昔の時間と今の時間
えみり「(雑誌を見ながら溜息をついて)やっぱ、デジタルじゃなくて、機械式がいいなあ」
ひな「わあ、すごい! 100万円の時計! こっちのは200万円! 買うんですか」
えみり「まさか。うちはそんなの変えるようなお金持ちじゃないわ。でも、デジタル時計って、ピンとこないのよね〜。やっぱり、メカよ、メカ!」
ひな「機械式の時計って、いつ頃作られたんですか?」
きりる「時計の歴史は古いぞ。古代ギリシャ時代から水時計が使われていたし、砂時計も8世紀頃にはヨーロッパにあったらしい」
みすみ「水時計って、バケツの水を底の穴からちょっとずつ落として、たまった水の量で時間を測るやつじゃん? そんなので、時計になるの?」
えみり「どんなメカでも、時代時代の技術の集大成で作られるの。水時計も、けっこう実用化されていたみたいよ」
みすみ「でもさあ、たくさんたまっているときは水圧が強いから水も勢いよくでるけど、水量が少なくなると出方も弱くなるじゃん。同じ時間で同じ量の水が出るわけじゃないよね」
えみり「そんなの、水を受け止める容器の目盛りを工夫すればいいわよ。水を満タンにした状態から、一定の時間で落ちる水位のところに目盛りを打っていけば、2回目からはその目盛りで時間がわかるわよ」
ひな「でも、一定の時間って、時計がないのにどうやって知るんです?」
えみり「他の方法で調べればいいわよ。例えば、火をつけたロウソクが消えるまでの時間とか使って」
きりる「脈拍を数えるって手もあるな。ガリレオ・ガリレイは水時計以外に脈拍も時間を測るのに使ったといわれているし」
ひな「線香が燃える時間は? 蚊取り線香みたいに、燃えるにつれて長さが短くなっていく線香を使ったら・・・だめ?」
きりる「それは火時計といって、中国や日本で実際に使われていたぞ」
えみり「水時計は工夫されていろんなタイプのが作られたの。古代ギリシャとか古代ローマとかだと、大掛かりなのも作られてるよ。時計全体の歴史でいったら、水時計は案外、一番長く使われてきた時計かもしれないわ」
ひな「えみり先輩、詳しいですね」
みすみ「こいつのメカオタクは筋金入りじゃん」
えみり「でもさ、今みたいな時計が作られたのは、もっと後になってから。たしか、14世紀くらいだったと思うけど」
ひな「ええと、今みたいっていうと、デジタル時計・・・は、ないか。ゼンマイで動く腕時計みたいなのですか?」
えみり「腕時計はずいぶん後になってからだけど、まあ、ゼンマイ時計は一つの革命だったかもね。振り子時計と違って、船の上でも使えるから」
ひな「ええと・・・それ、なにか、大事なことなんですか?」
きりる「船で使えるのは大きいぞ。コロンブスの頃はそれがなくて大変だったからな。経度を知るのに一番ラクな方法は、月の位置と時刻を比べることだけど、船の上で使える時計はなかったんだ。たしか、懸賞金をかけて公募したと、何かの本で読んだことがある」
えみり「たしか、それって18世紀のことよ。公募で選ばれたのはイギリスのハリソンって人の時計。当時としてはすごく精密な時計だって話だけど」
ひな「じゃあ、その人が時計を発明した人ですか」
えみり「うーん、どうかしら。時計の発明は、時間の発明でもあるから、時間の測り方に革命を起こした人が、真の時計の発明者ってことになるんじゃないかしら」
ひな「時間の発明・・・って、意味がわからないですけど」
えみり「なんていったらいいかな。とにかく、昔の時計は、今とはぜんぜん違う時の刻み方をしてたのよ。それが今みたいな刻み方に変わったから、現在の時計や時間があるっていう・・・」
ひな「え? どういうことですか」
伸び縮みする古代の時間
きりる「うむ、時間の発明か。なんとなく想像はつくが、少し詳しく話してもらおうか」
えみり「今の時計は正確なリズムで時を刻むけど、昔の時計はそうじゃないってこと」
みすみ「昔の時計の方が、そりゃ不正確じゃん?」
えみり「不正確じゃないのよね〜、それが。むしろ、ある意味、正確っていうか」
ひな「なぞなぞみたいでわかりません」
えみり「ええと・・・昔の時間は、太陽の時間とでもいえばいいのかな。昔って、時計じゃなく、太陽を見て時間を感じていたでしょ。日の出から日没までが昼の時間で、日没から日の出までが夜の時間」
きりる「ふむふむ。ちょっと見えてきたぞ。要するに、昔の時計は日時計だというわけだな」
ひな「???・・・ええと、わかりませんていうか、わかりません」
みすみ「あっ、ひょっとすると、昔は日の出から日没までを刻んで時間にしてたってことかな。それなら、正確なリズムじゃないけど、決して不正確な時間じゃない・・・」
えみり「わかった?」
ひな「ええと、わたしは、まだ」
きりる「かりに、夏に日の出から日没までの昼の時間を12等分して1時間としたとしよう。それから半年たった冬に、同じように昼の時間を12等分して1時間とする。さて、この2つの1時間は同じか違うか、だ」
ひな「ええと、昼の長さはどんどん変化するから・・・夏の1時間と冬の1時間だと、夏の方が長くなります」
きりる「そうだ。だから、同じ1時間の長さは違う。だが、この方法だと、夏でも冬でも昼はきっちり12時間あることになり、過不足は出ない」
みすみ「端数が出ないんだから、ある意味、いちばんきっちりした時の刻み方じゃん?」
ひな「あ・・・」
えみり「時計の歴史を調べたときに呼んだ話じゃ、14世紀になるまでは、どこの国でも日の出と日没を利用した時間の刻み方を使っていた。水時計も、変化する時間を測れるように、目盛りの工夫がされていたんだって」
太陽時間から時計時間へ
えみり「でも、14世紀くらいから、時計はどんどん精巧になっていった。そうなると、時間のとらえかたが変わってくるでしょ?」
ひな「あっ、時計の針の動きで時間がわかるようになるから・・・」
えみり「そう。日の出や日没を意識しなくなっていった・・・ってことじゃないかな」
みすみ「でもさ、それまで昼や夜の長さに応じて時間を決めてたのに、時計ができたからって、そう簡単に意識が変わるかな」
えみり「時計の作りでいうと、太陽の動きに合わせて時の刻み方を変える、すごい技術がいるの。とはいえ、時計職人は最初の頃はそういう要望に合わせて、かなり無理な設計をしてたと思う。でも、単純なリズムで一定の時を刻むほうが圧倒的に作りやすいから、だんだん、そっちの単純な時計が広まっていったと思う。14世紀にはそういう一定リズムの時計が、街の時計塔や教会に飾られるようになったから」
みすみ「時計が日常になれば、いちいち太陽の動きを目で追わなくていいもんね。・・・そっか、時刻を知るためにいつも見ているものが、太陽から時計塔に変わったんだ。そしたら、時計塔が時間の基準になるじゃん」
きりる「そうした時計が広まることで、昼がきっちり12時間かどうかなんて、あまり気にしなくなっていったのかもしれんな。まさに時間の意識革命だ。こんなの、いくら国王が声をからして叫んでも、簡単には変えられないぞ」
えみり「でしょ? メカって、人間が作る単なるモノだけど、広まることで、人間の意識を変えることができるんだよ。その最初のブレークスルーが、時計だったんじゃないかしら」
きりる「ふむ。太陽時間から時計時間への転換か。なかなかに面白いテーマだ」
みすみ「でも、なんでそんなに時計って広まったのかな」
きりる「教会は鐘楼を持っているだろ。あの鐘の音は、神の祝福という意味もあったから、決まった時間に鐘を鳴らすのが教会の仕事だったはずだ。時計はそれに必要な装置だから、まず教会に広まったんじゃないかな」
えみり「ドンピシャ。英語の時計を表す<クロック>って言葉は、もともとオランダ語の<鐘>の意味の言葉なんだって。だから、時計自体に鐘の音を鳴らす装置を組み込んだものも多かったみたいよ。鐘を鳴らさない時計は、時計として認められなかったんじゃないかしら」
ひな「そういえば、時間を表す英語の<オクロックo'clock>は<of the clock >の短縮形だって、前にお母さんがいってました。えみりさんの話を聞いて、今、思い出しました」
きりる「そうか、ひなのご両親は、アメリカで暮らしていたことがあったんだっけ。<of the clock >、まさに時計時間だな」
みすみ「草木も眠る丑三つ時・・・っていうのは、そうすると、太陽時間だね。十二支で昼を6、夜を6に分けているからさ」
きりる「時間厳守とか、時は金なりとかは、時計時間によって生まれた新しい価値観なわけだ。そして、それをもっとも精密に体現しているのが、日本人ということになるな」
みすみ「でも、時計時間をきちっと守る国って、そんなに多くないじゃん」
きりる「時計時間革命があってから、まだ700年くらいだ。それまでの何千年、太陽時間で暮らしてきたんだから、そう簡単には切り替えられないさ」
時計の発明者はだれか
えみり「デジタル式の電子時計は20世紀後半からだけど、その前まで主流だったひげゼンマイを使った機械式の時計は、17世紀にイギリスのフックとオランダのホイヘンスが作ったのが最初よ。ホイヘンスは振り子時計の発明者としても有名ね。フックはアイディアだけで作らなかったんだけど、ホイヘンスが作って発表したら、おれの研究を盗んだって憤慨して自分でも作り、優先権争いをしたそうよ。」
みすみ「あー、いるよね、そういうヤツ」
きりる「フックは似たような逸話がいっぱいあって、人間的にはあまり好かれていない。ニュートンが万有引力を発見したときも、自分の方が先に見つけていたと難癖をつけた。あまりにしつこいので、対策として、ニュートンの有名な本『プリンキピア』は、最初は冒頭でフックへの謝辞を載せていたそうだ。フックが死んだとたんに、その謝辞を削除してるな」
ひな「フックって、ばねの<フックの法則>のフックですか?」
きりる「そうだ。顕微鏡で見たものを精密に描いた『ミクログラフィア』って本を描いているし、<細胞>の発見者としても知られているな」
ひな「なんですか、この絵は」
きりる「フックの正式な肖像画はぜんぜん残っていないんだ。フックに嫌がらせをうけたニュートンが、フックの死後、王立協会にあったフックの肖像画を全部捨てたので、どんな顔をしていたのか、さっぱりわからない。いま残っているフックの肖像画は、どれも後世の人が描いた想像画ばかりだ」
みすみ「ニュートンもひどいっていうか、えげつないね。そこまでしなくてもいいのに」
えみり「ホイヘンスはこんな感じの人ね」
きりる「時計の発明者というより、ワタシ的には、土星の輪の発見者とか、光の波動理論でニュートンと対決した人っていうイメージだな」
ひな「時計って、すごく複雑な機械っていう感じがしますけど、それを作ったんですか」
えみり「昔の科学者は技術力もすごかったの。ニュートンは自分の反射望遠鏡の凹面鏡を自分で磨いているし。まあ、自分でやれなくても、職人と連携すればたいていのものは作れるしね」
みすみ「うーん、今までの話だと、ホイヘンスが時計の発明者ってことになる?」
えみり「どうかしら。今の時計と同じ物なら、ホイヘンスよりもっと後の時代の人になるかな。船に乗せられるほどの時計はもっと後に発明された。これは、さいしょに話したっけ・・・」
ひな「ハリソンさんですねっ」
えみり「そう。当時としてはすごく精密な時計だったそうよ」
きりる「そうすると、現代時計の発明者はハリソンってことになりそうだ。しかし、工作技術が時計の周辺で一気に進歩したのはホイヘンスの時計以降だから、機械式時計はやっぱりホイヘンスが発明者ってことになるんじゃないか。だが、それはあくまでもヨーロッパの話だ」
ひな「それは、どういうことですか? あ・・・中国・・・?」
きりる「16世紀にマテオ・リッチたちイエズス会の伝道師が中国を訪れた時、中国の王様にヨーロッパの時計やガリレオの望遠鏡を見せて交渉したのは有名な話だが、じつはそれより500年くらい前に、中国では精密な機械式時計が作られている」
えみり「えっ、そうなの?」
きりる「11世紀に蘇頌(そしょう)が作った天文時計がある。現物は残っていないが、設計図は残っているんだ。水を動力として動く、精密な機械式時計だ。中国は、ヨーロッパみたいに科学技術が受け継がれないから、蘇頌の時計はそれっきり消えて、イエズス会が中国に来た頃には、中国でも忘れ去られていたようだ」
みすみ「きりるは科学オタクだと思っていたけど、中国史オタクでもあるんだ・・・」
きりる「中国は受け継がれなかった科学の記録がいっぱいあるからな」
えみり「蘇頌の天文時計は、次の世代に受け継がれずに消えてしまっているから、時計の発明者とはいえないんじゃない?」
みすみ「ってことは、やっぱりホイヘンスかな? 振り子時計もホイヘンスだし、時計のマスターって感じ」
きりる「まあ、だれが真の発明者かっていうのは、私たちが決めることじゃないけどな。望遠鏡だって、ガリレオ・ガリレイの前にオランダ人がおもちゃみたいなのを作っているが、それはそれっきりのことだし、ダ・ヴィンチの研究はダ・ヴィンチだけで完結している。次にどう継承されるかの方が、科学の発明としては重要だろうな」
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