炎のランナー (1981) Chariots of Fire
ヒュー・ハドソン監督
1924年のパリ・オリンピックを目指したアスリートたちの物語。潜在的な差別に反撥し,勝つために走るユダヤ人青年,神のために走るスコットランドの伝道師,ふたりの短距離ランナーを中心に競技に打ちこむ若者の群像を描いています。
「時計じかけのレンジ」とのつながりはイギリスが舞台だということと「時計じかけのオレンジ」で作家役を演じたパトリック・マギーです。この映画ではオリンピック協会委員長カドガン卿役でちょっとだけ出演しています。
1978年,ロンドン,ハロルド・エイブラハムス(ベン・クロス)追悼の礼拝でのリンゼイ卿(ナイジェル・ヘイヴァース)の「目を閉じれば希望を胸に天かけるごとく走った若者たちの姿を思い出す」というスピーチで物語が始まります。
日本のポスターには「踵(かかと)に翼を,心に希望を持った若者たち・・・」と書いてありました。
そしてあの有名な曲と共に海岸を走る主人公たちが映し出され,オープニングクレジットが始まります。
1924年オリンピックの合宿でクリケット1)を興じる面々
さらに第一次世界大戦終了直後の1919年ケンブリッジ大学2)までさかのぼります。
大学のサークル案内会が催されています。本当にこんな感じだったのでしょうか。
合唱部に入部するエイブラハムス。
しかもカレッジ・ダッシュにも挑戦します。
約200mの距離を12時の鐘が鳴り終わる前に走り抜けなければなりません。700年成功者なしと言っていましたが,とんでもない歴史を感じます。
エイブラハムスはユダヤ人です。
言葉の端はしにユダヤ人に対する差別を感じ,ユダヤ人であることは痛みと絶望と怒りを持つことだと言います。またイギリスはキリスト教徒とアングロサクソンの国であり,権力の回廊を占め,嫉妬と憎悪で他者を閉め出しているとも言っています。
彼は,偏見に挑戦するために走ります。
そして短距離走の大会で優勝を重ねます
一方,スコットランド,ハイラインズ,ラグビー界の名ウィングで子供たちのヒーロー,エリック・リデルは敬虔なクリスチャンで牧師の子です。
速く走るという才能で勝利することは神の恵みによるものだと考え,伝導のために走っています。レースのあと,集まった人たちに説教を行ないます。
スコットランド対フランスのスポーツ大会では転んでから巻き返し優勝しています。
エイブラハムスがオペラ「ミカド」の出演者の女子を食事に誘います。
そこでの会話
「走るのが好きなの?」
「中毒以上,戦いの武器だ」
「敵は?」
「ユダヤ人であること」
あくまでもユダヤ人であることにこだわっていますね。
ある大会でエイブラハムスは短距離走でリデルに負け,「レースは果し合いだ」と勝利至上をむき出しにするプロのコーチ(イアン・ホルム)を雇います。
厳格にアマチュアリズムを貫く英国陸上界の鼻つまみです。
リデルは1人でトレーニングに励みますが,妹は走りにのめり込む兄を良しとしていません。
「速い足を授かった。走る時,神の喜びを感じる。遊びで走っているんじゃない。神の御名を讃えるために走るのだ。」と妹を説得します。
エイブラハムスが学長に呼ばれました。
そしてプロのコーチを雇っていることを責められます。下賤だと。
この当時はアマチュアリズムこそが紳士の要素だと考えられていました。
エイブラハムスは
「ケンブリッジ,イギリスを愛しているが,オリンピックは子供の運動会じゃない,自分は能力の探究につとめ自分の力に賭ける」と言い切ります。
オリンピック開催。開会式にはJAPONのプラカードも見えました。
2018年,NHKの大河ドラマ「いだてん」では,日本人で初めてオリンピックに参加した金栗四三のことが描かれていましたが,このパリオリンピックにも参加していました。マラソン選手としては絶頂期を過ぎていて,途中棄権に終わっています。
さて,この映画ではリンゼイ卿が最初に(たぶん)400mハードルで2位,銀メダルを獲得しています。
リデルは100m走の予選が日曜(安息日)に開催されるため出場を拒みました。
皇太子への面会の機会を設け,参加を促されますが安息日にレースはしないとかたくなな態度をとります。
オリンピック協会委員長カドガン卿(パトリック・マギー)から「傲慢だ」といわれても「個人の信仰に立ち入ることこそ傲慢」と返します。
ここでリンゼイ卿登場。彼が出場予定の400m走をリデルに譲りました。
リンゼイ卿,なんてイイ奴なんだ。
一方エイブラハムスは200m走ではショルツに完敗し,100m走準決勝でもパドックに負けました。
会場には入れないマサビーニコーチからの手紙,「顎を引け,エンジン全開」
100m走決勝,エイブラハム優勝。
会場には入れないコーチはエイブラハムスの優勝を国旗が揚がるのをホテルから見とどけます。よっしゃーそんな感じで帽子をぶち破ります。
リデルは400m走で優勝。
本来短距離ランナーですが神懸かりでしょう
実際の1924年パリオリンピックの成績は以下のとおり
100m走 1位 エイブラハムス,2位 ショルツ
200m走 1位 ショルツ,2位 パドック,3位 リデル,6位 エイブラハムス
映画では出てきませんが,リデルとエイブラハムスはオリンピックでも対戦していたんですね。
400m走 1位,リデル で間違いありません。
実際のリデルです。映画同様,天を仰いでゴールインしています。
映画ではフランスに向かう船で日曜に予選があることを知ったように描いていますが,実際は何ヶ月前から知っていて,400mに出場する準備をしていたようです。
ただこのオリンピックでハードルでのイギリス選手のメダル獲得は実際にはありませんでした。
アンドリュー・リンゼイ卿は架空の人物でデヴィッド・バーリーをモデルにしているようです。
パリオリンピックでは110mハードルで予選敗退しています。ただ,次の1928年アムステルダムオリンピックでは400mハードルで優勝しています。
また実際にカレッジ・ダッシュに成功したのはエイブラハムスではなくデヴィッド・バーリーが1927年に成功しています。
この時代の短距離走では足場を固めるために穴を掘っていたんですね。スターティングブロックがオリンピックで採用されたのは1948年のロンドンオリンピックからのようです。
この映画ではエイブラハムスがユダヤ人だということにこだわりを持っています。
学長たちは差別発言をしていましたね。
ユダヤ人が差別される理由はちょっとわからないところがあります。古くはユダヤ教 vs キリスト教の宗教的がらみが根底にあるのかもしれませんが,信じるべき宗教もない自分には理解できません。
リデルの安息日にはレースができないというのも同じように理解できない事柄です。
でも人にはどうしても受け入れられないこだわりがあるということなのでしょう。
それが他人から見て些細なことかもしれませんが尊重しなくてはいけないこともあるのでしょう。
この映画,アカデミー賞は作品賞,衣装デザイン賞,脚本賞,作曲賞を受賞していますが,テーマ曲はすごくイイですね。音楽はヴァンゲリス3)です。
アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ感動(Cheers)の映画ベスト100(2006)で100位でした。
来年はこの映画の舞台になったパリのオリンピックからちょうど100年経過し,またパリでオリンピックが開催されます。
日本勢の活躍,楽しみですね。個人的には,柔道の団体戦。アウェーのフランスで是非とも雪辱してもらいたいです。
1) クリケット
クリケットはサッカーと共にイギリスの国技と呼ばれるスポーツです。
野球の原型といわれる球技で1チーム,11人で構成され,攻撃と守備を1イニングずつ交互に行い総得点の多い方が勝ちとなる競技です。フェアプレーと社交を重んじ,白いユニフォーム,芝生のグラウンド,試合中のティータイムなど優雅な雰囲気をもつのが大きな特徴となっています。
イギリスが大英帝国だった時代に植民地だった国を中心に広まっています。インド,パキスタン,バングラディッシュでは最も人気のあるスポーツでオーストラリアやニュージーランド,南アフリカ,西インド諸島でも競技人口は多いようです。
2028年ロサンゼルスオリンピックで1900年オリンピック以来の復活する競技になります。
2) ケンブリッジ大学
13世紀,日本でいえば鎌倉時代に創設された由緒正しい大学です。
ハーバード大学,オックスフォード大学,マサチューセッツ工科大学,スタンフォード大学と共に世界トップ 5大学として知られ,ケンブリッジ大学のノーベル賞受賞者の人数は120人と世界 2位(1位はハーバード大学の160人)を誇っています。
こんな秀才たちばかりの中で,さらにオリンピックで優勝するって神様は不公平じゃないですか。
3) ヴァンゲリス
ギリシャ出身です。ソロで活躍する前は60年代後半ロックバンド,アフロディーテズ・チャイルドのメンバーでした。
「炎のランナー」のテーマ曲はBillboard Hot 100で1982/5,1位になっています。
日本の洋楽ヒットチャート All Japan Pop 20でも1982/7,12位になっています。
その後の,スポーツ・イベントの世界でよく使われる曲ですね。
映画ではリドリー・スコット監督のブレードランナー(1982)や1492 コロンブス(1992)の音楽を担当しています。
そして2002年,日本,韓国で開催されたサッカーワールドカップ,公式アンセムを作曲をしています。この曲も印象的です。