ジョン・ミリアス脚本
無法地帯にたどり着き酒場を手に入れた男が自ら判事を名のります。拳銃と独自の法で町に秩序を築き,町は繁栄していきました。しかし西部の開拓が進み文明化の波が押し寄せると彼のやり方は時代遅れとなり,町を去ります。町が利権まみれの都市に変貌したとき男は再び現れて町を炎上させるというお話。
サイコ(1960)とはアンソニー・パーキンスつながりです。
「1890年のペコス川の西岸地域には法や秩序はなく,悪人とガラガラヘビだけが住んでいた」という字幕から始まります。
「ペコスの西には法律はない」という言葉を誰が作ったのかは不明ですが,ことわざのように1890年代にはよく知られていました。
ペコス川はアメリカ,メキシコ国境の川,リオ・グランデ川の支流です。
ロッキー山脈を源流としてニューメキシコ州~テキサス州を通り,リオ・グランデ川に合流して,メキシコ湾に流れます。
ペコスブーツというウエスタンブーツの一種の名前の由来はこの地名です。
ある日,1人の流れ者ロイ・ビーン(ポール・ニューマン)が酒場にやってきてウィスキーを注文。
カウンターにはなぜかテキサス州法全書。
酒場にいた悪党どもからボコボコにされ馬に引きずられました。
メキシコ人の女子に助けられ,酒場に戻り,悪党どもを皆殺しです。
酒場の前にすわり逆襲に備えていると,やってきたのは牧師(アンソニー・パーキンス)
「たとえ死の陰の谷を歩むとも私は恐れない。」旧約聖書の「詩編23篇4節① 」を唱えました。
牧師「その死体は何だ」
ビーン「オレを殺そうとして処刑された。ハゲタカの餌にする」
ビーン「オレはロイ・ビーン判事だ。神が天使を使わした」
牧師は死体を埋葬し,今度は「詩編58篇」を唱えます。
「正しい者は神の報復を喜び,悪人の血で足を洗う。神に従うものは報われると人は言う。この世を裁くのは神である」
ロイ・ビーン「法と秩序のある平和な土地にする。じゃまするヤツは死刑」
ロイを助けたメキシコ女子マリー(ヴィクトリア・プリンシパル,実際はアメリカ人)をとなりの小屋に住まわせ,酒場The Jersey Lilly 兼 ペコス西部地区裁判所を開き,自分が判事だと宣言しました。
壁には崇拝するリリー・ラングトリー(エヴァ・ガードナー)のポスター
5人の流れ者がやってきて,4人は保安官に,ひとりはバーテンダーとして雇いました。
最初の罪人はサム・ドット 。中国人とその妻メキシコ人を殺害。
「テキサスの州法には中国人やメキシコ人,黒人殺害に関するは記載ない」 と言い張るのに対し,ロイ・ビーン「オレは進歩的人間だ」といい,吊しクビ。
この当時のアメリカは,白人(特にWASPたち)を頂点として,その他の人種を法的・社会的な枠組みで徹底的に分断・抑圧する人種階層社会でした。
酒場でみんなでポーカー。酔っぱらいが発砲するけれど,みんな全く動じないでポーカーを続けます。
酔漢がリリーのポスターを撃ったところで,死んで当然とばかりに一斉射撃。
こうして無法者は次々に吊し首にされ,押収金で町は大きくなっていきました。
娼婦を連れた男がぼったくりの罪で追放,残された娼婦らは保安官らの妻になりました。
このうちの一人がサイコ(1960)でこの役を演じたそうです。
ロイが娼婦の一人を抱こうとしたところ,マリーが嫉妬から発砲。
これをなだめて暮れなずむ荒野を散歩するシーンはきれいでしたね。
悪名高き「殺し屋判事ロイ・ビーン」はそこにはいません。そして夢を語ります。
マリーはオルゴールがほしいと言いました。
ロイ「流れる曲はテキサスの黄色いバラ② がいいな」
「小屋は雨漏りするし,寒い,オレの部屋に移れ」武骨な男のプロポーズですかね。
さて,ここで何の脈絡もなく出会ったのが,馬車ならぬ,牛車の男(ジョン・ヒューストン)
車輪が外れ立ち往生し,ここで死ぬと言って荒野に穴を掘ります。
男の名はクマのアダムズ。第6代大統領の直系の子孫と言っていましたが,第2代大統領の直系でもあります。第2代大統領と6代大統領は親子です。連れているクマの名前はテイラー(第12代大統領の名)だと。
男はクマの檻を落として去っていきました。
そのクマが家族の一員となりました。
ピクニック,ブランコに乗るシーンは明日に向かって撃て(1969)の自転車のシーンを思い出しますね。
ここでアンディ・ウィリアムスが歌う "Marmalade, Molasses & Honey" はアカデミー賞歌曲賞にノミネートされましたが受賞はなりませんでした。この年の歌曲賞はポセイドン・アドベンチャー(1972)のモーニング・アフターでした。
このクマ,人慣れして全然怖くないですね。
このところ世の中に出回っているクマがみんなこんな感じなら心配なく山に行けるのに・・・
でもこのクマは侵入してきた盗人に立ち向かい撃たれて死んでしまいました。
それと前後してこの土地の正式な所有者ののガス(ロディ・マクドウォール)がやってきて,弁護士事務所を開設しました。
元娼婦だった保安官の妻たちはガスに言いくるめられて,ロイ・ビーンのやり方を批判し始めます。
ちょうどその頃,サンアントニオでリリー・ラングトリーの公演が告知されました。
燕尾服を新調して,小躍りして会場に出かけたロイですが,チケットは売り切れ。
200ドル(現在の貨幣価値≒8000ドル,128万円,ChatGPT)で誰か譲ってくれと叫ぶロイ。
声をかけた男に案内され,裏口から入れるとすると,ロイは後ろから殴り倒され身ぐるみ剥がされました。
この男は暴力脱獄(1967)で「犬使い」を演じたアンソニー・ザーブです。
「暴力脱獄」では調教した犬が死んでしまいましたが,この映画ではポール・ニューマンに仕返しです。
結局リリーには面会できずに帰ってみると出産でマリーは危篤状態。
マリーがほしがっていたオルゴールを鳴らしますがマリーは死亡。
酔っぱらって到着が遅れた医者を縛り首にしようとしましたが,ガスに阻止されました。
ロイが留守の間市長になっていました。
そして生まれた娘を置いてロイは町を出て行きました。
時は流れ,保安官たちは解雇され,離婚され,落ちぶれていました。
ロイとマリーの娘 Rose(ジャクリーン・ビセット)は酒場のバーテン,テクターが育てていました。
石油を掘り当てたガスの羽振りは良く,酒場からの退去を迫りました。
そこにロイ登場。かつての保安官らをひきつれ酒場に入場。Roseとの面会。20年の月日が経過していました。
ポーカーをやっていると立ち退き要求
戸を開けて,誰だと言われると「正義だ」と言って火炎瓶を投げ,町は火の海です。
その後,石油は枯れ,町は荒れ果てました。
ラングトリー駅,ここに降り立ったのはリリー・ラングトリー。
駅長はすべての町の住人はリリーのことを知っているといって記念館に案内しました。
そして彼女がロイの直筆の手紙を読んでENDです
この映画はアンソニー・パーキンス演じる牧師や異様な殺し屋「バッド・ボブ」,監督自身が演じるクマのアダムズといった何の脈絡もないエピソードが積み重ねられています。
映画冒頭に "Maybe this isn’t the way it was...it’s the way it should have been." と表示されました。
「たぶん,これは本来の姿ではない……そうあるべきだった姿なのだろう」
字幕では「そんな荒野こそが本物の西部の姿だろう」と訳されていました。
ロイ・ビーンは実在の人物ですが,正確に映画化するのではなく,当時の人々が「あそこにとんでもない判事がいたらしい」と語り継がれた「尾ひれのついた噂話やホラ話」そのものを映画に落とし込んでいるのでしょう。
荒野の決闘(1946),真昼の決闘(1952),シェーン(1953)といった従来のハリウッド西部劇,これはこれでドラマチックで素晴らしいものです。
しかし,主人公が目的を果たして夕陽に向かって去っていくといった約束事をあえて解体して「実際の西部の日常は奇妙で不条理な出来事の連続にすぎなかった」という演出なのでしょう。
ロイ・ビーンは「正義」を自称して悪党を吊るし首にして,暴力で町を築いていきますが,最終的には文明のルールによって町から追い出されます。
エピローグでリリー・ラングトリーを迎えたとき,それまでの支離滅裂なエピソード「かつて確かに存在した西部の思い出」が深い哀愁へと変わります
ジョン・ヒューストンは劇中で,詩編23篇,詩編58篇を引用しているので旧約聖書に精通しているのでしょうか。
旧約聖書を題材にした天地創造 (1966)の監督もしており,敬虔なクリスチャンまたはユダヤ教徒なのかと思いきや,生涯を通じて宗教的な信仰を持たない無神論者だったそうです。
リリー・ラングトリーを演じたエヴァ・ガードナーは天地創造 (1966)に出演しています。
近代映画社のSCREEN誌で執筆者の選ぶベストテン,読者の選ぶベストテンでは,どちらも第9位に選ばれていました。
① 詩編23篇4節
たとえ 死の陰の谷を歩むとしても私はわざわいを恐れません。旧約聖書の中の一節です。
この後にはあなた(神)がともにいてくださるから,と続くようです。
いろんな映画に出てきます。
デヴィッド・リンチ監督のエレファント・マン(1980)では知能障害と思われていた主人公のジョン・メリックが暗唱したり,タイタニック(1997)で沈没していくタイタニック号で神父が祈りを捧げるシーンでこの一説を読んでいます。
ピンク・フロイドのアルバム「アニマルズ」に収録されているシープ(1977)ではこの詩編23篇をパロディ化しています。
宗教やイデオロギーがいかに大衆(羊)を洗脳して体制に従順にさせているかという歌詞で一部の宗教団体から神への冒涜,悪魔的という非難か上がりました。
② テキサスの黄色いバラ The Yellow Rose of Texas
テキサスはもともとスペイン領でしたが,その後メキシコ領の一部となりました。メキシコ政府は開発のため最初はアメリカ人入植を認めていました。
しかし,奴隷制度を容認しないメキシコ政府との軋轢のため反乱が起きました。メキシコ軍が鎮圧に当たりアラモの戦いではメキシコ軍が勝利。その後,テキサスがメキシコから独立する際に活躍したのが「テキサスの黄色いバラ」と呼ばれる混血の女性「エミリー・モルガン」だと言われています。
このように,この曲はテキサスのメキシコからの独立戦争に関係している曲です。
無法地帯だったテキサスに自分勝手ながらも「法」を打ち立てて,この地を深く愛したロイ・ビーンの半生を描いたこの映画で,「テキサスそのものの魂」を表すこの曲を選曲したのでしょうか。
また,ロイが荒野でこの曲をくちずさむシーンは不器用なロマンチシズムの表現になっていますね。
しかも娘の名前はRoseでした。
1955年,ミッチ・ミラー合唱団のレコーディングにより世界的に有名になりました。









