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ぷぷぷ日記

映画・マンガ・アニメ・小説・歴史・日々の雑記帳。

更新は思いついたとき。

司馬遼太郎の「空海の風景」を読んでます。まだ上巻の途中だけど・・・。

司馬氏は綿密に史料をあたったうえ「ここは私の想像」「これは事実だろう」といちいち断りながら慎重に空海を含む風景を描き出そうとしている様です。なるべく事実を知りたい私としては安心して読める。書きすぎないよう、ややこわごわと言った感じの司馬氏の姿勢には泣けます。

まだ遣唐使と共に長安に来たあたりですが・・・
空海は抜け目がなくて、ある意味ずるく立ち回る脂っぽい人だったなんてことがわかっておもしろいですね。まじめな最澄との対比もあって、最澄に意地悪したなんてこともおかしくていいです 。

また密教では釈迦の教義はほとんどとらず、宇宙の真理を究めながら現世の利益も追求するものである・・・と書いてあります。私はそんなふうに考えたことは一度もなかったので驚きました! 

先が楽しみです。
4月、ちょうど桜が満開の頃 友人とランチするため京都へ行きました。絵に描いたような京都の桜という情景は準地元民の関西人としてはちょっと照れくさいような気がします。

通りがかりに建仁寺へ入ってみました。
ここには枯山水その他の庭や、教科書で良く見た「風神雷神図」があります。おちゃめで好きだなぁ。座敷に座してゆっくり見られないのが残念です。ああいうお宝(複製ですが)は縁側から立ったまま見なくてはならない・・・。(ま、美術館で見るよりずっといいですけど!)

が、今回じっくり見たのは法堂の天井画、「双龍図」でした。2002年の作品だそうです。暗いお堂の天井に浮かび上がるような白い龍は迫力がありました。かなり長い時間、何も考えずに見ていても飽きません。単純に描かれた線がかえって龍のうごめきを伝えるようです。

何より新しい作品なのにこのお寺に昔からあったかのように感じられる強さが素晴らしいところでしょう。友人に教えてもらわなければ平成の作品とは気づかずにいるところでした。

卒業シーズンです。
PTAだよりに6年生の「将来の夢」が寄せ書き風に載っています。

まあ小学生なので 、「サッカーがすきだからサッカー選手になりたい」
「発見するのが好きだから博士になりたい」 という子どもらしい大志ものもあれば 、
「私は、人の役に立つ商品を売るためにスーパーの店長になりたい」なんて地道なのもある。

4クラス中1クラスだけに何名か見られたのが
「ふつうの生活がしたいからサラリーマンになりたい」。

他のクラスにはなかった。 他のクラスではこれは教師の指導で禁じ手だったのか、
それとも このクラスだけに発生した気分なのか興味深い。

でもねぇ 。   サラリーマンて あんた    どんなひとですか。
で、ぐたいてきには、どんなしごとなん?

どういうイメージなんか聞いてみたいわ・・・ 広い意味では病院の常勤医師や消防士だってサラリーマンですけど。そうじゃないね、きっと。
ネクタイしめて会社へ行く人なんだろうね。おんなじようにネクタイしてても仕事はセンサバンベツだぞ。会社についてから作業服に着替える人もいるしネ・・・大人がもっと教えてやるべきなのかな!!!!

坂の上の雲〈4〉~
(和書)
1999
文芸春秋
司馬 遼太郎

(4)~(8)最終巻までのレビュー。
3巻までの人間を追う構成とは趣きを異にし、4巻以降は戦争一色。旅順攻略、奉天会戦を経てバルチック艦隊の撃滅、終戦。日露戦争の流れを大局的に描き出した大作だ。
 日本が辛くも勝利した事情とともに明治の国家というものの性格、明治に生きた人の気分を味わうことができる。


 戦記ものとしてはこれほどおもしろいものはほかにないだろうというくらいおもしろい。(ほかにもあるんだったらぜひ教えてほしいと思う。)

 旅順要塞攻略。展開にわくわくしつつ司令官乃木と参謀伊知地の無能ぶりにイライラする。
 奉天会戦。綱渡りのような作戦行動にはらはらし通しになる。
 日本海海戦。ロシア側の落ち度のみで勝ったと思っていたのがそうではなく、粛々と作戦に臨んだ結果としての勝利。意外だった。

 各稿では、各作戦の重要性や指揮官の思惑、兵力や火力の状況はどうであったかといった条件や、背景にある政治力学的なことまでがわかりやすく(あるいは執拗にと言うべきか)語られているため、ひとつひとつの戦略が読ませるドラマになっている。
 

 歴史「小説」といえば史実を背景にフィクションを展開するのが作家のおもしろみではないかと思うが、この作品に関しては事情が違う。

 司馬氏自身が、事実に即していかなければならない以上小説として成立するか疑わしい、といったことを述べている。
 すなわち準備期間5年、連載5年という長い時間に調べ上げた大量の事実に忠実にこの作品は則っている。

大量の事実を咀嚼し自らひとつひとつの戦術の意義や人の行動について自分なりに評価を下す。そんな作家というよりは研究者のような地道な作業の上に築き上げられた作品である。だからこそ誰が読んでもわかりやすく、おもしろい。

※蛇足
現在毎日新聞日曜版に古川薫氏が「斜陽に立つ」という小説を連載をしている。現在乃木希典と児玉源太郎の若き日々を追っているところ。この冒頭に「司馬遼太郎氏の乃木希典への評価は不当に低すぎる」「氏は見てきたように場面を描くが創作で書かれているところもある」といったことが書かれていた。この連載は乃木の名誉を挽回したいという意図もあるらしい。今のところおもしろくないが、先が少し楽しみ。

この週末は読書時間があまりとれなかった。

土曜日は 息子と海遊館へ行ってアザラシだのジンベイザメだのを見て過ごしたのだった。
帰りに散髪に行き、サル頭になる。息子より短くなった
(ほんとは南京街の中華正月を見物したかったんだが、昨年のバンコク中華街に続いて息子の反対にあい断念。来年こそ行くぞ)
今日、日曜はというと・・・ 。一日ネットである。英語学習法のブログを読んだりしているとあっという間に時間がなくなってしまった。

★私の理想的な本の読み方★
◎メイン:読み応えがある本(今は「坂の上の雲(7)」
◎サブ: 英語学習本など実用系(これだけで現在3冊が並進中)
◎おやつ:どんどん読める小説や軽い英語ペーパーバックなど
◎口直し:気まぐれにそのへんのものをなんでも読む

というわけで常に何冊もさわっていないと気が済まないのに、 ネットに時間を吸い取られてしまって後悔することが多い。

ネットでどんなにおもしろいものを読んでも 本を読んだあとのような満足感がない。雑誌程度ですらない。パソコンを相手に読むと集中力が限られるせいかな。

困ったことにメインを一番読みたいのだが、ほんとに読みたいものはこまぎれ時間とか気の散る場所では読みたくない。 だから、ゆっくり時間をとれないときは進まない。

本の世界にひっぱられてはまっていく感じがたまらなくて本を読む。んーこれさえあればモノはなんでも。マンガでも。しあわせダ。

2007年02月22日22:25
黒川紀章ってあの黒川さんだよな・・・ 大建築家。
意外。

安藤忠雄が政治や教育についてくだくだと述べるのは
しばしば聞いたが、
黒川さんもそういう人だったのか? 知らなかった。

TVでの会見を見ると弁舌さわやかだが
しかしあまり自分の政策について主張するところは映らず。
「石原知事とは友人だから引き際の花道を作ってやる」
ということが出馬の理由らしい。 そんなこと、一般人から見るとどうでもいいんですけど。

まー 自ら軍服を着て演習ではしゃぐような石原知事よりは
誰だってましに思えるが 。

都市計画をぶちあげて、東京一極集中の解決策を本気でやるんならすごいと思う!
深夜特急
1994 新潮社
沢木 耕太郎

1~6全巻のレビュー。

1970年代初頭、26歳の筆者が「デリーからロンドンまで乗り合いバスで行く」とだけ決め、有り金をかきあつめて旅に出た。香港に始まり、数ヶ月のはずがどこまでもどこまでも長くなる放浪の旅の記録だ。ロードムービーのように筆者がぶつかったできごとがとつとつと綴られ、そこで感じたこと考えたことがなるべくありのまま述べられている。


この作品は旅が終って10年もたってから書かれたものであり、最終章にいたっては15年も経過してからだという。「なるべくありのまま」書いているには違いないけれども、あそこがよかったここがおすすめといった旅情報や感動スポットについては触れられていない。それがかえって古くならずいまだに読まれている理由だろう。


貨幣価値が安い国へ行くと、どう金を使うべきか悩む。貧乏旅行者に贅沢は敵である。
しかし旅先の人々にとって日本人はどこまで行っても金持ちである。現におまえは飛行機に乗ってきたではないか。
働かずに遊んでいるではないか。そう言われて筆者は金がない、と言わないことに決めた。こんな体験が筆者の旅を形作っていく。


カルチャーショック、というよりもっと深く自分のあり方を問われるような衝撃だったろう。流されるような旅の中で自分がどうあるべきかずっと考え続けた軌跡が15年後にやっとまとまったものが本書だ。


「あのときどう思ったか」「なぜあんな行動をしたか」ということを十分に消化し客観的な視点で描いているにもかかわらず、この作品全編を通じて問われる問いに答えは出ていない。


なぜなら深夜特急の旅が終った後も自分がどうあるべきかどこへ行くべきか、なぜここではだめなのか、ろくに観光もせず次の街へ急ぐのか・・・・筆者はずっと問い続けているからではないのだろうか?


筆者は「私の中で旅がようやく終ったから書いた」と言っているが各巻末にある対談を見る限り、この旅が筆者の生きる態度に深く影響を与えたことは間違いないと思う。



以上。感想は、私自身の投影といえるかもしれない。

筆者ほど長期ではないが筆者と同じようにひとり旅をしたことがある。

彼の興奮や狼狽や逡巡を感じて痛かった。そして「答えはでていなかったのだ」という気持ちが残った。私は筆者とはまったく違ったタイプである。もと旅人はそれぞれのやり方で問いを抱えているのはないか・・・と思う。
坂の上の雲 (1)
(和書)1999
文芸春秋
司馬 遼太郎

1~3巻までのレビュー。3巻は正岡子規の死で終わるのでここでひとくぎりと思われる。

3週間の旅行中、1巻をずーっと読んでいたのだがなかなか終わらず、同行者に「いったい何冊読んでるの?」と聞かれてしまった。

秋山兄弟と正岡子規、3人の幼少期つまり明治初頭から始まる物語なのだが、歴史についてのあやふやな記憶と突合せながら読むためずいぶん時間がかかった。

しかし斜め読みできないゆえのおもしろさがある。3人の人物ひとりひとりの動きと日本・世界の動きを行き来しながら読むうちに作者が描き出す時代が立体的に楽しめるのがいい。

秋山兄・好古がヨーロッパから中国大陸を大股に駆け巡る豪快さにやられた。秋山弟・真之が粛々と作戦を遂行した旅順の海戦あたりは没頭して止まず。正岡子規の暮らしがまた明治という時代の流れをうかがわせてくれる。

小説はあくまでも小説なのでどこまで真に受けていいのかわからない・・・・という問題はさておき、作品世界に浸れる至福のためならゆっくりと時間をとって続刊を読みたいと思わせられた。

本日4・5巻を購入。「NHK『21世紀スペシャル大河』ドラマ放送予定」と帯がついている。新聞の記事によると阿部寛、本木雅弘などが出るもよう。作品のスケールからしてドラマの成功はかなりハードルが高そうだが、キャスティングは星4つかな。

近所の大きな公園でとんど焼きがあったので、玄関のお飾りを持って行って来た。 うちの地区には神社はひとつもない。寺になければ地蔵すらない。で、公園でやるのだ。公園といっても単に竹藪を切り開いた住宅地に丘を残しただけのような場所なんだけどね。

少し広くなっている平らな場所の真ん中に千里名物の大きな竹が立ててある。たいした量と高さで、立てるのは大変だったろうな。その下まわりにお飾りをてんでに投げ込んでいたのだ。
そして、点火。と同時にすごい炎が立ち上がりびっくりした!!!

主催者が「高さ15mくらいになる」と言ってたが、それくらいあったかもしれない。冷たかった顔が熱くなり、みんながこわがって下がってしまったくらいだった。

以下は、興ざめなこと・・・

その1. 飲酒運転防止強化のため、酒をふるまう予定が中止されたこと。(みんな歩いて来いっつーの)

その2. 主催者の呼びかけにもかかわらず、お飾りを入れてきたビニール袋をつけたまま火にくべた人が多かったこと。点火前はまるでごみの山のようだった(ダイオキシンが大量発生したにちがいない)

その3. 主催者(古参の市会議員氏:おじいちゃん)の音頭とりはなかなかお茶目ではあった。「さああ、今、神様がおりてきました!みんなお願いをしましょう!商売のかたは繁盛!受験される方は合格!」などなどと。しかし、やっぱし神社も何もないところではさびしい。千里ニュータウンに神社を建てるよう、あの市会議員氏に頼んでみよか。

帰ってから手持ちの投資信託の内容を見直し。
あらっ・・・・内容について大きな勘違いをしてたことが判明。
 これが今日のご利益であったか。
息子が書初めをしたいと言うので、3学期が始まる前にやってみました。彼にとっては初めての毛筆です。 小一なのでまだ習っていない漢字を書きたくて仕方ない。

「雪」と書いて「ほんとに雪が降ってるみたいな感じやろ?」などと悦に入ってました。
おっ これが本来の書道の楽しさ?
基本の持ち方や運筆を教えかけたんですが、すぐヤメにしてよかった・・・・。私もへたですしね。

墨を磨ったりするのもおもしろくて、けっこう長い時間遊べました。

ちなみに、今年の抱負などは「特になし」なのでありました。