そういえば こんなことがありました 3年前の話です。 タイからラオスへタイのワークパーミットを取りに行ったときのこと。
インターネットを自由に使えず、私はろくに下調べをせず、準備もできないうちに唐突にバンコクを出発させられました。雇い主は今晩夜行バスで発って、午前中にビザをとって、また夜行バスでとんぼ返りしろという。そんなにうまくことが運ぶのか? しかも幼児をつれて・・・不安ながらラオス・ビエンチャンへ。
ボーダーでは国境越えの手続きのための写真が足りず、現金も足りず、あせりました。なんとかラオス市中へたどりつき、ビザ申請の事務所についた。すると、雇い主が用意してくれた書類はコピーが足りず、またもや写真も足りないとわかる。コピー屋を探して、来た道をえんえんと歩いて戻る・・・私も息子も疲れきって、泣きがはいってきました
コピーしているとき、申請をすませてきた英国人のおやじが話しかけてきました。こんなところでどうしたのかと。事情を話すと大声で
、がなりたてます。
「何を言ってるんだ! 今日中になんてワークパーミットは出ないよ! あしたになる! コピーが足りなかったの? なんてこった!!! どうしてインターネットで調べて来なかったんだ!!!! ネットで調べて、きちんと準備してくるべきだったんだ!!!」
ソンナニあざけるような態度で、頭ごなしにドナラなくても・・・ とっさに返す言葉がなかったのが今でも悔やまれます
。疲れすぎてて機敏に反応できませんでした。(ちなみにこの英国人、初対面らしき白人に「タイはオンナがいいよ~、ホント」などと大声で盛り上がってたイヤなやつです。まわりにタイ人やラオス人がたくさんいるのに、おかまいなし。恥を知れ!今でも何か言い返してやれたらなーと悔やまれます)
しかしまあ、やっぱネットで下調べは必要ですかね。
予約もせずぷらぷらと 旅程はおおざっぱに、日程は長めに。 予定をパスしてもよし 追加してもよし 気が向いたところでボーッとししてもよし というような。 昔、私の旅行といえば、予定の場所にいる時間よりも 道に迷ったりしてプラプラしている時間がほとんどだったような気がします 。しかしこのところ、旅はこの真逆です
今の仕事では、旅行に出られるのはGWお盆正月、祝日のみ。 休み自体は少なくないけど、旅行は必ず混むときしか出られません。 料金ピーク期の1泊2日や2泊3日・・・ となれば、いきおい旅程はつめこみになる。
この場合ツアーにおまかせが一番楽で安上がりだけど、自分の行きたいところを詰め込むならば、自分ですべて予定を組まなくてはなりません。 今年のゴールデンウィーク、久しぶりに自分で計画して旅行に出ました。近頃は情報集め、問い合わせ、予約、ほとんどインターネットと電話で済んでしまうから便利ですね。
しかし、ネットで調べ始めるときりがない。宿の比較もあちこちのサイトでできるし、とんでもないローカルなバスの時刻表まで見られるのですから、調べ始めるといつまでも終わらない・・・やたらと時間をかけて悩んで、なかなかルートも宿も決まらず。また、意外にネットだけ見ていると見落とすこともあるので、やっぱりガイドブックも見てみたり。ピーク期の宿泊予約は3ヶ月前あたりから埋まり始めるので、けっこうあせりました。
いや~~~
3月は引越準備で最高に忙しかったというのに、この旅行の手配で疲れ倍増。 思えば今年の体調不良は、このときから始まったのだな~ 。予定を綿密にたてるなんて・・・ガラじゃないんです。大嫌いです しかも2ヶ月も先のことなんて。
7月に家族旅行で芦ノ湖へ行きましたが、このときは姉が帰日前にアメリカですべて予定をたて、メールで旅程表を送ってくれました。私は遅れて出発する組だったのですが、私が近所から乗る路線バスの時間まで細かく指示されてました
海外でも国内でも事情は同じなんですね。細かいところまでネットで調べることができる。 予定を消化するだけの旅というのも味気ない気がするので、あまりやりたくないんですけど・・・
足の使い方を注意され四苦八苦していると竹刀が上がらなくなり、また怒られる。そこに気をとられると今度は体腕足の動きがバラバラになり・・・ 「何回注意したらできるんや~!!!」 てな具合で怒られっぱなしでありました。
生まれてこの方まったくスポーツと縁遠い暮らしをしてきたので、頭で理解できても体が動きません。とくにこの10年くらいはまったく動かず
はい。ありがとうございました 。 とりあえず今年はボロボロに体調が悪かったですが、体を動かすと代謝がよくなって、ちょっとマシになってきたような。がんばろ。
一緒に練習している息子いわく、「疲れたとは言いたくない。やる気なくなるから」ですと。
かっこいいじゃありませんか。ちょっと惚れます
ヤモリがサンダルの下で死んでいる。
輪ゴムのように円く、ぺちゃんこになっていた。
ひらいた指の小さい形がかなしい。踏んだ覚えはないのに、なぜだ。
2、3日前に小指ほどの長さのヤモリが歩いているのを見た。
敷居のところをそろそろと行くので、襖につぶされないかと心配していたのに。こんなところで死ぬるとは。
ヤモリは追い出したりしない。虫を食べてくれるから。
タイにいたころ、部屋には何十匹ものヤモリが同居していたのだから、驚いたりしない。
タイでは体長15センチもあろうかという大きなヤモリが部屋の外で、ギッ ジジッ と鋭い声をあげていた。数が多すぎるので共食いをする。ガラス窓のむこう側にはりついたヤモリ同士、食い合う様子がよく見えた。
部屋の中には小さいヤモリがたくさんいた。ときどき天井から落ちてくるのでヒヤリとする。
掃除をすると時折、隅から小さいヤモリの死骸が発見される。
さっそく蟻が行列をつくり、肉を持ち帰 っていく。さわりたくないのでしばらくおくと、メザシを食べた後のような骨だけになる。
夏の終わり、久しぶりに激しい雷雨だ。
こんな夜はタイのことを思い出す。そして大阪も亜熱帯になっていくのかなと・・・
今年はエアコンなしで過ごしたが、来年はどうなるかな。
もう一つの万葉集
(和書) 1991
文芸春秋
李 寧煕
この本は、万葉集を漢字の羅列である原文にたちかえって、韓国語を用いて読んでみようというもの。すると隠された意味や理解不能とされた語がすらすらとわかるというのだ。
今、私たちが目にしている万葉集は後世の解釈で万葉仮名(漢字の音を日本語にあててカナとして使ったもの)を漢字かな混じりに書き下したものだ。
枕詞などは一般に「特に意味はない」「調子をととのえるもの」などと片付けられている。なんか納得がいかないと思っていたが「もとは韓国語」というハナシに、なるほどそうかも!!!!と踊ってしまった。
いわれてみれば大和朝廷というのは朝鮮渡りの人々とその子孫で多くが構成されていたわけで、一部に韓国語を使ったり、隠れた掛詞として洒落たりというのはおおいにありそうなことだ・・・・この点は今までちっとも考えたことがなかったので感動した。
ただしこの本は、読み進んでいくと解釈の調子が良すぎる点が気になる。
・古代日本語の音韻は現代語と違う(現h音はf音だったり、今では音不明の母音があったことなど)のだが、そこを考慮せず、そのまま韓国語の音に置き換えている。
・韓国語の音についてはハングル表記が始まる15世紀以前の資料が少なすぎるため、置き換えそのものの妥当性が疑われる。(漢字による韓国語表記法ととして参考になる歌は20首程度らしい。)
このように問題点はいろいろあるが、私の知識では評価しようもない。ネット検索すると、さんざん韓国語を研究した大野晋などに否定されているという事実から「ガセ」フラグが立ってしまった。
ただ、いろいろと日本語について再考する機会を与えてくれたことに感謝。
(和書) 1991
文芸春秋
李 寧煕
この本は、万葉集を漢字の羅列である原文にたちかえって、韓国語を用いて読んでみようというもの。すると隠された意味や理解不能とされた語がすらすらとわかるというのだ。
今、私たちが目にしている万葉集は後世の解釈で万葉仮名(漢字の音を日本語にあててカナとして使ったもの)を漢字かな混じりに書き下したものだ。
枕詞などは一般に「特に意味はない」「調子をととのえるもの」などと片付けられている。なんか納得がいかないと思っていたが「もとは韓国語」というハナシに、なるほどそうかも!!!!と踊ってしまった。
いわれてみれば大和朝廷というのは朝鮮渡りの人々とその子孫で多くが構成されていたわけで、一部に韓国語を使ったり、隠れた掛詞として洒落たりというのはおおいにありそうなことだ・・・・この点は今までちっとも考えたことがなかったので感動した。
ただしこの本は、読み進んでいくと解釈の調子が良すぎる点が気になる。
・古代日本語の音韻は現代語と違う(現h音はf音だったり、今では音不明の母音があったことなど)のだが、そこを考慮せず、そのまま韓国語の音に置き換えている。
・韓国語の音についてはハングル表記が始まる15世紀以前の資料が少なすぎるため、置き換えそのものの妥当性が疑われる。(漢字による韓国語表記法ととして参考になる歌は20首程度らしい。)
このように問題点はいろいろあるが、私の知識では評価しようもない。ネット検索すると、さんざん韓国語を研究した大野晋などに否定されているという事実から「ガセ」フラグが立ってしまった。
ただ、いろいろと日本語について再考する機会を与えてくれたことに感謝。
攻殻機動隊の第1弾は『GHOST IN THE SHELL』。1995年に公開され、マトリックス他ハリウッドにも多大な影響を与えた作品です。(首のうしろに接続口がついてて脳を有線でつなぐなんてのは攻殻機動隊が先ですよ~)
YouTubeにて「今夏、攻殻機動隊のリメイクバージョンが公開される」という予告映像を発見。映像が短すぎてこれだけじゃよくわからないんですが、あの評価の高いオリジナルをあえて作り直す意義があるのか? 楽しみですがDVD待ちかなぁ
主な連絡先は私の携帯に統一しているので、家のIP電話は小学生の息子専用のようなもんです。そこで、物置にころがっていた古い電話機をつないでみました。 この電話機は電気系統がイカレてた。でも、コンセントをつながなくても通話できる!!! これは発見です☆☆☆ 最近の器具はなんでも電気がいると思ってたけど、基本機能だけなら電気なしでもいけるんですネ~
回線そのものについては、ADSL不適合かと思ったのは私のまちがいでした。携帯ではwebページ上のお知らせがうまく表示できず、誤読してた・・・・。単に手続き上のトラブルで工事日が決まらなかっただけでした。このトラブルとは、事務上のささいなつまずきが2件、解決にかかった日数は連絡の悪さのため1カ月ずつ、という腹立たしさ千万なものでした。
詳細はさておき。 今回の工事の手続きは、
●プロバイダのso-netに申し込み→so-netから通信会社e-Accessに依頼→e-Accessから本人確認書類要請・返送→e-AccessからNTTに回線適合審査依頼→適合確認後こちらからe-Accessに工事日設定依頼→e-AccessからNTTに工事依頼●
というおそろしく込み入ったものでした。激安のキャンペーンで申し込みが殺到していただろうから、安さに免じて手際の悪さは許さねば・・・と耐え忍んでまいったわけです。
そして4ヶ月めの今、 祝、開通。 (今後の対応はなお不安ではありますが・・・)
ところで肝心の工事ですが、NTTの人がうちにいたのはほんの3分ほど。あっという間に終了です。NTT116に頼んだら、引越し日に立会いなしで済んだ工事でありましょう。 泣けますね。
ふふふ しかしこれで携帯ネットから解放されます。うれしい。 小さい画面を見続けてると気分が悪くなりますからね。通勤電車や昼休みは携帯ピコピコでなく、紙の読書に戻りたいと思います。
この本は、万葉集の一般向きの講義録というようなもので、とてもわかりやすいのです。最初に紹介されているのは、雄略天皇が野道にて求婚する歌。
籠(こ)と堀串(ふくし)を持ち、乙女は菜を摘んでいる場面。
籠もよ み籠もち 堀串もよ み堀串もち
この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね
そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ
しきなべて われこそ座せ
われこそは 告らめ 家をも名をも
訳:籠 あなたの籠 堀串 あなたの堀串 それもすてきだ 名はなんというの・・・
大和の国は すべてを治めている 私がいるのだよ。 私は告げよう 家をも名をも 。
私こそ天皇なのだ。 あなたも名を告げ、求婚を受けておくれ。 という歌です。
牧歌的な恋の歌ですね。自信に満ちた天皇がまっすぐに乙女に歌いかけ、乙女は返事に困っている・・・(とりあえず受ける気持ちがあっても一度は断らなくてはいけない)。ほほえましい情景だと思います。
しかし、ここで犬養先生がおっしゃるには、「われこそ居れ 座せ」というのは「治めていらっしゃる」という敬語であるから、これは天皇自身が詠んだ歌ではなく、人が天皇を讃えて詠んだと考えるのが自然ではないかと。 なるほど~ そう考えると 、「そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ」のくだりが、より雄々しく感じられます。 人が天皇を憧れ慕う気持ちをこめて歌ったものなんですね。
『万葉の人々』という本はこのように、詠み人の背景や気分、歴史風土というものをわかりやすく解説してくれるよい本でした。NHKの講座をそのまま書き起こしたそうで、何より講師の歌を語る嬉しさが伝わってきて、楽しく読めました。
和歌は苦手な私としては、読み飛ばさずにゆっくり読むよう心がけたので、読了までずいぶん長いことかかりましたけど・・・・。時代順に歌をとりあげていく講座全37回分を読み終えると、歌の解説本というよりは万葉の時代の流れを見せてくれた本として貴重に思います。終章では、はからずも感動してしまいました・・・・ああここまできたなと。
籠もよ み籠もち 堀串もよ み堀串もち
この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね
そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ
しきなべて われこそ座せ
われこそは 告らめ 家をも名をも
訳:籠 あなたの籠 堀串 あなたの堀串 それもすてきだ 名はなんというの・・・
大和の国は すべてを治めている 私がいるのだよ。 私は告げよう 家をも名をも 。
私こそ天皇なのだ。 あなたも名を告げ、求婚を受けておくれ。 という歌です。
牧歌的な恋の歌ですね。自信に満ちた天皇がまっすぐに乙女に歌いかけ、乙女は返事に困っている・・・(とりあえず受ける気持ちがあっても一度は断らなくてはいけない)。ほほえましい情景だと思います。
しかし、ここで犬養先生がおっしゃるには、「われこそ居れ 座せ」というのは「治めていらっしゃる」という敬語であるから、これは天皇自身が詠んだ歌ではなく、人が天皇を讃えて詠んだと考えるのが自然ではないかと。 なるほど~ そう考えると 、「そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ」のくだりが、より雄々しく感じられます。 人が天皇を憧れ慕う気持ちをこめて歌ったものなんですね。
『万葉の人々』という本はこのように、詠み人の背景や気分、歴史風土というものをわかりやすく解説してくれるよい本でした。NHKの講座をそのまま書き起こしたそうで、何より講師の歌を語る嬉しさが伝わってきて、楽しく読めました。
和歌は苦手な私としては、読み飛ばさずにゆっくり読むよう心がけたので、読了までずいぶん長いことかかりましたけど・・・・。時代順に歌をとりあげていく講座全37回分を読み終えると、歌の解説本というよりは万葉の時代の流れを見せてくれた本として貴重に思います。終章では、はからずも感動してしまいました・・・・ああここまできたなと。