『子犬に脳を盗まれた!不思議な共生関係の謎』
Jon Franklin
The Wolf in the Parlor:The Eternal Connection Between Humans and Dogs
2009
語り口が好きな本、ものの捉え方にピンと来るものを感じる本、
そういう本にはなかなか出会えない。
本は、見つけようとする気持ちと時間も必要で、それに割く時間が少なくなっているということだ。
重たく値段の高い本を買うことはここのところ少なくなっていた。
でも夏休み。涼しい本屋さん。長居して。
パラパラ読んで、ピンと来た。やっぱり当たり。
この本の作者、ジョン・フランクリンはアメリカのサイエンスライター、
第一線の科学者に対しインタビューを重ね、分かりやすい記事にまとめ直す
仕事を長年してきた人(ピューリツァー賞を二度も取っているよう)
フィールドは様々で、脳科学や解剖学、考古学などなど。
何かが気になればずーっとずっと考えずにはいられないようなタイプの人で
長年新聞記事を書いていた。
彼自身は自分はどこか他の記者と違うと思っていた。
”サイエンスライターと呼ばれているけれど自分は「真実と美」が担当分野だと”
ジョンが、恋人リンに真剣にプロポーズした時、リンは
「それは子犬を飼えるってこと?」
と答えた。そしてジョンとリンとスタンダード・プードルのチャーリーとの共同生活が始まった。
ジョンはそれまで犬好きな人(彼は犬族と呼んでいる)を少しクールな目で見ていた。
自分の生活が何かほかの生き物に脅かされるなんて嫌だと思っていた。
けれど否応なく犬族リンと子犬のチャーリーとの生活に巻き込まれていく。
そして思いもよらぬことに彼は気付き出すのだ。余りに身近にいすぎるために
研究対象となっていなかった犬の存在の意味を。
改めて問うべきテーマの対象に犬がなった時、彼はずっと気になっていた、
1万2000年前の化石の写真を思い出す。それは老人の埋葬された骨。
彼の右手は何かをつかもうと伸ばされていた。その先には小さな狼(もしくは犬の骨)があった。
1万2000年前氷河期が終わり、今の現生人類が生れたとされるころ、人類は大きく
変容し爆発的に栄えた。それまでと比べ頭蓋容積が5~10%小さくなった。
大きくなったのではなく小さくなった。
人類が文明を作り出す道を歩み始めた時に、脳が小さくなったという
事実は彼の頭の中にずっと残っていた。
一方犬、狼から犬になったとされる頃やはり、脳の質量は20%減少した。
狼が人間と共生する犬になって人間の影響を大きく受け変化したと考えてもおかしくない。
ジョンの言葉を引用すると、
”僕らは「子犬にハートを盗まれた」などと言う。考え方も事実もその通りだが、
ただし解剖学的にはそうではない。その点では全く間違っている。盗まれたのは心臓ではなく、
大脳辺縁系だ。子犬が盗んだのは脳の一部だった。”
この意味を詳しく知りたい方はぜひこの本を手に取っていただくとして。
ともかくジョンはスタンダード・プードルのチャーリーと過ごしているうちに、
チャーリーを通して今まで気がつかない(見えていても見ようとしていなかった)
ものにいろいろ気がつき、またテレパシーとも言えるほど(彼はこの言葉を使って
いないけれど、私にはそんなふうにも感じられる)の心の、感情のやり取りが生れていく。
”感情の化身”のチャーリーにジョン自身が変化させられていく。
身の回りの生活を描いたエッセイが、そのまま面白い科学の読み物になる。
人に分かりやすく伝えることをずっとしてきた文章の手練れが書いた文章。
なおかつオリジナリティもばっちり感じられる(翻訳を通してだけれど)。
こういう本は本当に楽しい。
仮に科学的見地から、専門家から厳密には不正確なことが書いてあると指摘されて
いたとしても(別にそういう事実がある訳ではないけれど、こういう読み物には
そういう批判はつきもの)
私は全然気にならないな。科学的な真実は覆されたり上書きされたりするものだし。
とにかく人が犬という存在から何を受け取っているのか知りたい、という私の欲望を
十二分にかなえてくれる本だった。