モネの体調が思わしくない。

今度は、Monetか…って感じ。

昨年1月から体調が悪かったPatraを昨年12月に看取って、今年の2月からMonetの調子が今ひとつになった。

 

その時は、下痢+体重の減少。

病院に連れて行き、薬で治療したが、下痢は治らず、

血液検査では何も異常は見つからず、

もう病院では何も出来ませんと匙を投げられた。

 

でも、下痢だけだと思ったので、頑張って食べさせることに集中していた。食べて少しでも肉がついてくれれば大丈夫。

ただ、下痢症なので、なんでも食べさせてあげるというわけにいかないところが、難しい。

 

一進一退を続け、なんとなく元気な日もあれば元気でない日もあった。

もともとあまり動かない子なので、具合が悪いのが分かりにくい。

 

1週間前から、うまくトイレが出来なくなってきた。

 

いやいや、そのずーっと前からトイレはうまく出来なくて、トイレまで行って、その前で出てしまうことは多々あったのだが、そういうことではなく、トイレ以外のところで点々と洩らしてしまうようになった。そこまではまだ良かったが、どうやらトイレ以外のところで、うん○をしてしまう。意図的に?

 

トイレにも行くのです。

1日に20回くらい。

かわいそうなくらいしょっちゅうトイレに行くのです。

出ない時もある。

大体は、少しだけでて、また戻ってきて、5分後にまたトイレに行くみたいな。かわいそうでかわいそうで。

 

でも、今は、ポタポタ垂れながら歩くこともあるし、別の場所で、していることもある。

 

おしっこは完璧にトイレでできているのです。トイレ掃除も1日10回以上しているのだけど…

 

昨日はさすがに1日Monetを見守っている感じで、それでもキッチンマットの上に何度かうん○されて、どうしたらいいんだろう?と、さすがにオムツを考えました。

 

犬がオムツしているのはよく見るけれど、

歩けない子がオムツしているのは見るけれど、

果たして、まだ歩けてトイレに何度も通うこの子にオムツが正しい方法なのかどうか?

 

しかし、家族が私だけならともかく、家の中がうん○臭くなるのがどうにも厭な人もいるわけでして…

 

今日、子犬用のオムツをネットで注文しました。

sssサイズというもの。

最近の犬は、猫よりも小さいものが多くいるので、Monetにもサイズ的には合うはず。しかし、おとなしくやってくれるのか? そして逆に何度もうん○して、気持ち悪く、汚らしくなってしまわないのか? やってみもせずに考えていても仕方がないので購入してみたのですが、果たして

 

家の中に具合の悪い子がいると、なんとなく暗くなるものです。気が付いたら、2015年から毎年猫が亡くなったり、具合悪くなったりしていて、かなり気が滅入ることが多かった。それでも最初のシュルツくんは、18歳半と寿命を全うしてくれた感じで、老衰みたいに弱って行ったので、気持ちは楽だったけど、それ以降の子たちは、みんなまだ若く。Monetもまだ9歳になったところです。

 

暖かい日は、日向ぼっこできていいけど、

今日は曇っていて暗くて、私の膝の上で丸くなっています。

私の膝の上。

狭いから文字通りまん丸くなっています。

かわゆい❤️

 

こうしてMonetが膝の上にいると動けなくなり、ほとんど何もできない私になっているのです。

だって安心している様子を見ていると、これがMonetにとっては一番幸せな時間なのではないかと思うから。

 

介護生活は、何よりも精神的にきついです。

 

お気に入りのベッドでもよく眠っています。

右下に出ている足は、Monetのものではありません。

ベッド他にもあるのに、わざわざ同じベッドにもう1匹入っている奴がいるな。

安倍総理が、信じられない突然の衆議院解散、そしてまた選挙。選挙はお金がかかるのに、この国は、お金がないないと言って、将来に不安を感じている人がたくさんいるのに、また選挙です。

 

今の自公政権についてはここでは語らないことにします。

 

とにかく勝手な衆議院解散総選挙ですから、自公政権を何としても倒さなければなりません。そして一泡吹かせてやらないと、今の政府は、好き勝手やりすぎです。そしてないお金をどんどん使い、日本を戦争へ近づかせているとしか思えないのですから。

 

そんな時、小池都知事が、新党設立、その希望の党へ、なんと民進党の前原代表が全面的に合流? 

 その後、小池都知事は、民進党のメンバーを全員公認するわけではなく、意見の合わない人は排除しますと発言して、リベラル派は、全員排除。更に、最初に掲げていた脱原発は、どこかへ消えてしまいました。

 

希望の党が、保守党であることは予測ができたけれど、安倍政権を何としてもこれ以上続かせてはいけないということと、脱原発なら、こちらに政権を持ってもらってもいいかな?と少し考えていた私ですが、原発問題消えてしまったので、どうしよう〜という状況でした。

 

 そこへ、民進党の枝野議員が、新党を立ち上げてくれた。希望の党とは合わない民進党の議員が、そちらに流れてくれたおかげで、かなりリベラルな立憲民主党という新党ができました。

 

 この短い期間にどれだけ候補をあげられるかは見ものです。

 

 そもそも自由党を押していた私は、自由党議員が希望の党の公認を受けたことで、こちらにも投票できず、もうどうしたらいいのよぉ〜! って怒っていました。

 

 そもそも私の選挙区から自由党員が出るとも思えないですけど。なんとか立憲民主党からは候補を出していただきたい!

 

 そして、当然、いつもブレない共産党も捨てがたいわけです。

 

 若い子たちに選挙に行きなさい。と言い続けています。彼らの多くが、誰に入れたらいいかわからない。入れたい人がいない。と言います。そんな時は、嫌な人の対角にいる人に入れればいいとも言いますが、それでも入れたい政党がいないという感じで、彼らの気持ちもよく分かります。

 

 それでも選挙には行かなければなりません。それが、国民として、この国で暮らす者の義務です。

 

 女性にはまだ選挙権がない国があります。民族的に選挙にいけない人たちもいます。それどころか、難民になっている人たちもいます。

 この平和で安全な(?)日本にいて、選挙にも行かないで、それでもお金がないから○○出来ないとか、文句だけは言います。それはダメです。選挙に行ってから文句言いましょう!

 

 因みに、安全にクエスチョンをつけなければならないような状況になっています、か? 北朝鮮のニュースが毎日のように報道され、いつ北朝鮮がアメリカを攻撃するかわからないかのように報道されていましたが、衆議院解散したら、途端に聞かなくなりました。やっぱり北朝鮮のニュースを利用して、政府が国民の危機感を煽っているのかなぁ〜そして、国防費が上がり、アメリカにまた大枚払って役に立たないオスプレイとか、他の武器を購入しても日本国民に文句を言わせず、アメリカの下僕となって生きていくためなのかなぁ〜とうがった見方をしてしまいます。

 

 北朝鮮が本当に脅威なら、まず全ての原発をストップして着実に廃炉に持っていくべきだと思います。結局原発を止められないのもアメリカの言うなりだからですよね。

 

 世界大戦の敗者は、こうやって70年以上経っても植民地のような状況を守り続けて生きていくしかないのでしょうか? 

 

 

昨日は、ブラックミントを

その前は、イタリアンパセリをごそっと収穫

どちらも軽く洗ってドライにしています。

短い夏の間は、毎日のようにミント水、ハーブティを楽しませてくれたハーブたち、そろそろ元気が無くなってきました。

 

冬の間も少しでもハーブを楽しめるようにするためには、

今のうちに収穫して、上手に乾燥させたりして、保存するしかない!

 

しかし、ドライにするためには、結構な場所も必要でして、そのタイミングは簡単ではありません。

間も無く収穫を迎えるさつまいもで干し芋を作ろうと購入した、まだ新しい干し籠が、今はハーブに使われています。

今日は午後から雨なので、家の中に吊るしてみました。

 

次に晴れた日はさつまいもの収穫です。

 

今日は、バジルを収穫しました。

こちらはバジルソースにして、冷凍することにしました。

冷凍なら一年保存できると先日知ったからです。

 

 

今年から畑をやってみて、

それはそれは楽しかったけど、

収穫はそれほど好きではない。

たくさん同じ野菜が出来過ぎてしまうし、

収穫時期をうっかりするとせっかくの野菜たちが美味しく無くなってしまうから…というのもあるけど、それよりも収穫するととりあえずその野菜の保存などでめちゃくちゃ仕事が増えるからなのかもしれません。

 

 バジルは夏の間は、パスタやピザに大活躍してくれました。冬も少しでも楽しむためにはバジルソースしか今のところ思いつきません。でも冷凍保存一年はかなりの優れものです。

 

あとは、保存瓶と保存する場所の確保ということになってきます。やはり田舎でないとなかなか思う存分楽しめない趣味なのかもしれません。

昨日、普通のところを歩いていて、足を挫いてしまった。

少しお酒が入っていたせいもあるし、

田舎だから、舗装路ではないということもあるけど、

そのことで、かなり不自由な生活になり、がっかり。

 

そもそも今日は村祭りで、

私は、久しぶりに踊るのをすごく楽しみにしていたのだ。

でも踊るどころか、祭りにも行けない。

行こうと思えば行けるけど、

それよりも早くきちんと直す方が大切という考え。

 

体のケアには、いつも気をつけているのだけど、

捻挫なんてことになるとてき面バランスを崩しがちなもの。

次の仕事(東京までの通勤)までにある程度直したいし、

今週末の太極拳のレッスンも行きたいし、

今週末の、ノルディックウォーキングも参加したいし、

その日の自然文化園のウォーキングも休みたくないし、

そういった予定までに果たして直せるものなのだろうか?

 

若い時は、捻挫は1週間というイメージがあったけど。

 

最近は、捻挫してないからわからない。

そもそも直すのに時間がかかるようになっているのかしら?

安静にしていればいいのかしら?

それでも仕事は行かなければならないし、

一人で考えてても拉致があかないから、

明日病院に行った方がいいのかしら?

捻挫ごときで病院に行くのはどうなのかしら?

 

歳をとると、心配事が山ほど、

それもこんな些細なことで色々心配する。

 

諦めればいいのだけど、

今日の村祭りも、

週末のウォーキングも

みんな諦めてしまえばそれまでなのだけど、

とにかくしっかり治そう。

癖になったり、間違っても体のバランスを崩して、

他の場所(膝や腰など)に支障が出ないように。

仕事後、180キロ一人で運転して帰宅するのは、体力的に無理だと判断し(歳のせいです…)今は電車通勤にしているのだけれど、昨日は、訳あって車だった。

 帰りの運転をどう乗り越えるか、色々策はあるのだ。

 

眠気覚まし用に、飲み物、飴、辛い食べ物(お腹が一杯にならないでだらだら食べ続けられるもの、噛み続けられるもの)顔にかけるアロマスプレー などを用意している。

 

そのほかの方法として、私にはカラオケという手がある。SDカードに歌えそうな曲が(カラオケではなく、歌手が歌っている普通の曲)入っていて、それを結構な音量でかけて、結構な音量で歌いまくる!

 

そもそもは、眠気覚ましではなく、東京の渋滞を乗り切るために始まったことだった。通常30分で帰宅できるところ2時間かかったりすることもある東京の道路を楽しく、その時間を無駄に感じず帰るためにカラオケを考えた。渋滞がひどい時に、ある一曲をずーっと練習して歌詞を覚えたものも数曲ある。

 

 昨夜は、遅い時間の運転になり、かなり心配していたのだが、途中からのカラオケタイムはなかなか充実したものになった。

 

 カラオケをしていると、時々、とても悲しくなる曲が登場する。その曲を、その歌詞を口ずさんでいると、自分の過去のある出来事とぶつかって嫌でも涙が出てくることがある。

 そうすると、私は運転しながら、号泣しながら、大声で歌っていることになる。

 

 昨日も当たり前に、泣いていた。号泣するとストレス解消になって、とっても気持ちいいのだ。大きな声で歌うのもそうだけど。

 ただ、昨日は、新たな悲しみだった。先月亡くなった親友のことを思い出して、泣き始めたら、曲も歌詞も一切関係なく泣きながら、たまたま流れてきた曲を歌っていた。

 泣いていると、目に目薬が入り続けているような状態だから眠くなることはない。そもそも大声で泣いたり歌ったりしているから、眠いどころか、かなりテンションが高くなっている。まあ、これが私の作戦な訳だけど。

 

 お葬式に参列しなかったお陰で、私は彼女の死にまだきちんと直面していない。最近になって、日常の些細なことをきっかけに号泣することがある。でも、彼女の死を受け止めないでこのまま行こうと思っている。

 

 帰宅してから思ったこと。彼女のことを考えながら号泣して、無事、かなり快適なドライブで帰宅。つまり彼女が私を守ってくれていたんだと思います。辛いのは、そのことをもう彼女に伝えることができないことです。いいこと、楽しいこと、感謝の気持ち、伝えたい言葉がたくさんあるのに。

田舎で暮らすとご近所さんから野菜をいただくことがよくあります。農家さんの売れない野菜をいただくこともあるし、我が家のようにみんな畑をやっているので、たくさん収穫するとご近所に配って歩く。基本的に同じ時期に同じ野菜ができるので、大量に同じ野菜が出回る。同じ野菜が家にやってきて、消費するのに四苦八苦する。

 

 そんな悩みが始まった今年春、まずレタス攻め、キャベツ攻め、インゲン攻め、そして今はトマト攻めに合っております。

 

 レタス攻めが一番きつかった。サラダ以外の食べ方を考え、一番消費できたのは、肉を巻いて食べる方法かな。

 キャベツ攻めの時は、もんじゃ焼きになりました。我が家でもんじゃをやると、大きなキャベツ一つは確実に消費するので。

 そして、今回のトマト攻めが一番ハッピーでしたね。

 

 段ボールいっぱいのトマトはまずトマトジャムに

 

湯むきしたトマトの重さを測って、

その1/3の砂糖を加えしばし置く

こんな感じから、トマトを潰しながら煮る。(レモンも加えます)

好きな硬さになるまで水分を飛ばしながら煮る。

これで瓶3つ分のジャムができました。

 

実は、トマトジャムは作るのも食べるのも初めて。

トマトと聞くからどうだろう〜と最初不安になるけど、見た目も味もイチゴジャムです。イチゴジャムからイチゴの粒々を除いた感じ。

 

ジャムを作った後がこの状態。

当然、残りは全部トマトソースです。

今回は小さいトマトだったので、一体何十個トマトの湯むきをしたのだろう? それ以外は、別段大変なこともなく、楽しい作業でした。

そして気づいたんですけど、私は、トマトでトマトソースを作るのは初めてでした。いつもは、市販のトマト缶を使用している。

 なんとなんと、全然味が違う。もうびっくりでした。こんなに味が違うなんて。なんていうか旨みがある。本物のトマトを使って作れば、どんな作り方をしてもきっと美味しいトマトソースになると確信。

 こちらは、フリーザーパックに3つ。大きなタッパーに一つできました。もう瓶がなくなってしまった。

 

 来年、もしもまたトマト攻めに合うことがあるかもしれないから、その日のために、一年間、瓶を溜めておこうと決心する。旬の素材をこうして加工して、一年間保存することはできないのだろうか? 保存方法なども含めて研究し、ラッキーなある野菜の攻めを受けた時、それをほとんど無駄なく、幸せに食す方法を考えていきます。

 

 さて、トマト攻めにあっている間、我が家のトマトは、収穫されませんでした。放っておいたわけです。昨日、赤くなっているものを収穫してみたら、FC千果は、かなり多くのトマトが割れてしまっていた。ショック。

 

それでも今日も朝採りトマトをいただきます。感謝

そもそもは、引っ越してきてIHになり、うっかり使えない鍋たちを引っ越しに持ってきてしまったことに始まるが、ずーっと気になっていたテフロン加工の鍋たちとおさらばすることにした。

 すぐにチェックしたのは無水鍋。

 

私が子ども頃は、鉄のフライパンとかで、よく焦げ付いていたのをなあんとなく覚えている。あの頃の母は、料理したフライパンを洗った後、一度火にかけるという作業をしていた。

 

 その後、登場したのが、焦げ付かないフライパン、テフロン加工だった。だから多くの人が飛びついた。高価でないし、使いやすかった。

 

 しかし、あのテフロン加工ってやつは、使っているうちにどんどん禿げてくる。さて、禿げていった表面のコーティングは一体どこへ行ってしまったのか? そしてそれがかなり体に悪いとか…。

 

 テフロン加工のフライパンは体に悪いらしい〜と感じ始めてから数年。今回、色んな鍋を捨てざるを得なくなり、引っ越しに伴い、新しい調理器をいくつか購入する段になり、無水鍋をチェックしていたら、我が家にも一つありました。かなり以前購入した、我が家で一番高価な鍋。アムウエイで購入した2万円以上の価格だった鍋が、言ってみれば、無水鍋でした。で、最近は、それなりに活躍しております。←ちょっと大きいの。

 

 今度は、フライパン型の無水鍋を購入しました。

蓋付きなので、餃子も上手に焼けるぞ!と思って購入して、全部焦げ付いて、餃子の皮が、下半分なくなる餃子を食べる羽目になったけど、焦げ付いた鍋は、しばし水に浸しておけば簡単に取れる。

 

何よりも、なあんかちょっと高価な、ちょっと美しい調理器を使うと、気分はプロの料理家。台所に立つ時の気分も違う。これも大切なことだと思います。

 

道具には、あまりこだわらない私ですが、気分良く料理が楽しめるのならば、これもありかなぁと。

 

しかし、このフライパンは、ちょっと思い。いや、かなり重い。皿に盛る時、左手一本では支えきれず、フライパンが皿の上に鎮座する羽目になる。

 

モノにはあまりお金を使わない主義の私。だからこそ、買うものは一生モノをと決めている。この鍋は、宣伝文句によると三世代使える鍋ということ。我が家には次の世代がないからなぁ、なるだけたくさん使ってあげないとなぁ〜

先日、早朝、携帯電話から聞いたことのない音を聞いた。

何かのアラーム音だということは分かったけれど、聞いたことがないので、何だか分からなかった。地震警報のようにドキッとする音ではなかった。

 ぼんやりと「空襲警報か」と思った。

 

あとで、携帯電話をみると、「空襲警報だった」

北朝鮮がミサイルを撃ち、それがこの上空を通過しました。という警報だった。実際には、北海道上空を通過したと後で知ることになるが、長野以北の全てにJアラートが送られたのだろうか?

 

 何れにしても、ミサイルが上空を通過しました!と知らされても何もすることは出来ない。そうか…と思うしかない。

 

 何だかお金をかけて作ったらしいJアラート、役に立つのだろうか? 実際、その時もいくつもの市町村でトラブルがあったらしい。

 

 さて、北朝鮮の度重なるミサイル発射を受けて、各地で防災訓練ならぬ、(何ていうの?)自分たちの身を守る訓練が行われたというニュース、映像を拝見する。まさに昭和の戦争の時のような訓練で、どうしようかと感じる。

 頭を押さえて学校の隅でうずくまる子どもたち、土管の中で頭を抱えている人々などなど。防災頭巾をかぶった方がいいのではないかと思われるが、そうなると本当に昭和のあの戦争時代の絵とまさに同じになるのだろう。

 

 これは、何の訓練なんだろう?と思う。もしもどこかの国が攻めてきたら、ああして、私たちは、頭を抱えて、近くの何かの中に(といってもシェルターがあるわけでなく)潜って小さくなっているしかないのだ。

 

 戦争は、起こしてはいけないのだ。だって、日本には軍隊がなく、戦うことは出来ないのだから(と言いつつ、ここ数年の安倍政権で、どんどん戦争できる国になりつつあるのだから、恐ろしい)

 だからアメリカと北朝鮮の挑発作戦は、いい加減にやめてほしいし、日本がアメリカに全面的に乗るのも辞めて欲しい。

 

 今は、戦後ですか?

いいえ、これだけは違うと言えます。

 戦前ですか? 戦中ですか? 

日本国民は、どれだけその脅威を感じているのでしょうか?

とにかく、戦争になった時のことよりも、戦争にならないために出来ることを考えていかなければならないと私は思っているのです。

 

 

 

原村に来て一年、2回目の花火の季節がやってきた。

8月15日諏訪湖花火大会がある。4万発の花火が上がる、長野県では最大の花火大会に、全国から人が集まる。諏訪湖の花火のすごいところは、(地元の皆さん曰く)諏訪湖の湖面に反射することと、囲まれた山々に響く花火の音。

諏訪湖花火大会は、お盆休みに組まれているので、その混雑はものすごい。今年は、天気に恵まれず、夕方までかなり雨が降っていて、花火の時間帯は、雨は止んだけど雲が晴れていなかったのではないだろうか? 私の家からも上半分花火が見えたりするのだけれど、今年は、ガスっていて、何も見えなかった。

 

 そして、昨日、諏訪湖でもう一つの花火大会があった。諏訪湖新作花火大会。こちらは、9月に入っているので、遠方からはなかなか来られないし、上がる花火の規模も小さくなるから、トライする価値があるのではないかと、数日前に下見に行った。立石公園という、高台で花火を見よう作戦。前日の正午から場所取りが出来るということで、旦那が珍しく(多分、私のせい)場所取りに行ってくるというからかなりびっくりした。

 

 実は、(ブログに書いたかもしれない)原村の夏にある星空映画祭に行きたくて、前売りチケットを購入していたのに、2回出かけて行ったものの、混雑していて、とてもではなく入れなかったのだ。とても楽しみにしていたのだけれど、この調子だと、もう何も見られないのではないかと落ち込んだ。若い頃なら、並んだり、押し合いへし合いしたり、寒かったり暑かったりしても、見たいものを友人たちとワイワイ見ることができたが、歳をとるに従って、いろいろな困難がつきまとい、そこそこ快適な環境を得られないとトライすることさえできなくなってしまうのだ。

 

 立石公園の場所取りは、スムースに出来た。だから昨日の花火当日は、ギリギリに到着してもいいのだが、車などで出かけるならば、かなり早めに到着しないと車を停めることができなくなる。私たちは、16時半に到着して、なんとか歩ける距離に停められました。

 そして確保したスペースは、花火を真正面に見られる絶好の場所。

昨日の花火前の公園

立石公園は、諏訪湖に向かって円形劇場の客席になっていて、多くの人が、前の人の頭を気にせず、諏訪湖全体を眺めることが出来る作りになっている。

この席から諏訪湖を眺めると

こんな感じ。

諏訪湖全体をカメラに収められないくらい、諏訪湖に近い。

そして、早めに着いたので、まず夕景を楽しみ、次に

夜景を楽しみ、そして花火に備える。

昨日の天候は、花火には最高でした。

風が、そこそこあったので、花火の煙が風に流されて、立石公園から見る花火は、全てがとてもクリア

写真が横ですいません(相変わらず、縦の写真をブログに貼る方法がわからない私)

 新作花火は、花火そのものは、とても繊細で、色々考えて作られていてすごいな!とは思うけれど、ひとつひとつの間に説明が入り、間が長くて、ちょっと疲れてくる。

 観客たちもみんな、エンディングの100連発や、仕掛け花火で一番盛り上がる。

 やはり、大きさや、光や音の迫力の方が、観客たちにどよめきをもたらす。

前に何の遮蔽物もなく、ゆったり座って、のんびり目の前で花火を楽しむことが出来るなんて、想像だにできなかったのです。

 数年前隅田川の花火も行きました。知り合いの店の屋上だったので、体は楽だったけど、花火は遠かった。多摩川の花火大会でもどこでも混雑ぶりをみて、私はもう無理だなと思っていた。諏訪湖花火もすごい混雑だから無理だと思っていた。

 でも、場所取りのルールがあって、行く気ならば、それほど無理なく場所がある。(地元民の利ですね)車を停めることだけが、かなり大変だけど、我が家は、上諏訪駅から徒歩で登るつもりだったので、それなら難しくない。もう少し楽をするには、行きは、上諏訪駅からタクシーで行って(聞いたところによると1000円くらい)帰りは下りなので歩いて帰るという手がある。

 こんなにゆったり楽しめるなら、来年も再来年も行っちゃおうかっていう気になる。

 

 田舎は、だから凄いのだ。混雑していると言っても、その度合いが違うのだろう。ただ、分からないから、心配になる。今年トライして見てよかった。旦那が場所取りに行ってくれたお陰です。

 

 最後にもう一つびっくり凄い写真を

立石公園には、一応トイレはありますが、当然、大変な行列になります。トイレは男女合わせて3つしかありません。

びっくりなのは、ゴミ箱です! 缶やペットボトルのみならずゴミ箱があるのです。

 

 やっぱり都会と田舎は違います。どちらを好むのかは、個人の自由。ただ、歳をとると、こっち(田舎)の方が、絶対に楽だとは思うのだけど…これも人それぞれですね

亡くなった親友が送ってきた最後のメールの文章が「○○に感謝だね」でした。

先日亡くなったもう一人の親友がやはりお見舞いに来てくれた妹やみんなに感謝感謝。とメールを寄越していた。

 

人は、年を経るとともに、いろいろな経験をして、辛いこともたくさん経験して、優しい人にも出会って、触れ合って、誰かを傷つけたり、傷つけられたりして、成長し、最後に行き着くのは感謝の気持ちなのではないかと、末期癌だった友人の言葉などで改めて感じさせられた。

 

自分が頑張ったからここにいる。自分の努力の結果、今これだけ幸せだ。そう考えるのではなく、すべてのことは、周りの誰かや、周りの環境のお陰で、その人たちに感謝して生きていくことはとても大切なことだと思う。

 

そう思うのだけれど……。

 

最近の若者は感謝しすぎなのではないかと感じることがある。

 

一番は、スポーツ選手たちである。

オリンピックに出場するような偉大な選手たち、彼らはスポーツ選手であるから、若い人が圧倒的。その彼らのインタビューの中には、感謝の言葉が溢れている。

金メダルをとった人の言葉は、周りの人たちへの感謝の言葉ばかりだ。

それを聞いていて、私は、こう感じてしまうのだ。

 

「そんなに感謝しなくていいのに。

あなたが金メダルを獲得したのは、あなたの才能と、あなたの努力の結果である。」と。

 

20歳そこそこの人たちが、周囲の人々にまず感謝の言葉を伝える。私が若いころは違ったように思う。

 

彼ら、一流のスポーツ選手は、誰かにそう教育されているのだろうか? もちろん、周囲の大人たちが言う言葉が影響しているのは間違いないだろう。そのことをどの程度、体の中に染み込ませて、その言葉が出ているのかは分からないが、もっと勝手でいいように感じるのは私だけだろうか?

 

前記の通り、人は歳をとれば、自ずと学ぶ。自分の今の幸せは、自分一人の力で成し遂げられたものではないことを。

でも、若い時は、もっと自由気まま、ワガママでいいと感じるのは、私だけだろうか?

 

とてもいい子たちが多い。

今の若者は、私の頃の若者よりも優れているだけなのかもしれない。

分からない。

 

ただ、インタビューを聞いていて、あまりに素晴らしいコメントが並べられることが、時々引っかかるのだ。

 

テレビで最近の小学生にインタビューしたモノを見ると、時々、身を引いてしまう。TVの仕事をしていたせいもあるが、その大人のような素晴らしいコメントは、求められていない!と感じてしまう。

 周囲の大人の言葉の影響がとても大きい。

もしかしたら、それと同じことなのかもしれない。

 

子どもはもっと子どもらしく、若者はもっと若者らしく、と感じてしまう違和感を、他の大人たちは持っていないのだろうか?