11,12日と河口湖へ劇団員とともに旅行へ行ってきた。

場所は河口湖。目的は、慰安…などでは決してなく、あくまでも次回公演のための体験旅行である(建て前は何事でも大事…)

初日、朝からえらい大雨。しかも、バタバタとして遅刻者も相次ぎ、ああ…こりゃあ駄目だな。駄目な旅行、つまり駄目旅行だ…と、なかば荒々しいムードのまま旅行へ出発。

が、河口湖へ着いた辺りから、雰囲気が変わってきた。
まず河口湖近辺のIC辺りで、低い位置にある珍しい虹が、僕らをお出迎え。しかも徐々に晴れ間が見え始め、今はまだ内緒の秘密撮影も、寒いながらも何とか完遂。

ここで、僕の中で、駄目旅行が、まあまあ旅行へと変化。そして、晴れた勢いを借りて、犬達と戯れる事の出来るドギーパークへと思い切って入場。

あえて、性格の荒そうなビーグル犬(ビー君)をレンタルし、園内を散歩させる。が、全く言うことを聞かない。

「おっとっと、ビーちゃん、そっち行ったら駄目だよ。ちょ、ちょっとおいビー君、他の犬と喧嘩しちゃ駄目だってば…だからこら!あんまり遠く行くと、帰れなくて延滞金が…こ、こら動け!な、なんでそんなに踏ん張ってまで、サル園の方に行きたいんだ!うああぁ、なんでウンコをした上に寝転ぼうとするんだ!やめろ、おい!駄目だって!こら!ふ、福津ッ!」

…と、あまりに自由すぎる行動をするビー君に対して、つい、うちの劇団で一番の自由奔放さを誇る福津屋と言う役者の名前を口走ってしまう。(福津よ、すまん。)

そして、ビールをしこたま買い込んで、旅館にチェックイン。その頃には、雲はすっかり無くなり、日本が誇る富士山が、今まで見たことが無いくらい、きれいに見えていた。

この時点で、僕の中で、まあまあ旅行は、かなりええがな旅行に変化。

夕方、その富士山が見える風呂に浸かりながら、見事な赤富士を眺めていると、何故か急に気持ちが高ぶり、ガラス窓に自分のポ○○ンをくっつけて、「日本一…」と呟いてしまった。(富士山よ、すまん。)

そして夜、みんなと酒を飲み、馬鹿話をし、そして最後まで起きていた劇団員の本多と大作とで、真面目な話も熱く語りあった。

旅行は、これがいい。普段とは違う空間に身をおいて、時に馬鹿で、時に真面目で、アホであったり、生真面目であったり、違う一面が見えたりして…うん、それがいい。
大人の修学旅行みたいなもんだ。

結局、朝4時半くらいまで語っていた。

次の日、8時起床。そして飯。朝っぱらからご飯4杯お替りする。

そして、「富士急ハイランドに行きたい組」と「富士樹海に行きたい組」とに分かれて別行動。

もちろん「世界中のジェットコースターを鉄屑屋に売ってしまおうの会」に入ってる僕は樹海組。

まずは、開運マニアの松宮の意向で、パワーストーンとやらを売ってる「いしころ館」へと移動。

それから、開運マニア松宮が、開運ストーンを選ぶ間、約1時間30分近くも待たされるハメになった。本多など、一瞬、立ったまま寝そうになっていた。が、松宮は、開運石を大事そうに抱えて、ニヤニヤとほくそ笑んでいた。

そして樹海の近くにある、氷穴、風穴を見学。
いやあ、ここは面白かった。まるで、ドラゴンかホビット(いや、違うな…洞窟だったらドワーフか…)が出てきそうな雰囲気で、ファンタジー好きの僕にとっては最高に面白い場所だった。

しかも、以前書いた「人魚の洞」の洞窟のイメージまんまで、今度再演する時には、役者を必ずここに連れて来ようとそう思った。

そして樹海の入り口付近も、1時間ほど散歩。
途中、「隣のトトロ」で、めいちゃんがトトロのちっこいのを追っかけて入った、草の迷路のような場所を通る。まるで自分の背が小さくなったような気がした。

そうだよな…昔はこんな感じで、自分より背の高い植物の群れをこうして見上げてたよな…

忘れてた事、忘れてた思い、忘れてた感覚。何となく、小さな頃の諸々のよしなし事を色々と思い出した。

樹海は思ったほど怖くは無く、けれども、思いのほか、行ってはならない場所のようにも思えた。

そして最後、小さいけれども雰囲気のある「ミルキーウェイ」と言う喫茶店で、お茶とケーキを食べ、帰途に着く。

高速道路を、東京へと向かい、ひた走る車の中、まどろむ皆の顔を見ながら後ろを振り返ると、夕暮れに照らし出された赤富士の横に、宵の明星が、小さく光っていた。

うん。いい旅行だった。
明日、私は旅に出ます。と言っても一泊二日の小旅行。
しかも場所は、近場の河口湖。

いやあ、実に久しぶりの旅行だ。
個人的には、釣りに興じたり、神社仏閣巡り、はたまた山菜取りにいそしみたいところだが、そうもいかない。

何故なら劇団員と行く旅行だから。とりあえずは、団員の好きそーなところを回る予定。

ま、折を見て個人活動しようとは思う。(ま、無理だろうな…)

実は河口湖、2年前にも一度、劇団で来た事がある。

じゃあ何も同じ場所に行かなくても…と思われる方もいるかとは思うが、甘いのである。

これが、そー悪い話でもない。

皆さんも、旅行に関して、こんな思いをした事があるかと思う。

「ああ、あそこに行くの忘れてた!」とか「ああ、あれを食べ損なったのは痛い…」とか、「ああ、こんな崖があるなら、あいつを突き落としてやれたのに…」などなど。(最後のはサスペンス劇場の見過ぎですが…)

つまりは、まあ、悔いを残してしまった思い出を、すっきりさせる事が出来るんですねえ。

今回の僕の旅の目的は、「ほうとうと犬」。
こう書くと「そうとうのわし」と似た発音になりますが、あの美輪明宏さん主演の舞台とは全く関係がありません。

実は前回、ほうとうの美味しそうな店を見つけたのですが、いかんせん所持金が足りず、残念ながらあきらめてしまったんですねえ。
それ以来、ずっと僕の心残りとなってたんですが、今回、ようやくそれをようやく解消できるチャンスに恵まれました。


そしてもう一つの目的、「犬」。
目指す場所は「犬は友達!わくわくドギーパーク」です。

実は、次回公演の脚本が、犬が主題となるため、どこかいい場所はないかと探していたら、ここに行き当たったんですねえ。
なので、おおいに犬と語らい、犬に引きづられ、犬に顔中を嘗め回されながら、脚本を練ってこようと思っています。

ああ、楽しみだ。「ほうとうのいぬ」…じゃなかった。「ほうとうと犬」。ちなみに「放蕩の犬」と書くと、単なる野良犬の事になってしまうな…

まあ、とにかく、この旅行でいい案がきっと浮かぶ…といいんだが…一抹の不安を感じつつ、今夜はそろそろ眠ります…

今日、帰り道、カニを踏んだ。
なんで…なんでこんなとこにカニがいるんだ…

誰もいない住宅街、神奈川だけど、東京にもほど近い住宅街。


カニがいていい要素は何一つ無いこの町で


カニを踏んだ。


辺りを見回すと、早咲きの桜の向こうに、きれいな夕焼けが見えた。

今日はこれだけ。

朝早く目覚めた。夢でいいシーンを見たから。

忘れぬうちにとパソコンを立ち上げる。
しかし、立ち上がらぬうちに全てを忘れる。

あぁ…なんて事だ…

でも大丈夫。少しは手書きでメモしといたから。
でも、字が汚すぎて全く読めない。

あぁ…なんて事だ…

毎回、脚本の構想の時が一番面白い。(一番苦しいとも言えるけど…)ともかく言葉。言葉の力を、僕はやっぱり信じたい。届くか届かぬか解らぬ不確かなもの。独りよがりの単語の選択。そして、その羅列。

思いを正確に伝えるには難しく、しかしそれより他に、僕は思いを伝える術(すべ)を知らない。だからこそ、あきらめきれない。
きっとテレパシーが出来たなら、この世の全ての表現方法はいらない気がする。形にならない、本当の、僕が経験し、そこから浮き立つ思考の輪郭をそのままに、誰かにきっと伝える事が出来るから。

言葉で整理される前の、熱く、どうしようもないほどの熱い思いを伝えられるから。

でも…でも、こうも思う。 言葉は不確か。だからこそ、誰かに届くのかもしれない。

言葉が耳から入り込み、心の森の奥底に、沈んでゆくその時に、

フタシカゆえに雪のよに、フタシカゆえに形を変えて、
フタシカゆえに水のよに、フタシカゆえに森に沁み込む。

さて、また少し寝よう。

フタシカな夢の続きを見るために…

今日、劇団の稽古に、タテヨコ企画の横田さんに来てもらい、軽いワークショップをしてもらった。


う~ん、人生なんでも勉強だ。出会いだ。すご刺激的で創意的で、空想豊かな、発見の多い稽古だった。

あまり細かく書くと、商売の邪魔、はたまた著作権侵害になるかもしれないので書かないが、とにかく面白かった。

かいつまんで書くと、人との距離や、間、それに関係性を、端的に、けれどもその奥行きはとても広く作られていて、すごく発見が出来る、とても素敵な稽古だった。


その後、軽く飲むことになり、いろんな話で盛り上がった。(稽古の方法だの、雪女の話だの、差別の話だの、互いの過去の面白い話だの…)


で、気づくと0時半…


ああ…まただ…またやってしまった…そうなのだ。ついこないだ電車を寝過ごしたばっかりなのに、またやってしまったのである。


しかも今度は寝過ごしたんじゃない、話し過ごし…いや違うな…こういう場合なんて言うんだっけ…乗り忘れ…い、いやそんなことどうでもいい!今、問題なのは、ここから我が家まで、歩いて帰らなきゃいけないって事で、何時間で踏破出来るかと言うことだ。えっと確か、新宿からうちまで約24キロで、ここも同じような距離だからえっと…」


僕は半ばパニックになりながらも、必死で距離を計算し、そしてこれからの遠距離踏破に向けて、足首をテーブルの下でそっと回し始めていた。


が。


「あの、送りましょうか?」


「え? いいんですかぁあ!?」


「ええ、いいですよ。ちょうど帰り道ですし。」


なんと地獄に仏、横田さんが、車で僕を送ってくれるって言って下さったのだ。(ちなみに横田さんの名誉のために断っておくが、この時、横田さんは一滴もお酒は飲んでません。)


おかげで僕は、三週間連続、週一ペースでの深夜の地獄競歩大会をせずにすみ、快適なドライブを楽しみました。(その時、横田さんから聞いた話もこれまた面白かったのですが、それもここには書きません…だって教えるのがもったいないから。)


横田さん、本当に助かりました。また近いうち、ぜひワークショップをお願いしますね。


ついさっき、ヤフー動画で、「ゲド戦記」を発見!「おお!これは見ねば!」と早速拝見。

いやあ、これが、何と言うか…実にいい。某アニメ化されたものは横に置いといて(ありゃ駄目だ…主題歌以外は…)何がいいって、原作にほぼ忠実なのがいい。
ああ、あの地名ね…だとか、ああ、あのシーンね。などと、つい口に出してしまいながら、ほぼ「ゲド戦記」フリークとして夢中で見てしまった。

で、思い出した事がある。昔、読んだ、ゲド戦記の中でひどく印象に残った言葉があったのを。

それは、こんな言葉。(多少、いや、かなりの要約)

「ねえ、何故雨を降らせないんだい?雨を降らせる魔法なんて簡単じゃないか?」と言われた時、魔法使いが言った言葉。
「確かにここに雨を降らせる事は出来る。でもな、もしここで雨を降らせたら、ここに雨雲を呼び寄せるため、その為に、他のどこかの場所で、日照りで、人が死ぬ事になるかもしれない。それでも…お前はここに雨を降らせろと私に言うかね?」

この言葉は、初めて原作を読んだ小学生の時から、ずっと心のどこかに残っている。自分の欲の為に、何かを無理に捻じ曲げれば、きっとどこかの誰かが苦しみ、そして死んでしまう事になるかもしれない…

この問いに対して、いつも、自分が通り抜けてきた、それぞれの年代ごとに、答えを出し、そして否定してきた。

自分が世界で一番なのだから、人を殺してでも欲を優先すべきだとか、いや、他が苦しむのは、僕自身が苦しいから、我慢すべきだとか…で、いつも結局、確かな答えは出てこない。

ところで、僕には、一つ持論がある。これは、長年ずっと心に残り、揺るがない持論の一つ。遺伝子が、らせん状なら、きっと人の成長も螺旋に違いない。二つの、全くの正反対の意見がくるくると螺旋を描きながら高みへと昇っていく…
そしてその様は、上から見れば、ただ、同じ円を描いてるのに過ぎない。しかし…横から見れば…それは確かな3次元の世界。高さを持って、上へ、上へと昇っていっている成長の証…

苦しかったり、つらかったりの体験を繰り返すたびに、クルクルと回転していく答え。でもきっとそれは、遥かな高みへと昇るために、そして、誰かを許せるようになるために、どうしても必要な、苦渋の力。

で。その時、やっぱりこうも思う。僕は…魔法使いになりたいと。

それはけっして、手から火が出るだの、切断されても生きてるだの、といった奇術的なことではなく、心の魔法使いのこと。

魔法を使った結果を、覚悟して書かなければいけないと言うこと。例えば、この言葉を使えば、確実に傷つく人がいるだろう。このシーンをやれば、古い傷をえぐられて、嫌な気持ちになる人がいるだろう。でも、それを覚悟して、嫌われる事を覚悟して、呪文と言う名の台詞を書かなければ、きっと真の魔法使いにはなれないだろうと言う事。

じゃないと、ちゃんと雨を降らせる事が出来ないから。

自分自身の心をえぐり、溢れ出る痛みや血、若しくは、古傷の下に眠る、死んだ筈の血管の脈動までも感じながら、それでも言いたい、言わなきゃいけないと思えるような言葉の群れを、呪文と言う名の台詞に変えて、皆に伝える…それこそがしんの魔法使いだと思う。 そして、そうするからこそ、ちゃんと、雨を呼ぶ事が出来るんだと思う。

改めて。

僕は、「覚悟の魔法使いになりたい。」

深夜、つうかもうすぐ徹夜あけの夜明け前。
パートナーは発泡酒2本の独り言。

ああ…またやってしまった…何故、人は懲りないのだろう。

また帰りの電車を寝過ごし、今度は最寄り駅よりも6つも過ぎた辺りで目が覚める。


タクシーもあるにはあったが、こないだ仕出かしたばかりなのに、再び寝過ごしてしまったと言う腹立たしさと、自分への戒めのため、無理に歩いて帰ることにする。


しかし、その距離、約18キロ。そして時間は深夜1:18。


「いけるか…」


僕はそう呟いて歩き出した。「いけるか。」とは時間の事である。

何を隠そう、かなり前、やっぱり同じくこの駅で目が覚めて、自宅まで歩いて帰った事があるのだ。


その時は、道に不慣れだった事もあり、迷いに迷って、家に帰り着くのに、約3時間もかかった。


が、今回は違う。道なら全てこの頭の中に叩き込んである。


「よし!」


僕はそう呟くと、コートの襟を立て、颯爽と歩き出した。目標タイムは2時間ジャスト。

呼吸は一定に。 手の振りは軽快に。 そして足運びはあくまで冷静に。

それをもっとうに、ただただ黙して歩き続け…


結果、2時間と11分。いやあ惜しかった。

惜しむらくは、靴が革靴だったこと。途中で、足の裏が耐え切れなくなるほど痛くなり、スピードが落ちた事だ。これさえなければ軽く2時間は切れていたに違いない。うむ、次回に期待だな。


と、ここまで考えて、ふと気づいた。


何を期待してるんだ僕は…


そーなのだ。 ンなレース、誰も見てないし応援もしてない。しかも、大体、酔っぱらって寝過ごすわけだから、その後、長時間運動するなんてのは、体に悪いに決まっているのだ。


何を考えてるんだ僕は…


そう思うと、18キロを2時間ちょいで踏破したと言う記録も、どことなく色あせ、そのままベッドに倒れこむようにして眠りについた。


が。


深い眠りに落ちる一瞬の間に、僕は思った。


きっとまた、近いうち寝過ごすだろう。そして、その時こそ、2時間の壁を破ってやる。ちゃんとした靴を履いて…


今日で、ついに2月も終わりだ。しかし…脚本がなかなか進まない。う~む、どうしたことだろう…


煩悶。


脚本に関していえば、二月は、その一言に尽きる。 まあいつも通りって気もするが、そうでない気もする。

毎回、その脚本ごとに進み具合は違うが、今回はまた特別な気がする。


いつもなら主役の物語をきっちりと確立してから、その周りの登場人物たちに役割を持たせていくのだが、今回は、何故か初めて、周りのキャラクター達の物語のほうが出来上がってしまった。それも結構素敵な物語だから、消したり、ずらせたりが出来なくなっている。 本当に初めてのことだ。


でも。


きっと、これはいい事だろう。変化が無いよりはよっぽどましだから。

脚本書いてて、何が怖いって、同じような事しか浮かばなくなるってのが、最も危険な事だから。


その「同じような事」ってのが好きならいい。でも書いててつまんないのに、それでも同じようなことを繰り返し書かなければならないってのは、それはもう、僕にとっては無間地獄だ。だって書きたくないもの書いたって意味無いもの。


と言う事で、変化があるのはいい事だ。でも…


煩悶。


苦しい。悩む。もがく。この心的行動を続ける日々は、きっともうしばらく続くだろう。

けれど今年は暖冬らしい。 きっと3月の早めの桜が咲く頃には、この物語の主役も動き出してくれるだろう。それまでは、ただ待とう。煩悶しながら。あせらず、ゆっくりと。。。

次回公演のオーディションが始まった。

うちの劇団は、劇団員でも、演技がつたなければ、また、イメージと合わなければ落としてしまうので、皆、必死だ。

パッと見、ずいぶん穏やかな感じで、和み、とてもオーディションとは思えないほどの、なあなあの雰囲気を醸し出してはいるが、それば僕には内面の反転だと伺える。緊張を悟られたくないための裏返しの行動だ。


流石にもう10年近くもこうやってオーディションを繰り返していると、そのときの人間の行動と言うものが少しは解るようになる。


案の定、落ちる可能性が高い役者の名を呼び、「じゃあ、この台詞を読んでみて。」と言うと、途端に目の色が変わる。

役者達には悪いが、僕は、この一瞬の緊張する役者の顔が好きだ。スッと何かが引き締まるような顔になる。例え太っててもだ。


オーディションは3月4日まで、今日を合わせて4回ある。その間、この一瞬の緊張する役者達の顔が見れるかと思うと、すごく嬉しくなってしまう。


さあ、みんな思いっきり緊張しなさい。 僕もするから。

毎度、チラシのデザインでお世話になっているイラストレーターの朝倉さんと、新宿で打ち合わせ。


この人は、本当に才能がある人である。そしてプロである。

何より発想がとにかく面白い。、そして書くのが早い。


僕に無いものばかりを持ってる人である。


そんな訳で、打ち合わせもあっという間に完了。いやあ、今回も面白そうなチラシが出来上がりそうです。

個人的に、すごく楽しみにしています。


帰り、次回公演で使うため、中古CDの店に寄り、いくつかブルースのCDをジャケ買いする。


帰って聞いてみると、3枚はずれで、1枚合格と言った所。はあ…毎度毎度、音響にだけは個人出費が痛い…

ま、ジャケ買いなんて、こんなもんだ。 次に期待しよう。