ひさしぶりのマンガ版『これ、科学?』。第9話は目のフチに見える幽霊のお話です。
暗がりで目の隅の方に白い影がボーッと浮かんでいて、人間の顔や姿に見えることがあります。そちらを見ると白い影は消えている・・・
ぼくも、大学時代にキャンプ場で「百物語」をしたとき、そこにいた人が「木の枝の間に顔がある、だれか見て」と叫びました。そちらを見てもとくになにもなく、叫んだ本人も「さっきちらっと見えたのに、いなくなった」と声が震えていました。
その後、なんとなく気になって、くらがりで目の隅に白いものが見えたときは、すぐそちらを見る癖がつきました。見ると、とくになにもありません。ときどき、紙切れやコンビニの袋が枝にかかっていたことはありましたが。
シカ部のひなが夜空の星の話をしたのは、ぼくの体験談でもあります。暮れゆく夜空に一番星を見つけようと目を凝らしているとき、視界の縁の方に星影が見え、そちらを見ると星影が見えなくなっている、という体験を何度かしました。(これは、ぼくだけでなく、知人はたいていそういう経験を持っています)
シカ部の議論は、ぼくや知人が大学時代に交わした議論でもあります。
夜空で星を見失うのは、いったいどういうわけか・・・
コマ数の関係でその議論のすべてを載せることはできませんので、こちらの解説で少し補っておきます。こんな感じの議論です。
「まっさきに浮かぶのは、暗順応だな。明るいところから暗いところへ移動すると、まわりの暗さに目が順応するのには、時間がかかるやろ」
「うん。暮れゆく空といっても、おれたちがいる地面近くは照明があり、そこそこ明るいから、目はまだ明るいところに慣れている。そこから顔を上げて暗い夜空を見ると、暗順応できるまで星がよく見えないはずだ」
「ちょっと待て。それだと、最初に一瞬でも星が見えた理由がよくわからんぞ」
「どういうこと?」
「暗い所に目が順応するというのは、光を感じる閾値(しきいち)を変えることで行っているんだろ。目の性能は時間の経過につれ、徐々に上がっていくはずじゃん」
「たしかに。最初、星が見えなくて、徐々に見えてくる、というなら、理論通りだけどな」
「いやいや、暗い中でも、誰かがマッチに火をつければ、見えるだろ。星の光は弱いといっても、夜空の真っ暗な中では明るいんだから、目の性能が悪くても見えるんじゃないか?」
「じゃあ、なんですぐに見えなくなるんだ?」
「ほら、強い光を見ると、強い残像が残って、逆に見づらくなるやろ? 残像が星の光に重なって、一時的に見えなくなるんやないか。そのとき、星を見失うんや」
「残像が残って見づらくなるんだったら、その後も見づらいはずだ。星の光の強さは変わっていないんだから」
「暗順応でも残像でもないとすると、いったいなんだろうな」
「星の光は小さい光だから、それが盲点に入って見えなくなるとか?」
「おいおい、盲点の位置って、目の中心より横にずれてるんだぜ。星を真正面で見ようとして見えなくなるんだから、盲点とは関係ないだろ?」
「そうだな。最初盲点の位置にあって見えなかった星が、そっちを見たら盲点から外れて見えるようになるっていうんなら、納得できるんだが」
こんな感じで延々と続きます。理学部物理学科の学生の暇つぶし議論。だいたい食事どきが多かったですね。四〜五人でわいわい楽しんで議論してました。
「待てよ。人間が見える範囲って、どこからどこまでだ?」
「目玉を動かさなきゃ、たぶん180度くらいだろ?」
「その範囲って、どこも同じように見えるのかな」
「そりゃ、正面の方がよく見えるだろ。目の玉は正面を向いているんだから」
「そうとは限らんぜ。正面を向いていても、瞳のレンズを通して目に取り入れる光は、網膜の大部分に届くはずだ。じゃなきゃ、周りの景色はふちの方が消えてしまってるはずだろ。風景って、かなり広い範囲が、いっぺんに見えるぜ」
「ますます、わからなくなってきたな」
「たしか、光を感じる網膜の細胞って、2種類なかったか? どんなふうになってるんだろ」
「桿体と錐体だな。たしか、桿体が明暗を感じる細胞で、錐体が色を感じる細胞だ」
「ってことは、桿体の方が原始的な細胞ってことやな。どの生物にも共通してあるんやろ」
「桿体のほうが性能が悪いのかも」
「そうとは限らんぜ。桿体はずっと昔から生物に備わっていた細胞なんだから、明暗に関しては性能が高いのかもしれん」
「色を感じるのに特化してる新しい錐体より、明暗には強いってことか? だれか、生物で習ったときのこと、覚えてないか?」
「そこまでは知らん。おまえだってそうだろ?」
「うん、生物、興味なかったからなあ・・・」
「人間とか高等動物は、見たい方に目を向けるだろ。目を向けた方の景色の中心を見るのに、色の区別が必要だ。だったら、網膜の中心辺りに色を区別する錐体が並んでるんじゃないか?」
「網膜の縁の方は明暗だけ感じる桿体があって、網膜の中心の大事なところには錐体が並ぶってことか。それは、ありうるな」
「もしそうなら、視野の縁にある星の光は錐体じゃなく、桿体で見てるはずだ。で、そっちを見ると、今度は錐体で見ることになる」
「錐体が桿体より明暗を見分ける能力が低かったら、そっちに目を向けると、星の光が見えんくなる・・・けど、本当にそうなんか?」
「おい、やっぱり、生物(の知識)いるぞ! 錐体と桿体の明暗識別の違い、本当に誰か知らんのかよ」
物理学科の学生の限界ですが、まあ、がんばった方じゃないでしょうか。当時はインターネットどころか、個人用のパソコンもない時代でしたので、今みたいにスマホで検索して調べるなんてことは、気軽にはできませんでした。このときは、これ以上の確信は持てず、議論はそのまま持ち越しになっていました。(その謎が解けたのは、もっと後になって『物理の散歩道』を読んだときです。それについては、他記事「百物語」と『物理の散歩道』に書きましたので、興味のある方は、そちらをご覧ください)
ぼくたちに比べると、シカ部の人たちは興味が物化生地それぞれ分散しているので、こういう謎の問題を議論するのには有利ですね。
部長のきりるが行った見え方の実験は、生物学で、二種類の視細胞の違いを知るために、よく行われるものです。
ぼくもスギさんといっしょに講座を持った「先進科学塾」で、この実験を行いました。2種類の視細胞が網膜上でどのように配置されているかを知る実験です。
シカ部の議論もまた、ぼくたちと同様に、結論には至っていませんが、実験と議論を重ねていけば、いずれ「星の謎、幽霊の謎」にたどりつくことでしょう。それまでに、さらにたくさんの失敗をするでしょうけれど・・・
さて、ちょっと、おまけを。
この実験を行ってみると、どなたにも、視細胞がどのように網膜に分布しているかがわかります。
このようになります。
図のコメントにも書きましたが、実際に実験してみると、色を識別できる範囲はこの図より広くなります。おそらく、錐体の分布範囲は、錐体の密度の薄いところを含めれば、この図より広くなるのでしょう。
マンガでは、肝心の幽霊の話が飛んでしまいましたが、そちらの話はまた、裏話で。
また、お会いしましょう。
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