武器甲冑図鑑/市川定春他
主に西洋を中心とした古代から近代までの武器と甲冑の歴史と変遷を豊富なイラストで網羅した図鑑。
先日ドラクエ8をプレイしていた折に、武器や防具の知識に興味を持ち、図書館でふと目に止まったこの本を借りて読んだ。読んだと言うより眺めたのうほうが近いかも。
武器や防具といった「兵器」は戦争の道具であると同時に、人類の技術発展を牽引した先端工業であり続け、生活必需品でもあり、そして美術工芸品でもあった。愚かなことだ。戦争や殺し合いは、いかなる理由の元でも、愚かな行為だと思う。剣や槍、銃をつくづく眺めていると、それらで殺される際の痛みや悲しみはいかがなものかとついつい考えてしまう。
先日ドラクエ8をプレイしていた折に、武器や防具の知識に興味を持ち、図書館でふと目に止まったこの本を借りて読んだ。読んだと言うより眺めたのうほうが近いかも。
武器や防具といった「兵器」は戦争の道具であると同時に、人類の技術発展を牽引した先端工業であり続け、生活必需品でもあり、そして美術工芸品でもあった。愚かなことだ。戦争や殺し合いは、いかなる理由の元でも、愚かな行為だと思う。剣や槍、銃をつくづく眺めていると、それらで殺される際の痛みや悲しみはいかがなものかとついつい考えてしまう。
- 市川 定春, 有田 満弘, 福地 貴子, 諏訪原 寛幸
- 武器甲冑図鑑
ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界/P・ダフィー
自身が共感覚者の著者による共感覚者の世界についてのリポート。共感覚とは普通は分断されている人間の感覚のうち、ある感覚への刺激によって複数の感覚が反応する事を言う。文字や数字に「固有の色」を見たり、音色や音調に「固有の色」を感じたり、触覚や嗅覚などが視覚と関連して感じられたりする。およそ2000人に一人程度の割合で存在し、遺伝的な要素もあるようだ。共感覚者は通常の感覚者から排除される傾向にあるため、その固有の感じ方については秘匿することが多い。著名人では、ランボーやファインマン、リストなども共感覚者と言われている。
共感覚についての踏み込んだ科学分析や臨床例ではなく、著者の体験をふまえながら、共感覚者とその社会との関わりといった視点から「こういう感じ方をする人がいる」というサンプルリストになっている。
パトリシア・リン ダフィー, Patricia Lynne Duffy, 石田 理恵 ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界
共感覚についての踏み込んだ科学分析や臨床例ではなく、著者の体験をふまえながら、共感覚者とその社会との関わりといった視点から「こういう感じ方をする人がいる」というサンプルリストになっている。
RoboCup2005 Osaka 第1日目
今日から近所で、ロボカップ2005をやっているので、自転車に乗って見に行ってきた。
平日週中の昼間だったので、予想通りガラガラ。1日目はどのリーグも半分は調整みたいなものだから、こんなもんだろう。一般の来客より、スタッフ・関係者・プレスの方が明らかに多かった
。
写真は四足リーグの試合開始前に対峙するAIBOたち。あんまり写真を載せるのは好きじゃないのだが、妻が希望するので試しに入れてみた。
一番興味があるのが、最も歴史がありながら最も地味と言われるシミュレーションリーグなので、ずっと張り付いていたが、相変わらず結構トラブっていたようだ。試合もずれ込んで、一般客のお帰り時間の17時には、まだ半分、Bグループをようやく始めたところだった。3Dはいつやるんだろうか。ちょっと見たかったな。
シミュレーションリーグ横のデモンストレーションエリアで、西野先生がOZ体験コーナーをやっていらしたので、参加させてもらった(OZ とはシミュレーションリーグのサーバに人間がコントロールするプレイヤーで参加する異色のチーム)。OZの操作って結構簡単で面白い。
しかし、3DビューアがRobocup2003のCaspianビューアってのは、いかがなモンかとは思う。プレゼンテーションのリーグが無くなってしまったと言うのもあるが、使い回しではちと寂しいのでは。
本質的でないところに研究者がリソースを割くことは無理だが、協賛企業に作ってもらえば良いのではないか。協賛金がいくら出るのかは分からないが、スタジアムや選手のユニホームに広告をばんばん入れるような仕組みにしておけば実現可能なような気がする。
ところで、このイベントはワールドカップであるので、会場にはたくさんの外国人を見かけた。例えばイランはロボカップが盛んな国の一つであり、スカーフをまとった女性の参加者もちらほら見かけた。スカーフは禁欲に関するイスラムの教えに基づくものであると理解しているのだが、ムダな裸婦彫像が山のようにおいてあるインテックス大阪とは面白い取り合わせだと思った。当事者には困惑なのだろうか。それとも案外無関心かも知れない。
平日週中の昼間だったので、予想通りガラガラ。1日目はどのリーグも半分は調整みたいなものだから、こんなもんだろう。一般の来客より、スタッフ・関係者・プレスの方が明らかに多かった
。
写真は四足リーグの試合開始前に対峙するAIBOたち。あんまり写真を載せるのは好きじゃないのだが、妻が希望するので試しに入れてみた。
一番興味があるのが、最も歴史がありながら最も地味と言われるシミュレーションリーグなので、ずっと張り付いていたが、相変わらず結構トラブっていたようだ。試合もずれ込んで、一般客のお帰り時間の17時には、まだ半分、Bグループをようやく始めたところだった。3Dはいつやるんだろうか。ちょっと見たかったな。
シミュレーションリーグ横のデモンストレーションエリアで、西野先生がOZ体験コーナーをやっていらしたので、参加させてもらった(OZ とはシミュレーションリーグのサーバに人間がコントロールするプレイヤーで参加する異色のチーム)。OZの操作って結構簡単で面白い。
しかし、3DビューアがRobocup2003のCaspianビューアってのは、いかがなモンかとは思う。プレゼンテーションのリーグが無くなってしまったと言うのもあるが、使い回しではちと寂しいのでは。
本質的でないところに研究者がリソースを割くことは無理だが、協賛企業に作ってもらえば良いのではないか。協賛金がいくら出るのかは分からないが、スタジアムや選手のユニホームに広告をばんばん入れるような仕組みにしておけば実現可能なような気がする。
ところで、このイベントはワールドカップであるので、会場にはたくさんの外国人を見かけた。例えばイランはロボカップが盛んな国の一つであり、スカーフをまとった女性の参加者もちらほら見かけた。スカーフは禁欲に関するイスラムの教えに基づくものであると理解しているのだが、ムダな裸婦彫像が山のようにおいてあるインテックス大阪とは面白い取り合わせだと思った。当事者には困惑なのだろうか。それとも案外無関心かも知れない。
科学教の迷信/池田清彦
- 著者の説く構造主義生物学は、昔サイアスに氏が連載していた頃に知って、面白いなと思っていたので、たまたま図書館で目にとまったこの本を読んでみた。
内容は、構造主義生物学・アンチネオダーウィニズム・オウムと科学について、etcと言ったところで、あちこちで書いた短文を集めた体裁だ。
言いたいことはよく分かるが、どれも紙幅が足りてないせいか、確かに舌鋒鋭いんだけど、勢いだけで書いている感じを受けてもったいない。論考の怪しげな駄文もかなり混じっているので、あまりお薦めではない。氏の本を読むなら、他にいくらでも良い本があるだろう。
還元主義・実存主義の限界といった著者の意見には確かにうなずく点も多いのだが、しかし、プラグマティックな「技術」にもそれなりの存在価値はあると思う。
- 池田 清彦
- 科学教の迷信
無償サービスに怒れる群衆
アメブロがリニューアルだかパフォーマンスチューニングだかを行っているそうだ。それでトラブって過負荷になり、そのためここ数日接続が重くなったり一部の機能が動作しなかったりしている。
この元記事に限らず利用者の怒りは天をつく勢いだ。
改めて思うのは、よくまあ、無償サービスの不具合で、これほどまで怒り、けちょんけちょんにこき下ろせるものだ、と言うこと。
責任?謝罪?
明らかに勘違いをしている人が多い気がする。ブログは社会インフラではない。
落ち着いて利用規約を読み返してみよう。アメブロは、まったく、何の規約違反もおこなっていない。アメブロは規約上、勝手にシステムを変えられるし、トラブった時の補償は放棄しているし、だいたいサービス自体、勝手にいつでも止めても文句は言うな、ときちんと書いてある。利用者はそれを読んで納得して使用しているはずだ。
嫌なら、使わなければいいだけだ。さっさと引っ越そう。
苦情や不具合報告はまだ分かるが、自分が所有していないある種の権利を、あたかも所有していると、こうまで思いこみ、それを声高に発言することができるのはなぜか。それは多分規約を読んでないからだ。今からでも遅くない。まず読もう。
つぎに面白いのは、匿名コメントでは激しい意見が多いのに、トラックバックでは、がくっと穏やかになることだ。自URLを明示してけちょんけちょんに文句を言っている骨のある人もいるが、多くは匿名だ。本当に自分に何かの権利があると思っているのなら、なぜ匿名で述べるのだろう。それでは、ただの文句が言いたいだけの人のように思えるではないか。
一番問題に思うのは、たかが私企業が行っている無償サービスに、これほど依存した生活を行っている人が多いと言う点だ。怒ると言うことは、それがその人にとって重要である事の証明だろう。
ブログが読み書きできなければ夜も明けない、という人がいるのは結構だ。すきなだけブログをしたらいいと思う。しかし、そこまで重要なシステムであるなら、それを私企業の無償サービスですますというのは、はたしていかがなものか。私には、自賠責に入らずに自動車を運転する人と知性の点では選ぶところがないように思える。本当に大事で必要なものなら、自分できちんと把握し、計画し、障害に備えるのが知性ある人間の行動ではないか。怒れる人々はまるで、おもちゃを取り上げられた子供のように映る。
これは、アメブロの問題だけではなく、ブログの話だけでもない。
これは人間とテクノロジの近未来における縮図だと思う。
資本主義社会では、テクノロジを駆使して、次々便利なサービスが提供されて行くだろう。そうしたサービスは個人の生活に大きな影響を与え、生活の一部に組み込まれていくだろう。こうしたサイクルはどんどん加速し、そうしたサービスを担うベンチャーがぞくぞく生まれ、そしてどんどん消えていくだろう。
ある日突然水道が止まったら困るように、突然ブログが止まったら困るだろう。水道は歴史ある社会インフラなのでその整備も障害の対応もきちんと組織化されている。ほとんど止まることもない。それでも人は災害時に備え、自分で飲み水をストックしていたりするのだ。かたやブログは私企業の無償サービスだ。
テクノロジ社会への依存を深めることは、それだけテクノロジの不具合時に衝撃を受ける事を意味する。こうした衝撃を和らげるための方法は4つしかない。
1つ目は、そうしたテクノロジを使わないこと。または依存しないこと。これは、簡単なことだ。なぜなら、どんなテクノロジも、ついこの間までそれなしでちゃんと生活していたはずだからだ。
2つ目は、テクノロジをきちんと学ぶこと。絶対安定なブログが欲しければ、勉強して、自分でブログのサーバをたてればよい。それだけのことだ。携帯電話も電子レンジも、ちゃんと仕組みを勉強して使えばよい。もし、そんなことはできない、と言う人がいたら、「原理を知らずに道具を使っている」と言うことをよく考えて欲しい。それは目隠しをして道具を使っているのに等しい。自分で制御できない道具では、怪我しても諦める覚悟で使用するか、その道具を作った人を心の底から信頼して使うか、どちらかしかない。
3つ目は、法律を知ること。技術に無知であることは、罪であるとまでは言えない。しかし、技術に無知であることは、絶対に権利であるとは言えない。だから、技術を持てない人は、少なくとも自分を守ってくれる法律を学ぶ必要があるだろう。難しい話ではない。アメブロの件では、ちゃんと規約をよめ、と言うことだ。そこには何が起こりうるかが書いてある。読み、想像し、判断すればいい。もし想定外の事が起こった場合は、極端なまでに法律体系が改悪されない限り、法律は自身を守ってくれるはずだ。
4つ目は、誰かに守ってもらうこと。もし上記のどれもできないとしても、誰かが代わりにやってくれれば問題ない。多くの場合、ある程度の金額を出せば、この守護を引き受けてくれる個人や団体が見つかるはずだ。
経済的損失を受ける人はままいるだろうが、ブログの停止で死んだり怪我をしたりするひとはまだいないだろう。しかし、今後表れる新テクノロジを使った有償・無償のサービスのなかには、もっと大きなインパクトをもつものも、きっと現れるに違いない。
最後にまとめの一言。
「神は自ら助ける者を助く」「只より高いものはない」「地獄の沙汰も金次第(これは蛇足か)」
この元記事に限らず利用者の怒りは天をつく勢いだ。
改めて思うのは、よくまあ、無償サービスの不具合で、これほどまで怒り、けちょんけちょんにこき下ろせるものだ、と言うこと。
責任?謝罪?
明らかに勘違いをしている人が多い気がする。ブログは社会インフラではない。
落ち着いて利用規約を読み返してみよう。アメブロは、まったく、何の規約違反もおこなっていない。アメブロは規約上、勝手にシステムを変えられるし、トラブった時の補償は放棄しているし、だいたいサービス自体、勝手にいつでも止めても文句は言うな、ときちんと書いてある。利用者はそれを読んで納得して使用しているはずだ。
嫌なら、使わなければいいだけだ。さっさと引っ越そう。
苦情や不具合報告はまだ分かるが、自分が所有していないある種の権利を、あたかも所有していると、こうまで思いこみ、それを声高に発言することができるのはなぜか。それは多分規約を読んでないからだ。今からでも遅くない。まず読もう。
つぎに面白いのは、匿名コメントでは激しい意見が多いのに、トラックバックでは、がくっと穏やかになることだ。自URLを明示してけちょんけちょんに文句を言っている骨のある人もいるが、多くは匿名だ。本当に自分に何かの権利があると思っているのなら、なぜ匿名で述べるのだろう。それでは、ただの文句が言いたいだけの人のように思えるではないか。
一番問題に思うのは、たかが私企業が行っている無償サービスに、これほど依存した生活を行っている人が多いと言う点だ。怒ると言うことは、それがその人にとって重要である事の証明だろう。
ブログが読み書きできなければ夜も明けない、という人がいるのは結構だ。すきなだけブログをしたらいいと思う。しかし、そこまで重要なシステムであるなら、それを私企業の無償サービスですますというのは、はたしていかがなものか。私には、自賠責に入らずに自動車を運転する人と知性の点では選ぶところがないように思える。本当に大事で必要なものなら、自分できちんと把握し、計画し、障害に備えるのが知性ある人間の行動ではないか。怒れる人々はまるで、おもちゃを取り上げられた子供のように映る。
これは、アメブロの問題だけではなく、ブログの話だけでもない。
これは人間とテクノロジの近未来における縮図だと思う。
資本主義社会では、テクノロジを駆使して、次々便利なサービスが提供されて行くだろう。そうしたサービスは個人の生活に大きな影響を与え、生活の一部に組み込まれていくだろう。こうしたサイクルはどんどん加速し、そうしたサービスを担うベンチャーがぞくぞく生まれ、そしてどんどん消えていくだろう。
ある日突然水道が止まったら困るように、突然ブログが止まったら困るだろう。水道は歴史ある社会インフラなのでその整備も障害の対応もきちんと組織化されている。ほとんど止まることもない。それでも人は災害時に備え、自分で飲み水をストックしていたりするのだ。かたやブログは私企業の無償サービスだ。
テクノロジ社会への依存を深めることは、それだけテクノロジの不具合時に衝撃を受ける事を意味する。こうした衝撃を和らげるための方法は4つしかない。
1つ目は、そうしたテクノロジを使わないこと。または依存しないこと。これは、簡単なことだ。なぜなら、どんなテクノロジも、ついこの間までそれなしでちゃんと生活していたはずだからだ。
2つ目は、テクノロジをきちんと学ぶこと。絶対安定なブログが欲しければ、勉強して、自分でブログのサーバをたてればよい。それだけのことだ。携帯電話も電子レンジも、ちゃんと仕組みを勉強して使えばよい。もし、そんなことはできない、と言う人がいたら、「原理を知らずに道具を使っている」と言うことをよく考えて欲しい。それは目隠しをして道具を使っているのに等しい。自分で制御できない道具では、怪我しても諦める覚悟で使用するか、その道具を作った人を心の底から信頼して使うか、どちらかしかない。
3つ目は、法律を知ること。技術に無知であることは、罪であるとまでは言えない。しかし、技術に無知であることは、絶対に権利であるとは言えない。だから、技術を持てない人は、少なくとも自分を守ってくれる法律を学ぶ必要があるだろう。難しい話ではない。アメブロの件では、ちゃんと規約をよめ、と言うことだ。そこには何が起こりうるかが書いてある。読み、想像し、判断すればいい。もし想定外の事が起こった場合は、極端なまでに法律体系が改悪されない限り、法律は自身を守ってくれるはずだ。
4つ目は、誰かに守ってもらうこと。もし上記のどれもできないとしても、誰かが代わりにやってくれれば問題ない。多くの場合、ある程度の金額を出せば、この守護を引き受けてくれる個人や団体が見つかるはずだ。
経済的損失を受ける人はままいるだろうが、ブログの停止で死んだり怪我をしたりするひとはまだいないだろう。しかし、今後表れる新テクノロジを使った有償・無償のサービスのなかには、もっと大きなインパクトをもつものも、きっと現れるに違いない。
最後にまとめの一言。
「神は自ら助ける者を助く」「只より高いものはない」「地獄の沙汰も金次第(これは蛇足か)」
XPエクストリーム・プログラミング入門―ソフトウェア開発の究極の手法/K・ベック
この本は、XPを導入したいと考えているプログラマやマネジャが、「さあ、導入するにはどうしたらいいんだ?」と読む本ではない。
入門のための入門、XPの具体的な方法ではなく、XPで何がどうなるかをマネジャクラスがおおざっぱに知るにはうってつけの本だ。
それにしてもアメリカ人はスナックを食べすぎだと思う。その辺りは適宜読み替えよう(言うまでもないが)。
入門のための入門、XPの具体的な方法ではなく、XPで何がどうなるかをマネジャクラスがおおざっぱに知るにはうってつけの本だ。
それにしてもアメリカ人はスナックを食べすぎだと思う。その辺りは適宜読み替えよう(言うまでもないが)。
- 著者: ケント ベック, Kent Beck, 長瀬 嘉秀, 飯塚 麻理香, 永田 渉
- タイトル: XPエクストリーム・プログラミング入門―ソフトウェア開発の究極の手法
PS2/ドラゴンクエスト8 空と海と大地と呪われし姫君/スクウェア・エニックス
入院を挟んでいたのでクリアまで都合3ヶ月。トータル時間は91時間。
以下ねたバレ注意。
シリーズに於いて今作で最も変わったのは、何と言っても3Dになった点(7は一部疑似3D)。美しい風景の中を歩き回り走り回る事自体を楽しめた。とくにキラーパンサーは楽しい。
しかし難点もあると思う。まず3Dフィールドを歩き回れる、という事自体をあまり活かしていない。なぜならルーラがあるから。苦労して街まで歩いていったら、もう二度と歩かない、と言うことになってしまう。宝探しはあるが、それだけでは弱い。せっかく作った3Dフィールドなのだからもっと活用しないともったいない。あまり歩かず印象に残らないと、結局「世界を旅した感」も弱くなってしまう。
またせっかくできた鉛直方向の空間をあまり活用していない。視点操作で見上げたり見下ろしたりすることが少なかった。なりより、「落ちない」のは納得がいかない(ほんの一部あるが)。高いところから落ちる恐怖を味わえないのでは3Dにした意味がない、とさえ言える。特にダンジョンで落ちる床と言えばDQの定番ではないか。是非これを3Dで体験したかった。
飛行シーンでは、空から宝箱やモンスターを探したいという願いを打ち砕かれて無念だった。処理容量の関係で難しいのだろうが、あれではおもちゃの街だ。もっと低空飛行できると良かった。
練金やチームなどのアイデアは良かったと思う。楽しめた。しかし、チームは相手が弱すぎる。もっと組み合わせを研究しないと勝てないようにして欲しかった。
また、練金があるため、装備替えした古い武器や防具を売れず、ベルガラックのカジノが復活するまで万年金欠に悩まされた。
「なかま」などの親切設計は良いと思う。しかし、ストーリーを含め、全体的にライトユーザ向けで、親切と言うより、お節介すぎる。謎解きにしても、重要事項の決定にしても、全部仲間や周りの人間が決めていってしまうので、自分で冒険している、という気分が味わえない。困っているユーザーだけにして欲しい。しかし、主君とともに旅する家来の主人公、という設定を考えれば、自分に決定権が無いというのはある意味リアルではあるが。
ストーリーは、まあまあだと思うが、目に付いた点もある。世界の危機がかかっているのに簡単に煉獄島に入れられてしまうのは納得できない。振り払えばいいのに。リレミトが利かないのも納得できない。ラプソーンとの最後の戦いのとき、どうやって空を歩いているのか分からない。また、7と比べるせいだと思うが、ボリュームもイマイチかなと思う。せっかく居る馬姫様にも、なにか活躍の場をつくってあげて欲しかった。全体的に、登場人物にドライで軽すぎる反応が多く感情移入が妨げられることが多かった。
おまけ:金欠のときは次のようにしよう。まずベルガラックのカジノで500枚コインをもっているとする。ルーレットで2倍に500賭ける。外したらロード。これを繰り返して数千枚溜まったらセーブして10コインスロットへ移る。本を読んだりTVを見たりしながら上キーを1,2時間連打し続ける。コインが数万枚になったら100コインスロットへ移り、同様に1,2時間頑張る。すると、コインは数十万枚に増えている。万が一すった場合はやり直す。種銭数万枚残して、残りをすべてパルミドではやてのリングに換えて店で売る。
以下ねたバレ注意。
シリーズに於いて今作で最も変わったのは、何と言っても3Dになった点(7は一部疑似3D)。美しい風景の中を歩き回り走り回る事自体を楽しめた。とくにキラーパンサーは楽しい。
しかし難点もあると思う。まず3Dフィールドを歩き回れる、という事自体をあまり活かしていない。なぜならルーラがあるから。苦労して街まで歩いていったら、もう二度と歩かない、と言うことになってしまう。宝探しはあるが、それだけでは弱い。せっかく作った3Dフィールドなのだからもっと活用しないともったいない。あまり歩かず印象に残らないと、結局「世界を旅した感」も弱くなってしまう。
またせっかくできた鉛直方向の空間をあまり活用していない。視点操作で見上げたり見下ろしたりすることが少なかった。なりより、「落ちない」のは納得がいかない(ほんの一部あるが)。高いところから落ちる恐怖を味わえないのでは3Dにした意味がない、とさえ言える。特にダンジョンで落ちる床と言えばDQの定番ではないか。是非これを3Dで体験したかった。
飛行シーンでは、空から宝箱やモンスターを探したいという願いを打ち砕かれて無念だった。処理容量の関係で難しいのだろうが、あれではおもちゃの街だ。もっと低空飛行できると良かった。
練金やチームなどのアイデアは良かったと思う。楽しめた。しかし、チームは相手が弱すぎる。もっと組み合わせを研究しないと勝てないようにして欲しかった。
また、練金があるため、装備替えした古い武器や防具を売れず、ベルガラックのカジノが復活するまで万年金欠に悩まされた。
「なかま」などの親切設計は良いと思う。しかし、ストーリーを含め、全体的にライトユーザ向けで、親切と言うより、お節介すぎる。謎解きにしても、重要事項の決定にしても、全部仲間や周りの人間が決めていってしまうので、自分で冒険している、という気分が味わえない。困っているユーザーだけにして欲しい。しかし、主君とともに旅する家来の主人公、という設定を考えれば、自分に決定権が無いというのはある意味リアルではあるが。
ストーリーは、まあまあだと思うが、目に付いた点もある。世界の危機がかかっているのに簡単に煉獄島に入れられてしまうのは納得できない。振り払えばいいのに。リレミトが利かないのも納得できない。ラプソーンとの最後の戦いのとき、どうやって空を歩いているのか分からない。また、7と比べるせいだと思うが、ボリュームもイマイチかなと思う。せっかく居る馬姫様にも、なにか活躍の場をつくってあげて欲しかった。全体的に、登場人物にドライで軽すぎる反応が多く感情移入が妨げられることが多かった。
おまけ:金欠のときは次のようにしよう。まずベルガラックのカジノで500枚コインをもっているとする。ルーレットで2倍に500賭ける。外したらロード。これを繰り返して数千枚溜まったらセーブして10コインスロットへ移る。本を読んだりTVを見たりしながら上キーを1,2時間連打し続ける。コインが数万枚になったら100コインスロットへ移り、同様に1,2時間頑張る。すると、コインは数十万枚に増えている。万が一すった場合はやり直す。種銭数万枚残して、残りをすべてパルミドではやてのリングに換えて店で売る。
- メーカー: スクウェア・エニックス
- タイトル: ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君
ミニチュア庭園鉄道―欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線の昼下がり/森博嗣
うっとりする本である。
うっとりする点は2つ。1つは庭園鉄道のすばらしさ、楽しさについて。もう一つは著者の人生を楽しむスタンスとその成果について。モデルライフのすばらしさ。この表現に於いて本書は成功していると言っていい。
著者のミステリ等小説のファンだからといって本書は薦めない。しかし、本書は、自分で何かを創る趣味をもっているあらゆる人にお勧めだ。きっと共感できる点がある。
鉄道模型のこまごました用語などは読み飛ばせばいい。何の前知識もいらない。オールカラーの写真を眺めながら庭園鉄道がちびちびと形になっていくのを著者と一緒に楽しめばいいだけだ。
趣味本としては本のサイズと写真が小さいのが難点だが、持ち歩いて、それこそちびちび読むには逆に都合が良い。そこまで計算したのかも。ちなみに、念のために書いておくと、本書の同様の内容は著者のサイトでも閲覧可能。
うっとりする点は2つ。1つは庭園鉄道のすばらしさ、楽しさについて。もう一つは著者の人生を楽しむスタンスとその成果について。モデルライフのすばらしさ。この表現に於いて本書は成功していると言っていい。
著者のミステリ等小説のファンだからといって本書は薦めない。しかし、本書は、自分で何かを創る趣味をもっているあらゆる人にお勧めだ。きっと共感できる点がある。
鉄道模型のこまごました用語などは読み飛ばせばいい。何の前知識もいらない。オールカラーの写真を眺めながら庭園鉄道がちびちびと形になっていくのを著者と一緒に楽しめばいいだけだ。
趣味本としては本のサイズと写真が小さいのが難点だが、持ち歩いて、それこそちびちび読むには逆に都合が良い。そこまで計算したのかも。ちなみに、念のために書いておくと、本書の同様の内容は著者のサイトでも閲覧可能。
- 著者: 森 博嗣
- タイトル: ミニチュア庭園鉄道―欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線の昼下がり
SS/リターン・トゥ・ゾーク/バンダイビジュアル
黎明期のPCアドベンチャーゲーム「ZORK」の続編。サターン版。マウス対応。
狭い意味でのアドベンチャーゲームがすっかり衰退して久しいわけだが、そうした旧アドベンチャーゲームのテイストを、十二分に堪能できる作品として稀少。
こうしたテイストは好き嫌いがはっきり分かれるだろうし、近年の表現力豊かなゲームになれた目には貧弱で好まれないだろうと思う。また、独特すぎる世界観も、受け入れられない人が多いと思う。操作体系はいまいち。操作感は劇重。一発死やヒントの目立たなさなど難易度はかなりハード。
はっきり言って近年のちやほやされたお子様ゲーマーなら、開始5分で投げ出すシロモノだ。
しかし、近年少ない形式というだけで、このゲームには存在価値があると思う。世界観や表現も特異なだけに印象に残りやすい。苦労して解いたゲーマーには思い出に残るゲームになると思う。
結局3箇所ほど、どうしても分からないところがあって、ネットで情報を調べて解いた。それは、(以下ネタバレ)
1.仲良し草を引っこ 抜いて枯れてしまっており、はまった。2.船頭にコインを渡してしまって帰れなくなって、はまった。3.ハゲタカ移動の方法がわからず、はまった。
バンダイビジュアル
リターン・トゥ・ゾーク
狭い意味でのアドベンチャーゲームがすっかり衰退して久しいわけだが、そうした旧アドベンチャーゲームのテイストを、十二分に堪能できる作品として稀少。
こうしたテイストは好き嫌いがはっきり分かれるだろうし、近年の表現力豊かなゲームになれた目には貧弱で好まれないだろうと思う。また、独特すぎる世界観も、受け入れられない人が多いと思う。操作体系はいまいち。操作感は劇重。一発死やヒントの目立たなさなど難易度はかなりハード。
はっきり言って近年のちやほやされたお子様ゲーマーなら、開始5分で投げ出すシロモノだ。
しかし、近年少ない形式というだけで、このゲームには存在価値があると思う。世界観や表現も特異なだけに印象に残りやすい。苦労して解いたゲーマーには思い出に残るゲームになると思う。
結局3箇所ほど、どうしても分からないところがあって、ネットで情報を調べて解いた。それは、(以下ネタバレ)
1.仲良し草を引っこ 抜いて枯れてしまっており、はまった。2.船頭にコインを渡してしまって帰れなくなって、はまった。3.ハゲタカ移動の方法がわからず、はまった。
Javaによる分散アプリケーション開発/国際大学アリス・エフ ソフトウェアR&Dセンター
やや古い内容。RMIなどの解説本かと思ったら、もっと広い意味でのS&Cアプリを指して分散アプリケーションとして解説している。CGIから始まって、サーブレット、JavaBeans、RMI、EJB、CORBAなどなど。付属CDのVisualAgeを使って、GUIベースでの構築の操作方法の解説が主眼。
著者: 国際大学アリス・エフ ソフトウェアR&Dセンター
タイトル: Javaによる分散アプリケーション開発
著者: 国際大学アリス・エフ ソフトウェアR&Dセンター