亡くなった親友が送ってきた最後のメールの文章が「○○に感謝だね」でした。
先日亡くなったもう一人の親友がやはりお見舞いに来てくれた妹やみんなに感謝感謝。とメールを寄越していた。
人は、年を経るとともに、いろいろな経験をして、辛いこともたくさん経験して、優しい人にも出会って、触れ合って、誰かを傷つけたり、傷つけられたりして、成長し、最後に行き着くのは感謝の気持ちなのではないかと、末期癌だった友人の言葉などで改めて感じさせられた。
自分が頑張ったからここにいる。自分の努力の結果、今これだけ幸せだ。そう考えるのではなく、すべてのことは、周りの誰かや、周りの環境のお陰で、その人たちに感謝して生きていくことはとても大切なことだと思う。
そう思うのだけれど……。
最近の若者は感謝しすぎなのではないかと感じることがある。
一番は、スポーツ選手たちである。
オリンピックに出場するような偉大な選手たち、彼らはスポーツ選手であるから、若い人が圧倒的。その彼らのインタビューの中には、感謝の言葉が溢れている。
金メダルをとった人の言葉は、周りの人たちへの感謝の言葉ばかりだ。
それを聞いていて、私は、こう感じてしまうのだ。
「そんなに感謝しなくていいのに。
あなたが金メダルを獲得したのは、あなたの才能と、あなたの努力の結果である。」と。
20歳そこそこの人たちが、周囲の人々にまず感謝の言葉を伝える。私が若いころは違ったように思う。
彼ら、一流のスポーツ選手は、誰かにそう教育されているのだろうか? もちろん、周囲の大人たちが言う言葉が影響しているのは間違いないだろう。そのことをどの程度、体の中に染み込ませて、その言葉が出ているのかは分からないが、もっと勝手でいいように感じるのは私だけだろうか?
前記の通り、人は歳をとれば、自ずと学ぶ。自分の今の幸せは、自分一人の力で成し遂げられたものではないことを。
でも、若い時は、もっと自由気まま、ワガママでいいと感じるのは、私だけだろうか?
とてもいい子たちが多い。
今の若者は、私の頃の若者よりも優れているだけなのかもしれない。
分からない。
ただ、インタビューを聞いていて、あまりに素晴らしいコメントが並べられることが、時々引っかかるのだ。
テレビで最近の小学生にインタビューしたモノを見ると、時々、身を引いてしまう。TVの仕事をしていたせいもあるが、その大人のような素晴らしいコメントは、求められていない!と感じてしまう。
周囲の大人の言葉の影響がとても大きい。
もしかしたら、それと同じことなのかもしれない。
子どもはもっと子どもらしく、若者はもっと若者らしく、と感じてしまう違和感を、他の大人たちは持っていないのだろうか?