火花を読んで
笑い ということに情熱をもち日々試行錯誤し、積み重ねる努力はまさに粒粒辛苦といえるのだろう。
それは職人という意味においては我々と似ているところがある。うまい、下手だけで評価されないことが多いところも似ている。
笑い というクライアントの感情にも違いがあるが、彼らは 笑われる のではなく 笑わせる 喜んでもらう ということなのかもしれない。
嘲笑う も 笑いだが、そうではなく自分たちで人の笑いをコントロールするというのはすごいテクニックであり、心の治療家にもなり得るのではないだろうか?
ただ、良いものが必ずしもうれるとは限らない。
善の中にも悪は存在し、悪はの中に善も存在しているからーー
自分なりの挑戦を続けることの難しさについてこの本と同じように感じた。
pepper
それを加速するかのようなアンケート結果がリクルートブライダルの調査によってだされた!
20~30代の独身男女2000名に対して行ったアンケートでは、7割の人が恋人がいない!とのことであったという!!
しかも4割強の人たちが恋人がほしいと積極的には思っていないようだ!
出会いがないのがそもそもの理由なようだ!面倒だ! ということも背景にあるのかもしれない・・・
孤独死はなにも高齢者にかぎったことではなくなってきているようだ!
身近な若い人も亡くなったりしていることもある!
さて・・・孤独の癒しはペットであったりすることもあるが、言葉を話すことはできない!
また、どうしてもどちらかが先に死んでしまう!
相手の感情に合わせて対応を変えることができるロボットは癒しになるかもしれない!
また、高齢化社会では見守りの役を果たすこともできるだろう!
そんなロボット、Peppe がソフトバンクから税込みで21万3,840円で発売され、たった1分で1000台が売れてしまったという!
孤独で面倒な社会環境にあって、癒しと見守りの機能を備えさせることができれば、今度ますますこの需要は伸びるのではないだろうか?
鬱も多くなってきている!
精神的に社会に溶け込めなくなる人も多い!!DVもあるがそのゆうな傾向の人にはそれを抑えてくれたり、時には八つ当たりのはけ口になるような頑丈なロボットがあってもよいのかもしれない!家事、育児もロボットがこなせるようになれば、共働きももっと可能になるかもしれない!
そうういうと、やはり人でなければ! と・・・いわれることもわかってはいるが、どんどん少子化が進行している!変わらざるを得ない状況にあって、***でなければ! とか***しかだめだ! みたいなことをいっている場合でもなくなりつつある!
だが、英知をしぼって少子化問題を改善したとしても、今後30年から50年たたないと、その効果が目に見えてでてこない!問題は乗り越えてゆくためにあり、後戻りしても絶壁がまっている状況になっている!優しさを備えたロボットはあるいは認知症を抑制する効果もあるかもしれない!
心をロボットと通わせることができるという夢は、鉄腕アトムのころからあった発想だ。先走りではなく、昔からの夢が少しずつ具現化してきたのではないだろうか?そんなことはとんでもない! といわれる前に、鉄腕アトムをもう一度読み返してみてはいかがだろう?
歓送迎会で思った!
所属している組織の総会に相当するものがが終了し、役員改選が行われた。
役員も事務職も多少の異動があり、歓送迎会を行ったが、飲んでいる最中に地震!
びっくりもしたが、みな寄っているのでわからない方もいらしたようだ!!
さて・・・・
長く役員をやっていると、私の覚えていないような昔の話をいろいろされた!
若いころは、いろいろ変えてみたい! ということからいろいろ動き回り・・・いまも動いているような気もするが・・・
かなり出る杭となったようで、それゆえよく打たれた!
ただ、結局いままでになかったことを多くやってきたようで、私のもとで仕事をしていただいた人からはやりがいがあって楽しかったという話をいただくと同時に、かなり厳しくやっていたという話を伺った!
ただ、全国の組織の役員から喜ばれたり、役にたったり、その後のルーティン化になったりしたものがいくつもあった!
そこにたどり着くまでの苦労話を聞かされていろいろ思いだしたが、もちろん、いろいろな妨害もあったが、結果としてうまくいってしまったものが多いように感じた!
そうなるとうまくいったものをよこから「俺様がやったんだ!」という方もでてくる・・・。
きちんと詳細なレポートもだしていることをお忘れのようで、指摘するとすぐにひっこめられたこともあった・・・。
結果として打たれ強いということがいわれるようになってしまったようだが・・・・
そんなわけはない。
頭にきたこともしばしばあったが、やり抜くことで誤解が解けると信じただけであった。
が・・・・改革が成功してしまうと、今度は嫉妬の嵐が吹くということをその時はわからなかった!!
初めのころにきいたのは、
「ふん・・・どうせあいつなど、なんにもできやしね~」
そしていろいろやってしまってそれがうまくできてしまうと・・・
「ちょっとぐらいできるからってえらそうに!」
と・・くるから始末がわるい!!
だが、岡野工業という世界一小さな注射針を作る会社の社長がTVのカンブリア宮殿という番組で言った言葉で救われた!
「嫉妬が一番困りますね」
「やりたければ私たちのやっていることをやって抜けしてみればよい!」
ということだ!!
ろくにやりもしないで手柄だけ自分のものにしようとする人たちもいた!
人に文句をいう人に限ってご自身は・・・・といいたくなることもおおかった!
むろん、ご意見としてとても役に立つ苦言もいただき感謝することもあった!
が、反面教師となることのほうが世の中の常として多そうだ!
多くの人は風向きが変わるとそれに引きずられる・・・・。
無理やり変えるつもりなどはないが、そうなる方向は世論だろう!!
権力を誇示して強硬するのではなく、人に見えない努力を行って多くの仲間をリードしてゆかなければ組織は動かない!
多くの努力は役員、それを支える多くの委員、部員、そして意見をくださる多くの人たちによって動いてゆく!
基本的な流れを強権で覆すことを続けていれば、いずれ組織は破綻する!
組織の役を離れる人も入ってくる人も多くの労苦を強いられるが、よどんだ川にならないよう、ことを進める必要がありそうだ!
2017年7月以降・・・・
医療機関、薬局、介護事業所、に共有してほしい情報は実は多くあるがいまだに必要な情報がさまざまな事情によって実現できていない!
医師が書類の山に謀殺されてしまうことも原因となっているが、それを改善するために考案されたカルテの整理、必要な書類の整理を行って意志をアシストする医療クラークをそのためにもうけたものの、あまり普及はしていないようにも感じる!
保険証機能が連動されれば、どの医療機関にいつかかり、どのような治療をうけているか、どのような投薬を受けているか・・・などなど既往歴、現在の状態などもわかり、より適切な医療を受けやすくなるだろうし、たとえ他の医療機関で見つからなかった難病なども、その検査経緯などから他疾患を疑って真犯人というか原病巣が見つけ出されやすくなるだろう!
一方、重複診療、重複投薬があたりまえの権利のように行われている場合も多く見受けられる。また、医療機関による不正請求(架空、水増し請求もあることも事実だ)これらをシャットアウトし、必要な医療を必要な人に届けるために医療適正化を行ってゆけば、実はかなり医療費抑制効果があがるのではないかと思われる。
いま行われている医療費抑制はというと、とにかく受診抑制を行うということであり、すべての人に対して医療の窓口を閉ざす方法をとってきた。たしかに病院や診療所、接骨院などもサロン化して問題視された時期があったが、精神的な面も含めた健康を維持させるためにはそれも必要ではないのだろうか?
介護保険も予防に力をいれていくといったはずだが、今度は要支援を介護保険から外してボランティアや自治体に任せるといいだした!これでは医療、介護などの事業所では経営が成り立たなくなってくる!ストレスを抱え、そのために痛みが助長してしまう方もおおくいらっしゃる!
高齢化に伴い、これから歩けなくなってしまうのでは・・・とか、動けなくなったら・・・・といった不安も多くなる!
不安を少しでも少なくし、血圧の上がるような思いを減らせることができれば、それだけでも医療費抑制に貢献できるのではないだろうか?
法律はすべて平等にといって作られるが、医業に携わる人数の偏りがひどくなってはいまいか?まえまえから何度もいっているが、こと医療に限らず、一般の店でもなんでも、適正な数というものがあると思う!医師数の増減に関しては管理されており、それはそれでよくても地域による偏在問題、診療科による医師の偏在問題もある!看護師は不足気味でありことはちがいない!
そして地域によって偏在していることもまた医師と同様である。タクシー業界も多くなりすぎた地区もあったが、そのほかにもいろいろ問題がある!
そしてわが業界である柔道整復業界!これも野放図に作りすぎた! 過当競争になれば社会貢献どころではない!患者の奪い合い、熾烈な過剰診療の競い合い!介護施設でもにたようなことが起こっている!規制と規制緩和・・・・この適正化が急務ではないだろうか?
ドローンは昔の子供たちにとっては夢の夢だった!
私たちが子供のころは、ゲームセンターで模型の車を開店する道の上を操縦したりして議事的に車の運転などを行って遊んでいた!
一回10円したかどうかの時代だ・・・。
昭和30年代、
特に男の子は車というものがまだ珍しく、各家庭に必ずあるという代物でもなかったので、それを運転するということに憧れを感じたものだ。
そして、プラモデルが宙に浮くなどといった商品があると、みなよってかたってそれをみにいったが、単にプロペラが回るだけのおもちゃのプラモデルであることが多く、がっかりとした!
小学生高学年になると、Uコンというエンジン付きの模型飛行機にワイヤーをつけてコントロールしてぐるぐると自分を中心として円運動をさせながら操縦する遊びがはやった!
ラジコンは高かったので、そこらが手ごろだった。
よく鶴見川の土手にいってそれらであそんだり、そのための模型飛行機を作ったりすることが近所でも流行ったりしていた。
それからしばらくしてTVなどで、ラジコンヘリが農家の畑の農薬散布に活躍している! という番組なども何回か放映され、興味をもった。
きっとだれもが同じことを考えたのかもしれないが、もしそのラジコンヘリにカメラを付ければもっと操縦している感じが出て役に立つし、実際に操縦している感じがよりリアルに再現されて楽しいだろうな~ ・・・と・・
そ して少し前、無人偵察機が衛星を使ってリモートコントロールされて実際に操縦を行っている風景などもTVで報じられるようになってきたら今度はラジコンヘ リにも高出力小型モーターが搭載されるようになり、エンジンを使わなくても模型ヘリコプターが飛ばせるようになり、やがてドローンと呼ばれる複数の羽を 持ったものへと変化し浮上力も大幅に向上してカメラの小型化も相まって、リモコンで浮上するおもちゃの実機を操縦しているかのような感覚になれるものが登 場し、瞬く間に広まってきた!
産業界では、これらを新しく使おうという考えが生じ、展示会なども行われてきた!
一方で、こういう便利なものが作られると、必ずそれを悪事に利用しようとする輩が登場する!!
新しく開発されたものは、こうして開発者の意図せぬ報告へ利用されることになることが多い!
古くはダイナマイトから始まり、原子力、PC、インターネット、GPS、・・・・
悪用しようとすれば使えなくもないが、そもそもの開発者の意図するものと違った形で話題が大きくなり、結果として使用に際して規制がかかるようになってくる!
使えるものが使いにくくなるのはお構いなく、自分さえよければそれでよいといった考えの輩によってせっかくの技術はどんどん規制され、その自由度が奪われていく!
なんでもそうだが、一部の人間の悪意によって行われたことを防ぐため、その他の多くの普通に楽しみたい利用者が利便性を失く場面が多くなる!
一部の人の妨害、悪意のある従業員の妨害などによってまともに運営ができなくなったファストフードもあればチェーン店などもある!
久しぶりにAccessをいじった・・・
簡単にできるとおもったのだが、アルゴリズムが不足していて、もしこうだったらこうなるよな~
というところが抜けていた!
マクロ、クエリ、テーブルのフィールドを増やすなどの対応があり、それに伴ってレポートを作成したり一通り全部のデータベースの作業が関連してくるので、一か所だけ治すということはなかなか難しい。
面倒なので、一くぐりのマクロで処理を行おうとしたら、そうはいかないらしい!!
サブを作って、個の場合はこっちへ、もしこうだったらこっちへ・・・
という処理を行い、きちんとした指示がだれにでもわかるようにだすようにした。
というのも、そのほうがあとで修正をしやすいからだ!
データーベースを作ったり、マクロを書いたり、プログラムを作ったりして思うのだが、これは組織運営に必要な手法だろう・・・
近年プログラム手法は、前にかいたものを自由に呼び出してそれを使うことや継承したりが行えるようになっている。
組み合わせたものが一つになったり、そのなかで必要なものは他から調達したり、
いずれももしこうだったら・・・・という処理を考える!
これが不足すると、例外事例にあたると処理が止まってしまう!
少数の事例であれば自分で処理すれば済むことだが、たまにしかないものは人に任せると忘れてしまい余計に誤った処理が積み重なることになる。
しかし、いくら効率よくつくったつもりでも、どこかに不要な箇所があったりする。
まあ・・・それでも悪さをすることなくきちんと動いていることを考えると、組織も少し遊びが必要だと感じることがある。
組織についていままでいろいろ考えてきたが、絶対にこうあるべき! ということはない・・・・
こうしたほうがよい! ということはあるが、それが絶対ということもない。
だからといって進んでいかないのはもっと悪い!
絶えず修正し、あるいはやり直して改良を加えつつ前に薦めてゆくのがよさそうだ!
その際、他人や他の組織の粗は良く見えるようで、それらのことをよくいろいろいう人を観察すると・・はて、あなたは?
と、思える人も多い。
我以外皆師也 といわれているが、反面教師という意味からもそれが言い得ていることが多いようだ。
プログラムの場合はこれらはエラーとして扱い、修正するか考え直して切り捨てる必要がある。
間違っている箇所はただせばいいし、誤解によって生じるものは大抵は内容を良く知らずに使われているために生じたり、使えないのに他人から聞いてそれを信じてしまうことによって生じている!
人が使うものは人とともに成長し、進化してゆく・・・。
エラーが起きればそれを解決するのは人も機会も宿命だろうが、解決の方法を間違うと、大事なものであったりエータを消失する可能性もある。
それでもそれらを考えながら、もう一度! がきくようにして前に進むべきだろう!
アルジャジーノに花束を・・・・
アルジャーノンに花束を を以前映画でみたが、ドラマ化がまた行われているようだ。
マウスの実験で認知症や脳機能が低下した人に対して有効な治療薬が開発され、そのような症状をもつ施設の老人たちが生き返ったように楽しい毎日をその薬で行うことができるようになるが・・・・・
というストーリー
かなり昔に作られたSFのような話だが、その内容はいまの時代と交錯し考えさせられるものがあった・・・。
そして今、iPS細胞を活用し、その作成された神経細胞を脳に移植するという試みが始まろうとしている!
パーキンソン患者に対して行われるということだ。
うまくいけば夢のような話になる!!
日本は高齢化社会に突入し、認知症のために徘徊したり、電車を止めてしまったり、さまざまな症状を呈した人たちに対しての介護をする側の心労もかなりのものになってきている。
パーキンソン病の進行を抑えることが目的のようだが、実際には改善するのではないかと期待している。
もちろん、前提条件としてその有効性と安全性の確認が課題となっているのは間違いないが、すでにマウスでは移植が行われているようだ!
もちろん、これらの行為に賛否両論がつきものだが、私はこれからの社会の変容を考えると、行わなければならないものだと考える。
高齢化対策として、高齢者に介護を行えるような仕組みが考えられているが、結果としていまのやり方では保険制度が崩壊するので、高福祉となるような介護を受けることもなかなか難しくなってくるだろう。
人の手を煩わせるのが自分でもあまりうれしくはないように感じる。
もちろん、それが なければどうしようもない状態になる可能性はだれにもあるのだから受け入れざるを得ないことも考えるべきではあるが、できればそのような機能的な障害が中 枢神経系であったり、骨格筋の問題であったとしても、それらが修復されるというのであれば高齢者社会も捨てはモノではなくなる!
将来は、ぴんぴんころりが当たり前になってくるのかもしれない。
将来、年とともに衰える・・・・という概念が根底から覆る日が来るのかもしれない!
その日まで生きられるかどうかは別として、新しい技術革新は魅力的だ!
時の流れ・・・
子供のころ、横浜で暮らしていた私は、買い物などがあれば渋谷へいくか、横浜へいったものだったが、横浜の駅を降りて西口にはダイヤモンド地下街があり、高島屋、相鉄ジョイナス、岡田屋、三越 と地下でつながっていたのを覚えている。
たいていのものは地下街かそこを抜けたデパートにあった!!
地下街ならでは名のお店が多く、デパート以外で食料品や衣服、その他を見て歩くのも人が多くて大変だった記憶がある!
その、ダイヤモンド地下街という名前が今年12月になくなり相鉄ジョイナスに統一されるという!
相鉄ジョイナスも昔から映画館をもっていたが、場所はいまのところより少し離れたところにあった・・・。
現在は駅の横にあり、高島屋とつながっているが、相鉄ミービーという映画館にいくには川を渡っていかなければならない・・。
かわりゆく街並みは楽しみでもあるが、親しんだ地名というかランドマークともなっていた場所だけに、少し残念な気もする。
時の流れはだれにも止めることはできないのだろう・・・・
淘汰し、再生し、生まれ変わってゆくことはみな同じで、哀愁と期待が入り混じる
伝統も同じようにその意味合いを変えることがある。
伝統に胡坐をかいていると、時代の流れに押しつぶされる!
伝統には創始者がいた!
そして、先駆者たちが築いたものの気概を受け継げばよいのではないだろうか?
つまり、新しいものをつくってやるぞ!
といった考えを失ってはいけないということなのかもしれない。
「昔は云々だった~」いっている場合ではなく、日々少しずつ変化しているところに焦点を合わせて、いままで培ったものを活用しながら進むことを考えてみないと、ただただすたれてゆく商店街を見守るだけとなる!
政府は、小さな街、コンパクトシティーをつくり、少子化、過疎化の対策として商店街なども含めた機能を地域の人たちが多く住んでいる地域にまとめるような方向を打ち出してきた。
賛否両論あるだろうが、マイナンバーと合わせて、これからの高齢化社会を考えると、さまざまな手続きなども含めてできるだけ簡素化したほうがよいように思う。
65才以上の方の交通事故、高速道度の逆走などの割合が高くなっている。
いろんな意味で変化しなくてはならなくなってきている。
さて・・・わが業界もかなり変化してきている。
この変化、どうとらえるべきか・・・・考えながら進めてゆくしかない。
大和市のコミュニティーバス・・・
会社の前に停留所を作り、そのバス停を会社の名前にしてその名
前の代金として年間契約をその会社と行う! そしてその契約料でコミュニにティーバスを運用するというわけだが、なかなかいい!
小さなアイディアも積み重なると大きな経費の削減とか、地域の活性化につながってゆく!
地域自治体を元気にするには、住民が知恵を出し合って、活性化の道を模索してゆく必要があるが、組織化すると、意見がだしにくくなるので、オープンな形で公募するなど、パビリックコメントが重要になりと思われる。
せっかくのお祭りだが・・・・
今日明日はここ大和で市民祭りが行われる・・・
せっかくのお祭りだが、本日は午後からあいにくの天候になる模様!
一方、10日の日曜は母の日でもある!
日本では〇〇の日というのはなぜかあまり盛り上がりをみせない。
記念日というのも日本人にはあまりなじみがないのか・・・
大々的にそれを行うというのはごく少数派で資金的にゆとりのある人たちが多い・・・。
ところが、南米の方々の治療をするようになりスペイン語を話すために単語などをおぼえてゆくうちに向こうの方々の習慣なども知るようになり、日本との違いを日本にいながらにして学ぶことになってきた!
すると、南米の方々は記念日というものを非常に大事にすることがわかった。
おそらく、わかってはいても恥ずかしさなどから日本人はあまあり記念日を祝おうとしない!
誕生日でも、小学校低学年までは友達を呼んで行っていた記憶があるが、いま、そのようなパーティーなどはあまりおこなわれなくなっているのではないだろうか?
まして中学生以上になってそれを続けているのは珍しいのかもしれない。
身内だけでこじんまりとケーキなどをかってプレゼント交換するなどはあるのだろうが、友達を大勢よんで楽しむといった風習はあまりみられない。
親戚などの関係が希薄になってきたことに原因があるのかもしれない。
というより人付き合いそのものが希薄になったせいかもしれない!!
さめている・・・しらけている・・・
とでもいったほうがいいのか・・・・・
大人しくなっている・・・
というのか・・・・・・・
いろいろなハラスメントという言葉が闊歩しだしているせいもあるのだろう!
昔は、みんなで祝うものですよ! という長老?? たいていはおばあさんの一言でお正月はみんなで集まったり、彼岸、お盆もみんなで集まるなどの習慣があったが、それも毎年規模が縮小してきたように感じる。
この強制参加の常識はいまとなってはモラハラと呼ばれるたぐいに該当するのだろう・・・・。
「え・・じゃ私の時間はどうするんですか? 無理してゆかなければならないんですか?」・・っと、すぐにその手の返事が返ってくる!
もちろん、時間の調整でやむを得ないときもあるが、たいていはどうでもいいようなことで欠席する場合が多い・・・。
権利は主張するが、義務感はないというか・・・義理、人情が薄れていったというか・・・・
お祭りももっと盛り上がってよいのかもしれない。
ハラスメントに気を付け過ぎると、窮屈になり、なにもできない、しないほうがよい! ということになりかねない!!
もちろん、時と場所をわきまえる常識を持つことも大事だが、少し羽目を外すときも必要だ!
羽目の外し方を知らなくなったということだろうか? マニュアルがないとどこまで羽目を外してよいのかどうかもわからないということなのだろうか・・・?
少子化も人間関係の希薄が影響していると思われる。
もしかすると、羽目の外し方の講習会、講演会も必要になるのかもしれない!
希薄になる人間関係を取り戻し、日本を元気にするには、そこからしなければならないのだろうか?
