ロシアの作曲家、プロコフィエフが16歳の時に書いたソナタを、自ら改作した作品といわれるこの第3番。タイトルにある『古いノートから』とは、それを意味しており、作曲活動が軌道に乗っていたプロコフィエフの作品に対する、ある種の「言い訳(笑)」じみた命名ともとれる。

作品は単一楽章の構成だが、強烈な運動や相反する叙情、古典と前衛など、スムーズな音楽の流れの中で目まぐるしく変容する憧憬は、若かりしころの草稿が既に彼の音楽的成熟を成し得ていたともいえ、その草稿を見事なまでに10年後の自分のスタイルに嵌め込んだ技量もまた流石というしかない。

日本におけるロシア音楽のスペシャリスト、有森博のピアノで聴くと、この曲が持つ豊かな表情が際立って聴こえてくる。短いながらも聴き応えの作品といえる。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


有森博(Pf)[2002年5月録音]

【fontec:FOCD3496】
吉松隆(1953~)が作曲したピアノ協奏曲は、その名も『メモ・フローラ』・・・「花についての覚え書」という邦訳が。花びらがだんだん開き、水面を花びらが漂い揺れ、満開の花が春の爽やかな風に吹かれる。各楽章の風景は目を閉じると自然と想起させられるほどに美しさに満ち溢れている。これほどまでに美しい曲は他に無いであろう、と思いたくなる位にこの曲は、ただ只管に美しい。

FLOWER(花)、PETALS(花びら)、BLOOM(花)と題された3つの楽章からなっており、「花たちへの賛歌」と作曲者は表現している。どの楽章もそれぞれ美しいのだが、個人的には8分の4拍子と8分の5拍子の変拍子となる第3楽章は、まるで花たちが風に吹かれながらダンスを踊っているかのような、疾走するフィナーレが印象的だ。

自分は、この作品の日本初演に立ち会う事が出来た一人である。この作品を献呈された田部京子がピアノを弾き、藤岡幸夫が指揮する日本フィルハーモニー交響楽団の定期公演だったが、その時のカーテンコールは忘れることはできないだろう。鳴り止む事のない拍手が会場を包み込んでおり、それこそ、この作品が誰もの心に響く作品であることを証明してくれていたと感じずにはいられない。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
藤岡幸夫/田部京子(Pf)/マンチェスター・カメラータ[1998年5月録音]
【CHANDOS:CHAN 9652(輸)】

劇場のこけら落としのために書かれたベートーヴェンの祝典劇《献堂式》は、昨今はほとんど演奏される機会が無い。しかしながら、この祝典劇は実に美しくも華やかな、まさに祝祭の雰囲気に富んだ壮大な構成になっている。

ソプラノとバリトン、合唱を伴い、何故に今日演奏されないのか、疑問に思えるほどに聴きどころ満載である。壮麗にして華麗な合唱に、ソプラノとバリトンの二重唱。「さすが、ベートーヴェン」と言いたくなるような作品といえる。ちなみに第4曲は、かの有名な「トルコ行進曲」。それだけでも興味が湧いてくる人もいるかもしれない。

そんな演奏される機会が少ないこの作品をアバドとベルリン・フィルが録音を残している。アバドの洗練されたタクト裁きで端整のとれたスマートなベートーヴェンを堪能できるといえる。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
クラウディオ・アバド/シルヴィア・マクネアー(S)/ブリン・ターフェル(Br)/ブルーノ・ガンツ(語り)/ベルリン放送合唱団/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1994年録音]
【DG:POCG-1961】

ドヴォルザークの交響曲といえば第8番と第9番であるが、この第7番も侮れない魅力に溢れた作品である。ブラームスの交響曲第3番を聞いた後に書かれたといわれており、全体的に重厚な趣ではあるものの、それまでに書いた6つの交響曲に聞けるボヘミア色はそんなに色濃くはない。ここで紹介するジュリーニの録音で聞くと、そのブラームスから受けた影響は明晰に表出してくる。特にを悲劇的な雰囲気に包まれた第1楽章と第4楽章では、「ジュリーニ節」が全快しており、どっしりと構えた演奏は安定感に満ちている。叙情的な第2楽章は、ゆったりとした自然美を感じさせてくれるもの。第3楽章はドヴォルザークお得意の民族色が強く、少し陰気臭い空気も魅力的である。

ジュリーニの演奏は、往々にして堅牢、重厚な音楽になりがちではあるが、この7番の交響曲ではうまく態に収まっている。ジュリーニの魅力を最大限に体験できるであろう一曲である。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


カルマ・マリア・ジュリーニ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団[1993年2月録音]

【SC:SICC 238】
「運動員進行曲」の名で中国では知られ、その中国で出版されているスコアの表紙には英語表記で「Athletes' March」と書かれていることから日本では「スポーツマン行進曲」とも訳される事が多い中国を代表するマーチを紹介する。

「中国人民解放軍軍楽団集体創作」とスコアの表紙には書かれ、人民解放軍の軍楽隊の創作組に所属する3名(呉光瑞(ハウ・クァンレイ)/李明秀(リ・ミンショウ)/賈双(ジャ・ショァン))の名前も記されている。1952年に創設された人民解放軍の軍楽隊は指揮者、作曲者、教育者の育成にも取り組んでおり、その中の創作組が作曲を担っているとされている。

楽譜には「雄壮有力」と書いてあり、中国人の演奏で聴くと、これ見よがしに力強く、ここぞとばかりに「中国共産主義」を音楽で体感できる程に「雄壮有力」である。芸術という言葉とは無縁といえ、「国威発揚の塊」ともとれる「熱さ」を感じる。日本の自衛隊が誇る軍楽隊の録音も力強さはあるものの、突き抜けるような「熱さ」には到底及ばないものがある。しかしながら、演奏技術は優れており、行儀よく織り目正しいスマートな演奏といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
中國中央管弦楽團[録音年不詳]
【迪安唱片:DICD 7417(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
早田透/海上自衛隊東京音楽隊[1986年~1989年録音(詳細不明)]
【KING RECORDS:KICW 3013】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
武田晃/陸上自衛隊中央音楽隊[2009年7月録音]
【fontec:FOCD9453】
日本を代表する作曲家、伊福部昭(1914~2006)を代表する作品でありデビュー作でもあ、『日本狂詩曲』を紹介する。

伊福部の名は、とりわけ『ゴジラ』に代表される映画音楽において知られているものの、残した作品は多岐にわたっている。その彼が世に初めて送り出した作品が『日本狂詩曲』である。

曲は『夜曲』と『祭り』と題されて2つの曲から成っている。『夜曲』では、ヴィオラの独奏が酒盛り歌の様に奏でられる主題が侘しさに溢れている。その後に展開される音楽は、タイトルの通りの夜の音楽であり、暗澹たる空気に包まれているのが特徴だ。『祭り』では終始、祭り囃子の主題がたたみかけるように登場し、日本人の熱気に満ち溢れた祭りが表現されている。節回しは祭り囃子そのものといえ、民族主義的な伊福部を象徴するかのような音楽でもある。

後の伊福部の音楽にも見られる民族主義的な力強さが満ち満ちと溢れている作品であり、とにかく、日本的な情緒が終始漲っており、西洋音楽的では全くない。逆にそれが、日本のオーケストラで聴くことにより、その迸る日本人のパッションが幾重にも増大していく魅力を孕んでいるといえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
沼尻竜典/東京都交響楽団[2000年7月録音]
【NAXOS:8.555071(輸)】
チャイコフスキーが作曲したバレエの最高傑作『眠りの森の美女』の全曲版を紹介する。名盤といわれると意外と少ないのがこの『眠れる森』であるが、その作品の長大さがゆえか否かは定かでないが、「これ」といわれる全曲盤の名録音が無いといえる。
そんな中で個人的に愛聴しているのがこのプレトニョフ盤である。個人的にロシアの音楽はロシアのオーケストラで聞くことをモットーとしている自分であるが、この録音もまたその思いを強くさせられるものだ。全体的にメリハリを効かせ、ワルツに代表されるように、予想以上に重厚に音楽を紡ぎあげているのが特徴的である。この録音で「バレエが舞えるか」甚だ疑問ではあるが、音楽的にドラマティックに仕上げられた一つの交響的描写としては、他の録音の追随を許さないものがあると感じる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ミハイル・プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団[1997年10月録音]
【DG:UCCG-4238/9】
バッハの作品は後世の多くの作曲家が手を加えて、編曲版を残している。オーケストラに編曲されたバッハの作品としてはストコフスキーやシェーンベルクの作品が有名だが、ここで齋藤秀雄が編曲したオーケストラ版のシャコンヌを紹介したい。

弦楽器と管楽器の調和と均衡が保たれたこの編曲版は、オルガンの響きにも通ずるようなオーケストラの響きがあり、美しさと荘重さに包まれている。自然と感涙に咽んでしまうかもしれないほどに、美しく感動的である。



今日紹介する映像は齋藤秀雄の没後30年のメモリアルコンサートの模様だ。小澤が奏でるこの劇的な世界・・・、まさに、鎮魂歌の如く心に響き渡る力演といえる。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラ[2004年9月1日収録]

【サイトウ・キネン・フェスティヴァル松本実行委員会:SKF-001/2】
アメリカを代表する作曲家、ファーディ・グローフェ(1892~1972)は音楽史上において二つの大きな仕事を成し遂げたといえる。まず一つは、ガーシュウィンが残した『ラプソディー・イン・ブルー』のピアノ・スケッチをオーケストレーションした事。もう一つが、組曲『グランド・キャニオン』の作曲である。
今日紹介する作品はその組曲『グランド・キャニオン』である。その名の通り、アメリカ・アリゾナ州にある国立公園「グランド・キャニオン(大峡谷)」の憧憬を音楽によって表現している、さながら、「アメリカ版アルプス交響曲」の様相を呈している作品だ。
第1曲から順に「日の出」「いろどられた砂漠」「山路にて」「日没」「豪雨」と題されたおり、特に第3曲の「山路にて」は単独でも演奏される機会があるほどに有名である。驢馬の嘶きや蹄の音、カウボーイが口ずさむ歌などを軽妙に取り込み、アメリカ西部の風景を活き活きと的確に描写している。
全体で30分に及ぶ作品であるが、アメリカ音楽らしい理解しやすい、ライトな音楽であり実に聴きやすい。バーンスタインの演奏も頗るダイナミックで、彼らしさを体感できる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック[1963年5月録音]
【SONY CLASSICAL:SRCR 9945~6】
誰もが耳にしたことのあるアメリカのマーチといわれると、スーザの作品が数多く挙げられだろう。そのスーザをして、「自分の作品以外で最も気に入っている作品」と評したのが、このバグリーの「国民の象徴」である。 アメリカ国内ではスーザの「星条旗よ永遠なれ」と人気を二分するほどに親しまれている。曲は「アメリカ国歌・星条旗」のフレーズが巧みに引用され、アメリカ人のハートを射止めるに難くない魅力的な旋律とリズムに富んでいる。マッコイの『消燈』の翌年に作曲された「国民の象徴」、20世紀初頭のアメリカの軍楽隊の豊富な作曲家陣に頭が下がる。


ここで紹介するボストン・ポップス・オーケストラの演奏もまた、アメリカン・マーチの醍醐味である華麗なるサウンドを前面に表出しており、実に爽快だ。




【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床



キース・ロックハート/ボストン・ポップス・オーケストラ[1999年5月録音]


【RCA:09026-63516-2(輸)】