コロンブスの卵〜シカ部おおいに語る | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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ひな「あのう、科学に関係ない話をしてもいいですか?」

みすみ「そんなこといったら、わたしは何も喋れないじゃん。マグネットヒルとか、UMAとかの話ができなくなる」

きりる「別になんでもいいぞ。シカ部が話せばなんでも自然科学だ。だいたい、森羅万象すべて科学の対象なんだからな」

えみり「それで、何の話なの?」

ひな「新大陸発見の話なんですけど。コロンブスは西に向かって航海して、新大陸つまりアメリカ大陸を発見しましたよね。ええと、たしか、何百年も前のことで」

みすみ「それなら1492年じゃん。それが最初で、それから何度か往復しているはずだよ」

えみり「みすみ、詳しいじゃない?」

みすみ「コロンブスがきっかけで、その後、スペインの船がいっぱい中南米にやってきて、インディオの文明を滅ぼしたからね。その中にはマヤやインカの遺産もあったじゃん」

えみり「オーパーツ好きだと、古代の歴史に詳しくなるのね。で、ひな、コロンブスがどうしたっていうの?」

ひな「コロンブスが新大陸を発見してから、いろいろ揶揄されて、コロンブスじゃなくても西に迎えば誰だって新大陸は発見できるっていわれたでしょ。そのとき、コロンブスが卵をテーブルに立ててみろっていった話があるじゃないですか」

きりる「ふむ。有名な<コロンブスの卵>の話だな」

ひな「誰も立てられなくって、コロンブスが最後に卵の底を割ってテーブルに立てたんですよね。みんながそんなのだったら、誰にでも立てられるって文句をいったら、コロンブスが私の発見も同じで、発見した後だったら誰にだってやれるといえるが、私以外はできなかった、みたいな話をしたって」

みすみ「まあ、そんな話だったじゃん」

ひな「どうして、コロンブス以外の人は、西に向かって航海しようとしなかったのかなって」

 

きりる「おもしろい。論じる価値がある。シカ部なりに論じてみよう。もちろん、みすみみたいに歴史に詳しいものは、その知識を使ってもいい。どうせ、自然科学的なアプローチになるだろうからな」

みすみ「さすが、部長、わかってるじゃん」

えみり「中学の時は、たしか、コロンブスがアジア目指して西航路を使ったって習ったっけ」

ひな「でも、西に向かうのって、大変でしょ? アメリカ大陸があるって知らなかったから、そこは海だと思っていたとすると、大西洋から太平洋にかけて全部海だって思ってて・・・アジアまで、ずっと長い航路の間、海ばかりですよね。東航路ならアフリカやアジアの海岸線沿いに進めるから、道に迷わないけど」

えみり「コロンブスは地球が丸いって信じていたから、西航路でもアジアにたどり着けると思っていたんでしょ? 他の人はどうだったのかな。昔はみんな、大地は平らで、四方に果てがあるって考えていたんじゃなかったっけ」

みすみ「それさ、あまり知られていないけどさ、コロンブスの時代には、当時のヨーロッパの知識人たちは、教会関係者も含めて、地球が丸いっていうことは、ほとんど常識になっていたんだよ。まあ、庶民は昔ながらの平らな世界を信じていたんだけど」

ひな「本当なんですか?」

みすみ「プラトンやアリストテレスの地球球体説は3〜4世紀のヨーロッパまでは生き残っていて、業を煮やした聖人が『地球が丸いとか円筒だとかどうでもいい』ってやけっぱちに呟いてるし。教会側は地球が丸いといろいろ聖書との整合性で困ることがあって、その後もあれこれ球体じゃない世界像を構築して、6世紀くらいにはその世界観が完成してるじゃん。教会側も必死なわけ」

ひな「どうして地球が丸いと困るんですか?」

みすみ「地球球体説はさ、地球に反対側があるっていう意味でもあるじゃん。そうすると、その反対側には何があるのかって話になるっしょ」

ひな「はあ・・・そうですね」

みすみ「ふふふ〜、ここでオカルティックなのが登場するわけ! さかさま人間」

ひな「ええ〜っ! 何ですか、それ!」

みすみ「まあ専門的には<対蹠面>つまり<地球の裏側>に、人間がいるかどうかっていう問題。これがさ、教会にとっては、地球が丸いかどうか以上に大問題だったじゃん」

えみり「へえ、そうなの?」

みすみ「そんな見たことも聞いたこともないところにアダムとイヴの末裔がいるなんて、聖書には一言も書かれていないからね。じわじわ浸透してきてる<地球球体説>はしぶしぶ認める教会の神学者たちも、<さかさま人間>については、そりゃあもう、大反対。3世紀末の神学者は『足が頭より上にあるような人間、作物や木々が下向きに生え、雨や雪が大地に向かって上向きに降ってくるなんて、馬鹿馬鹿しい』みたいな批判をしてるよ」

きりる「なるほど。地球の裏側の人間はアダムの末裔じゃない化け物ってわけか」

ひな「でも、わたしも、小さい時、似たようなことを考えたことがあります。地球が丸かったら、裏側の人たちは落ちちゃうんじゃないかって」

えみり「あっ、わたしも」

きりる「それは幼児期には必ず思うことだろうな。恥ずかしながら、私もそう思ったことがある」

みすみ「14世紀には業を煮やした教会が、拷問と火刑でこの問題に決着をつけるようになったじゃん。天文学者のチェッコはそれで火炙りされて死んでる。ジョルダノ・ブルーノの火炙りより百年くらい前のことだよ」

 

きりる「私の記憶では、コロンブスは最初ポルトガルの王に船団の援助をしてもらおうとしたんだけど断られ、スペインの女王の援助をやっとのことでとりつけて航海に出たはずだ」

ひな「断られたのは、地球が丸いって信じていなかったからじゃないんですか?」

みすみ「いやいや、そうじゃないじゃん。反対した連中は、地球が丸いことは知っていたけど、コロンブスの試算した地球の大きさと、西廻り航路のアジアまでの距離が怪しいって、信用しなかったからじゃん」

ひな「えっ、そうなんですか?」

みすみ「15世紀のフランスの神学者のダイイは、神学者だけど科学が好きな人で、『宇宙像』っていう本を書いている。神学者だけど地球説の支持者で、なんだか聖書の言葉と地球説の折り合いをつけて、地球の大きさをかなり小さく見積もっている。この本が、コロンブスの愛読書だったみたいだよ。持っていた本にいっぱい書き込みがしてあったらしいから」

きりる「まあ、人間誰しも、自分に都合のいい説を信じたがるからな。ダイイの地球は、コロンブスの西航路でジパングに行くという目的には都合がよかったんだろう」

みすみ「あとさ、雇った船乗りは知識人じゃないから、西にどんどん進むのを恐れていたじゃん。世界の果てには地獄の業火があるって信じてたから」

きりる「へえーっ、みすみのオカルト知識、意外なところで役に立つじゃないの」

みすみ「オカルト舐めんなってことじゃん。だいたい、中世までは迷信の時代。世界の理解って、神学でも異教でも、オカルトだったんだからさ。ダンテの『神曲』には、西の海のどこかに地獄につながる大きな穴が空いていて、西に向かう船はその穴に落ちちゃうって書かれてるんだってさ」

きりる「ふむ。そうすると、コロンブスは地獄の業火を恐れて反乱を起こしかねない船乗りを率いて、未知の西航路へ出発したわけか。並大抵のことじゃできないな」

 

みすみ「一説によると、コロンブスは『白鯨』のエイハブ船長みたいに、狂気の迫力があったみたい。嘘と恐怖で船乗りを操ったんじゃないかな」

ひな「嘘って、なんですか」

みすみ「地獄を恐れた船乗りはコロンブスの航海は呪われているみたいに感じていたはずだから、すぐにでも引き返したいと思っていたはずじゃん。だから、コロンブスは船乗りたちに、目的地がそんなに遠くにはないって嘘ついたはずだよ」

きりる「そういえば、そんなことをなにかの本で読んだことがある。コロンブスは船員に実際に進んだ距離より少なめの距離を伝えて、反乱を抑えたと。偽物の航海日誌まで作って」

えみり「じゃあ、恐怖の方は?」

みすみ「怖気づいたか、問題を起こしたかした船乗りを、見せしめに吊るしたってさ」

えみり「怖っ」

きりる「さっきのひなの疑問にもどろうか。ええと、西航路でアジアに行くのは海ばかり続く航路だから、東航路より困難なはずなのに、コロンブスはなぜ西航路を選んだのか・・・だったな」

ひな「そうです。なにもない海を進むのって、方向とかわかんなくならないですか?」

みすみ「方位磁針があれば・・・」

えみり「いや、コロンブスの頃はまだ、ヨーロッパでは方位磁針が実用化されていなかったはずだわ。中国で実用化されていた方位磁針がヨーロッパに伝わり、航海に普通に使われるようになるのは、コロンブスよりもう少し後になってからのはずよ」

みすみ「さすが、メカオタク。メカのことは、強いじゃん」

ひな「じゃあ、ますます、何もない海を長い距離航海するのって、すごく大変じゃないですか? いくら地球が丸くて西から行ってもアジアに行けるってわかっても、迷子になっちゃってたどり着けない方が怖くないですか」

きりる「前にちょっと聞いたことがあるんだが、コロンブスの頃は、地球の大きさが実際よりかなり小さく見積もられていたらしい。だから、西廻りの方が早くアジアに着けると考えたんじゃないかな。紀元前3世紀の頃のエラトステネスは現代知られているのに近い値を算出しているが、そのあとに登場した有名なプトレマイオスがどういうわけか、エラトステネスの算出した値より小さく見積もってしまった。それが中世の暗黒時代にいったん中近東の研究者に流れ、ルネサンス時代にヨーロッパに逆輸入された。コロンブスが頼りにしたのは逆輸入後にヨーロッパで研究された本で、そこではプトレマイオスの算出値よりさらに小さめに見積もられ、逆にアジアの広がりが大きめに見積もられたというぞ」

ひな「あっ、そうすると、西の海はそれほど広くないって思われていたんですね」

 

えみり「それに、東航路は別の意味で危険でしょ。海岸線沿いに進むっていうことは、各地で海賊に襲われやすいってことでもあるわよ。陸路はもっと危険だし」

みすみ「ふう〜ん・・・それじゃあ、一番古いエラトステネスの測定値がそのまま失われずにコロンブスの時代に伝えられていたら、コロンブスは西航路を取らなかったかもしれないじゃん。いや、ぜったいに取らないな。インドまでだったら、西航路の方が東航路より距離あるし」

ひな「そういえば、コロンブス自身は、ついたところがインドの一部だってずっと信じていたって聞きましたけど」

きりる「そうだな。それがアメリカ<インディアン>の名称の由来だから」

ひな「コロンブスはそんなにインドに行きたかったんですか」

きりる「大航海時代、アジアの香辛料は同じ重さの金と同じ値打ちがあるとまでいわれたからな。一攫千金ってわけだ」

みすみ「コロンブスにとっては、インドより日本じゃん」

ひな「えっ? 日本、ですか?」

みすみ「それより前、中国まで行って皇帝に仕え、ヨーロッパに戻って『東方見聞録』を書いたマルコ・ポーロがいたじゃん。この本に<黄金の国ジパング>ってことで日本のことが金ピカの国だって紹介され、ヨーロッパで大人気。コロンブスも、ジパングに行くのには西廻りの方が早いってことで西航路を選んだんだよ」

えみり「でも、それって、ガセネタでしょ?」

みすみ「いつの時代にもオカルト話は尾ひれがつくじゃん」

きりる「コロンブスは黄金の国ジパングを目指して西航路を選び、アメリカ大陸を発見した・・・ってことだな。プトレマイオスが地球の大きさを間違えて小さく見積もったのが、コロンブスの西航路の根拠になった。つまり、2つの間違いが、アメリカ大陸を発見させたってことか。まさに、新しい発見は論理ではなく、偶然や失敗から生まれる、というやつだな」

 

みすみ「わたしは、コロンブスって、あんまり好きじゃない・・・っていうか、嫌い。コロンブスは何回かアメリカに行ったけど、途中から軍隊を引き連れて行って、インディオを虐殺している。コロンブスのこのアクの所業は、のち、スペイン人がインディオを虐殺したモデルケースになってるじゃん」

きりる「そもそも、アメリカ大陸の<発見>というのがおかしい。そこにはインディオが住み、独自の文明を築いていたわけだからな。<発見>という言葉を使うのは、西洋人の自己中心世界観の現れだ。まあ、中国も中華思想があるから、どこの国も似たようなものだろうが」

みすみ「それに、西洋中心で考えても、アメリカ大陸に最初に着いたのは15世紀のコロンブスじゃないじゃん。11世紀の初めにもう、バイキングたちがここを見つけていて、<ワインの地/ヴィンランド>って名前をつけているじゃん。移住計画もあったけど、原住民の抵抗もあってうまくいかなくて、撤退してるけどね」

えみり「昔は軍事の時代だから、船や武器なんかの技術力の高い方が低い方を、武力で制圧するのが常識だったでしょ。大航海時代って、簡単にいえばヨーロッパの武力による他地域の制圧だよね」

みすみ「それはお互い様じゃん。モンゴル帝国がヨーロッパに進行した時は、立場が逆だったわけだし」

えみり「人類って進歩しないよね。中世の時代と同じで、現代でも武力紛争が続いているんだから」

 

ひな「ふと、思うんですけど、西洋では生卵って食べないから、テーブルにあった卵はゆで卵でしょ? これ、日本だったら生卵だから、卵は立たないですよね。殻を割ったら、中身出てきちゃうし」

えみり「ちっちっち! そうじゃないんだなあ」

ひな「えっ?」

えみり「たしか冷蔵庫に実験用のが・・・ほら、この卵、生かゆでかわかる?」

ひな「ええと、どうすればわかるんでしたっけ?」

えみり「こうするの。(卵を回す)よく回るのが中身の固まってるゆで卵で、すぐ止まっちゃうのが中身が流動体な生卵」

ひな「じゃあ、これは生卵ですね」

えみり「ほら、よく見てて。こうして軽く支えて角度を調整すると・・・」

ひな「あっ! 卵が立った!」

えみり「ふふふ」

ひな「どうしてですか? 卵は丸いから、立たないと思うんですけど。でも、立ってるし・・・」

えみり「カラを指で触ってみて」

ひな「あっ、ざらざらしてます」

えみり「新しい卵の殻は、表面に細かい凸凹があるの。出ているところが3箇所あれば、それを足にして、安定して立つのよ」

ひな「じゃあ、卵は普通にやると立たないというのは」

えみり「人間の勝手な思い込み。たいがいの卵は、ちゃんとやれば立つよ。さすがに古くて表面がつるつるの卵は無理だけど」

ひな「これも<コロンブスの卵>ですね!」

 

【主な参考文献】

『どうして一週間は七日なのか』D・ブアスティン著/鈴木主税野中邦子訳(集英社文庫)

『地図はなぜ四角になったのか』D・ブアスティン著/鈴木主税野中邦子訳(集英社文庫)

『アインシュタインと爆弾』A・ペリー編/はやしはじめ訳(河出文庫)

『神話と魔術からの解放』杉浦明平著(少年少女科学名著全集7)(国土社)

『科学と宗教との闘争』ホワイト著/森島恒雄訳(岩波新書)

 

【追記】

*対蹠面説について、ダンテの神曲に関する記述などについて、補足・追加をしました。

*主な参考文献を書き忘れていたので、追加しました。

 

 

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