ミオ「ここで、16世紀にもどってみようか。ええと、16世紀末に時計を合わせて・・・(時計をカチリと鳴らす)」
さり「なんか、楽しそう! どんなふうに使うのか、見たいなあ」
壮年の男「こら、おまえたち、かってに私の部屋に入るな!」
ミオ「いやははは、ちょっと見学に。偉大(いだい)なるリバヴィウスさん、『アルケミア』の出版おめでとうございます」
リバヴィウス「ほう、私の本を知っているとは、感心だ」
かのん「この人、だれ?」
ミオ「この人はね、ドイツの錬金術師(れんきんじゅつし)、リバヴィウスさんだよ。これまでの錬金術の集大成本『アルケミア』を出した人だ。アルケミアは錬金術のことだよ」
れん「錬金術師ってことは、魔法の人ってこと? ということは、地水火風の4元素とか、水銀・硫黄(いおう)・塩の3成分で、理論を作っている人かしら」
リバヴィウス「ほほう、子どもなのに、錬金術の基本をよく知っている。もちろん、4元素、3成分は大事だが、私はこの本では、そういう理念的な話はひかえ、現在にいたる錬金術の成果(せいか)を、できるかぎり具体的(ぐたいてき)に記述(きじゅつ)したのだ」
れん「具体的っていうと、どういうことですか」
リバヴィウス「例えば、今まで秘密(ひみつ)にされてきた、塩酸(えんさん)、硫酸(りゅうさん)、王水(おうすい)の製法を書きしるした」
れん「えっ、それはすごいわ。王水って、このときからあったのね」
かのん「王水って何?」
れん「金や白金を溶かせる酸よ。たしか、硝酸(しょうさん)1に塩酸3の割合でまぜたものだったかしら」
しもん「塩酸、硫酸は、現代化学の基本的な薬品ですよ。錬金術は自分の秘密を明かさないのに、それを公開するって、すごいことです」
ミオ「そう、錬金術師ではあるけれど、リバヴィウスさんのこの本は、後の化学につながる、貴重(きちょう)な本なんだ」
れん「塩酸や硫酸を作れるなんて・・・錬金術から化学が生まれたって、本当だったのね」
ミオ「それは、どうかな」
さり「どういうことですです?」
ミオ「錬金術の歴史はとんでもなく長い。あれやこれやを混ぜたり熱したり、いろいろやっているうちに、たまたま成功することがある。それを千年、二千年と重ねてきたから、それなりの成果があるだけさ」
かのん「まぐれ当たりってこと?」
ミオ「まあ、そうだね。基本的な考え方が間違っているし、たまにうまくいっても秘密にして他人には教えないから、錬金の成果はほとんど広まらなかった。リバヴィウスさんの本は、そのタブーを破ったんだ」
さり「じゃあ、化学が生まれるまで、もう少しですか」
しもん「ええと、16世紀末っていうと、どんな時期でしたっけ。今までのメモを見てっと・・・ガリレオさんが活躍した時代ですね。あ、ケプラーさんも」
ミオ「もう少したつと、ガリレオさんが月面を望遠鏡で見て、『星界の報告』を出版するよ」
れん「じゃあ、もうコペルニクスの地動説が登場した後ですね。でも、化学はまだなくて、錬金術なんですか」
しもん「医学もまだですよ。(ノートのメモを見て)ええと、このあいだ会ったハーヴェイさんの血液循環理論の本は、あと30年くらい後に登場しますね」
ミオ「その少し前に、ヘルモントという医者が、気体(ガス)という言葉を作るよ。それまで、気体に種類があるなんてだれも思わず、ぜんぶ空気と呼んでいた。ヘルモントが二酸化炭素にあたる気体を発見して、木のガスと名づけるんだ」
さり「じゃあ、あと30年くらいしたら、化学が生まれるんですね!」
ミオ「まだまだ。じゃあ、そのきっかけになる人に会いに行こうか(時計をカチリと鳴らす)」
ミオ「1662年。17世紀半ば過ぎの、アイルランドだよ。あ、あの人!」
かのん「あれ? このおじさんの顔、なんかどこかで見たような・・・」
れん「あっ、ボイルの法則の・・・」
ボイル「いかにも、私はロバート・ボイルだが。その、私の名のついた法則とは、ひょっとして、気体の体積と圧力が反比例するという、最近見つけた法則のことかな」
れん「そうです! ボイルの法則、教科書にも載っています」
ミオ「そう、この人が<化学>という言葉を初めて作った人だよ」
れん「そうなんですか! わたし、化学が大好きなんです!」
ボイル「ほほう、それはうれしい。私が1661年に出した『懐疑的化学者』という本で、私は『alchemist』つまり錬金術師に変わって、はじめて『chemist』つまり化学者という言葉を創設したのだ。それまでの古い考えを廃し、新しい研究に切り替えなければと考えてのことだよ。また、それまで医学と化学の区別はなかったのだが、化学を医学と区別して研究できるようにとも考えた」
さり「錬金術と化学者って、どう違うんですか?」
ボイル「錬金術師は根拠があるかないかわからない推論をもとに研究する。私は実験によりすべてを証明することが大切だと考えた。これこそ、化学者の仕事だ」
れん「わたしも、そう思います!」
ボイル「本を出した翌年、私は気体の体積と圧力の法則を発見した。それは、気体が基本的な粒子の集まりであることを示す実験でもある。圧力をかけると粒子の感覚が狭まり、体積が小さくなると考えればいいのだから」
ミオ「ボイルさんはギリシャのデモクリトスが唱えた原子論をこの時代に本格的に復活させた人でもある。デモクリトスと違うのは、ボイルさんが実験によってそれを示したことだ」
しもん「ぼく、原子は、もっと後のドルトンの原子記号のときに生まれたものだと思っていました」
ミオ「このころはまだ、原子にいろんな種類があるとは、わかっていなかった。気体も1種類で、不純物の混ざり方でいろんな色になったり、いろんなにおいになったりすると考えられていたんだ。ボイルさんが『化学』という言葉を作ったけど、化学が本格的に始まるのは、まだまだ後の話だよ。それにね(声をひそめて)ボイルさんも、古い時代の理念をひきずっているところがあったんだ」
かのん「それって、4元素みたいなやつ?」
ミオ「ボイルさんは燃焼したあと重くなるのは、火の微粒子が物体にしみこむからだと考えたんだ。これが、形をかえて、熱の粒子フロギストンとして登場し、研究者をまどわすことになる」
れん「このころはどんな時代だったかしら」
しもん「(ノートのメモを見て)ガリレオさんの宗教裁判が1633年で、今より30年くらい前ですね。あ、2年前に、毛細血管が発見されてます」
ミオ「リンパ管は、そのさらに7年前に発見されてる」
かのん「なんだか、化学だけ、ほかのよりちょっと遅れてない?」
ミオ「錬金術の歴史が長かったからね。じゃあ、もう少し後に行ってみようか(時計をカチリと鳴らす)」
ミオ「ここは、1789年、18世紀後半のフランスだよ。ちょうど、フランス革命が起こったのもこの年だ」
かのん「ベルばらだね」
ミオ「ええと、あの人は・・・」
れん「あの人かしら。手に本を持っているわ」
ミオ「あ、そうそう。やほー、ラヴォアジェさん、いよいよ、本ができたんだね!」
ラヴォアジェ「そうだ、完成したばかりだよ」
さり「ええと、表紙は・・・フランス語だよね?」
ラヴォアジェ「これは『化学のはじめ』と書いてある。今までの研究を集大成したもので、新しい化学について書いたものだ」
かのん「ボイルさんから、100年後ね。ずいぶん後じゃん」
ミオ「18世紀の半ばころから、化学の発見はいくつかあったよ。1754年にスコットランドのブラックが石灰岩を熱すると気体が発生することを発見した。ブラックは<固定空気>と呼んだけど、これは、二酸化炭素ね。それから1766年にイギリスのキャベンディッシュが金属に酸を作用させると気体が発生することを発見して、<火の空気>と呼んだ。これは、水素。1774年にイギリスのプリーストリーが、空気中よりも激しくものが燃える<脱フロギストン空気>を発見した。これは、酸素。でも、ここまでのたくさんの化学研究は、フロギストン説が影響して迷走し、実験を正しく理解することができなかったんだ」
さり「フロギストンって、何です?」
ラヴォアジェ「フロギストンとは物を熱したときに炎となって物質から飛び出していく、重さのある粒子だ。だから、物を熱したときにはフロギストンが出るため、物の重さは減るはずだった。ところが、実際には燃やした物は燃やす前より重くなるんだ」
しもん「それなら、すぐにもフロギストン説が間違っているって、気がつきそうなものだけどなあ」
ラヴォアジェ「フロギストンは100年ほど信じられていたものだから、そう簡単には否定できないよ。私だって、最初のころはフロギストン説で実験を説明しようと考えていたくらいだ。その後も、私は重さのない別の熱の粒<カロリック>を考えもしたが、やがて、それも必要ないことがわかったのだよ」
かのん「フロギストンって、火の微粒子だっけ」
さり「それ、まるで火の元素だよね」
れん「そうよ。古代の4元素。こんなところまで、生き残っていたのね」
ラヴォアジェ「ギリシャ哲学者の4元素は想像の仮説だ。実験により事実が集められている今、そんな仮説は捨てるべきだろう」(*1)
さり「4元素はいらない! ・・・いよいよ、魔法の世界とさよならするんですね!」
ラヴォアジェ「おもしろいいいかたをするね。今はまだ化学ははじまったばかりだから、元素が何種類あるのか、どれが化合物でどれが単一の物質なのか、今後の実験を待たねばならない。ただ、今までの物質の名称はあまりにも適当だったから、これからの実験には不都合だ。そこで、一定の規則で物質に名称をつけ治すことにした。これで、研究も今までよりすみやかに進むはずだ」(*2)
(*1)この言葉はラヴォアジェ『化学のはじめ』序文で、ラボアジェ自身が語っている言葉を参考とした。
(*2)この化学命名法はラヴォアジェの3部作の1つ『化学命名法』としてまとめられている。
れん「最初に思っていたのと、イメージがちがっていたわ。わたし、化学って、錬金術が進歩して生まれたものだと思っていたから」
しもん「錬金術がなければさまざまな物質は見つかっていないけど、錬金術のせいで化学のはじまりはおくれたんですね。なんか、不思議な関係です」
ミオ「あのニュートンも、ひそかに錬金術の実験を繰り返していたんだよ」
さり「えっ、化学じゃなくて、錬金術ですか?」
しもん「そうですね。ニュートンはラヴォアジェさんより100年前の人です。ボイルさんと同じ時代の人ですよ。あのころはまだ、化学という言葉が生まれただけで、実質的には、まだ錬金術の時代だったでしょうから」
れん「でも、どうして、18世紀になって、錬金術の実験が化学の実験に変わっていったのかしら」
しもん「そうですね。4元素はいらないってラヴォアジェさんがいったのも、いろんな人の行ったたくさんの実験の積み重ねがあればこそ、ですから」
さり「18世紀に、なにか特別なことがあったのかな。実験をすごく正確にできるようになったとか」
かのん「料理はもっと昔の時代からあったよね。料理も化学の実験みたいなものだっていうけど、化学は18世紀にならないとできなかった・・・」
れん「かのんのいうとおりかも! 料理は塩ひとつまみとか、油をスプーン一杯とかだけど、化学の実験だと何グラムとか何デシリットルとかでしょ」
かのん「あっ、そうか・・・温度計! ミオくん、温度計が発明されたのって、いつ?」
ミオ「最初の温度計は17世紀はじめのころのガリレオのもので、それをガリレオの知り合いの医師が体温計として使ったけど、これは気体を使った温度計で、あまり正確じゃないから、実験には使えない。今みたいな温度計が発明されたのは、1714年、ドイツのファーレンハイトが作った水銀温度計。これは華氏(かし)温度計だけど、精密(精密)だから、実験にもつかえた」
しもん「18世紀!」
れん「だから、18世紀になって、実験の質が変わったのね!」
かのん「道具って、大切だよねえ」
さり「じゃあ、それより前は、手で触って熱くなったとか、冷たくなったとか感じながら実験してたの?」
しもん「それじゃあ、何が起きてるかよくわかりませんねえ」
さり「ミオくん、魔法の国に行くって、こういうことだったのね!」
れん「魔法が科学と入れ替わる場所が、ミオくんが調べる魔法の国ってことだったのね」
ミオ「そう。今回のミッションは、まさにそれだったんだ」
かのん「ねえねえ、物理と医学と化学はわかったけど、生物と地学は?」
しもん「そうです。ぼくは、地学のはじまりを知りたいです」
かのん「わたしは生物!」
ミオ「今回はいったん、これで一区切り。生物と地学、それと宗教や魔法との関係は、また今度ね」
しもん「待ち遠しいです」
かのん「わたしも!」
れん「二人とも、いつになく積極的(せっきょくてき)ね。でも、わたしもそれ、知りたいわ」
さり「わたしもわたしもですです!」
ミオ「じゃあ、約束。また、今度ね」
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