紫はなぜ高貴な色か〜染料の科学 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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さり「あれえ、何ですか、それ。きれいな紫の・・・」

ひろじ「これは、羊毛だって。今から3千年くらい前のものだよ。2021年の1月に、イスラエルで見つかったそうだ。ええと、日経サイエンスの最新号(5月号)の記事だから、かなり早い記事だねえ」

あかね「3千年も前の染料っていうと、今みたいに合成染料じゃないですよね?」

ミオ「もち、そうだよ。合成染料が本格的に使われるようになったのは、19世紀半ば(1856年)に18歳ドイツの化学助手パーキンがコールタールから紫色の染料を合成するのに成功してからのこと。それから、あっというまに合成染料の研究が広まって、それまで一大産業だった植物や動物から染料を取る自然染料を駆逐してしまった。それで、世界中の農園で染料のもとになる植物をそだてていた人たちが、失業したんだ」

とっぴ「へえ〜、科学が発達すると、そういうこともあるんだなあ」

ミオ「一番最初の合成染料は、それより200年くらい前、1710年に、化学実験のとき偶然発見された。プロシア青と呼ばれる染料だよ。でも、この製法は秘密にされ、1724年にイギリスの化学者が独自に合成した」

むんく「製法は、ひみつ?」

ミオ「パーキンの見つけた紫の染料は当時モーブとよばれ、ヨーロッパで大流行した。紫色は、昔から高貴な色として人気があったからね」

ろだん「染料の合成実験、今度やってみるかな。ところで、そのサイエンスの記事は、3千年前のものだから、当然、自然物で染めたんだよな。紫色って、何から抽出したんだろう」

とっぴ「そりゅあ、紫色の花を集めて、煮詰めたりしたんじゃない?」

あかね「そうじゃないと思うわ。高貴な色ってことは、お金持ちじゃないと使えなかった色ってことでしょ? ということは、簡単には作れない染料ってことよ。紫色の花なら昔からいっぱいあるはずだから、そんなに貴重なものじゃないはずよ」

 

ひろじ「さすが、あかねくんは論理的だね。たしかに紫色の染料が発見された当時、それまでだれも見たことがない色だったから、珍重されたんだよ。こちらの事情は、サイエンスよりも、こっちの本にくわしいよ。前回も紹介した『エピソード科学史』。こちらは、50年くらい昔に出版された本だけどね」

さり「え〜、なんて書いてあるのか、知りたいですです!」

ひろじ「ええと、古代フェニキアのチレという町で作られていた【チレの紫】と呼ばれる染料のことがくわしく書かれている。これは、現在のレバノンのスルという町にあたる。今月号のサイエンスに記事になっている紫色の羊毛はイスラエルで発見されたから、まさにチレの紫で染めた羊毛だろうね。紀元前10世紀にはチレが紫染色の中心地だったとされている。サイエンスの記事のよると、古代メソポタミアのヌジという都市遺跡から見つかった粘土板に、紫染色の話が書かれていたそうだ」

ろだん「それで、その紫は、何から取った色?」

ミオ「貝だよ。悪鬼貝(アッキガイ)と呼ばれる巻き貝。いろんな種類があるよ。日本では同じ種類の貝でアカニシと呼ばれる貝がある」

ひろじ「うん、サイエンスによると、日本のアカニシはヨーロッパで染料に使われていた貝より紫がたくさんとれるそうだよ。日本でも、モースが行った縄文時代の貝塚の調査で、アカニシの貝殻に不自然な穴が空いていたことが見つかっている。フェニキアのアッキガイに開けられていた穴と同様な穴だから、日本でも貝紫の染料がつかわれていたかもしれないというよ。三重志摩の海女では、昭和30年代くらいまで、魔除けのドーマン、セーマンを貝紫で描いていた」

さり「どおまん、せえまんって何ですか」

ひろじ「昔から日本で使われていた魔除けの図形だよ。ドーマンが格子模様、セーマンが五芒星の模様。ええと、荒俣宏の『帝都物語』でくわしく書かれているから、読んでみるといいよ。ちょっと長い話だけどね。あ、映画にもなったから、そっちの方がてっとり早いかも。あの有名な陰陽士、安倍晴明も五芒星を使っていたね」

ろだん「貝か・・・じゃあ、たくさんの貝を捕まえないといけなかっただろうな」

ミオ「チレの人は、アッキガイがイガイという二枚貝を食べる性質を利用して、一種の釣りをして大量に捕獲していた。イガイをアミにいれ、海に入れると、イガイがいっせいに貝を開ける。むき出しになった本体にアッキガイが食いつくとイガイが貝を閉じるから、アッキガイが抜け出せなくなる。それを、アミごとすくって捕獲するっていう漁法だった」

ろだん「すげー、利口だ」

 

さり「紫色って、どういう人が使っていたんですか」

ひろじ「王様とか貴族とか法王とか、まあ【偉い人】つまり権力者ってことになるかな。王様によっては、王族以外が紫色の服を着たら、則死刑、って決めた人もいるんだって」

さり「それは、ひどいですう」

とっぴ「ぼくは、紫が高貴って感じはしないけどなあ〜。あかね色の方が偉そうに感じたりして」

あかね「それ、どういう意味よ!」

ひろじ「あかね色には、科学史的には、特別な意味合いがあるよ」

あかね「えっ? どういうことですか」

ひろじ「あかね色は古代エジプト時代から使われていた、歴史のある染料だよ。アカネで染めた布がミイラに使われていたんだって。でも、科学史的な意味合いというのは、18世紀のある出来事のことだ」

さり「わあ、わたしも聞きたいですです!」

ひろじ「1736年のこと、ベルチャーというお医者さんが、たまたまアカネの染料を含んだ餌を食べさせた豚の骨が、赤く染まっていることに気がついた。いろいろ実験して、アカネを含んだ餌を食べさせた豚やニワトリの骨が必ず赤く染まることを確認したあと、ベルチャーは生物学的な実験をしたんだ」

ろだん「生物学の実験? 骨が赤く染まるのをつかって・・・?」

とっぴ「ぼくなら、骨だけじゃなく体中真っ赤になるまでアカネを食べさせちゃう」

あかね「遊びじゃなくて、研究でしょ・・・でも、ちょっと思いつかないなあ」

ミオ「ベルチャーはね、鳥に何日間がアカネ入りの餌を食べさせたあと、何日間かふつうの餌を食べさせるというのを、繰り返したんだ。そうすると・・・」

ろだん「あっ、そうか! 骨の成長だ!」

ミオ「そうだよ。その鳥の骨を見たら、骨の断面が年輪みたいに赤と白の輪が交互にできていた。骨がどういうふうに成長するか、確かめることができたんだ」

さり「すごいです!」

 

あかね「なんか、うれしい。アカネって、科学に貢献してるのね」

ひろじ「そうだね。でも、アカネも貝紫と同じで、19世紀に生まれた合成染料の登場で、アカネ栽培の時代が終わった」

とっぴ「あかねの時代は終わったんだね」

あかね「ちょっと、そういういいかたはしないでよ! とっぴの時代も終わらせるわよ!」

さり「あのう、ひとつ疑問がありますです!」

ひろじ「なにかな」

さり「19世紀になって、突然、染料が合成されるようになったのって、なぜなんですか。昔から、いろんなものを混ぜたり煮たりして、物質を合成していたんでしょう?」

ひろじ「さりちゃんはするどいなあ。なかなか、思いつかないことだと思うけど。ぼくの意見でいいなら、話せるけど」

さり「もちろんですです!」

ひろじ「19世紀は科学の時代といわれる。ガリレオやケプラーが登場した頃から、科学的な思考方法や方法論が生まれて、哲学みたいに人間の頭の中で考えた理論に頼らず、実験をして実際の現象から学び、理論を考えるということが行われるようになった。それが花開いたのが18世紀から19世紀にかけてだよね」

さり「それより前も、実験していたんでしょ? 童話とかの挿絵で、魔女がいろんなものを混ぜて煮込んで、へんな薬を作っているのがありますです!」

ひろじ「それは、魔術とか錬金術とかいわれるものでね。たしかに、たまたまうまくいくこともあったけど、どうしてそういうことが起こるのかっていうリクツを、頭の中で考えた哲学で判断していたから、次につなげることができなかったんだ。たとえば、今、みんなが学校で習っている原子、元素の組み合わせで物質ができているっていう考えは、昔はなかった。基本的なリクツがないから、とにかく場当たり的にいろんなものを混ぜるしかなかったから、新しい物質ができるのは、まぐれ当たりだったんだ」

ろだん「それ、わかるな。とっぴがよく、なにも考えずにいろんなものを混ぜたり反応させたりすることがあって、実験に失敗するから」

あかね「そうか、昔の人は、みんなとっぴみたいだったのね。それじゃ、うまくいかないわ」

とっぴ「それ、ひどくない?」

 

ミオ「魔法と科学がどう切り替わってきたのか、いずれ知ることができるかもね」

さり「あっ、それ、すごく、知りたいですですです!」

とっぴ「ぼくも!」

ミオ「そのときが来たらね」(*)

 

(*)さりと魔法の国シリーズ記事(リンクを参照)、および、後日公開予定のマンガ『さりと魔法の国』をご覧ください。

 

【参考】

日経サイエンス20215月号

『エピソード科学史1科学編』『エピソード科学史4』農業技術編(現代教養文庫)A・サトクリッフ、APDサトクリッフ著、市場泰男訳

 

 

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