『ハリー・ポッターと賢者の石』

 

J.K.Rowling, HARRY POTTER and the Philosopher’s Stone, Bloomsbury, London, 1997.

J.K.ローリング、松岡佑子訳、『ハリー・ポッターと賢者の石』、静山社、1999年。

 

献辞

for Jessica, who loves stories,

for Anne, who loved them too,

and for Di, who heard this one first.

 

 

 J.K.ローリングは第1巻の『ハリー・ポッターと賢者の石』には上のような献辞をつけています。ジェシカはローリングの最愛の一人娘で、彼女が憧れ、尊敬したジェシカ・ミッドフォードにちなんで名づけられました。ミッドフォードは、貴族の家に生まれたにもかかわらず、社会主義者、フェミニストとして、恋人とともにスペインの市民革命に身を投じた女性でした。アンはローリングの母親で、大の読書好きで、そのことはローリング自身にも大きな影響を与えました。残念ながら、アンは多発性硬化症のために、45歳の若さで亡くなっています。「物語を愛した」と過去形になっているのはそのためです。ローリングは母親に自分の本を見せられなかったことに大きな悲しみと後悔を覚えています。ダイはローリングの2つ年下の妹ダイアンで、ローリングは幼いころから自分の作った物語をダイに聞かせ、ハリー・ポッターの物語も最初に妹に聞かせたようです。父親のピーターの名前が献辞にないのはローリングがこの時期、父親との確執があり、疎遠な関係にあることを意味します。ピーターは夫と子供のいた自分の秘書と再婚し、ローリングや妹のダイの結婚式にも出席しませんでした。

 

賢者の石

 第1巻の題名にある「賢者の石」(Philosopher’s Stone)とは錬金術の最終目標で、あらゆる金属を黄金に変え、飲むものを不老不死にする「命の水」(Elixir of Life)の源です。物語ではニコラス・フラメルが唯一「賢者の石」を完成させた人物で、その共同研究者がホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアと設定されています。


あらすじ

両親を交通事故で亡くし、額には痛々しい傷跡のある不幸な孤児、それがハリー・ポッターでした。彼は1才の赤ん坊のときに、叔母一家に引き取られますが、叔母夫婦はハリーの両親を嫌っていたらしく、ハリーを厄介者扱いにして、しぶしぶ養いました。ハリーは肥満児の従兄弟からはいじめられ、階段下の物置で寝泊りする毎日です。そんな11才の夏に彼へ魔法学校への入学通知が届きます。第1巻の『ハリー・ポッターと賢者の石』では、ハリーが魔法学校に入学し、自分が何者なのかを知ることに始まります。実はこの世にはマグルの世界と魔法の世界があり、ハリーの両親は魔法使いで、彼らは交通事故ではなく、悪魔的存在であるヴォルデモートに殺されたこと、そして赤ん坊のハリーだけが生き残り、ヴォルデモートの力を奪い、この世界を救った魔法使いであることなどを知ります。第1巻のテーマは虐待からの解放と魔法の世界での新しい誕生と言えるでしょう。彼はダーズリー家の悲惨な状況から自由になり、魔法の世界で新しく生まれ変わります。ホグワーツではロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーという親友を得て、ハリーは友情を育みます。また、ホグワーツの番人ハグリッドや校長ダンブルドアからの愛情も味わいます。また、親友との秘密の冒険で、勇気も得ます。

 ところが、ヴォルデモートがその力の復興のために「賢者の石」を狙っていました。この世は善悪ではなく、力だとヴォルデモートのしもべは主張します。しかし、魔法使いとしては未熟なハリーを最後まで守るのは、力を超えた母親の犠牲の愛だったのです。