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ぷぷぷ日記

映画・マンガ・アニメ・小説・歴史・日々の雑記帳。

更新は思いついたとき。

NHK大河ドラマ『風林火山』、残すところあと2回となってしまいました。マンネリ脚本とチャチなセットがいつもながら許せず、NHKドラマは例年避けて通っていたのですが・・・・ この『風林火山』に関してはなぜだかおもしろくて時々見てました。
主人公・山本堪助役の内野聖陽がとってもかっこいい。なのにズッコケな間を取ってくれるところがその魅力でしょうか☆

ミーハーついでに井上靖の原作本を買ってみました。
本屋の「読むなら旬に!風林火山」というポップに促されまして。 意外にもこれは薄めの文庫本一冊なのでした。 大河小説のダイジェストがTVになったと思い込んでました!

実際は、原作は純粋に山本勘助という男のみを描いた小品です。
だから、上杉謙信などは軍の動きとして遠望できるだけで登場人物とは言えず、武田内部の様子も詳しくは描かれていません。

勘助がいかに若い武将(晴信)を愛し、由布姫を愛し、そのためだけに生きたかという一途な男の物語です。

長く浪人であった勘助が、せこい手を使って武田に仕える機会を得ようとするところから物語は始まります。 このとき、勘助すでに50になろうかという年齢。諸国を渡り歩いた兵法の達人と言われているが、実は戦に出たこともなく、人を切ったこともない。 しかし何の経験もなくとも、自分はやればできるのだ。その思い込みに没頭し「城取り、城取り」とつぶやいている。

原作より---「身長は五尺に充たず、色は黒く、眼はすがめで、しかもちんばである。(略)彼の無慚な面貌風姿は、ある不気味さと痛々しさを兼ね備えている。」

うーん内野の勘助とだいぶ違いますねぇ 。しかし一説に、信玄は初対面で勘助の「醜男ぶり」に感嘆して予定の俸禄を2倍に改めたといいます。たいした迫力だったんでしょう・・・ 。
この醜男が一途さゆえに、若い晴信や姫に振り回されるというおかしさと哀しさを感じさせる物語でありました。

今終盤に入った内野勘助はやや原作に近いイメージになりましたね。
こんな男、どっかで見たな。 ・・・・矢吹丈に恋する男、丹下段平!
ちょっとおばちゃんなところもソックリです。
 夏は怒涛のように遊ぶ。なぜなら在米の姉と、ハーフの甥っ子ふたりが実家に滞在し、毎日のように遊びに出かけるからだ。当然のように息子が行く先々くっついて行こうとする。彼らと一緒に出かけられない日もさびしいからどっかへ連れて行けと言う。今年は暑すぎて「外で遊んできなさい」というわけにもいかない。そんなこんなで、仕事が休みの日はほぼすべて遊び。黒部小旅行にはじまって、海遊館だのプラネタリウムだの・・・

 普段は静かに暮らしているだけにジェットコースターに乗っているような気分になってくる。しかし姉のパワーは圧倒的である。私が仕事の日も、もちろんせっせと子供連れで出かけているのであるが、さらに夜の大人の部にも出かけていく。どーいうスタミナしてんのか? と毎年おどろく。これがあたりまえの専業主婦の業だとすれば私にはとうてい務まらない。体力的には事務仕事をしているほうが何倍も楽だ。

いやいや 普通の主婦はあそこまでしないだろ・・・
やっぱし 在米10年にもなり、彼女はアメリカ人になったのだな。。。

私は といえば 先週から整骨院デビュー。 (゜o゜)泣ける。外反母趾が痛むため、これから足のテーピングにしげく通うことにしたのであります。 早く涼しくなってくれないと ホント めまいがする~

 

セミの羽化 
日曜の夜です。明日はまた仕事・・・今日もたいして何もしなかったなーと思うとむなしいわ(-"-)
土曜が仕事の週はこんなふうになりがちです。

でもきのうはちょっとがんばって、仕事から帰ったあと息子を「セミの見学会」に連れて行きました。夕方の講習会のあと、夜、公園へ行ってセミが穴から這い出して木に登るのを探し、殻から出て羽化するのを見るというもの・・・

子どもも出無精なので乗り気じゃなかったんだけど、行ってみると友達がいて大はしゃぎしてました。セミもやたらたくさんいていっぱい見られたし。穴から出て懸命に登るもの、葉の裏でいい場所を探すもの、そして殻を割って這い出しかけるものといろいろいました。羽をのばすときれいなセミの形になりますが、色はかなり長い時間全身が真っ白です。

やっぱり連れてきて良かった・・・と思ったけど、大量の虫除けスプレーにもかかわらず私はなんかにかぶれたみたいでぶつぶつができてかゆいし、もう子どもより先に飽きてしまって早く帰りたかったわ~ 子どもの相手もタイヘンね。

でも夜だというのに車を借りず自転車の後ろに子どもを乗せて行くワタシ。なんか貧乏性やけどこれがワタシに合っていると思った。

タイで借りてたオンボロの90ccバイクみたいなのがあればいいのにねぇ、と子どもと言い合ったのでした。
司馬遼太郎の「空海の風景」を読んでます。まだ上巻の途中だけど・・・。

司馬氏は綿密に史料をあたったうえ「ここは私の想像」「これは事実だろう」といちいち断りながら慎重に空海を含む風景を描き出そうとしている様です。なるべく事実を知りたい私としては安心して読める。書きすぎないよう、ややこわごわと言った感じの司馬氏の姿勢には泣けます。

まだ遣唐使と共に長安に来たあたりですが・・・
空海は抜け目がなくて、ある意味ずるく立ち回る脂っぽい人だったなんてことがわかっておもしろいですね。まじめな最澄との対比もあって、最澄に意地悪したなんてこともおかしくていいです 。

また密教では釈迦の教義はほとんどとらず、宇宙の真理を究めながら現世の利益も追求するものである・・・と書いてあります。私はそんなふうに考えたことは一度もなかったので驚きました! 

先が楽しみです。
4月、ちょうど桜が満開の頃 友人とランチするため京都へ行きました。絵に描いたような京都の桜という情景は準地元民の関西人としてはちょっと照れくさいような気がします。

通りがかりに建仁寺へ入ってみました。
ここには枯山水その他の庭や、教科書で良く見た「風神雷神図」があります。おちゃめで好きだなぁ。座敷に座してゆっくり見られないのが残念です。ああいうお宝(複製ですが)は縁側から立ったまま見なくてはならない・・・。(ま、美術館で見るよりずっといいですけど!)

が、今回じっくり見たのは法堂の天井画、「双龍図」でした。2002年の作品だそうです。暗いお堂の天井に浮かび上がるような白い龍は迫力がありました。かなり長い時間、何も考えずに見ていても飽きません。単純に描かれた線がかえって龍のうごめきを伝えるようです。

何より新しい作品なのにこのお寺に昔からあったかのように感じられる強さが素晴らしいところでしょう。友人に教えてもらわなければ平成の作品とは気づかずにいるところでした。

卒業シーズンです。
PTAだよりに6年生の「将来の夢」が寄せ書き風に載っています。

まあ小学生なので 、「サッカーがすきだからサッカー選手になりたい」
「発見するのが好きだから博士になりたい」 という子どもらしい大志ものもあれば 、
「私は、人の役に立つ商品を売るためにスーパーの店長になりたい」なんて地道なのもある。

4クラス中1クラスだけに何名か見られたのが
「ふつうの生活がしたいからサラリーマンになりたい」。

他のクラスにはなかった。 他のクラスではこれは教師の指導で禁じ手だったのか、
それとも このクラスだけに発生した気分なのか興味深い。

でもねぇ 。   サラリーマンて あんた    どんなひとですか。
で、ぐたいてきには、どんなしごとなん?

どういうイメージなんか聞いてみたいわ・・・ 広い意味では病院の常勤医師や消防士だってサラリーマンですけど。そうじゃないね、きっと。
ネクタイしめて会社へ行く人なんだろうね。おんなじようにネクタイしてても仕事はセンサバンベツだぞ。会社についてから作業服に着替える人もいるしネ・・・大人がもっと教えてやるべきなのかな!!!!

坂の上の雲〈4〉~
(和書)
1999
文芸春秋
司馬 遼太郎

(4)~(8)最終巻までのレビュー。
3巻までの人間を追う構成とは趣きを異にし、4巻以降は戦争一色。旅順攻略、奉天会戦を経てバルチック艦隊の撃滅、終戦。日露戦争の流れを大局的に描き出した大作だ。
 日本が辛くも勝利した事情とともに明治の国家というものの性格、明治に生きた人の気分を味わうことができる。


 戦記ものとしてはこれほどおもしろいものはほかにないだろうというくらいおもしろい。(ほかにもあるんだったらぜひ教えてほしいと思う。)

 旅順要塞攻略。展開にわくわくしつつ司令官乃木と参謀伊知地の無能ぶりにイライラする。
 奉天会戦。綱渡りのような作戦行動にはらはらし通しになる。
 日本海海戦。ロシア側の落ち度のみで勝ったと思っていたのがそうではなく、粛々と作戦に臨んだ結果としての勝利。意外だった。

 各稿では、各作戦の重要性や指揮官の思惑、兵力や火力の状況はどうであったかといった条件や、背景にある政治力学的なことまでがわかりやすく(あるいは執拗にと言うべきか)語られているため、ひとつひとつの戦略が読ませるドラマになっている。
 

 歴史「小説」といえば史実を背景にフィクションを展開するのが作家のおもしろみではないかと思うが、この作品に関しては事情が違う。

 司馬氏自身が、事実に即していかなければならない以上小説として成立するか疑わしい、といったことを述べている。
 すなわち準備期間5年、連載5年という長い時間に調べ上げた大量の事実に忠実にこの作品は則っている。

大量の事実を咀嚼し自らひとつひとつの戦術の意義や人の行動について自分なりに評価を下す。そんな作家というよりは研究者のような地道な作業の上に築き上げられた作品である。だからこそ誰が読んでもわかりやすく、おもしろい。

※蛇足
現在毎日新聞日曜版に古川薫氏が「斜陽に立つ」という小説を連載をしている。現在乃木希典と児玉源太郎の若き日々を追っているところ。この冒頭に「司馬遼太郎氏の乃木希典への評価は不当に低すぎる」「氏は見てきたように場面を描くが創作で書かれているところもある」といったことが書かれていた。この連載は乃木の名誉を挽回したいという意図もあるらしい。今のところおもしろくないが、先が少し楽しみ。

この週末は読書時間があまりとれなかった。

土曜日は 息子と海遊館へ行ってアザラシだのジンベイザメだのを見て過ごしたのだった。
帰りに散髪に行き、サル頭になる。息子より短くなった
(ほんとは南京街の中華正月を見物したかったんだが、昨年のバンコク中華街に続いて息子の反対にあい断念。来年こそ行くぞ)
今日、日曜はというと・・・ 。一日ネットである。英語学習法のブログを読んだりしているとあっという間に時間がなくなってしまった。

★私の理想的な本の読み方★
◎メイン:読み応えがある本(今は「坂の上の雲(7)」
◎サブ: 英語学習本など実用系(これだけで現在3冊が並進中)
◎おやつ:どんどん読める小説や軽い英語ペーパーバックなど
◎口直し:気まぐれにそのへんのものをなんでも読む

というわけで常に何冊もさわっていないと気が済まないのに、 ネットに時間を吸い取られてしまって後悔することが多い。

ネットでどんなにおもしろいものを読んでも 本を読んだあとのような満足感がない。雑誌程度ですらない。パソコンを相手に読むと集中力が限られるせいかな。

困ったことにメインを一番読みたいのだが、ほんとに読みたいものはこまぎれ時間とか気の散る場所では読みたくない。 だから、ゆっくり時間をとれないときは進まない。

本の世界にひっぱられてはまっていく感じがたまらなくて本を読む。んーこれさえあればモノはなんでも。マンガでも。しあわせダ。

2007年02月22日22:25
黒川紀章ってあの黒川さんだよな・・・ 大建築家。
意外。

安藤忠雄が政治や教育についてくだくだと述べるのは
しばしば聞いたが、
黒川さんもそういう人だったのか? 知らなかった。

TVでの会見を見ると弁舌さわやかだが
しかしあまり自分の政策について主張するところは映らず。
「石原知事とは友人だから引き際の花道を作ってやる」
ということが出馬の理由らしい。 そんなこと、一般人から見るとどうでもいいんですけど。

まー 自ら軍服を着て演習ではしゃぐような石原知事よりは
誰だってましに思えるが 。

都市計画をぶちあげて、東京一極集中の解決策を本気でやるんならすごいと思う!
深夜特急
1994 新潮社
沢木 耕太郎

1~6全巻のレビュー。

1970年代初頭、26歳の筆者が「デリーからロンドンまで乗り合いバスで行く」とだけ決め、有り金をかきあつめて旅に出た。香港に始まり、数ヶ月のはずがどこまでもどこまでも長くなる放浪の旅の記録だ。ロードムービーのように筆者がぶつかったできごとがとつとつと綴られ、そこで感じたこと考えたことがなるべくありのまま述べられている。


この作品は旅が終って10年もたってから書かれたものであり、最終章にいたっては15年も経過してからだという。「なるべくありのまま」書いているには違いないけれども、あそこがよかったここがおすすめといった旅情報や感動スポットについては触れられていない。それがかえって古くならずいまだに読まれている理由だろう。


貨幣価値が安い国へ行くと、どう金を使うべきか悩む。貧乏旅行者に贅沢は敵である。
しかし旅先の人々にとって日本人はどこまで行っても金持ちである。現におまえは飛行機に乗ってきたではないか。
働かずに遊んでいるではないか。そう言われて筆者は金がない、と言わないことに決めた。こんな体験が筆者の旅を形作っていく。


カルチャーショック、というよりもっと深く自分のあり方を問われるような衝撃だったろう。流されるような旅の中で自分がどうあるべきかずっと考え続けた軌跡が15年後にやっとまとまったものが本書だ。


「あのときどう思ったか」「なぜあんな行動をしたか」ということを十分に消化し客観的な視点で描いているにもかかわらず、この作品全編を通じて問われる問いに答えは出ていない。


なぜなら深夜特急の旅が終った後も自分がどうあるべきかどこへ行くべきか、なぜここではだめなのか、ろくに観光もせず次の街へ急ぐのか・・・・筆者はずっと問い続けているからではないのだろうか?


筆者は「私の中で旅がようやく終ったから書いた」と言っているが各巻末にある対談を見る限り、この旅が筆者の生きる態度に深く影響を与えたことは間違いないと思う。



以上。感想は、私自身の投影といえるかもしれない。

筆者ほど長期ではないが筆者と同じようにひとり旅をしたことがある。

彼の興奮や狼狽や逡巡を感じて痛かった。そして「答えはでていなかったのだ」という気持ちが残った。私は筆者とはまったく違ったタイプである。もと旅人はそれぞれのやり方で問いを抱えているのはないか・・・と思う。