発達障害の娘の親の話(つまり私の話です)

 

とってもとても長いこと失礼をしておりました。

実は、、、はあ???というようなことで止まっておりました。

パソコンの電源コードがどこを探しても無かった。。。

 

びっくり プンプン びっくり プンプン びっくり 

 

買えばいいでしょ?!なんですけれど、絶対に我が家の中にあるとわかっていたので

毎日、ここ、あそこと探していて、こんなに時間が経ちました。

 

もやもや ショボーン もやもや ダッシュ もやもや ショボーン もやもや

 

他のことは、なんとかスマホでやっておりましたが、このブログだけはどうしてもどうしてもパソコンで打ちたいと思ってしまい、こんなに長くのご無沙汰に。

 

絶望 絶望 絶望 絶望 絶望

 

そしておさだまりの、、、、

諦めて、昨日購入した途端に、でてきました!!!なんてこったのあるあるですよね。なんで??どうして??

 

?? アセアセ ?? アセアセ ??

 

買ったふりをして、返品に行けばいいのか?

そんな心がけじゃ、きっと見つからないですよね。

 

ハートブレイク ハートブレイク ハートブレイク ハートブレイク 

 

どこから出てきたか???はい、掛け布団の下。なぜゆえ???そこかい??

しかも足元の方で、、そこまで足は届かない、、というところでありました。

 

煽り 煽り 煽り 

 

電源二つはいらないのですが、今までの2倍のエネルギーを持って、また走り始めます。

この間、講演会をはじめ、いろいろなことがありましたが、今日は、私の話を。忘れないうちに、近場の話から。。

 

グラサン グラサン グラサン 

 

今日も同居の娘Hとは、ほんの一言から噛み合わず、全くもってぐしゃぐしゃ状態。

私がいつまで経っても慣れずに、反応してしまう彼女の言い回しがいくつかあります。

 

ふんわり風船ハート ふんわり風船ハート ふんわり風船ハート 

 

H「なんで、、、」から始まる言葉は、どうしても責められているように聞こえてしまいます。ただ理由を聞いているだけらしい。魂魂魂

 

H「それは悪いことでしょう?」は、、すべてが良し悪しではないんだけど。。と言いたくなります。なんとなくとか、大体とか、そんな感じとか、曖昧なことは彼女は分かりにくい魂魂魂

 

H「ほらまた、そうやって逃げる!」は、言葉を考えるのが疲れちゃった時が多いのです。彼女に分かりやすい言い方は?と考えて、失敗、そうじゃなくて、、、言い直してドツボにハマる、等。魂魂魂

 

そんな小さな食い違いは、最初1センチのズレでも 先に行くと1メートルになっていることがあります。ダウン ダウン ダウン

 

昨日は、電化製品が次々と壊れる家は、家族の誰かが喧嘩をよくする家らしい、、という噂だか、本当だかわからない話を聞いて、「そうか、我が家は、どの電化製品も10年選手で、立派にお仕事をしているから、仲がいいってことだね」と喜んでおりました。おめでたい。。。ニコニコ ニコニコ ニコニコ 

 

 

はい、仲はいいんですけどね、なんと言いますか、言葉から想像するものが二人が全く違うので。。ムカムカ ムカムカ ムカムカ 

 

ミルクを注いで、、と頼んで、マグカップに注ぐ人と、ガラスのコップに注ぐ人がいるように

ミルクを満たした容器は、それぞれみんな違いますね。爆笑

 

ミルクが豆乳だったり、生乳だったり、加工乳だったりでも違うでしょうし。はてなマーク はてなマーク はてなマーク

 

容器もミルクも違っていることが我らにはよくあります。

この気圧の変化で、珍しく私もダルダル(どこが悪いわけではなく)の日でした。驚き 驚き 驚き

 

でも電源とコードは二つずつあるんだから!!!

 

 

発達障害の娘が信じ続けていること

こんにちは

 

人の解釈とは一通りではありませんが、これ、他と比べて、、、ではなく、昔の自分と比べても解釈が変わってくること、あるものです。

 

成長につれて、変わってくること、、は織り込み済みで(すごいですね、この辺、人間のやることはすごい)、、階段は気をつけて、、と小さい時に言われてから、大きくなって、「もう気をつけなくてもいい」と言われなくても自分でそのルールを外せる時期を判断できているんですね。

 

つまり、気をつける時期がすぎたら、「もう、気をつけなくてもいいですよ」と言われなくても自ら気をつけなくなる、または、それが身について、注意しなくても良くなるという進化を遂げています。

 

こんなことに注目できるのも、娘たちからです。

 

先日、双子同士オンラインで話しているのを聞いていました。

 

私が色々な状況に耐えられず(珍しいことですが)機嫌が悪くなっていた時です。これ、おめでたいことに、あまり、ないことなのでありますが、、、。

 

その時に、私と同居しているHが、在イギリスのNに「ねえ、今日、お母様、怒ってるの、私何か悪いことしたかなあ」って。

 

彼女が悪いことをしていなくても、さまざまな要因で私の機嫌が悪くなっていたということが彼女には見えていないんだ、、。

そういうことも、まあ、あるさ、、とは思えないのです。

 

そして、わからないから、何度でも私に聞くのです。

「ねえ、どうして怒ってるの?私何か、悪いことした?ねえ、どうして怒ってるの?」って。

 

そして、Nが、Hに解説していました。

『機嫌が悪いっていう状況は、私たちが、何か悪いことしていなくても、誰にでも起こりうることで、それは怒ってみえるけど、対象が人間なわけではなく、状況なんだ』とね。

 

確かに私は、彼女に怒っていたつもりはなく、ハプニングとやらなければいけない事が立て続けに起き、にっこりしているキャパがなくなったという感じでした。そこに「何怒ってるの?」が数回きて、こちらは、ため息、、となったわけでありますが、、、

 

今では、人間が色々な状況で怒ってしまうことがわかっているN。今でもよくわからないH。二人は似ていても非なるところがあります。Nからの解説を聞いたHは、

 

「ねえ、そういうこと学校で教わったっけ?怒るとか、機嫌が悪くなるってことは、人が対象でないこともあって、大変な状況下でなることがあるって習ったっけ? 誰かが怒っている時には、こちらが足を踏んだとか、悪いことをしてしまった時だよね。だから私はお母様に、何か悪いことした?って聞いたんだけど。。。」

 

これに対して、Nは

「そうなのよ、、、教えてくれないから、私もわかるまで結構大変だった。」って。

 

こういう、日・薬ならぬ、日・経験が脳の構造としてできない模様。

 

一体後、幾つあるんだろう、、こういう事。。。。

まだまだ検証を続けて、このギャップを発見するのだ!!!

 

 

 

 

発達障害の娘との講演会にあたって

 

こんにちは

 

今日は群馬県高崎市まで行って来ましたよ。

群馬での講演会が近づき、その打ち合わせです。

協力者を得て、その方達と最終打ち合わせです。

 

高崎市に前回伺ったのは、大雪の日!!

はい、講演日が大雪の日と重なって延期となりました。

 

5月の講演会は2つ。皆さんに我ら親子のことをお話しします。

 

講演会の時には、ほとんど何も知らないという方と、当事者をご存知だったり家族にいらして色々経験をしていらっしゃる方とがいらっしゃいます。

 

来てくださった方が、ああ、来てよかったと思ってくださること。

 

幼稚園、保育園から小学校、中学、高校、そして大学、仕事場でなんらかの「大変!」「ハードル」を感じている方に対して、こんなことがあった、あんなことがあった、、、だけではなく、だから、「こんなことをした」だから「こう思った」「だからこうなったらいい」「そのためにこうしてみた」などをお話しします。

 

所変われば考え方も変わるのは、国外と国内だけではありません。

「所」が「人」に変わります。

100人十色 はい、文字通りですが、自閉症はその十色がバラエティに富んでいます。

だからこそ、理解するのが難しい。

だからこそ、相互で誤解が起きます。

 

それを、少しでも無くしたいと思っています。

ドクターからでもなく、カウンセラーからでもなく、当事者から、そこで感じること、思うことをお伝えしていきます。

 

今日はその最終的な話し合いと、高崎市、群馬県県庁の記者クラブにプレスリリースをお願いしてきました。

雪の日以来、久々に伺った高崎は、雪の日とは全く違う印象。

 

高崎市を守るように遠くに山々が見えて空気が本当に気持ちよく、市役所も県庁も、とても暖かい。

群馬の方は優しくて懐が深いと伺っていましたが、それが役所内にも感じられました。

 

私はKindleで電子出版をしたところからこのプレスリリースというやり方を知ることになります。

マスコミに、こんなことをします、取材に来てください、、というお願いがプレスリリース

昔からのフォーマットがあって、それに沿ってFAXまたは書類で内容をお知らせするものです。

 

記者クラブというと、「外国人記者クラブ」が有名ですが、地元にも記者クラブがあり、それは市役所や県庁の建物の中にあるのだということも、このKindle出版をきっかけに知ったことです。

 

15時間ほど前にお願いしたので、まだアクセスはありませんが、興味を持っていただいて当日、または新聞などでこの講演活動が取り上げていただけたらと思っています。

 

どこかが「取材します!」って言ってくださるといいなあ。

一人でも多くの方に知っていただけたらと思っています。

 

 

 

もう一つのブログでは電子ピアノと電気ピアノの違いを書いています。え?違うの?という方、読んでみてください。

 

 

 

 

 

 

 

発達障害の娘との日々〜あなたがいる人生

 

こんにちは

 

今日はさまざまな人との関わりを歌った歌をここに載せますね。

私の作品の一つですが、この歌は、今度行われる東京都音楽祭で歌う予定です。

 

お世話になった人、自分の友人、親、など自分がその人に「居てくれてよかった、ありがとう」って思える方に向けての自分の気持ちを歌ったものですが、娘たちにもこの気持ちを持っています。

なので、今日は、この歌の歌詞をご紹介します。

 

1)

あなたにどれだけ 助けられたでしょう

隣に座っただけで気持ち感じて

 

何も言わず 何も答えず

ただ うなづくばかり

それでも何処か、つながっている

心と心

偶然なんてない 会いたかっただけ

 

 

2)

元気でいてほしい そう願ってます

今日も会うのが楽しみ あの笑顔好き

 

何も聞かず 何も触れず

優しさを感じてる

だからいつでも つながっている

命と命

 

偶然なんてない 選ばれちゃっただけ

 

 

3)

繰り返す日々と 2度と来ない日々

うろうろして引き返し また進んでく

 

どんな山か どんな谷か

登る、降りる 転がる

 

ららららららら ららららららら

あなたと私

 

傷らだけの私が 横を向けば

あなたがいてくれた

 

発達障害の娘の「生き生き」と自分の「生き生き」の落とし所

 

こんにちは

 

このブログを書いていることで、色々わかることもあります。

逆に、あれ???もやってきて、自分の中でぐるぐる回ってしまうこともあります。

そのために、本を読んだり、ドクターの書いたものを読んだりもします。

それを自分で消化して、自分なりの結論や、HやNにとって、これはいいぞ、、と思うことをトライ、そしてエラー、、トライ、アンド、エラーの繰り返しですね。

 

私は、ピアノを生業としていますが、同じ曲でも弾く年代によってその弾き方は全く違います。

「エリーゼのために」を初めて弾いた時、大学生になって生徒さんに教えるために弾いた時、プロになって弾いた時、そして今、一直線に上手くなるわけではなく、螺旋階段のように登っていく感じがします。

 

子育ても、それに似ています。これだ!!と思っても、それが通用しないこともあります。一周してくると、次の段階にくる、そして試して、、、そんな繰り返しですね。

 

「生き生き」と生きることについて、ここのところずっと思っているのです。

Hのことではなくて、私のこと(笑)。

 

芸術をしているとこの壁に何度もぶち当たります。好きなことをして食べていく、、食べていくために安定を求め、好きなことができる環境を作る、、、などなど。。そして我が家はN,H,私と3人が、この芸術をしているので、えらいこっちゃであります。

 

年を重ねて、あれこれ巡って、あちこちぶつかると、そもそも、なんだっけ?と。そして、色々脱ぎ捨てて、生き生きしてみよう!!と。

そんなこと?と思われるかもしれませんが、そんなこと、、が難しいですね。時々、生き生きに「翳り」や「曇り」が出るので。。これ、必要なんですね。

 

私が生き生きする環境と、Hが生き生きする環境のあまりの違いに、改めてビックリ。

これは落とし所が難しいと考え続けている昨今です。

 

 

違う星の元に生まれたぐらい違う我らが一緒の家に住む、仕事以外、ほぼ一緒にいる、、ある意味、奇跡的に続いています。

そこに横たわるのは、愛情ですね、この人に幸せになってもらいたいと思う気持ちかなあ。

よくHも言うのです、そのこと。「お母様が幸せだといいなあ」って。

 

双方の「生き生き」の落とし所はまだ見つかりませんが、毎日相手が幸せだといいなあ、という気持ちは、確かにここにあります。

 

今日のもう一つの私のブログでは

ピアノの先生の選び方 というタイトルで記事を書いています。ご興味があったら是非。