読んだり観たり聴いたりしたもの -159ページ目

6ステイン/福井晴敏

著者の初短編集ということでふらっと読んでみた。
またしても市ヶ谷自衛隊諜報部隊!いい加減にしろという怒りを通り越して、よくまあ別冊宝島で得た知識をそこまで使い回せるなと、その省エネ精神に脱帽した。
内容は短編だが連作というか、主人公が別の話では脇役となり顔を出すという形式。最終話でイージスの主役が出てくるのだが、そっちの本を読んでない人には意味不明の演出で、読んでいた自分でもそれはないだろうと白けた。そういう楽屋落ちはせめてハインラインぐらいの大物が晩年にやってようやく許されるような気がするのだが。
設定が類似なので、主人公はどれも似たり寄ったりで区別できない。物語にぐいぐい引き込むと言うよりは、筆者にぐいぐい押されて読まされている感じで、読後に軽い疲労感を覚える。
著者の他の著作を読んだ人なら、よほどのファンでなければ特に読む必要もないだろう。
他の種類の話が読みたいものだ。

福井 晴敏
6ステイン

ブラフマンの埋葬/小川洋子

妻が読んで泣いていたので読んでみた。
博士の愛した~の時から感じていた違和感が確信となった感じ。小川洋子は文体が性に合わないと思った。本がとても白く感じる。気迫がないというか、文字の向こうに世界が迫ってこないのだ。
この本は何故か泉鏡花賞受賞作との事で推薦図書だったようだが、小手先で書いた話としか思えなかった。
妻の件でネタバレだったため(タイトルで既にネタバレだが)泣く事はないだろうなと思っていたが、ほとんど哀しい気持ちになる事すらなかったのが、逆に驚きだった。ブラフマンが「生きて」無かったからだと思う。

小川 洋子
ブラフマンの埋葬

ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」/A・ドキアディス

面白くて一気に読み切った。かつて数学の天才と呼ばれ今では一族の厄介者となり隠遁生活を送る伯父。彼の人生はゴールドバッハの予想との戦いであった。
フェルマーの定理と並ぶ数学史上の最難問とよばれるゴールドバッハの予想「すべての正の偶数は2つの素数の和で表される」の証明に人生をかけ、そして敗れたかに見えた伯父。果たして彼は証明をなしえたのだろうか。
小川洋子の「博士の愛した数式」からウェットな部分を抜いて2倍ほど面白くした印象。
数学的プロットが残念。途中でゲーデルの不完全性定理をだしに、予想が証明不可能と結論づける点はいかがなものか。
現在良く人口に膾炙している上記の予想の表現は、ゴールドバッハのオリジナルでなくてオイラーが述べたのだとは知らなかった。ゴールドバッハのオリジナルは、「5より大きな任意の自然数は三つの素数の和で表せる」という事だ。ただしこの本の中ではちょっと異なる書き方になっているが。

アポストロス ドキアディス, Apostolos Doxiadis, 酒井 武志
ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」

こんな生活/大田垣晴子

お蔵出し本の1冊だと思う。内容は取り立ててどうと言う事もない。彼女自身のファンでない限りとくに読んでも意味がないかも。

大田垣 晴子
こんな生活

もっとどうころんでも社会科/清水 義範, 西原 理恵子

清水西原コンビの最終(?)本。やむを得ないかも知れないが、社会科なのだが、歴史と地理ばっかりで公民がないのはどうか。法律や税金の話があっても良さそうだが。せっかくいる西原も絡みやすそうだし。

清水 義範, 西原 理恵子
もっとどうころんでも社会科

大長編ドラえもん (16)/藤子・F・不二雄

のび太と銀河超特急。久々に読んだ大長編。中学生ぐらいまではちゃんと映画も見ていたのだが、最近はとんとご無沙汰だった。まだ武田鉄矢が挿入歌を書いていてびっくり。のび太の宇宙小戦争の少年期は我が心の唄だ。なんでも今年はのび太の恐竜2006とリメイクも作られるようだ。コロコロの連載で読んでいた頃は手に汗握った事を思い出す。

藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん (16)

温度から見た宇宙・物質・生命/G・シグレ

温度をベースにした科学四方山話。人類はどのように温度を測れるようになってきたかという科学史から始まっており、無理なく読める。度量衡の古い歴史に大して温度が正確に測れるようになったのはつい最近の事である。
熱力学の成立から絶対零度の発見そして宇宙背景放射まで幅広く俯瞰しているが、もっとこまごました豆知識のような話があっても面白かったと思う。宇宙の話が長くてややだれるかも。

ジノ・シグレ
温度から見た宇宙・物質・生命

どきどきフェノメノン/森博嗣

読み終わって連載と知って驚いた。きっと最初に一気に書いてしまって、ちびちび載せたんだろう。
とにかく面白く読めた。

人物は森作品中ではティピカルなタイプばかりだが、いくぶんは新味もあってよかった。時期的に、後半電車男を意識したのは間違いないだろう。
主人公がどきどきするさまを読むのは楽しいが、惜しむらくは読者は主人公ほどにはどきどき出来ないことである。展開もかなり前から読めてしまうので、それを裏切って欲しかったが、そういう類の本ではないかも知れない。

剣道シーンは短いけどなかなか迫力があって良い。森さんは格闘や戦闘など、コンマ何秒の世界の心理描写をさせると結構読ませると思う。ただ、いくら剣道で面を着けてたって、相手が誰かは分かる。森さんは体育で剣道やらなかったのではないかな?

つまらないGシリーズなんて言うロートル設定はほっぽり出して、どんどんこうした新しいものを描いて欲しいものだと心底思う。森さんはせっかく、もっと新しいものを見せて欲しいと思わせるだけの作家なのだから。

森 博嗣
どきどきフェノメノン

量子コンピュータ/竹内繁樹

ブルーバックスシリーズ。
量子コンピュータについてうまくまとめてある。内容もよくかみ砕いて書いてありしばしば感心した。
しかし、コンピュータと量子力学をともに一度は学んだことのある人でないと、一読了解とは行かないだろう。どちらも不案内という人には難しいかも。まあ、今時の科学好きの高校生ぐらいなら全く問題ない程度。

量子コンピュータはデジタルコンピュータにはない超並列性で(ある種の問題の)超高速演算が可能、というが、この本を読んでいて、ふと思いついたことがある。
量子コンピュータは量子ビットを使うところにその所以があり、0,1のデジタルではなく0,1状態の重ね合わせ状態=量子化された状態を使って並列計算を行う訳だ。この重ね合わせ状態のまま並列計算できる、と言う点がポイントなのであるが、そのためだけの目的なら、別に量子ビットで無くても良いのではないかと思えるのだ。
量子コンピュータでのように、量子状態が不可思議な挙動をするのは、それが本質的に確率波と呼ばれる一種の波によって表されるからである。つまり量子ビットの性質は、すなわち波が持つ重ね合わせの原理によるものだ。と言うことは、なにも扱いの難しい量子ビットなんて使わなくても、他の波も使えるんじゃないかと思う訳だ。例えば電磁波とか、ね。
で、回路内に様々な状態の電磁波を存在させて干渉させ、操作し、計算させる超並列でしかも超高速処理が可能なコンピュータが作れそうな気がしたのだ。そして、そこで気が付いた。これって、要するにアナログコンピュータじゃん。
この感動を分かって頂けただろうか。
断言しよう。21世紀はアナログコンピュータの時代だ。

竹内 繁樹
量子コンピュータ

脳内現象/茂木健一郎

読み終わって一言で言うと、惜しいなあという感想。もう一歩という気がして仕方なく、著者は焦っているように見受けられる。
論理展開がやや荒いので、ざっと読んでしまうと、なんでそう言えるの?とつっこみたいところが多数ある。これを一般向けと言うにはもう少し紙幅を費やした方が良かっただろう。ただドメインをザッと見渡すには短くて良いかも知れない。

デカルトを評価している点は良いと思うが、せっかくデカルトを学んだのに身に付いていないのはもったいない。デカルトから出発しているようではデカルトを超えられる訳がない、という点に早く気付いてほしい。それこそデカルトが得た真理の神髄ではないか。デカルトはあの結論に、論理の連鎖で華麗に辿り着いたのではない。すべてを捨て数年以上にわたるほとんど乞食のような路上生活のうちに見いだしたのだ。
意識や脳の研究者はもっと泥臭いことをしないとブレイクスルーは望めないと思う。
茂木 健一郎
脳内現象