA社の取り扱う新聞を一生死ぬまで購読し続ける「一生縛り」の景品は、自宅の屋根に取り付けて、自家発電をさせて電気代を無料にするという「太陽光パネル」であった。

購読契約を行う上で、景品として取り扱うには、「どこの家庭でも使えるもの」「余分に貰っても使用に困らないもの」「自分で購入するのは抵抗があるが、貰ったらうれしいもの」といった条件が優先される。タオルやティッシュや洗剤は消耗品であり、どこの家庭でもこれを景品として貰ったら喜ばれる。クリーナーやカラーテレビも、どの家庭にもあるが、もう一台貰っても別の部屋において使用すればこれはこれで便利である。勿論、景品が過剰在庫となった型遅れの家電品でも使用上の問題がなければ構わない。一方、いくら「一生縛り」で豪華なものを貰っても、「オートバイ」や「自動車」のように免許がないと使えないとか、追加でもう一台は必要ないといった景品では、顧客に購買契約を提案してもあまり効果がない。その点で、「太陽光パネル」は、当時の住宅事情は、共同住宅はほとんどなく一戸建てが中心であり、太陽光発電もほとんど普及していなかったことから、「太陽光パネル」を景品とした提案を行うことは、顧客にも受け入れられやすく、訴求効果があった。もちろん、景品供給先の「太陽光パネル」メーカーも拡販と在庫消化促進を図る上で、安価で商品を提供して、新聞拡販ルートの活用を積極的に図っているのである。