セシル・B・デミル監督

 

旧約聖書の出エジプト(Exodus)を題材にしたスペクタクル映画です。

ヘブライ人で奴隷の子モーゼがエジプトの王族として育てられ,出生が明らかになり追放されます。紆余曲折の末,モーゼはヘブライ人をひきつれてエジプトを出てシナイ山の麓までたどりつきます。モーゼはシナイ山で神から十戒を刻んだ石版を授かるというお話

 

 

ベン・ハー」とのつながりはEpic映画ということ,そして主演のチャールトン・ヘストン1)です。

 

 

題名の読み方,正確には「じゅっかい」ではなく,「じっかい」です。NHKのアナウンサーはちゃんとそう発音しています。民放では「じゅっかい」と読むアナウンサーも多いです。

 

この映画も「ベン・ハー」同様長い。

Overtureのあと,冒頭にデミル監督が登場。「この映画のテーマはモーゼによる自由の誕生で・・・ナンタラカンタラ・・・3時間39分ありますが,休憩もあります」と言う異例の始まりです。

 

パラマウントの山も通常の山より赤く,この映画のキーとなるシナイ山を意識しているのがわかります。

監督のセシル・B・デミルは映画創成期に最も成功した監督で著名な役者を起用し,豪華絢爛な映画を作ることで有名です。この「十戒」のように宗教的だったり,歴史的なテーマの映画を得意としました。

ウィリアム・ワイラーはセシル・B・デミルのような映画を作りたいといって「ベン・ハー」を撮影したようです。

「十戒」はセシル・B・デミルの遺作です。

 

この映画の時代背景はたぶん紀元前13世紀2)だと思います。

実際の歴史ではBC.1290年頃,エジプトでラムセス2世が即位しています。この映画のラメシス(ユル・ブリンナー)のモデルになった人物でしょう。モーセがファラオの迫害に苦しむイスラエルの民を率いてエジプトを脱出したというのがBC.1260年頃とされています。ただモーゼが実在の人物であったかどうかは疑問視する意見もあります。

 

 

スペクタクル映画の醍醐味は,壮大なスケール,エキサイティングなアクションシーンや絢爛豪華なセットで見る者を圧倒し,感情や想像力を刺激するところです。

この映画はまさにスペクタクル映画と言って良いでしょう。

セットの巨大さ,衣装の煌びやかさやダイナミックな撮影や編集,またこの映画には少なくとも14,000人のエキストラと15,000匹の動物が使われたとも言われています。手元にある発行年不明のパンフレットの解説にはエキストラ25000人,小道具の数10万個と記載されていました。

 

この場面の規模の大きさはCGのない時代にどうやって撮影したのかと驚くばかりです。

 

この映画,奴隷の子として生まれたモーゼの波瀾万丈の一代記しての見方もありますが,監督のデミルはあくまでも聖書に忠実に作ろうと心がけています。聖書研究学者を集め,古今東西の文献資料から建築物,小道具,風俗にいたるまで3000年前の世界をリアルに作り上げています。特にモーゼが拾われてから成人するまでの記録は聖書には書かれていないため多くの研究,調査からシナリオが作られたようです。

「ベン・ハー」のように主たるストーリーの復讐劇の傍らにキリストの行いや奇跡を見せる作品ではなく,宗教色丸出しの作品になっていますが,それのみではなく映画としてのエンタテイメント性も非常に高い作品になっています。

 

 

暴君ラメシス(ユル・ブリンナー)は弟のモーゼにはかなわないし,「王位継承王女」であるネフレティリ3)にも嫌われ,実の父親にも王位継承はモーゼか,と言われます。モーゼが奴隷の子だというネガティブ キャンペーンでやっと王になった全くの悪役です。どう立ち向かっても負け続けのラメシス,でもなんだか最後はかわいそうになりました。

 

ラメシスを演じたユル・ブリンナーは大半のシーンで上半身裸状態になることになると聞かされ,厳しい筋トレを行なったようです。映画のなかでもこのポ-ズをとることが多かったのですが,トレーニングの成果があったと思います。本作の直後に撮影された 王様と私(1956)でもムキムキの王様だったのはそのためです。

「自分の演技を誇りに思い,これまで作られた中で最大の,永遠に残る映画だと考えていた」と言っていて,この映画を愛していたようです。

 

アン・バクスター演じるネフレティリは「次のファラオと結婚しなければならない王位継承王女」と呼ばれていました。

古代エジプト王室の習慣によれば,これは彼女がセティの娘であり,その後継者との血縁関係にかかわらず、その後継者と結婚することが期待されていることを意味します。ということはラメシスは最終的に近親婚で妹と結婚したことになります。

強い遺伝子を残すために意図的に行なわれるインブリード(競馬馬などで行なわれる近親交配)が古代エジプトでは行なわれていたと推測されます。

ただ現代社会の大部分においてはインセスト・タブーというものが浸透しており,法的にも道徳的にも近親婚は禁止されているため,この映画でもネフレティリは何の説明もなく「王位継承王女」と呼ばれ,ネフレティリの本当の親は明言されていません。

 

 

アカデミー賞は作品賞,撮影賞,衣装デザイン賞など7部門でノミネートされましたが受賞したのは特殊効果賞だけでした。

CGのない時代にこれだけの視覚効果 (VFX,visual effects)で撮影されたのは驚きです。

 

杖で触れたナイル川が赤く染まるところは,そこにホースを通し赤い水に注入しています。ラメシスが壺から水を注ぐところでは壺に仕掛けがありました。壺に2つのスペースがあり,1つは開口部付近にあり透明な水で満たされ,もう1つは底部付近に赤い水で満たされていました。容器を傾けるとまず透明な水が注がれ,次に赤く染まった水が注がれる仕組みになっていました。

 

ラメシスの宮殿に降り注いだ雹(ひょう)は,スプレーで白く塗られたポップコーンを使っています。ポップコーンは軽くて怪我することもなく,掃いてまた使えるのが便利でした。雹から出てくる火は二重露光という別の特殊効果工程を行なっています。

 

海(紅海)に着き,追ってくるラメシスの軍団の前に火柱が現れるシーンでは当初,本物の火を使ったMatte Effect(合成写真)を使うつもりでしたが公開日が迫っていて時間がないためアニメーションを使わざるを得ませんでした。火柱の前後に現れる渦巻く白い火花はマグネシウムを燃やしてスローモーションで撮影しています。現代の映画技術からすればクオリティが低いのはやむを得ません。

 

紅海が割れる場面の撮影は大きなタンクに水を溜め,流れる水を逆回転して撮影しています。

両脇の水の壁はタンクにゼラチンを加え海水のような粘りを持たせた水を流し,視覚的に操作し横向きに撮影することで作られています

 

壮大なシーン満載で3000年以上の世界を迫力ある映像で見せてくれてありがとうと言いたいですが,いくつか突っ込みどころもあります。

 

単純なところから

紅海が割れて海底を渡っていきますが,海底がこんなに乾いていていいの?

 

モーゼの神によりエジプト人の長子が死んでしまうところ。

ラメシスの息子も長男なので死んじゃいましたが,ラメシスも長男じゃなかったの?どうして生きているの?

 

神さまが授けた十戒について

1.   唯一神(ヤハウェ,エホバ)

2.   偶像崇拝の禁止

3.   神の名をみだりに唱えることの禁止

4.   安息日遵守

以上は神に対するルール

 やおよろずの神の信仰は御法度

 仏像を拝むのは御法度

 "お願い神様" なんて言ってはダメ,これはまあそう言う決まりなのでしょうがないですね。

 安息日を遵守して安息日の労働はいけません。安息日はお店も交通機関も全てお休み,家でじっとしていろということでしょう。

炎のランナー」のリデルはユダヤ教信者ではありませんがこの流れをくんだキリスト教徒だったのでしょう。ユダヤ人のエイブラハムスは安息日云々は言っていませんでしたけど・・・

 

5.   父母尊敬

6.   殺人禁止

7.   姦淫(かんいん)禁止

8.   盗難禁止

9.   偽証禁止

10. 隣人の財産所有欲禁止

以上は人に対するルール

 父母尊敬,殺人禁止,盗難禁止は現在でも道徳的,法的にもすんなり受け入れられます。

でも人が人を殺してはいけないのに神が殺すのは許されるの?死んじゃったエジプトの長子は何の罪もないのに・・・

姦淫は旧約聖書では,未婚女性のsex,不倫,男性同性愛が該当するようですが,現代では実情に合わない戒めですね。旧約聖書では姦淫は死刑に該当だそうです。これで死刑にされたら今の世の中どうなっちゃうの。

隣人について偽証禁止とは嘘をつくなと言うことでしょうか。必要な嘘もありますからねぇ。

所有欲は誰しも持っているもので,ほしいからいろいろ努力したり稼いだりするのですから欲そのものを否定するのはどうかなぁ。

以上,十戒についての個人的なコメントでした。

 

なお十戒が記された石版は二組あって,映画で描かれたように,一つはシナイ山の麓で金の牛を崇拝していたヘブライ人を見て怒ったモーセが砕いてしまいましたが,もう一つは"契約の箱"に入れられ,後にエルサレム神殿に安置されました。紀元前6世紀頃,バビロン補囚に伴い,"契約の箱"は行方不明になります。これが失われた聖櫃(The Lost Ark)と呼ばれ,スティーヴン・スピルバーグ監督のインディ・ジョーンズシリーズ,第一作で探し求められたものです。

 

 

アメリカ映画協会(AFI)の100年シリーズでは以下の部門に選ばれています。

ヒーローと悪役ベスト100(2003)でモーゼが43位

感動(Cheers)の映画ベスト100(2006)で79位

10ジャンルのトップ10(2008),「叙事詩 Epic」のジャンルで10位

 

 

 

 

1)チャールトン・ヘストン

十戒(1956)後,ウィリアム・ワイラー監督の 大いなる西部(1958)に出演しています。グレゴリー・ペックと殴り合うシーンは印象的です。ベン・ハー(1959),エル・シド(1961),ジュリアス・シーザー(1970),アントニーとクレオパトラ(1972)といった史劇を得意とした俳優です。三銃士(1973),四銃士(1974)の仇役リシュリュー枢機卿もいい演技でしたね。

そしてテイラー船長役の猿の惑星(1968)は大ヒットのSF映画で続編が第5作まで続きました。リメイクしたティム・バートン監督のPLANET OF THE APES/猿の惑星 (2001)にセード将軍の瀕死の父役で出演していました。もっとも猿のメイクアップで誰が演じてるのかわかりませんでしたけど。

ジェームズ・キャメロン監督のトゥルーライズ(1994)にハリー(アーノルド・シュワルツェネッガー)の上司役で起用されました。その理由を監督に聞くと「ハリーをもっともらしく威圧できる人物が必要なんだ」と答えたそうです。激しく納得。

 

セシル・B・デミルがモーゼ役にチャールトン・ヘストンを選んだのはローマにあるミケランジェロのモーゼ像に似ていたからのようです。

チャールトン・ヘストンの生まれたばかりの息子フレイザー・C・ヘストンがモーゼの赤子時代を演じました。旧約聖書によると母親が赤ん坊のモーゼを籠でナイル川に流したのは生後3ヶ月だったため,実際に生後3ヶ月で撮影したとされています。

モーゼの母親を演じたマーサ・スコットはベン・ハー(1959)でも母親役を演じましたが実際には10歳しか違わない年齢でした。

 

2)紀元前13世紀

神話の世界の初代天皇である神武天皇が即位した日が紀元前660年2月11日といわれており,2/11は紀元節,建国記念の日として国民の祝日になっています。「十戒」はそこからさらに数百年も昔の話です。

 

日本はその頃,縄文時代後期です。竪穴住居にすんでいた模様。

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と伊邪那美神(いざなみのかみ)が国生みした頃なのでしょうかね。

 

日本の建築物,竪穴住居はエジプトの豪奢な神殿やら建築物にはほど遠いです。

恐るべし,エジプト古代文明

 

 

3)アン・バクスター

剃刀の刃(1946)でアカデミー賞助演女優賞を受賞しています。

ベティ・デイヴィスと共演した イヴの総て(1950)では2人ともアカデミー賞主演女優賞にノミネートされましたが,2人とも受賞はなりませんでした。

その後,より注目を集めるために葉巻を吸い,髪を金髪に染めたりしてセックスシンボルに変身したようです。

億万長者と結婚する方法 (1953)でもセクシーさを武器に出演候補に挙がっていましたが,プロデューサーはマリリン・モンローを選びました。マリリン・モンローにはちょっとかなわないかな。

「十戒」でもスケスケの衣装を着てネフレテリの役を演じたのかと思いましたが,肌色の下着でスケスケ感をだしただけのようです。