自分の大好きなノートに書き入れるとき、これもワクワクする。

今度こそは自分の気に入ったように書きたいと、小さい頃も思いました。が、数ページで元の木阿弥になると、がっかりしたりして。

 

今でもそう言うことがありますが、それはフリクションで相当軽減されたような気がします。便利ですよね。なかったことになる。

 

使い始めたばかりの手帳に、あーあ、、と思うのは間違えた時、、って経験おありの方もいらっしゃるかと。

でも、それは日記のようなもので、自分の軌跡でもあるし、、、

 

で、最近は、昔大好きだったことを思い出して、万年筆を使い始めました。対局にあります。フリクションと。

ある意味不便でもある。何せ消えることに慣れてしまった我々です。

 

でも描いてみるとこれが味があって、、、本当にいい感じ、、でこのところ、「万年筆でも裏写りしない手帳と万年筆」を持ち歩いています。

 

ちょうど、子供たちへの新しい教育機関、スコップスクール(SCHOP SCHOOL)でも「便利と不便」を子供達と探る時間を持っていますが、現代には不便かもしれません。でも便利を追求すると、どこか情緒がないような気もします。

 

万年筆のことについては、ここでもお話ししていますので、よろしければ聞いてください。

 

 

新しいものを手に入れるのは、とても楽しいワクワクするものです。

そして人との出会いがそうであるように、これからこの子とどんな時間が待っているのだろうと思うと、本当に嬉しくなります。

しかもお得だったりすると。

 

ただ、それが現代の産物だったりすると、ちょっと手強いところもあります。

その時に何が起きても落ち着いていられるようになれればいいのですが、やはり、消えた、、消した、、消えちゃった。。。となると自分の思い出まで消えたような気になります。

 

私の場合、音楽にその気持ちはありません。

あれは流れていく芸術なので、ただ、写真は止まる芸術なのですごく心配をしました。

 

おかげさまで大丈夫でしたが、その時に自分が「慌てもの」であることを再認識しました。

 

が、その前に、慌てもの になる前に、じっくり解説を読む力が欲しいです。

本当に文章に弱いと言うのはあちこちに弊害が出ますね。

読まないでハプニングが起こると「なんでーーーーー???」って叫ぶ。。。

 

きっとその「モノ」も言ってますね、あのさあ、よく読もうよ。。。って。

 

合わせてstand.fmもお楽しみください。

 

言うのは簡単、このタイミング、強さ、言い方、褒め殺しと言う言葉があるように褒めることだけでは育たない。

 

もう、、手伝わなくていいよ、と言われる日は忘れられないに違いない。

 

私の洋裁があまりに下手で母が代わりに縫ってくれていたことで、いまだに裁縫は不得意、そんなこと、あなた、苦労してでも自分でやりなさい!!とは言わなかった。

 

見ていられずに私から奪うようにして?笑?洋裁の宿題をしてくれたっけ。

まあ、こういうものはいいとしても、人生の節目だ!と思える時点で、何をどう手助けしていくかは正解がない。

 

2人とも海外で1人生活をさせたことは、生きるための日常のハードルが少々高い2人にはさぞかし辛いことも多いに違いない。

 

これをさせられたのは2人ともやりたい事があったからだ。

 

やりたいことを見つけられるまで、そこのピンスポットのような出発点に立てる日までは試行錯誤は続く。

 

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